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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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外交特使

 遠くで戦争が起きている。

 だけど、それがどこかは分からなかった。


 俺たちは自由都市を解放して回った。

 それだけではない。

 解放された自由都市は、次第に同盟を結び始めた。外部からの暴力に蹂躙されないように。


 辺境伯の主力は戦争にかかりっきりで、この動きに対応できなかった。

 俺たちの活動は順調に思えた。


 *


 秋も深まってきたころ、廃墟に来客があった。


「お初にお目にかかります。突然の来訪、お詫び申し上げます。わたくしどもは、天界パラディーソより派遣されました外交特使でございます。ぜひ皆さまの代表にお目通り願いたく……」

 まっしろな前掛けの、表情のない男女だ。

 三名。

 武装はしていないように見える。


 応対した俺は、なんと応じていいのか……分からなかった。

 機械人形のコアに触れたとき、彼らのような人々の映像を見た。きっと天界から来たというのはウソではないのだろう。

 いや、衣装をマネただけの人間という可能性もなくはないが……。


「えーと、代表……?」

「マルコさまですね?」

「えっ?」

 名前を呼ばれて、俺は思わず身構えた。

 なぜ知っている?


 彼らはにこりともしなかった。

「失礼いたしました。皆さまのことは、事前に調べさせていただきました。フェデリコさまにお取次ぎいただけますでしょうか?」

「は、はい……」

 だが、俺が呼びにいくまでもなく、中からフェデリコさんが出てきた。


「私がフェデリコだ。話をうかがおう。中へ」

「いえ、本日はご用件だけお伝えにまいりましたゆえ」

「ではそのご用とは?」

「あなたさまのお知恵を拝借いたしたく。わたくしどもの代表と会談に応じて欲しいのです」

 神の眷属が?

 フェデリコさんの知恵を借りたいと?


 だが、フェデリコさんは不審そうな表情を浮かべた。

「もっと具体的な説明をお願いしたい。私の知恵など、貴君らのそれに比べれば児戯にも等しかろう」

「失礼いたしました。わたくしどもは、一連の戦争に関する問題を、平和的に解決したいと考えておりまして。地上でご活躍されている皆さまのお力をお借りしたいと」

「ふむ。しかしもっと詳しく説明できるはずだ。できれば『なぜ我々なのか』と『具体的になにを要求するつもりなのか』もセットで頼もう」

 相手が神の眷属であろうと容赦しない。


 外交特使の面々は、それでも無表情のままだった。

「はい。なぜ皆さまなのか。それはもちろん、皆さまのご活動が、今後の世界の流れを決定するからでございます。そして具体的な要求の内容ですが。我が国との和平協定を結んでいただきたいのです。わたくしどもの代表は、皆さまとの衝突を避けたいと考えております」

 和平協定――。

 相手はおそらく神の眷属を代表している。ところが、こちらは民間の武装勢力でしかない。その両者が協定を結ぶというのか。


 フェデリコさんは、そこで初めて笑みを見せた。

「いまこの場で協定を結んでもいいのかな?」

「いえ、その際は、わたくしどもの領域へご案内いたします。もちろん身の安全は保障いたします」

「天界とやらを拝めるわけか」

「またの名をラ・チェーロ。じつのところ国家というものを持っておらず、共同体の名前も特にありません」

 国家を持たない?

 それでどうやって領地を支配しているのだろうか……。


「念のため護衛をつけても?」

「基本的には、何名でも無制限にお連れしていただいて構いません。しかしひとつだけ条件がございます」

「条件?」

「魔族です。彼女たちのご同行はご遠慮願います」

 人間だけ、ということか。

 母さんとピチョーネは付き添えない。

「理由は?」

「慣例でございますゆえ」

「慣例? 法ではないのか?」

「慣例でございます」

 対応がまるで機械みたいだ。

 フェデリコさんもさすがに眉をひそめた。

「特使よ、私は自分の理解できないものに対しては、基本的に肯定しないことにしている。なぜ慣例になったのかご説明いただきたい」

「……」

 困惑した表情こそ浮かべなかったものの、特使たちは互いに顔を見合わせた。

 いちおう「困る」という感情はあるらしい。


 特使たちはしばらく顔を見合わせていたかと思ったら、急にこちらへ向き直った。

「わたくしどもの文書ラ・コーディチェにそう記述されているから、というのが公式の回答になります」

「しかしそれでは納得できない」

「わたくしどもの社会では、魔力の影響を受けやすい繊細な物品を扱っております。そしてご存じの通り、魔族は常に魔力を発しています。彼女たちの力が干渉し、社会に対して予期せぬ悪影響を及ぼす可能性があるのです」

