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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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 ぼうっと暮らしているうち、春も半ばになった。

 戦局は、いつしか混迷を極めていた。


「マルコ、教えてくれ。俺はどうしたらいい?」

 執務室で、アルトゥーロさんは頭を抱えていた。


 ラ・ロッサを平定した国王軍は、余勢を駆ってラ・ネロにまで進軍した。戦費に投じた資金を、どうにかプラスにしなければならない。戦いで使った金を、戦いで回収しようとしている。焦土となったラ・ロッサを勝ち取ったところで、さしたる金にはならなかったのである。

 国王軍は、ラ・ネロを攻撃せざるをえなくなった。

 そしてラ・ネロは、ラ・ヴェルデに援軍を求めてきた。

 どちらに味方するかで、ラ・ヴェルデの未来が決まってしまう。


「静観するというのは……?」

 俺がそう提案すると、アルトゥーロさんはしょぼくれた目でこちらを見た。

「それはいまやってる。国王軍は必死だぜ。どんな手を使ってでも勝つだろう。王都の資本家たちは、軍にかなりの資金を提供してるからな。それが返ってこないとなったら、王の首が飛ぶ」

「そうなんですか? 資本家という人たちは、王さまより偉いんですか?」

「表向き、偉いのは王ってことになってる。だが、金のあるヤツらが手を組んだら、権威なんて関係ねぇ。都合のいい別の誰かに置き換えられちまう」


 王さまって、そういうものだったのか。

 思っていたのと違った。


「国王軍が勝つんだったら、ラ・ネロに味方する意味はないと思います」

 するとアルトゥーロさんは、ゆっくりと溜め息をついた。

「そう思うか? 国王軍は、勝利したあとラ・ヴェルデにも攻め込んで来るぜ」

「えっ?」

「いま、ここらは自由都市の支配下だよな? 自由都市とはなんだ? 分かるか?」

「えっ?」

 なんだ?

 もちろん分からない。


「前の領主をおぼえてるか? 落日のジェラルドだ。あいつは貴族だよな。王から土地を任された領主でもある」

「はい」

 そのジェラルドさんは、魔族の召喚魔法に巻き込まれ、正規軍とともにどこかへ消えてしまった。生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

「だが、自由都市は王とは関係がねぇ。市民が自発的に治めてる場所だ。つまり、王からすれば、下僕だった市民に土地をぶんどられた格好になる」

「えっ? じゃあ敵対してるんですか?」

「そうだぜ。しかもここはしばらく平和だったから、比較的豊かでな。王からしたら、よく熟した果実にでも見えてるはずだ。戦いで金を巻き上げれば、資本家にも顔が立つ」

「ラ・ネロと手を組みましょう!」

 そのほうがいい。

 どう考えても。


 アルトゥーロさんは、さめきったコーヒーをすすった。

「まあな。正直、それ以外に選択肢はねぇと思うぜ。問題なのは、いま、俺たちは戦闘のための兵隊を持ってねーってことだ」

「ないんですか?」

「正規軍は、ジェラルドと一緒に消えちまったからな。イチから新しく作らなきゃならん。それはいまマティルダがやってるが……。そんな急にはな。市民を徴兵するって手もあるにはあるんだが……」


 徴兵。

 本で読んだことがある。

 市民を強制的に兵隊にすることだ。


「俺、兵隊になりますよ」

「ああ、そのときは頼むぜ。お前は生身でもバカみたいに強いが、その上、機械装甲まで扱えるからな。特に野戦では、一人で戦局を左右できるだけの駒でもある」

 褒められている。

 母さん以外に。


 アルトゥーロさんはそれでも浮かない顔だ。

「問題は、浄化の装置だ。いくら機械装甲でも、あれには耐えられないだろ」

「ムリだと思います」

「範囲も広いから、避けるとか避けないとかいう話でもないしな。だから、お前に頼り切った作戦は立てられん。となると、やっぱり必要なのは数なんだ。なるべくバラけた場所に兵を配置して、的を絞らせないこと」

「数……」

 それは、俺にはどうしようもない。

 やはり徴兵しかないのでは。


「おまけに、国王軍にはレコンキスタの将軍もいるからな。兵をバラバラに配置したんじゃ、あいつには勝てねぇ。もうどうしようもねぇのよ。いっそニンジャに依頼して、王を暗殺してもらうか……」

「え、それでいいじゃないですか」

「問題は、そのニンジャがどこにいるか分からねぇってことだ。あいつら、仕事が終わるとどっか別の場所に行っちまうらしい」

 どうしようもない。


「諸君、あきらめるのはまだ早いぞ」

 なんの前ぶれもなしに、フェデリコさんが現れた。

 機械ばかりいじって、ロクに家にも帰ってこないと思ったら。


「なんですか? 俺、あきらめてませんけど!」

「そうか。では、私はお邪魔かな?」

「ごめんなさい。助けてください」

「よかろう」

 フェデリコさんは、来客用の椅子に腰をおろした。


「話は聞かせてもらった。国王軍の浄化装置に対処したいのだろう? あれは潰せる。私の太陽イル・ソーレでな」

 たぶんそういうことなんだろうとは思ってた。

 だけど、ちゃんと動くんだろうか?

