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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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凡愚(二)

 夏の夕暮れ。

 いつもなら景色に見とれているところだけど、いまはそれどころではない。


「ただいま戻りました」

「……」


 全員沈黙。


 ソフィアさんには、途中でいくらか説明しておいた。

 その代わりワーワー言ってきたが、俺はあらゆる質問をスルーした。

 この状況を、すべて未来に委ねることにしたのだ。


「なるほど、フェデリコ先生、こんなところにいらしたんですね? で? そっちの生首がマルコのママで、そっちの子供が拾った子で……。じゃあ自分をネコだと思い込んでるサイコパスはあなた? なんなの? なんの集まりなワケ?」

 そう言われてみれば、なんの集まりなんだっけ?


 ピチョーネがぐんぐん近づいてきた。

「え、なんなの? 誰? あなた、マルコのなに?」

「マルコのなんでもないわよ」

「なんでもない……? なに? どういう意味?」

「十年前に、フェデリコ先生のところで一緒に勉強してたの。それだけ。友達ですらない。妙な誤解しないで」

 街では同門だの同胞だの言っていたのに。

 本当は友達ですらなかったとは……。


 ピチョーネは素直に納得してしまった。

「そうなの? じゃあいいけど」

 よくはない。


 ソフィアさんは、するとフェデリコさんに詰め寄った。

「先生、お久しぶりです」

「ソフィアくんか。噂には聞いていたぞ」

「噂?」

「吟遊詩人が吹聴していたからな。血の海のソフィアと。君の名は王都にも届いているぞ」

 するとソフィアさんは、額に血管を浮き上がらせた。

「なんですか、それ? 医師の二つ名じゃないですよね?」

「魔族の命を奪った英雄……という扱いだったな。あくまで歌の中の話だ。気にすることはない」

「気にしますよ!」

 カエデさんが出した水を、一気に飲み干した。


「先生、私、あれから必死で魔法を訓練しました。先生に才能ないって言われて……。でも私、頑張ったんです! そして人を治療する方法を見つけて……。自分で魔法を作り出したんですよ? 先生に才能ないって言われたのに!」

「そ、そうか。努力が結実したようだな。称賛しよう」

「……」

 急に黙った。

 それはそれで怖い。


 母さんが複雑そうな表情で告げた。

「ひとまずお座りなさい。発言は順番に。まずはマルコ、事情を説明しなさい」

「はい、母さん」

 俺はテーブルについた。

 さすがは母さんだ。

 場が混乱しないよう整理してくれた。


「フェデリコさんに言われて、俺は街へ行きました。そこでアルトゥーロさんに会って」

 するとフェデリコさんが口を挟んできた。

「おいおい、目的を忘れてないだろうな?」

「はい。酒場で酔っ払ってるおじさんたちの話も盗み聞きしてきました。もちろん見知らぬおじさんたちです」

「なんと言っていた?」

「えーと……」

 なんだっけ?

 ソフィアさんの件で混乱しすぎて、内容が飛んでしまった。


「神についてなんと言っていた?」

「あ、はい。神が人間を襲うわけないって。今回の戦いは、魔族が神の名をかたって起こした戦争だって。そう言ってました」

「君の感想は?」

「はい。彼らは間違っていると思います」

「つまり凡愚ということだな?」

「ええと……たぶん……」

 あの人たちは酔っ払っていたが、もしかすると俺より頭がいいかもしれない。

 凡愚かどうかは胸を張って答えられない。


 フェデリコさんは満足顔だ。

「十分だ。つまり世間は、今回の戦いを、そういった類のものだと認識している。王都の連中も同じだ。神が人間を見放すはずはないと、必死で信じたがっている。どれだけ勉強をしても、心の弱さを突かれればこの程度の判断しかできんのだ。マルコくん、この世界は凡愚ばかりだとは思わんかね?」

「いえ、まあ……そうかも……」

 なんだか俺まで凡愚と言われている気分だ。


 ソフィアさんが挙手していたので、母さんが「ではソフィアさん」と促した。

「はい。私は吟遊詩人に歌われるほどの活躍をしました。ですが、そう、まさしく凡愚に理解されず、医師団を追放されてしまいました。いまさら謝ってももう遅い! 私は自分の能力を使って、あいつらに私の正しさを証明したいと思っています。ですが住むところがありません。なのでここに住みます。治療はできます。医師ですので。役に立ちます。間違いないです」

