外交特使
遠くで戦争が起きている。
だけど、それがどこかは分からなかった。
俺たちは自由都市を解放して回った。
それだけではない。
解放された自由都市は、次第に同盟を結び始めた。外部からの暴力に蹂躙されないように。
辺境伯の主力は戦争にかかりっきりで、この動きに対応できなかった。
俺たちの活動は順調に思えた。
*
秋も深まってきたころ、廃墟に来客があった。
「お初にお目にかかります。突然の来訪、お詫び申し上げます。わたくしどもは、天界より派遣されました外交特使でございます。ぜひ皆さまの代表にお目通り願いたく……」
まっしろな前掛けの、表情のない男女だ。
三名。
武装はしていないように見える。
応対した俺は、なんと応じていいのか……分からなかった。
機械人形のコアに触れたとき、彼らのような人々の映像を見た。きっと天界から来たというのはウソではないのだろう。
いや、衣装をマネただけの人間という可能性もなくはないが……。
「えーと、代表……?」
「マルコさまですね?」
「えっ?」
名前を呼ばれて、俺は思わず身構えた。
なぜ知っている?
彼らはにこりともしなかった。
「失礼いたしました。皆さまのことは、事前に調べさせていただきました。フェデリコさまにお取次ぎいただけますでしょうか?」
「は、はい……」
だが、俺が呼びにいくまでもなく、中からフェデリコさんが出てきた。
「私がフェデリコだ。話をうかがおう。中へ」
「いえ、本日はご用件だけお伝えにまいりましたゆえ」
「ではそのご用とは?」
「あなたさまのお知恵を拝借いたしたく。わたくしどもの代表と会談に応じて欲しいのです」
神の眷属が?
フェデリコさんの知恵を借りたいと?
だが、フェデリコさんは不審そうな表情を浮かべた。
「もっと具体的な説明をお願いしたい。私の知恵など、貴君らのそれに比べれば児戯にも等しかろう」
「失礼いたしました。わたくしどもは、一連の戦争に関する問題を、平和的に解決したいと考えておりまして。地上でご活躍されている皆さまのお力をお借りしたいと」
「ふむ。しかしもっと詳しく説明できるはずだ。できれば『なぜ我々なのか』と『具体的になにを要求するつもりなのか』もセットで頼もう」
相手が神の眷属であろうと容赦しない。
外交特使の面々は、それでも無表情のままだった。
「はい。なぜ皆さまなのか。それはもちろん、皆さまのご活動が、今後の世界の流れを決定するからでございます。そして具体的な要求の内容ですが。我が国との和平協定を結んでいただきたいのです。わたくしどもの代表は、皆さまとの衝突を避けたいと考えております」
和平協定――。
相手はおそらく神の眷属を代表している。ところが、こちらは民間の武装勢力でしかない。その両者が協定を結ぶというのか。
フェデリコさんは、そこで初めて笑みを見せた。
「いまこの場で協定を結んでもいいのかな?」
「いえ、その際は、わたくしどもの領域へご案内いたします。もちろん身の安全は保障いたします」
「天界とやらを拝めるわけか」
「またの名をラ・チェーロ。じつのところ国家というものを持っておらず、共同体の名前も特にありません」
国家を持たない?
それでどうやって領地を支配しているのだろうか……。
「念のため護衛をつけても?」
「基本的には、何名でも無制限にお連れしていただいて構いません。しかしひとつだけ条件がございます」
「条件?」
「魔族です。彼女たちのご同行はご遠慮願います」
人間だけ、ということか。
母さんとピチョーネは付き添えない。
「理由は?」
「慣例でございますゆえ」
「慣例? 法ではないのか?」
「慣例でございます」
対応がまるで機械みたいだ。
フェデリコさんもさすがに眉をひそめた。
「特使よ、私は自分の理解できないものに対しては、基本的に肯定しないことにしている。なぜ慣例になったのかご説明いただきたい」
「……」
困惑した表情こそ浮かべなかったものの、特使たちは互いに顔を見合わせた。
いちおう「困る」という感情はあるらしい。
特使たちはしばらく顔を見合わせていたかと思ったら、急にこちらへ向き直った。
「わたくしどもの文書にそう記述されているから、というのが公式の回答になります」
「しかしそれでは納得できない」
「わたくしどもの社会では、魔力の影響を受けやすい繊細な物品を扱っております。そしてご存じの通り、魔族は常に魔力を発しています。彼女たちの力が干渉し、社会に対して予期せぬ悪影響を及ぼす可能性があるのです」
「ふん。まあいい。ひとまず目をつむろう。別の理由があるとしてもな。おそらくいまの説明もあながちウソではあるまいし」
「ええ、知識の箱は繊細ですから」
「それ以上は結構」
特使が口にした言葉に、フェデリコさんは不快そうな対応をした。
なぜだ?