 プロトタイプが完成してから、ずっと音沙汰がなかった。


 アルトゥーロさんもうんざり顔だ。

「エネルギーはどうすんだ、エネルギーは。ちゃんと空を飛ぶんだろうな?」

「理論上は問題ない。小規模な試験も終えている」

「小規模?」

「すでに我々は、装置を天井の高さまで浮かしている。そこから熱を照射し、焚き火を着火させることに成功した」

 この説明に、アルトゥーロさんはずっこけた。

「おいおい。莫大な資産を投入しておいて、焚き火に成功しただと? お前……。評議会に説明すんの、俺なんだぞ?」

「説明の必要はあるまい。すぐにでも稼働させて、その能力を証明するのだからな」

「それで? みんなで火を囲んで楽しくキャンプでもするのか?」

「君はどうやら私を過小評価しているようだな」

「マルコ、助けてくれ」

 ムリだ。

 俺の手に負える相手じゃない。


 ソフィアさんも入ってきた。今日もシャツとズボンでピシッとキメている。

「副総統、ラ・ネロから返事の催促が来ています。かなりしつこいです」

「んだよ、もう、どうしろってんだよ」

「同じくらい国王軍からも来てますよ。ラ・ネロの討伐に手を貸せば、ラ・ヴェルデの存在は大目に見る、と」

「ウソに決まってんだろ。吟遊詩人の歌を聞いたか? 実り豊かな緑の大地へ、とか言ってんだぞ。あいつら、ラ・ヴェルデも食いつくすつもりだ」

「私に言わないで」

「はい」

 ソフィアさんはすました顔で行ってしまった。

 淡々と事務仕事をこなすタイプかもしれない。

 思えば、前に一緒に勉強していたとき、ノートにびっしりとメモを書いていたっけ。昔から読み書きは得意なのだ。


 フェデリコさんは満足そうだ。

「彼女、役に立っているようじゃないか」

「あれでもう少し慈悲の心が備わっていればな」

「人格は業務に関係ない。君は効率をあげることだけに集中したまえ」

「えーと、いや、あのなぁ! もとはと言えばお前の仕事なんだからな!」

 そうだった。

 フェデリコさんがやれば、もっと効率が上がるはず。

 しかし装置の製造は、アルトゥーロさんには務まらない。替えが効かないのだ。仕方がない。


 *


 フェデリコさんと一緒に廃墟へ戻った。

 ピクルスのピザが待っていた。


「使用人よ、君は、いまだにこれをピザのつもりで出しているのか……」

「いらねーなら食わなくていいにゃ」

 慈悲はない。


 この食堂では、カエデさんがルールなのだ。

 相手が総統だろうと関係ない。


 *


 夜、二階の自室で寝ていると、人の気配を感じた。

 頭からローブをかぶった少女が、じっとこちらを見ていた。


「く、黒の魔女……?」

「わざわざカラスに化ける意味が分からなかったから、この姿で話をするよ」

「えぇっ」

 俺はさすがに身を起こし、座った状態で話を聞くことにした。

 いったいなんなんだ。


「待ってください。魔女たちは、母さんの件から手を引いたはずじゃ……」

「そうだよ。あんたの母親はどうでもいい。私はね、それとは別の、ビジネスのために来たのさ」

「ビジネス? 契約ならしませんよ」

 何度も助けてもらったのになんだけど、この人はうさんくさい。

 話に乗りたくない。


 黒の魔女は、幼い顔をしかめた。

「なに言ってんだい。金だよ、金」

「お金もありませんけど……」

「あんたの財布には期待しちゃいないよ。だから、アルトゥーロに伝えな。魔法の力が欲しければ、私に依頼しろってね」

「それは……アルトゥーロさんに言ってくださいよ」

 なぜ俺に言う?

 シャイなのか?


 魔女はまだ顔をしかめている。

「話を聞いてくれるの、マルコしかいないんだよ……」

「はい?」

「カラスの姿で行ったら追っ払われたのさ。あいつ、枕を投げつけてきて……」

「まあ、普通はそうかも……」

 しかも喋るカラスだ。

 受け入れるのは難しい。

「ねえ、マルコから頼んでおいておくれよ」

「魔女がお金なんて、なにに使うんですか?」

「なにって……お金ってのは、あればあるほどいいんだ。いっぱい貯め込んで、数を数えるんだよ」

「楽しいんですか?」

「楽しいに決まってるだろ。いいからアルトゥーロに伝えておきな。私はあんたの命の恩人なんだから」

 恩人をゴリ押ししてくる。

 なにかあるとすぐこれだ。


「魔女って、俗世の戦いに干渉しないんじゃ……」

「昔はそうだったかもしれないけどね、もうそんな時代でもないよ。庭師を気取ってた眷属もバラバラになっちまったし。すべてが変わったのさ。これからは魔女も稼ぐ時代だよ」

「でも変なことすると、未来に影響するかもしれないから……」

「大丈夫。しない」

「証拠は?」

「ない」

 お金が欲しいだけだな、この人。


「分かりました。いちおう、伝えるだけ伝えておきます」

「本当かい?」

「本当です。でも受けるかどうかは、アルトゥーロさん次第ですからね」

「そうかい。ちゃんと伝えておくんだよ。5万リラで請け負うからね」

「え、そんなに……」

 一人で5万リラも持っていくつもりなのか?

 強欲にもほどがあるのでは……。


 魔女はキョロキョロし始めた。

「誰かの視線を感じるから帰るよ。絶対に伝えておくんだよ」

「はい」

「絶対だよ」

「はい」


 黒の魔女は、空間を裂いてふっと姿を消した。

 最初からいなかったかのように。


 普通に話すなら、寝ているときでなく、起きてるときに来て欲しかったけど。

 まあ魔女に言っても仕方がない。

 俺が言うのもなんだけど、常識がない。


 いちおう話してはみる。

 だけど、母さんの件とは関係がないようだし……。正直、結果はどうでもいいかなと思う。


(続く)

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