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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)

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母との再会

 川に沿って進めばいいだけだから、道に迷うことはない。

 石斧は短くなってしまったし、もう石の部分も外れそうだけど、それでも不安はない。


 日の暮れかけたころ、小屋を見つけた。

 もっと早く着く予定だったのに、意外と時間がかかってしまった。完全に日が落ちる前でよかったけど。


「ただいま戻りました」

 部屋に入る。

 けど、まっくらだった。

 しんとしている。


 母さんは?


 獣の血のにおいはするから、たぶん食事はしたんだと思う。

 けど、母さんの気配がなかった。


 出かけてる?

 こんな時間に?

 どこに?


 俺は手探りで棚をあさり、火打ち石をつかんだ。どこになにがあるかは、感覚でわかる。暖炉で火を起こし、部屋に光を入れる。


 無人のテーブル。

 椅子は二つ。

 少し離れたところにベッドが二つ。

 景色は以前と同じ。けど、母さんだけがいない。


「母さん? どこ? いないの?」

 この小屋には二階も地下もない。

 だからこの部屋にいなければ、どこにもいないことになる。


 どこに行ったんだろう。

 もしかして、母さんは俺のことが邪魔になったんだろうか。だから俺を追い出して、自分もどこかへ……。


 もちろん母さんにも母さんの人生がある。

 ずっとここに住んでなきゃいけないわけでもない。

 それでも……。


 会話も相手もないまま、俺は椅子に腰をおろした。

 不安ばかりがつのる。

 嫌な予想ばかり。


 俺は母さんの本当の子供じゃない。土から生まれたところを、気まぐれで拾われただけ。

 邪魔だったとしても、おかしくない。

 ここまで育ててくれただけでも感謝しないといけない。


 そうは分かっていても……。


「ふわあっ! マルコ! なぜここにいるのですか? 驚くではありませんか!」

 急に母さんが帰ってきた。

 手ぶらだから、木の実を集めていたわけではないらしい。

「母さん! どこに行っていたのですか?」

「どこって……。どこでもいいでしょう。それよりマルコ、なんですか? まだ一日しか経っていませんよ? なぜ帰ってきたのです?」

「うっ……」

 こっちは母さんに会いたくて帰ってきたのに。

 なんでそんな冷たいことを言うんだ。


 母さんはドアを閉めて、なんとも言えない表情で椅子に腰をおろした。

「ああ、火を起こしてくれたのですね。助かりますよ」

「はい……」

「でもなぜ……。街でなにかイヤなことでもあったのですか?」

 心配してくれる。

 いつもの優しい母さんだ。

「いえ、100リラ稼いだので、母さんに渡そうと思って」

「100リラ……」

「足りませんか?」

「いえ、まあ……。一日の稼ぎとしては悪くないと思いますが……。私が言いたかったのは、独立して生活できるくらいは稼ぎなさいという意味であって……」

 ああ、母さんが困っている。

 俺のせいだ。

 俺がちゃんと理解していないから。


「あと、斧も折れてしまって……」

「折れましたか……。まあ杖代わりに渡しただけですから、そのうち折れるだろうとは思ってましたが……」

「一回で折れました」

「まあ杖なので……」

 杖だったのか。

 でも、そんなことは最初に言ってくれなきゃわからない。斧がついているんだから、振り回すに決まっている。


「合法的に五人殺しました」

「そうですか……。マルコは怪我をしていませんか?」

「大丈夫です」

 正直、大人の人間と戦うのは不安があった。

 だが、予想外に……余裕だった。奇襲だったというのもあるけど。相手が武器を持っていても、たぶんそんなに変わらなかったと思う。


 会話が途切れると、またしんと静まり返ってしまった。


「マルコ、この際だからハッキリ言っておきますよ」

「ダメです」

 なにかイヤなことを言われそうだった。

 母さんは不快そうに目を細めている。

「ダメではありません。言います。もう二度とここへは帰ってこないでください」

「えっ……?」

「そのほうがいいのです」

「……」

 涙が出そうだ。

 薄々そんな気はしてたけど、それだけは絶対に行って欲しくなかったのに。


「マルコ、違うのです。あなたのことを嫌いで言っているのではないのですよ」

「じゃあなんなんですか……」

「それは世界が……」

「世界がなんですか……」

「世界が、そのように動き出してしまったので」


 まったく意味が分からない。

 世界が動き出した?

