選択
ぼうっと暮らしているうち、春も半ばになった。
戦局は、いつしか混迷を極めていた。
「マルコ、教えてくれ。俺はどうしたらいい?」
執務室で、アルトゥーロさんは頭を抱えていた。
ラ・ロッサを平定した国王軍は、余勢を駆ってラ・ネロにまで進軍した。戦費に投じた資金を、どうにかプラスにしなければならない。戦いで使った金を、戦いで回収しようとしている。焦土となったラ・ロッサを勝ち取ったところで、さしたる金にはならなかったのである。
国王軍は、ラ・ネロを攻撃せざるをえなくなった。
そしてラ・ネロは、ラ・ヴェルデに援軍を求めてきた。
どちらに味方するかで、ラ・ヴェルデの未来が決まってしまう。
「静観するというのは……?」
俺がそう提案すると、アルトゥーロさんはしょぼくれた目でこちらを見た。
「それはいまやってる。国王軍は必死だぜ。どんな手を使ってでも勝つだろう。王都の資本家たちは、軍にかなりの資金を提供してるからな。それが返ってこないとなったら、王の首が飛ぶ」
「そうなんですか? 資本家という人たちは、王さまより偉いんですか?」
「表向き、偉いのは王ってことになってる。だが、金のあるヤツらが手を組んだら、権威なんて関係ねぇ。都合のいい別の誰かに置き換えられちまう」
王さまって、そういうものだったのか。
思っていたのと違った。
「国王軍が勝つんだったら、ラ・ネロに味方する意味はないと思います」
するとアルトゥーロさんは、ゆっくりと溜め息をついた。
「そう思うか? 国王軍は、勝利したあとラ・ヴェルデにも攻め込んで来るぜ」
「えっ?」
「いま、ここらは自由都市の支配下だよな? 自由都市とはなんだ? 分かるか?」
「えっ?」
なんだ?
もちろん分からない。
「前の領主をおぼえてるか? 落日のジェラルドだ。あいつは貴族だよな。王から土地を任された領主でもある」
「はい」
そのジェラルドさんは、魔族の召喚魔法に巻き込まれ、正規軍とともにどこかへ消えてしまった。生きているのか死んでいるのかさえ分からない。
「だが、自由都市は王とは関係がねぇ。市民が自発的に治めてる場所だ。つまり、王からすれば、下僕だった市民に土地をぶんどられた格好になる」
「えっ? じゃあ敵対してるんですか?」
「そうだぜ。しかもここはしばらく平和だったから、比較的豊かでな。王からしたら、よく熟した果実にでも見えてるはずだ。戦いで金を巻き上げれば、資本家にも顔が立つ」
「ラ・ネロと手を組みましょう!」
そのほうがいい。
どう考えても。
アルトゥーロさんは、さめきったコーヒーをすすった。
「まあな。正直、それ以外に選択肢はねぇと思うぜ。問題なのは、いま、俺たちは戦闘のための兵隊を持ってねーってことだ」
「ないんですか?」
「正規軍は、ジェラルドと一緒に消えちまったからな。イチから新しく作らなきゃならん。それはいまマティルダがやってるが……。そんな急にはな。市民を徴兵するって手もあるにはあるんだが……」
徴兵。
本で読んだことがある。
市民を強制的に兵隊にすることだ。
「俺、兵隊になりますよ」
「ああ、そのときは頼むぜ。お前は生身でもバカみたいに強いが、その上、機械装甲まで扱えるからな。特に野戦では、一人で戦局を左右できるだけの駒でもある」
褒められている。
母さん以外に。
アルトゥーロさんはそれでも浮かない顔だ。
「問題は、浄化の装置だ。いくら機械装甲でも、あれには耐えられないだろ」
「ムリだと思います」
「範囲も広いから、避けるとか避けないとかいう話でもないしな。だから、お前に頼り切った作戦は立てられん。となると、やっぱり必要なのは数なんだ。なるべくバラけた場所に兵を配置して、的を絞らせないこと」
「数……」
それは、俺にはどうしようもない。
やはり徴兵しかないのでは。
「おまけに、国王軍にはレコンキスタの将軍もいるからな。兵をバラバラに配置したんじゃ、あいつには勝てねぇ。もうどうしようもねぇのよ。いっそニンジャに依頼して、王を暗殺してもらうか……」
「え、それでいいじゃないですか」
「問題は、そのニンジャがどこにいるか分からねぇってことだ。あいつら、仕事が終わるとどっか別の場所に行っちまうらしい」
どうしようもない。
「諸君、あきらめるのはまだ早いぞ」
なんの前ぶれもなしに、フェデリコさんが現れた。
機械ばかりいじって、ロクに家にも帰ってこないと思ったら。
「なんですか? 俺、あきらめてませんけど!」
「そうか。では、私はお邪魔かな?」
「ごめんなさい。助けてください」
「よかろう」
フェデリコさんは、来客用の椅子に腰をおろした。
「話は聞かせてもらった。国王軍の浄化装置に対処したいのだろう? あれは潰せる。私の太陽でな」
たぶんそういうことなんだろうとは思ってた。
だけど、ちゃんと動くんだろうか?