「ふん。まあいい。ひとまず目をつむろう。別の理由があるとしてもな。おそらくいまの説明もあながちウソではあるまいし」

「ええ、知識の箱は繊細ですから」

「それ以上は結構」

 特使が口にした言葉に、フェデリコさんは不快そうな対応をした。

 なぜだ?

 知識の箱?

 たしか十年前に、古代遺跡でカエデさんが見つけた箱だ。中には記憶魔法の込められた球体が入っていた。しかし魔力はすぐに失われてしまい……。結局、価値を失ってしまった。


「では、こちらの宝玉をお受け取りください。魔力を込めれば、案内役がすぐにお迎えに参ります」

「魔力?」

「魔女なら扱えます。それでは、わたくしどもはこれにて」

 特使は辞儀のつもりか、軽く膝を曲げた。

 かと思うと、大きく空間を裂いて、その中に入っていってしまった。

 魔女の使っていた転移魔法だ。


 数秒後には、もう彼らの姿はきれいさっぱり消え去っていた。


 *


「ヒューッ! すげぇや。天界に行けんのか? ホントに?」


 みんなを集めて事情を説明すると、アルトゥーロさんが年甲斐もなくはしゃぎ出した。

 事の深刻さを理解していないのか?

 いや、じつのところアルトゥーロさんが正しくて、ホントはちっとも深刻じゃないのかも。


 フェデリコさんは、しかし不快そうに眉をひそめた。

「君を連れていくとは言っていない」

「は? なんでだよ? 護衛が必要だろ?」

「君の指揮官としての能力は買っているが、個人的な戦闘力に関しては信用していない」

「ほう。そういえば俺の剣術を、先生のお目にかけたことはなかったかな」

 アルトゥーロさんもさすがに不快に思ったらしい。

 このままでは外でケンカにでもなりそうな雰囲気だ。


 が、フェデリコさんはふんと鼻で笑った。

「私がまだ少年だったころ、王都で剣術大会を観戦したことがある」

「は?」

再征服レコンキスタの一族から、アルトゥーロという若者が出場していたのを覚えている」

「ひ、人違いだろ……」

「彼は一回戦で敗退していた」

「相手が悪かったんだよ」

 ん?

 アルトゥーロさん、王都にいたのか?


 ソフィアさんが溜め息をついた。

「え、レコンキスタ? それってあの有名な一族よね? なんでそんな妙な名前かは知らないけど」

 アルトゥーロさんはバツが悪そうにそっぽ向いた。

「妙で悪かったな。大昔に先祖が活躍して、領地を奪い返したんだ。それでそんな名前なんだろ。どうでもいい。もうその名前は捨てたんだからな」


 フェデリコさんも容赦しなかった。

「レコンキスタ――。歴史書からは抹消されているが、前回の魔族との戦いで活躍した一族だ。武勇で知られた名門でな。王都の将軍もそこの出身だ」

 将軍というのは、俺に武器をくれた人だ。

 あのときもらったハルバードはいまでも愛用している。


 すると珍しく、母が口を開いた。

「レコンキスタ……。なつかしい名ですね」

「母さんも知ってるの?」

「ええ。地上を魔族が支配していた時代。私は、ラ・ヴェルデを支配する王家の娘でした。レコンキスタの一族に滅ぼされるまでは、ですが」

「えっ? 母さん、王族だったのですか?」

 本当に?

 魔女の上に王族?


