機械装甲
それは「機械装甲」と名付けられた。
フェデリコさんの頭の中ではすべてが完成していたらしく、実物が完成するのも早かった。材料などはジョヴァンニさんたちが安く提供してくれた。
「この鎧は、コアからのエネルギー供給により、半永久的に駆動し続ける。筋力はいらない。すべてコアのエネルギーがなんとかする。コアは記憶魔法に反応するから、普通の人間では操作できないが……。すでにテストしたように、マルコくんなら操作可能だろう」
フェデリコさんは興奮気味に説明している。
徹夜で作業していたせいだ。目の下にはクマもある。
俺は言うべきか迷ったが、あえて確認した。
「鎧っていうより、乗り物じゃないですか?」
「なんでもいい。大事なのは、これが機械人形に匹敵する兵器だということだ。だが、関節部は相変わらず弱点となっている。そこへの直撃は避けてくれ。生きるか死ぬかは、君のセンス次第だぞ」
「はい……」
超巨大というわけではない。
だが、人間サイズというには、いささか大きすぎる。3メートルはないが。小さな建物には入れないだろう。横幅もあるし。
いまはしゃがんだ状態で床に庭に置かれているから、ひょいと乗り込めるが。
人の形をした金属の塊。
納まり切らないコアのせいで、背面が大きく膨らんでいる。腕も意味不明に太い。
「フェデリコさん、なんでこんなに腕が太いんですか?」
「気づいたか? 君も機械人形の光線を見ただろう? あの光線を、その腕から出るようにした。簡単に敵を焼き払えるぞ」
「あの光線が……? それは本当に、人が使っていい力なんでしょうか……?」
街の焼ける光景を見た。
野が焼ける光景を見た。
巻き込まれた人間は、あっけなく消し飛んでしまった。
フェデリコさんは不快そうに眉をひそめた。
「我々は、これから生存をかけた戦いをしようというのだ。反省はすべてが終わってからにしてもらおう。それよりも、君は自分の心配をする必要があるぞ。光線を使うと、コアから供給されるエネルギーの大半を出力することになる。頻繁に使用してはならない。まあ使用できてしまうが、そうなると動力に異常が出る」
「異常って?」
「安心したまえ。爆発したりはせん。たぶんな。問題は、動力のサポートを受けられなくなるということ。簡単に言えば、しばらく動けなくなる」
「分かりました」
光線など使わない。
なにも問題はない。
「材質は、残念ながらオリハルコンではない。ただの鋼鉄だ。それでもコアのエネルギーを防御魔法に変換し、クロスボウを弾ける程度には頑強にしてある。もちろん無敵ではないぞ。君も見たと思うが、機械人形のコアは、ドラゴンの怪力に潰されれば爆発する。だから、ああいうのとは戦うな。戦ってもいいが、必ず正面を向けて戦うこと。コアを破壊されたら、命の保証はできんからな」
「はい」
「ではさっそく、自由都市へ向かってくれ」
「えっ?」
説明があると言われて起こされて、庭へ来た。
なんの準備もできていない。
「この近くに自由都市があるだろう? そこの住民たちが、街の奪還のために戦っている。彼らに加勢して街を奪還したまえ」
「いまからですか?」
「いまからだ。もう金は受け取っているのだ。そしてその金は、その鎧に消えた。行くしかない」
「分かりました」
フェデリコさんは仕事が早いのはいいが、話も早すぎる。
事前に言ってくれればよかったのに。
*
鎧に入り込み、装甲板に背をつける。
コアの記憶が流れ込んでくる。
機械が機械を作る都市。
無表情な神族が、できあがった機械を眺めている。
みんな表情がうつろだ。
いったいなにが目的でこんなことをするのだろう……。
夢は一瞬でさめた。
装甲が身体を覆いはじめ、完全にカバーされた。
体を起こすのは簡単だった。
俺が動かそうとした通りに、動いてくれる。
「マルコくん。分かっているとは思うが、機械装甲の駆動中は、信じられないほどの力が出る。いつもの感じで動いてはダメだぞ。人と握手なんかしたら、相手の手がはじけ飛ぶからな」
「分かってます」
「では行きたまえ」
俺はハルバードを拾い、歩を進めた。
とんでもない重量のはずなのに、体が軽い。
飛び跳ねたくなるほど。
*
自由都市はひっそりとしていた。
交戦中とはいえ、兵たちは二十四時間戦っているわけではない。日が落ちると兵を引く。それから体力を回復させ、日がのぼってから兵を出す。
そういうものだ。
だが、俺が現れたことで、両陣営から注目を浴びてしまった。
「なんだあれは!? 機械人形か?」
「それにしちゃ小さくねぇか?」
「どうせこけおどしだろ。殺しちまえ」
街を支配している兵からは、いきなり敵だと思われてしまった。
一方、少し離れた森にひそむ人々は、警戒はしつつも、攻撃の動きはなかった。きっとフェデリコさんが話を通していたのだろう。
街の城壁から矢が降り注いできた。
俺は構わず前へ。
