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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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43/82

家(一)

 翌朝――。


 俺は顔を洗ったあと、できるだけ冷静に食事を済ませた。母さんに不安を悟られないように。

 だけどピチョーネがキョロキョロしてしまった。この子は魔法の天才かもしれないが、精神年齢はまだ年相応だ。


「なんか落ち着かねーにゃ」

 カエデさんが空気も読まずそんなことを言った。

 いや、空気を読んだうえで、あえてぶち壊しにかかったのかも。彼女はそういうことをする。


 ピチョーネは吹けもしない口笛を吹いた。

「な、なにかしら? なんなの? なにが落ち着かないの?」

「ネコとしての第六感があたしにそう告げてるのにゃ」

「人間でしょ?」

「人間はやめたのにゃ」

 余計な混乱を生んでいる。


 ソフィアさんが「ごちそうさま」と行ってしまった。彼女はこの廃墟の一室を自分の研究室にしていて、最近ではそこにこもっている。研究を続けていないと不安なのだとか。


 フェデリコさんは、朝から食事もせずに鎧の改造。

 それが済んだら、すぐにでも自由都市の解放へ向かうことになる。


「やっぱ落ち着かねーにゃ!」

「うるさいのよ! 落ち着かないのはあなたのせいでしょ!」

「心頭滅却」

「なに?」

「心頭滅却にゃ」

「なんなの? 東洋の魔法?」

 会話が噛み合っていない。

 本当になんなんだこの会話は。


 俺は二人を無視してこう切り出した。

「母さん、このあと少し出かけませんか?」

「あら。珍しいですね、マルコ。どこへお出かけするのです?」

「前に住んでいた森の様子を見ようかと……」

 街の人間は、自分たちの戦争に必死だ。

 森に戻ったところで誰も気にしない。

 あとは母さんの判断次第。


「ええ、いいですね。行ってみましょうか」

「やった!」

 断られるかと思った。

 母さんは最近、ピチョーネのことばかり気にかけていたから。


 ピチョーネもこちらを見た。

「あ、ええと……。森に行くの?」

「うん」

 一緒に来たいのだろうか?

 俺としても、母さんと二人きりで話したいような、でもピチョーネもいたほうがいいような。なんとも言えない気分だ。どっちでもいい。


 ピチョーネはムリに笑みを浮かべた。

「そうなんだ。分かった。気を付けて行ってきてね」

「ありがとう」

 珍しく気をつかってくれた、か。

 まだ子供に見えるけど、大人になりかけている。いや、でも俺もこのくらいの歳で家を出たような気がする。ピチョーネのことも、大人として扱ったほうがいいのかもしれない。


 *


 母さんのことは箱に収納して背負った。

 さすがに生首をそのまま持ち歩く勇気はない。誰かに見られたらマズい。

 だけど、誰かに見とがめられた場合の言い訳は用意している。死んだ母の頭部を、防腐処理して持ち歩いていることにするのだ。母さんは死んだフリをする。怪しまれはするだろうけど。誰だって死んでいるとしか思わないだろう。