知識の箱?
たしか十年前に、古代遺跡でカエデさんが見つけた箱だ。中には記憶魔法の込められた球体が入っていた。しかし魔力はすぐに失われてしまい……。結局、価値を失ってしまった。
「では、こちらの宝玉をお受け取りください。魔力を込めれば、案内役がすぐにお迎えに参ります」
「魔力?」
「魔女なら扱えます。それでは、わたくしどもはこれにて」
特使は辞儀のつもりか、軽く膝を曲げた。
かと思うと、大きく空間を裂いて、その中に入っていってしまった。
魔女の使っていた転移魔法だ。
数秒後には、もう彼らの姿はきれいさっぱり消え去っていた。
*
「ヒューッ! すげぇや。天界に行けんのか? ホントに?」
みんなを集めて事情を説明すると、アルトゥーロさんが年甲斐もなくはしゃぎ出した。
事の深刻さを理解していないのか?
いや、じつのところアルトゥーロさんが正しくて、ホントはちっとも深刻じゃないのかも。
フェデリコさんは、しかし不快そうに眉をひそめた。
「君を連れていくとは言っていない」
「は? なんでだよ? 護衛が必要だろ?」
「君の指揮官としての能力は買っているが、個人的な戦闘力に関しては信用していない」
「ほう。そういえば俺の剣術を、先生のお目にかけたことはなかったかな」
アルトゥーロさんもさすがに不快に思ったらしい。
このままでは外でケンカにでもなりそうな雰囲気だ。
が、フェデリコさんはふんと鼻で笑った。
「私がまだ少年だったころ、王都で剣術大会を観戦したことがある」
「は?」
「再征服の一族から、アルトゥーロという若者が出場していたのを覚えている」
「ひ、人違いだろ……」
「彼は一回戦で敗退していた」
「相手が悪かったんだよ」
ん?
アルトゥーロさん、王都にいたのか?
ソフィアさんが溜め息をついた。
「え、レコンキスタ? それってあの有名な一族よね? なんでそんな妙な名前かは知らないけど」
アルトゥーロさんはバツが悪そうにそっぽ向いた。
「妙で悪かったな。大昔に先祖が活躍して、領地を奪い返したんだ。それでそんな名前なんだろ。どうでもいい。もうその名前は捨てたんだからな」
フェデリコさんも容赦しなかった。
「レコンキスタ――。歴史書からは抹消されているが、前回の魔族との戦いで活躍した一族だ。武勇で知られた名門でな。王都の将軍もそこの出身だ」
将軍というのは、俺に武器をくれた人だ。
あのときもらったハルバードはいまでも愛用している。
すると珍しく、母が口を開いた。
「レコンキスタ……。なつかしい名ですね」
「母さんも知ってるの?」
「ええ。地上を魔族が支配していた時代。私は、ラ・ヴェルデを支配する王家の娘でした。レコンキスタの一族に滅ぼされるまでは、ですが」
「えっ? 母さん、王族だったのですか?」
本当に?
魔女の上に王族?