 一方的に自分の都合だけを言い放った。

 自分は立派な人間だから、タダで住ませろということだ。


 ピチョーネが身を乗り出した。

「魔法? どんなの? 見せて見せて!」

「なんなのあなた? 魔法マニア? 私、魔法の得意な女は嫌いなんだけど?」

「なんで? 勝手に嫌わないでよ! まだ私のことよく知らないでしょ?」

「いえ、魔法が得意という時点で、私の敵なので」

 意固地というか、完全にこじらせている。


 母さんは溜め息だ。

「仲間を探しているのでしょう? でしたら、自分の能力を証明する必要がありますよ」

「さっきから普通に頭だけで喋ってるけど、魔女ってホントに実在するのね」

「ですが安心してください。いまの私は力を失い、ほとんど魔法を使えません。あなたの嫌いな『魔法の得意な女』ではありませんよ」

「ごめんなさい。それは言い過ぎました」

 そう。

 母さんは争いを好むタイプではない。優しい人なのだ。ソフィアさんにはぜひ改心して欲しい。


「私の魔法を見せてもいいけど……。でもここではムリですよ。相手は死んじゃうんだから」

「では明日、小鳥をつかまえましょう」

「小鳥を? えっ、かわいそうじゃないですか」

「大丈夫ですよ。どうせ潰して食べるのですから」

「うわぁ、魔族ってホントに……」

 それ以上言ってはいけない。


 *


 翌朝、ソフィアさんの魔法を披露することになった。

 母さんが美しい歌声で、小鳥たちを呼びよせる。

 世を呪う歌なのに、ずっと聞いていたくなる。


「あの、ちょっと待って。気になってるんだけど。ピチョーネのカッコはなんなの?」

「え、これ? 知らないの? ニンジャだよ」

「知らない。それ、ダサいからもう着ないほうがいいわよ」

「……」

 ケンカはいいから、魔法を見せて欲しいな。

 俺はもう見てるけど。


 ソフィアさんが、ふっと意識を集中させた。空間に魔力が凝縮する。かと思うと、鳥が全身から血液を放出した。あまり多くはない。それが宙に浮きあがっている間に、ソフィアさんはうまいことカップで掬い取った。

「はい。小鳥のスープのできあがり」

 するとピチョーネが受け取って、母さんに飲ませた。

「なるほど。上澄みという感じですね。でも魔族には、エグみが足りないかも」

「あのー、感想はそれだけですか?」

「いえ、よく分かりました。部屋へ戻りましょう」


 *


「人間と魔族では、扱える元素が異なります。というより、通常、人間は四つの元素しか扱えません。よく知られる白、赤、黒、緑がそれです。魔族にはその制限がありません。青や黄色、紫の元素も扱えます。といっても、魔族も無条件に魔法を使えるわけではありませんが。人間よりは多彩な魔法が使えます」

 母さんはそう教えてくれた。

 俺自身は魔法とは無縁だけど。知識としては少し持っている。以前、フェデリコさんの授業で教えてもらった。


 ソフィアさんは首をかしげている。

「なんです? 自慢ですか?」

「そうですね。自慢です。魔族から見れば、人間の魔法など子供レベルですから」

「泣きそうなんですけど」

 フェデリコさんに才能を否定されたのがよほどトラウマらしい。

 兄を救えなかったことも。

「けれども、この話には続きがありますよ。人間の中にも、青や黄色の元素を扱えるものがいるのです。いまあなたが使用した魔法は、紫の魔法」

「えっ?」

「その代わり、基礎となる四つの元素のうち、どれかが欠けています。なので基礎的な魔法が使えず、自分には魔法の才能がないと思い込んでしまうものもいる」

「それって……」

 母さんは笑みを浮かべた。

「そう。あなたには魔法の才能がないのではありません。扱える元素の種類が違うだけです」

「ママって呼んでもいいですか?」

「ダメです」

 ダメだ。

 絶対にダメだ。


 ソフィアさんは感動に打ち震え……ていたのかと思いきや、とんでもない得意顔でフェデリコさんに告げた。

「聞きましたぁ? 私、魔法の才能あるみたいなんですけどぉ?」

「そのようだな」

「いやぁ、天才でも間違えることあるんですねぇ……? ねぇ? どう思います? いまどんな気持ちです?」

「謝罪を求めているのか?」

「若い才能を潰したんですから、それなりのセリフを聞きたいなとは思いますねぇ」

 とんでもないゲス顔だ。

 この十年間、そこまで引きずっていたのか。


 フェデリコさんは「ふん」と鼻を鳴らした。

「それでも、基礎的な回復魔法の才能がないのは事実ではないか」

「は?」

「では君は、第三者を害することなく、患者のみを救うことができるのか? できまい。つまり我々が一般的に定義するところの『回復魔法』は使用できないということになる」

「……」

「だが、誤解しないで欲しい。君の向学心は称賛にあたいする。誰かのマネをするでもなく、自力で魔族の魔法を習得したのだからな」

「……」

「そして、魔法は専門外だったとはいえ、個人の有する元素の違いに気づけなかったことはお詫びしよう。私のせいで、余計な回り道をさせてしまった。すまなかったな、ソフィアくん」