 日差しは容赦なく大地を炙っている。

 ただでさえ乾燥した街道が、ヒビ割れるほどに。


「母さん、暑くありませんか?」

「ええ、とんでもなく暑いですよ。お出かけを承諾したことを、さっそく後悔しています」

「少しだけ我慢してください」

 何度も背負いなおす。

 そのたび箱の中でガコガコ音がする。

 また斜めにしてしまったかもしれない。


 兵がたむろしていた。

 彼らはニヤニヤしながらこちらを見ている。


「おい、止まれ。ここを通りたければ、通行料を払え」

 始まった。

 世が乱れているのをいいことに、兵が勝手な暴走をしている。


「お金なんてありませんよ」

 俺がそう告げると、兵たちはゲラゲラ笑った。

「見え透いたウソを言うんじゃねーよ。大事そうに背負ってるそいつを見せてみろ。きっと金目のモンが入ってんだろ?」

 愚かな。

 本当に、愚かな。


 彼らの武装は剣。

 戦えばハルバードで一掃できる。

 その前に、どちらにせよ箱をおろす必要はあるけど。


 俺は箱をおろし、中を見せた。

「母さんです」

「あ? なんだこれ、人の髪……? うわあっ!」

 母さんは美しくて長い髪をしている。

 最初にそれが見えたのだろう。


 覗き込んだ兵が尻もちをつくと、他の兵も覗き込んで不快そうに顔をしかめた。

「なんだお前……。邪教徒か?」

「違います。母さんです。母さんの頭部を腐らないように処理して、一緒に旅しているんです」

「気味の悪い野郎だな……」

「もういいですか?」

「きっと生きてりゃいい女だったろうに。さすがにこれじゃあな。行けよ。二度と戻ってくるなよ」

「失礼します」

 全員ハルバードで切り殺してやりたかったが、我慢した。

 できるだけ問題は起こさないほうがいい。


 *


 森に入ると、母さんの頭を出して水を飲ませた。

「まったく。死ぬかと思いましたよ。帰りは交代しなさい」

「できればそうしたいんですが、ちょっとムリでは」

 俺の体では、小さな箱に入れそうにない。


「けど、母さん、美人だって褒められてましたね」

「あんな連中に褒められても嬉しくありませんよ」

 いや、嬉しそうだ。

 露骨に眉があがっている。


 そこからは、母さんを手で抱えて移動した。

 なつかしい道。

 川に沿って歩けば、小屋が見えるはず。


 草が深い。

 緑のにおいがする。

 木々がときおり風にゆれて、涼しげな音をたてる。


 *


 小屋はまだ残っていた。

 想像よりも一回り小さくなっている気がするが。俺が成長したせいかもしれない。


 中は埃まみれ。

 クモの巣も張られていた。


 俺は丹念に埃を拭ってから、母さんをテーブルに乗せた。


「どうですか、母さん? 懐かしいですよね」

「そうですね」

 窓から差し込んでくる光に、目を細めている。


 思い出す。

 晴れの日も、雨の日も、俺たちはこの家にいた。

 起きるのも、寝るのも、食事をとるのも、二人一緒。

 母さんはずっと変わらない。

 俺だけが大きくなった。


「マルコ、未来を見ましたね?」

「えっ?」

 なぜバレた?

 ピチョーネが言ったのか?

 いや、最初から分かっていたのかも。


「あの首飾りを最初に受け取ったのは私です。そのときに未来を見ました。ピチョーネも見たでしょう。そしてそれを、あなたに相談したはずです」

「はい、母さん。その通りです。黙っていてごめんなさい」

 だけど母さんは怒らなかった。

 優しい表情でこちらを見ている。

「そんな顔をしないで。未来は変えられますよ、マルコ」

「えっ? 本当に?」

「ええ。私は魔女ですよ? 魔力の大半は失いましたが、知識までは失っていません」


 やっぱり母さんはすごい!

 なんでもできるんだ!


「どうすればいいんですか!? 教えてください!」

「あなたは未来を見たから、私をここへ連れ出した。それだけで、未来は少し変化したはずです。せっかくですから、もっと変化させましょう」

「はい!」

 やった!

 未来は変えられるんだ!


 母さんは静かに告げた。

「まずは家の裏手へ回りましょう」

「裏手? でもそこには……」

「墓をあばくのです。ひとつはあなたの生みの親の墓を。そしてもうひとつは、私の墓を」

「な、なんで?」

 なんでいまそれをしないといけないんだ?