 なにがどう動いていると?


「母さん、ハッキリ言ってください。俺が本当の子供じゃないから……」

 しゃくりあげてしまった。

 あまりにもつらすぎる。

「マルコ、分かってください。そもそも私は、あなたの母になる資格もない存在なのです」

「そんなことありません! 母さんは母さんです! 誰がなんと言おうと、母さんは俺の母さんです!」

 まるで駄々っ子だ。

 自分でも分かってる。

 本当にみっともない。

 母を困らせている。


 外では、夜の鳥たちが鳴き始めている。

 もう夜だ。


 母さんは目を細め、深く呼吸をした。

 子供のころからずっと姿の変わらない母さん。

 俺の意見なんてほとんど聞いてくれなかった。でも、優しかった。いまもそう。俺の意見なんて聞いてくれないのに、優しい。


「マルコ。では言います。あなたの本当の母を殺したのは、私です」

「えっ?」

 なんて?

 本当の母?


 母さんは、完全に表情を消している。有無を言わせないときの態度。

「あなたは土から生まれた。そして偶然通りがかった私に拾われた。そう信じていますね」

「はい……。えっ? はい。そうですよね?」

「形式的にはそうです。ただ、あなたを生んだのは人間の女性です。私が殺して埋めました。だというのに、子供を産み、あろうことか地面から這い出してきました。それがあなたです」

「……」


 意味が分からない。

 なんでそんなウソをつくのか。


「その女は、死の間際に言ったのです。腹の中の子を頼む、と。私はその契約に応じました。引き受けたところで、どうせ母体と一緒に死ぬと予想していたから。なのに、その子はまんまと生まれ、土の中から出てきてオギャオギャと泣きわめき……」

「信じません」

「普通、子供は、生まれたときのことを覚えていないものです。しかし私は、魔法で記憶を定着させました。私に従順になるように。私が命を助けたということになれば、恩を感じるだろうと」

「そんなの嘘です。作り話です」

 心臓がドキドキする。

 なにを信じていいのか分からない。目の前の母さんが、母さんじゃないなんて。ぜんぜん分からない。受け入れられない。

「作り話? では、あなたはどうやって生まれたのです? ただの人間が、土の中から生まれると本気で思っているのですか? 仮にそうだとして、なぜ私が拾うのです? 生まれた瞬間の記憶だけはあるのに、その後の記憶が曖昧なのはなぜです? すべて矛盾なく説明なさい」

「……」


 母さんは立ち上がった。

「ついて来なさい。あなたの母が埋まっている場所に案内します」

「えっ?」

「そこが、あなたの生まれた場所でもあります」


 *


 石が置かれているだけの、小さな墓地だった。

 墓には小さな花が添えられている。


「ここは、私が殺した人間たちの墓です」

「……」

「そこですよ。その石の下に、あなたの母がいます。嘘だと思うなら掘り返してみなさい。骨が埋まっていますから」

「……」

「明日になったら、上をごらんなさい。生まれたときの景色と一致するはずですから」

「……」


 もう言わなくていい。

 すべて記憶の通りだ。

 俺はここで生まれた。


 立っているのもつらくなって、地べたに崩れ落ちた。

「なぜ……殺したのですか……?」

「その女は、力を欲してここへ来ました。力のために、魔族である私と契約したのです。しかし、支払うべきものを持っていませんでしたから、代わりに命を奪いました。すべては契約通りに」