「そうですよ。もっとも、我が一族は、魔法が得意だったために、魔族を代表してラ・ヴェルデを支配していただけですが。いまではみんな死んでしまって、生き残りは私だけです」
母さんの言葉に、アルトゥーロさんがなんとも言えない表情になった。
「ま、まさか仕返ししようなんて考えてないよな?」
「ええ。考えていませんよ。ただ、ちょっとなつかしくなっただけです」
仕返ししたくても、母さんにその力は残っていないと思う。
たぶん。
その代わり、ピチョーネがやらないとも限らないけど。
フェデリコさんが咳払いをした。
「とにかく、天界に誰を連れて行くかを考える前に、我らの代表から意見をうかがう必要がある」
俺はつい首をかしげた。
「え、代表? フェデリコさんじゃないんですか?」
「私はこの別荘の所有者というだけだ。集団のリーダーではない」
「リーダーじゃない? なら誰が?」
「君だ」
「俺? なぜ?」
まったく理由が分からない。
「以前、君はワタリガラスから啓示を受けたと言ったな。君は楔なのだと」
「はぁ、まあ、そうですけど。でもフェデリコさんも母さんも楔ですよ」
「私は科学の、君の母上は魔法の専門家だ。その両者を結びつけたのは君だ。君はなんのエキスパートでもない。代表者になるのは、そういう人間こそがふさわしいのだ」
うっすらバカにされている気もするが。
「俺が決めていいんですか?」
「もちろん。だが、私も専門家として助言はする」
「じゃあ助言してください……」
茶番じゃないか。
フェデリコさんは肩をすくめた。
「結論だけ言えば、どちらでもいい。協定などは、その気になれば破ればいい。それよりも、今回は天界の内部を視察できることに意味がある。もうひとりの専門家の意見はいかがかな?」
「お好きに」
母さんはいつもこうだ。
自分の意見を言わない。
俺もつい溜め息を我慢できなかった。
「分かりました。あとは向こうの意見を聞いてから決めます。いいですね?」
「結構。では同行するメンバーを選択したまえ。言っておくが、先方のご指名だから、私は必ず行くことになるぞ」
まあそうだ。
それに、フェデリコさんがいなければ、向こうのいいように話を持っていかれて終わりだろう。俺は協定なんて結んだことがない。
さて、あとはメンバーか。
というか、選ぶ必要があるのだろうか?
「全員で行きませんか?」
俺がそう提案すると、みんな黙ったままこちらを見た。
おかしなことを言っただろうか?
「あの、もちろん母さんとピチョーネにはお留守番してもらいますけど……」
「ガハハ! マルコ! やっぱりお前は最高だぜ! ああ、任せとけ。俺の剣術でお前たちを守ってやるよ」
乗り気なのはアルトゥーロさんだけだ。
鍋をかき回していたカエデさんは渋い表情。
「あたしは残るにゃ。家のことやらないと」
「え、来てくれないんですか?」
「そこの生首の世話もしないといけないし」
「俺が代わりましょうか?」
「結構だにゃ」
なぜか絶対に母さんの世話をさせてくれない。
母さんも母さんでほっとした顔をして。
あとはソフィアさんだが……。
「じゃあ決まりね。私も行く。天界の医療がどんなレベルなのか見てみたいし」
参考になるだろうか?
たぶんだけど、彼らは他人から強制的に血を抜いたりはしていないと思う。
フェデリコさんは「ふむ」とうなずいた。
「四名か。まあ妥当なところだろう。心配しなくていい。おそらく特使の言う通り、我々の安全は保障される。もし単に殺すつもりなら、ほかにいくらでもやりようがあるはずだからな。では日程を決めたら、彼らの領地へ向かうとしよう」
リーダーは俺だったはずでは……。
いや、きっとこれでいいのだ。
リーダーといっても形式的なものだ。フェデリコさんのやりやすいようにしてくれたらいい。
罠の可能性もあるけど、フェデリコさんが大丈夫というのだから、きっと大丈夫だろう。
俺たちを殺すのは簡単だ。
ここに魔女がいることを、辺境伯に通報すればいい。自動的に人間同士の戦いが始まる。そして戦いが始まれば、物量の差で辺境伯が勝利する。
いや、案外こちらが勝つかもしれない。なにせピチョーネがいるのだから。
だけど今回は、戦いに行くわけじゃない。
話し合いだ。
いい結果になることを祈ろう。
(続く)