「未来を変えるためですよ、マルコ。本当だったらやるはずのないことを、あえてするのです。そうすることで、未来は大きく変化します」

「分かりました! やりましょう!」


 *


 母さんを抱えて裏手へ回った。


 墓地も雑草まみれだった。

 小さな墓石がうずもれるほど。


「ハルバードで掘ります」

「いえ、スコップがありますから、それを使いなさい」

「分かりました」

 脇に小さなスコップがあった。

 だいぶ錆びついているが、まあ、ハルバードでやるよりは効率がよさそうだ。


 雑草の根に苦慮しながら、俺は土を掘った。

 力いっぱい突き込んで、土を持ち上げて脇へ。突き込んで、脇へ。ひたすら繰り返す。


 人骨が出てきた。


「母さん、これ……」

「あなたの本当の母、ベアトリーチェです」

「俺の、母さん……」

 何度考えても不思議だ。

 母が二人もいるなんて。


「その骨に触れれば、記憶魔法が反応するはずです。母親の記憶を受け継ぐことができますよ」

「はい……」

 その話は以前にも聞いた。

 いつか触れようと思っていた。

 だけどいま目の前に、土に埋まった母の骨があるのを見ると……。どうしても触れがたい気持ちになってしまう。手を伸ばそうとする気さえ起きない。


 でも、未来は変えたい。


「母さん、俺……」

「そうですね。簡単なことではありません。あなたは、じつの母の最期を見届けることになるのですから」

「はい……」


 ベアトリーチェという人は、魔女となんらかの契約をして、命を差し出した。

 逆を言えば、命に替えてでも成し遂げたいことがあった、ということだ。


 俺は手を伸ばした。

 怖かった。

 骨に触れる前に、手を引っ込めたくなる。

 でも、それじゃダメだ。

 俺は未来を変えるんだ。


 *


「え、あんた魔族なの?」

「ええ。これがその証拠」


 ある夜、宿の一室で、二人の母さんが会話していた。

 ベアトリーチェという人は、想像よりも若かった。十代だろうか? いや、二十代か。だいたいそのあたり。愛嬌があって、活発そうな人だ。

 魔女は、いまと変わらない風貌。若々しくて、美人で、自信に満ちている。いまはスペード型の尻尾をひらひらさせて、ベアトリーチェに見せつけている。


「うわー、魔族って初めて見た」

「誰にも言わないように。バレたら火あぶりにされてしまうから」

「言わない言わない。わー、でもすごいね。普通の子じゃないとは思ってたけど」

「普通でしょ?」

「普通じゃない。普通の子は、そんな……変な感じじゃないもの」


 やたら鮮明な記憶。

 ベアトリーチェにとって、かなり衝撃的な事実だったことが分かる。


 ベアトリーチェは酒場で働いていた。

 それだけでなく……お金をもらって、男の客をとっていた。

 俺にとっては吐き気のする内容だ。

 特に、チェーザレという酒癖の悪い常連客。酒に強くないくせに、弱いと思われたくないからたくさん飲んで、それで問題ばかり起こしていた。


 ベアトリーチェと魔女は飲み友達の関係だった。

 いろんな悩みを相談していた。


 ところがある日、魔女は街を去った。

 魔族であることがバレて、兵に目をつけられたからだ。

 観測所の人間が、街で魔力を検出したらしい。そして魔女の存在を突き止めたのだという。


 仲良くしていたベアトリーチェも尋問を受けた。どういう関係だったのかを厳しく問い詰められた。だが一貫して、魔族だとは知りませんでしたと主張した。

 見た目で魔女を見抜けなかったのは、ベアトリーチェだけではない。酒場の常連客もみんな同じだ。だからベアトリーチェの主張は、そのまま受け入れらた。


 ある日、ベアトリーチェの腹に命が宿った。

 それが俺、だろうか……。

 いや、違う。

 その子供は、生まれなかった。

 チェーザレの暴力が原因で、流れてしまったのだ。


 ベアトリーチェは街を出た。

 だけど行くアテもなかった。


 そんな彼女を、神は救わなかった

 山賊が、ベアトリーチェに目を付けたのだ。


 地獄のような毎日。


 ベアトリーチェは隙を突いて砦を抜け出して、森へ入った。

 歌声のするほうへ。

 世界を呪う魔女の歌だ。


(続く)

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