「どうしよう。どう受け止めたらいいか分かりません」

 無表情のまま涙を流していた。

 長年の謎が解けて安心したのと、その他もろもろの感情が入り乱れているのだろう。


 ピチョーネもうなずいている。

「自分で魔法作れるなんてすごいよ! ソフィア、私とお友達になって?」

「は? そのダサい服装をやめたらね」

「うん、やめる……」

 確かに似合ってない。

 言おうかどうか迷っていたけど。


 だいたい、ニンジャってなんなんだ。

 ずっと作業着を着ている人たちなのか?

 なんの作業をするんだろう?


 *


 ソフィアとピチョーネは遊びに出かけてしまった。

 俺もどこかへ出かけようか。食料はまだあるが。でも、いまのうちお金を稼いでおかないと。


「マルコくん、どこへ行くつもりだ? 君は私と作戦の続きだ」

「作戦? まだやるんですか?」

「言っただろう。君の立案をベースに今後の展開を決める」

 フェデリコさんの考えが分からない。

 街に行った意味は?


 フェデリコさんは、計画書を広げた。

「いいか? 人類は凡愚に支配されている。我々が神を攻撃をすれば、凡愚どもは我々を敵とみなすだろう。じつは国王までもがそういう考えでな。神はあくまで味方だと思い込んでいる」

「どうにかできないんですか?」

「できる。連中は、話の中身を理解していまの考えに至っているわけではない。あくまで暴力の大きなものを味方と思いたいだけだ。ゆえに、もっと巨大な暴力を用意する。その暴力を見せてこちらになびかせる」

「ぼ、暴力って? みんなを殴るんですか?」

「もっと巨大なものだ」

 巨大?

 機械人形?

 いや、それならすでに王都が所持している。神の眷属だって。


「前に、エネルギーの伝達の話をしただろう?」

「はい」

「この技術は、ただエネルギーを移動させるだけのものではない。複数の場所で発生させたエネルギーを、一ヵ所に集めることもできる。つまり、みんなで少しずつ力を出し合って、大きなものにできるというわけだ」

「で、できるんですか? そんなことが……」

「ああ、できる。というより、すでに理論は完成している。私が知らないうちに、魔女たちが関連する魔法を編み出していたらしいからな。それを機械に組み込めば、すぐにでもできる」

 すぐにでも?


「いや、すぐにでも、というのはウソだが。装置を作るには、金も時間もかかる」

「じゃあムリじゃないですか。時間はともかく、お金なんてありませんよ」

 お金があったら毎日肉を食っている。

 15リラのタマゴのパンをあきらめる必要もない。

「だが、マルコくん。世の中には投資という便利なシステムがあるのだ」

「投資?」

「金持ちに金を出させるのだ。その金は返さなくていい。その代わり、我々の技術を使って、金持ちの願いを叶える」

「凄い! よく分からないけど、できるんですか?」

「プランはある」


 *


 先生のプランはこうだ。


 いま、自由都市は略奪の的になっている。

 自由都市に住む金持ちは、助かりたいと思っている。

 そこでフェデリコさんが技術を提供し、自由都市を守る。

 金持ちはうちに金を投資する。


 投資なんて言うから、どんな立派な方法かと思ったが、いわゆる「みかじめ料」というヤツだ……。


 *


「あー、だが、自由都市を守ると言っても簡単ではない。遺跡の機械人形は、大部分が破壊されてしまったからな。あれを操ることもできない」

「じゃあどうすれば?」

「マルコくん、君自身が機械人形になるのだ」

「えっ?」


 聞き間違えだろうか?

 俺が機械人形に?

 空っぽの鎧になれと?

 でも、空っぽなら俺はいらないのでは?


「地下にひとつコアが保管されていたな。アレを使う」

「アレを? 俺が背負って戦うんですか?」

「そうだ。だが、君の筋力を使う必要はない。いいか? 君にかけられた記憶魔法は、コアを駆動させることができる。コアから提供されたエネルギーを使えば、桁違いのパワーで戦える。まさに一騎当千、無双の活躍が期待できるぞ」

「うーん……」

 なんだか都合のいい話にも聞こえるが。

 お金が稼げるのなら試してみてもいいのかも?


(続く)

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