「そうですよ。もっとも、我が一族は、魔法が得意だったために、魔族を代表してラ・ヴェルデを支配していただけですが。いまではみんな死んでしまって、生き残りは私だけです」

 母さんの言葉に、アルトゥーロさんがなんとも言えない表情になった。

「ま、まさか仕返ししようなんて考えてないよな?」

「ええ。考えていませんよ。ただ、ちょっとなつかしくなっただけです」

 仕返ししたくても、母さんにその力は残っていないと思う。

 たぶん。

 その代わり、ピチョーネがやらないとも限らないけど。


 フェデリコさんが咳払いをした。

「とにかく、天界に誰を連れて行くかを考える前に、我らの代表から意見をうかがう必要がある」

 俺はつい首をかしげた。

「え、代表? フェデリコさんじゃないんですか?」

「私はこの別荘の所有者というだけだ。集団のリーダーではない」

「リーダーじゃない? なら誰が?」

「君だ」

「俺? なぜ?」

 まったく理由が分からない。


「以前、君はワタリガラスから啓示を受けたと言ったな。君はくさびなのだと」

「はぁ、まあ、そうですけど。でもフェデリコさんも母さんも楔ですよ」

「私は科学の、君の母上は魔法の専門家だ。その両者を結びつけたのは君だ。君はなんのエキスパートでもない。代表者になるのは、そういう人間こそがふさわしいのだ」

 うっすらバカにされている気もするが。

「俺が決めていいんですか?」

「もちろん。だが、私も専門家として助言はする」

「じゃあ助言してください……」

 茶番じゃないか。


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「結論だけ言えば、どちらでもいい。協定などは、その気になれば破ればいい。それよりも、今回は天界の内部を視察できることに意味がある。もうひとりの専門家の意見はいかがかな?」

「お好きに」

 母さんはいつもこうだ。

 自分の意見を言わない。


 俺もつい溜め息を我慢できなかった。

「分かりました。あとは向こうの意見を聞いてから決めます。いいですね?」

「結構。では同行するメンバーを選択したまえ。言っておくが、先方のご指名だから、私は必ず行くことになるぞ」

 まあそうだ。

 それに、フェデリコさんがいなければ、向こうのいいように話を持っていかれて終わりだろう。俺は協定なんて結んだことがない。


 さて、あとはメンバーか。

 というか、選ぶ必要があるのだろうか?


「全員で行きませんか?」

 俺がそう提案すると、みんな黙ったままこちらを見た。

 おかしなことを言っただろうか?

「あの、もちろん母さんとピチョーネにはお留守番してもらいますけど……」

「ガハハ! マルコ! やっぱりお前は最高だぜ! ああ、任せとけ。俺の剣術でお前たちを守ってやるよ」

 乗り気なのはアルトゥーロさんだけだ。


 鍋をかき回していたカエデさんは渋い表情。

「あたしは残るにゃ。家のことやらないと」

「え、来てくれないんですか?」

「そこの生首の世話もしないといけないし」

「俺が代わりましょうか?」

「結構だにゃ」

 なぜか絶対に母さんの世話をさせてくれない。

 母さんも母さんでほっとした顔をして。


 あとはソフィアさんだが……。

「じゃあ決まりね。私も行く。天界の医療がどんなレベルなのか見てみたいし」

 参考になるだろうか?

 たぶんだけど、彼らは他人から強制的に血を抜いたりはしていないと思う。


 フェデリコさんは「ふむ」とうなずいた。

「四名か。まあ妥当なところだろう。心配しなくていい。おそらく特使の言う通り、我々の安全は保障される。もし単に殺すつもりなら、ほかにいくらでもやりようがあるはずだからな。では日程を決めたら、彼らの領地へ向かうとしよう」

 リーダーは俺だったはずでは……。

 いや、きっとこれでいいのだ。

 リーダーといっても形式的なものだ。フェデリコさんのやりやすいようにしてくれたらいい。


 罠の可能性もあるけど、フェデリコさんが大丈夫というのだから、きっと大丈夫だろう。

 俺たちを殺すのは簡単だ。

 ここに魔女がいることを、辺境伯に通報すればいい。自動的に人間同士の戦いが始まる。そして戦いが始まれば、物量の差で辺境伯が勝利する。

 いや、案外こちらが勝つかもしれない。なにせピチョーネがいるのだから。


 だけど今回は、戦いに行くわけじゃない。

 話し合いだ。

 いい結果になることを祈ろう。


(続く)

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