プロトタイプが完成してから、ずっと音沙汰がなかった。
アルトゥーロさんもうんざり顔だ。
「エネルギーはどうすんだ、エネルギーは。ちゃんと空を飛ぶんだろうな?」
「理論上は問題ない。小規模な試験も終えている」
「小規模?」
「すでに我々は、装置を天井の高さまで浮かしている。そこから熱を照射し、焚き火を着火させることに成功した」
この説明に、アルトゥーロさんはずっこけた。
「おいおい。莫大な資産を投入しておいて、焚き火に成功しただと? お前……。評議会に説明すんの、俺なんだぞ?」
「説明の必要はあるまい。すぐにでも稼働させて、その能力を証明するのだからな」
「それで? みんなで火を囲んで楽しくキャンプでもするのか?」
「君はどうやら私を過小評価しているようだな」
「マルコ、助けてくれ」
ムリだ。
俺の手に負える相手じゃない。
ソフィアさんも入ってきた。今日もシャツとズボンでピシッとキメている。
「副総統、ラ・ネロから返事の催促が来ています。かなりしつこいです」
「んだよ、もう、どうしろってんだよ」
「同じくらい国王軍からも来てますよ。ラ・ネロの討伐に手を貸せば、ラ・ヴェルデの存在は大目に見る、と」
「ウソに決まってんだろ。吟遊詩人の歌を聞いたか? 実り豊かな緑の大地へ、とか言ってんだぞ。あいつら、ラ・ヴェルデも食いつくすつもりだ」
「私に言わないで」
「はい」
ソフィアさんはすました顔で行ってしまった。
淡々と事務仕事をこなすタイプかもしれない。
思えば、前に一緒に勉強していたとき、ノートにびっしりとメモを書いていたっけ。昔から読み書きは得意なのだ。
フェデリコさんは満足そうだ。
「彼女、役に立っているようじゃないか」
「あれでもう少し慈悲の心が備わっていればな」
「人格は業務に関係ない。君は効率をあげることだけに集中したまえ」
「えーと、いや、あのなぁ! もとはと言えばお前の仕事なんだからな!」
そうだった。
フェデリコさんがやれば、もっと効率が上がるはず。
しかし装置の製造は、アルトゥーロさんには務まらない。替えが効かないのだ。仕方がない。
*
フェデリコさんと一緒に廃墟へ戻った。
ピクルスのピザが待っていた。
「使用人よ、君は、いまだにこれをピザのつもりで出しているのか……」
「いらねーなら食わなくていいにゃ」
慈悲はない。
この食堂では、カエデさんがルールなのだ。
相手が総統だろうと関係ない。
*
夜、二階の自室で寝ていると、人の気配を感じた。
頭からローブをかぶった少女が、じっとこちらを見ていた。
「く、黒の魔女……?」
「わざわざカラスに化ける意味が分からなかったから、この姿で話をするよ」
「えぇっ」
俺はさすがに身を起こし、座った状態で話を聞くことにした。
いったいなんなんだ。
「待ってください。魔女たちは、母さんの件から手を引いたはずじゃ……」
「そうだよ。あんたの母親はどうでもいい。私はね、それとは別の、ビジネスのために来たのさ」
「ビジネス? 契約ならしませんよ」
何度も助けてもらったのになんだけど、この人はうさんくさい。
話に乗りたくない。
黒の魔女は、幼い顔をしかめた。
「なに言ってんだい。金だよ、金」
「お金もありませんけど……」
「あんたの財布には期待しちゃいないよ。だから、アルトゥーロに伝えな。魔法の力が欲しければ、私に依頼しろってね」
「それは……アルトゥーロさんに言ってくださいよ」
なぜ俺に言う?
シャイなのか?
魔女はまだ顔をしかめている。
「話を聞いてくれるの、マルコしかいないんだよ……」
「はい?」
「カラスの姿で行ったら追っ払われたのさ。あいつ、枕を投げつけてきて……」
「まあ、普通はそうかも……」
しかも喋るカラスだ。
受け入れるのは難しい。
「ねえ、マルコから頼んでおいておくれよ」
「魔女がお金なんて、なにに使うんですか?」
「なにって……お金ってのは、あればあるほどいいんだ。いっぱい貯め込んで、数を数えるんだよ」
「楽しいんですか?」
「楽しいに決まってるだろ。いいからアルトゥーロに伝えておきな。私はあんたの命の恩人なんだから」
恩人をゴリ押ししてくる。
なにかあるとすぐこれだ。
「魔女って、俗世の戦いに干渉しないんじゃ……」
「昔はそうだったかもしれないけどね、もうそんな時代でもないよ。庭師を気取ってた眷属もバラバラになっちまったし。すべてが変わったのさ。これからは魔女も稼ぐ時代だよ」
「でも変なことすると、未来に影響するかもしれないから……」
「大丈夫。しない」
「証拠は?」
「ない」
お金が欲しいだけだな、この人。
「分かりました。いちおう、伝えるだけ伝えておきます」
「本当かい?」
「本当です。でも受けるかどうかは、アルトゥーロさん次第ですからね」
「そうかい。ちゃんと伝えておくんだよ。5万リラで請け負うからね」
「え、そんなに……」
一人で5万リラも持っていくつもりなのか?
強欲にもほどがあるのでは……。
魔女はキョロキョロし始めた。
「誰かの視線を感じるから帰るよ。絶対に伝えておくんだよ」
「はい」
「絶対だよ」
「はい」
黒の魔女は、空間を裂いてふっと姿を消した。
最初からいなかったかのように。
普通に話すなら、寝ているときでなく、起きてるときに来て欲しかったけど。
まあ魔女に言っても仕方がない。
俺が言うのもなんだけど、常識がない。
いちおう話してはみる。
だけど、母さんの件とは関係がないようだし……。正直、結果はどうでもいいかなと思う。
(続く)