「だったら母さんは悪くありませんよ。契約に違反しているわけでもありませんし」

 だが、母さんは……。

 表情のない顔で、俺に告げた。

「もう私を母と呼ぶのはおやめなさい。少なくとも大人になるまで育てました。契約は終了です」

「イヤだ……」

「この森は、もともと魔族の領域です。次にここへ来たならば、侵入者として対応します。いいですね?」

「イヤだ……」

「イヤでもそうします。今日は泊まっていきなさい。ただし、それが最後です」


 *


 もう、言葉もなかった。

 俺は捨てられたのだ。

 いや、捨てられたなんて感傷的なことは言いたくない。母さんは……あの魔女は、契約に従って俺を育てた。契約は終わった。それだけだ。


 翌朝、魔女の姿はなかった。

 その代わり、テーブルには書き置きがあった。

 稼いだお金は、自分のために使いなさい、と。

 俺は麻袋だけつかんで家を出た。


 壊れた石斧も置いていく。

 できるだけ、魔女のものを持ち歩きたくなかった。


 *


 山をおりて、街へ目指した。

 途中、野良犬をつかまえて食った。生のままかじりついて、ハーブと一緒に飲み込んだ。


 門の外では子供が楽器を弾いていた。

 ただ音が鳴っているのは分かるのだが、音楽という感じがしなかった。少しも楽しい気持ちにならない。


 見上げれば、どこまでも広がる青い空。

 深呼吸をすると、同じだけ溜め息が出た。

 太陽は……なるべく見たくない。


「偉大なる我らが緑の辺境伯の御令嬢が、おそれを知らぬ暴漢の手にかかり、はかなくも未来を潰された。犯人を見つけたものには最大3000リラ。有力な情報には最大500リラを用意している。事情を知るものは役所までこられたし。繰り返す、偉大なる我らが……」

 広場では、相変わらず男が声を張り上げていた。


 領主が、自分の娘のために莫大なお金をかけている。

 3000リラ。

 山賊討伐を30回繰り返すのと同じだけのお金。


 俺は路地に入り、雑貨屋を探した。

 人に道を尋ねたら、すぐに場所を教えてくれた。


「よう、いらっしゃい。誰かと思えば、ギルドの新人じゃねーか」

「こんにちは」

 ペテロさんの店だ。

 安いと言っていたから、100リラでも装備を整えられるはずだ。たぶん。

「ご用は? といっても、ギルドの仕事をするなら、武器か防具をご所望ってところかな。うちは中古しか扱ってねぇが。おいおい、なんだよ。ずいぶん暗い顔して。なんかヤなことでもあったのかい?」

「いえ、大丈夫です。いま100リラしかなくて」

「安心しなよ、兄ちゃん。うちはそんな高額な商品は扱ってねぇから。折れた石斧の代わりが欲しいんだろ?」

「そうです。なんで分かるんですか?」

「そりゃ分かるさ。使ってる道具が壊れたら、似たようなもんを探しに来るんだ。うちは特にリピーターが多いからな」

 それは……買ってもすぐ壊れるという意味だろうか?

 ペテロさんはケタケタ笑った。

「おいおい、そんな顔すんなよな。どんなモノだっていつかは壊れるんだ。うちはただ……そのサイクルが少しばかり早いだけで……。えーと、斧だったよな? そこに立てかけてあるのはどうだ? ちょっと重たいが、あんたの体格なら振り回せるだろ」

「俺、やっぱりちょっと大きいんでしょうか」

「まあ、普通よりはな。けど、そんな気にするほどじゃねぇよ」


 鋼鉄の斧だ。

 だいぶ錆びている。

 しかし俺は、その隣の、妙な形の武器が気になった。


「これは?」

「ハルバードだな。先端に槍のついた斧……みたいなモンだ。斧の反対側には、フックもついてる。なんでもついてたらお得だよな」

「フックなんて、なにに使うんです?」

「そりゃまあ……ウマに乗ってるヤツを引きずり落としたり……かな。ま、よく分かんねぇなら斧にしときなよ。30リラでいいぜ」

 オススメされた戦斧は、左右に斧がついている。

 対するハルバードは片側のみ。

 どうしてもあの石斧と比べてしまう。


「ハルバードはいくらですか?」

「普通なら40で売るところだが、35でいいぜ。おっと不満そうだな。なら30で売ってやる。正直、ずっと売れ残っててな。場所もとるし、早く処分しちまいてぇんだ」

「いいんですか、30で?」

「ああ。ただし、壊れても苦情は受けつけないぜ。うちは安かろう悪かろうがウリだからな」


 *


 結局、携帯用ベルトなんかも含めて40リラになった。

 それでも、やっとまともな武器が手に入ったと思う。


 もう俺の人生に目的はない。

 なにもない。


 思いつくのは、合法的に人を殺して、お金を稼ぐことくらい。


 なんの根拠もないのに、それを続けていれば、いつか報われる気がしている。

 誰かが褒めてくれる気がする……。


(続く)

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