装甲は、すべての矢を弾き返した。中にいる俺にとっては、雨でも降ってきたような感覚しかない。
兵たちからどよめきが起きた。
「ウソだろ? ピンピンしてやがる」
「おい、まさか神が俺たちを裁きに来たんじゃないだろうな」
「そんなわけあるか! もっと矢を放て!」
矢は大地を覆い尽くすほどに撃ち込まれたが、ひとつとして装甲を貫けなかった。
城門は閉ざされている。
とはいえ、木製だ。
俺はそこへハルバードを叩き込んだ。直撃すると、雷撃が爆ぜて、向こう側が見えた。俺は何度もハルバードを叩き込む。
これは中古のハルバードじゃない。国王軍の鍛冶屋が鍛えた一級品だ。造りが違う。
城門を切り開くと、俺は街へ足を踏み入れた。
「皆さん! 待ってください! 俺は被害を増やしに来たわけじゃありません!」
「……」
槍を手にした兵士が、引けた腰でこちらを囲んでいる。
こちらが一歩進むと、彼らは一歩引く。
「街を解放したいだけなんです! 略奪なんてやめて、住民に街を返してください!」
これは主力部隊ではないのだろう。
本体は引き上げたのに、末端の兵士がいつまでも街を食い物にしているといった感じだ。
「う、うるせぇ! お前、なんの権利があってそんなこと言ってきやがる! 俺たちは正当な勝利者だぞ!」
「そうだそうだ! 俺たちが魔族から街を解放してやったんだ! 少しくらい感謝されてもいいだろ!」
感謝?
この惨状が?
最初はたぶん、空腹に追われてやむをえずやったのかもしれない。
だが、略奪はエスカレートした。
家屋に入り込んで金品を奪い、若い女に乱暴を働いた。あまり目を向けたくないが、被害者が山積みにされていた。その死体は兵士ではない。武装していたわけでもなかろう。だから、殺される理由もなかったのに。
「出て行ってください! さもないと、戦うことになります!」
すると、一人の男が前へ出た。
「なるほど。その声、その態度、そのクソみてーな喋り。お前が誰か分かったぜ、ハルバードのマルコ。一人で乗り込んでくるとは驚きだ」
ヘビみたいな顔の、ひょろりとした男。
闇ギルドのメンバーだ。
以前よりも人相が悪くなっている。
「あなたがこの街を……」
「奪えるところから、奪えるモンを、奪う。それが俺たちのやり方だ。けど、ぜんぶ戦争が悪いんだぜ? 俺たちは被害者だ。こっちも生きるのに必死でな」
「もうやめてください。街は返してもらいます」
もしかすると、この街を占拠しているのは、喰い詰めた傭兵や、盗賊団なのかもしれない。
彼は肩をすくめた。
「おいおい。勘違いすんな。お前の鎧がどんだけ頑丈かは知らねーが、たった一人だろ? こっちは何人だ? ん? 数えたこたねぇが。まあ千は超えてる。これで勝負するってのか?」
「します……」
分からない。
さすがに千人はムリかもしれない。
神の送り込んできた機械人形だって、弱点さえ分かれば一人か二人で壊せてしまうのだ。コアからエネルギーを得ているとはいえ、千人は……。
森にいる市民は、動かない。
全部俺に任せるつもりでいるのかもしれない。
なんだか、想像していた仕事とは違う気がする。
「おい、おめーら! 侵入者を殺せ! 敵は一人だ! ひるむな! かかれ!」
「おう!」
覚悟を決めた兵たちが、わっと襲い掛かってきた。
槍だ。
ハルバードと長さは変わらない。いや、むしろ敵のほうがリーチがある。鎧で受けないといけない。関節に当たらないように。
俺はハルバードを振るったが、一斉に槍で突かれて、大きく後退、そのまま転倒してしまった。
「行けるぞ! 押せ! 押せ! 殺せ!」
「うおおおっ!」
第二派が来る。
素人集団かと思ったが……。敵は、少なくともこの略奪で戦った連中なのだ。槍の使い方は知っている。足並みをそろえて、一斉に来る。
鎧は固い。
まだダメージはない。
だが、このまま押しまくられたら……。
俺は急いで立ち上がり、ハルバードで応戦した。槍は装甲板で受けるしかない。
最前面にいた敵は、信じられないほどのパワーで切り裂くことができた。だが、後列の突進でぶっ飛ばされた。
ドーンと派手な音を立てて転倒してしまう。
敵は勢いづいている。
なんだか、機械人形の気持ちになってきた。
破壊兵器として戦場に投入され、人間たちに囲まれ、ひたすら叩かれる。
あとは力と力のぶつかり合い。
人間たちは、力の弱さを、チームワークで補い合う。
孤独な機械人形は、その力におされ、ついには破壊されてしまう。
転がされているうち、城壁まで追い込まれてしまった。
逃げ場がない。
次に槍で突かれたら、後ろにエネルギーを逃すこともできず、槍と城壁に挟まれて、いままで以上の衝撃を受けるだろう。
装甲が持つかどうか、自信がない。
にわかに暗雲が立ち込めてきた。
まるで天が、俺の未来を暗示するかのように。
いや……。
雲にエネルギーが蓄積しているのを感じる。ただの力ではない。
これは、魔法?
ダーンと派手な炸裂音がした。
落雷だ。
見ると、目の前にいた敵兵が、黒焦げになっていた。
いつの間にか、緑のローブの少女が立っていた。
「マルコ、なんで一人で行ってしまうの?」
「ピチョーネ……」
「私にも声をかけてよ。この街、私の故郷みたいなものなんだから」
笑っていた。
だが、その表情には、おそろしいものが潜んでいるように見えた。
「なんだ? 雷か?」
「見ろ! 尻尾が生えてるぞ! あの女は魔族だ!」
「殺せ! 殺せぇ!」
喚くが、誰も踏み込んでこない。
恐怖が蔓延している。
真空波が巻き起こり、複数の兵がバラバラになって崩れ落ちた。
かと思うと、また落雷。
「見て、マルコ。お空も怒ってる」
これがピチョーネの魔法――。
いや、魔女の力――。
兵たちは動けない。
前へ出れば切り裂かれ、さがれば雷に打たれる。
城壁から矢が飛んできたが、バリアがすべて反射した。それらの矢は、正確に射手へ向けて飛翔し、心臓を貫いてしまう。
実質的にこの街は、完全に制圧されてしまった。
「バ、バケモノだ! こんなの勝てるわけねぇ!」
「助けてくれ!」
「俺たちは命令されてやっただけなんだ!」
本当にこんなことを命令されたのか?
街を攻撃して、市民から奪え、と。
事実かもしれない。
だが、事実だとしても、許したくない。
ピチョーネが魔法を使おうとしたので、俺はその手をつかんだ。
「待って」
「えっ?」
「逃がそう。もう戦意を喪失してる」
俺がそう告げると、彼女はいちど驚いた顔をした。
だが、すぐ笑顔を見せてくれた。
「あなたのそういうところ、好きになっていいのか、そうじゃないのか、分からない」
「どちらでも」
「どちらでも? そう。なら、今回は拒否しようかな」
「えっ?」
ズダン、ズダン、ズダン、と、まるで駄々をこねる子供のようなリズムで雷が落ちた。
黒焦げになる兵たち。
生き延びたものたちは、パニックになって逃げだした。どこへ逃げていいのかさえ分からず、互いにぶつかりながら。
「私、この街が嫌いだった。毎日モノみたいに扱われて、なんのために生きてるのか分からなかった。誰も助けてくれなかった。みんな死ねばいいのにって思ってた。でもね、あなたに助けられたの。これでも考えを変えて、優しくなったんだよ? 殺すのは、悪いヤツだけ。だから、マルコ。せめて悪いヤツを殺すときだけは、我慢させないで」
大地から炎が吹きあがり、残りの兵たちも死んだ。
あのヘビ顔の男も。
生きたまま火だるまになり、大地をのたうちながら。
ピチョーネは満足そうに笑っていた。
「うん、そうだね。きっとこういうのを地獄っていうんだろうね。でも、この街にはお似合いだと思う。マルコ、気分を害した?」
「いや、それは……」
驚いている。
彼女の力にも、その秘めていた感情にも。
「私のこと、嫌いになった?」
「なりませんよ」
「ウソでも嬉しい」
雨が降った。
すべてを洗い流すかのように。
*
この日、自由都市のひとつが解放された。
死者は千人超。
ほんの数刻の出来事だった。
(続く)




