凡愚(二)
夏の夕暮れ。
いつもなら景色に見とれているところだけど、いまはそれどころではない。
「ただいま戻りました」
「……」
全員沈黙。
ソフィアさんには、途中でいくらか説明しておいた。
その代わりワーワー言ってきたが、俺はあらゆる質問をスルーした。
この状況を、すべて未来に委ねることにしたのだ。
「なるほど、フェデリコ先生、こんなところにいらしたんですね? で? そっちの生首がマルコのママで、そっちの子供が拾った子で……。じゃあ自分をネコだと思い込んでるサイコパスはあなた? なんなの? なんの集まりなワケ?」
そう言われてみれば、なんの集まりなんだっけ?
ピチョーネがぐんぐん近づいてきた。
「え、なんなの? 誰? あなた、マルコのなに?」
「マルコのなんでもないわよ」
「なんでもない……? なに? どういう意味?」
「十年前に、フェデリコ先生のところで一緒に勉強してたの。それだけ。友達ですらない。妙な誤解しないで」
街では同門だの同胞だの言っていたのに。
本当は友達ですらなかったとは……。
ピチョーネは素直に納得してしまった。
「そうなの? じゃあいいけど」
よくはない。
ソフィアさんは、するとフェデリコさんに詰め寄った。
「先生、お久しぶりです」
「ソフィアくんか。噂には聞いていたぞ」
「噂?」
「吟遊詩人が吹聴していたからな。血の海のソフィアと。君の名は王都にも届いているぞ」
するとソフィアさんは、額に血管を浮き上がらせた。
「なんですか、それ? 医師の二つ名じゃないですよね?」
「魔族の命を奪った英雄……という扱いだったな。あくまで歌の中の話だ。気にすることはない」
「気にしますよ!」
カエデさんが出した水を、一気に飲み干した。
「先生、私、あれから必死で魔法を訓練しました。先生に才能ないって言われて……。でも私、頑張ったんです! そして人を治療する方法を見つけて……。自分で魔法を作り出したんですよ? 先生に才能ないって言われたのに!」
「そ、そうか。努力が結実したようだな。称賛しよう」
「……」
急に黙った。
それはそれで怖い。
母さんが複雑そうな表情で告げた。
「ひとまずお座りなさい。発言は順番に。まずはマルコ、事情を説明しなさい」
「はい、母さん」
俺はテーブルについた。
さすがは母さんだ。
場が混乱しないよう整理してくれた。
「フェデリコさんに言われて、俺は街へ行きました。そこでアルトゥーロさんに会って」
するとフェデリコさんが口を挟んできた。
「おいおい、目的を忘れてないだろうな?」
「はい。酒場で酔っ払ってるおじさんたちの話も盗み聞きしてきました。もちろん見知らぬおじさんたちです」
「なんと言っていた?」
「えーと……」
なんだっけ?
ソフィアさんの件で混乱しすぎて、内容が飛んでしまった。
「神についてなんと言っていた?」
「あ、はい。神が人間を襲うわけないって。今回の戦いは、魔族が神の名をかたって起こした戦争だって。そう言ってました」
「君の感想は?」
「はい。彼らは間違っていると思います」
「つまり凡愚ということだな?」
「ええと……たぶん……」
あの人たちは酔っ払っていたが、もしかすると俺より頭がいいかもしれない。
凡愚かどうかは胸を張って答えられない。
フェデリコさんは満足顔だ。
「十分だ。つまり世間は、今回の戦いを、そういった類のものだと認識している。王都の連中も同じだ。神が人間を見放すはずはないと、必死で信じたがっている。どれだけ勉強をしても、心の弱さを突かれればこの程度の判断しかできんのだ。マルコくん、この世界は凡愚ばかりだとは思わんかね?」
「いえ、まあ……そうかも……」
なんだか俺まで凡愚と言われている気分だ。
ソフィアさんが挙手していたので、母さんが「ではソフィアさん」と促した。
「はい。私は吟遊詩人に歌われるほどの活躍をしました。ですが、そう、まさしく凡愚に理解されず、医師団を追放されてしまいました。いまさら謝ってももう遅い! 私は自分の能力を使って、あいつらに私の正しさを証明したいと思っています。ですが住むところがありません。なのでここに住みます。治療はできます。医師ですので。役に立ちます。間違いないです」
一方的に自分の都合だけを言い放った。
自分は立派な人間だから、タダで住ませろということだ。
ピチョーネが身を乗り出した。
「魔法? どんなの? 見せて見せて!」
「なんなのあなた? 魔法マニア? 私、魔法の得意な女は嫌いなんだけど?」
「なんで? 勝手に嫌わないでよ! まだ私のことよく知らないでしょ?」
「いえ、魔法が得意という時点で、私の敵なので」
意固地というか、完全にこじらせている。
母さんは溜め息だ。
「仲間を探しているのでしょう? でしたら、自分の能力を証明する必要がありますよ」
「さっきから普通に頭だけで喋ってるけど、魔女ってホントに実在するのね」
「ですが安心してください。いまの私は力を失い、ほとんど魔法を使えません。あなたの嫌いな『魔法の得意な女』ではありませんよ」
「ごめんなさい。それは言い過ぎました」
そう。
母さんは争いを好むタイプではない。優しい人なのだ。ソフィアさんにはぜひ改心して欲しい。
「私の魔法を見せてもいいけど……。でもここではムリですよ。相手は死んじゃうんだから」
「では明日、小鳥をつかまえましょう」
「小鳥を? えっ、かわいそうじゃないですか」
「大丈夫ですよ。どうせ潰して食べるのですから」
「うわぁ、魔族ってホントに……」
それ以上言ってはいけない。
*
翌朝、ソフィアさんの魔法を披露することになった。
母さんが美しい歌声で、小鳥たちを呼びよせる。
世を呪う歌なのに、ずっと聞いていたくなる。
「あの、ちょっと待って。気になってるんだけど。ピチョーネのカッコはなんなの?」
「え、これ? 知らないの? ニンジャだよ」
「知らない。それ、ダサいからもう着ないほうがいいわよ」
「……」
ケンカはいいから、魔法を見せて欲しいな。
俺はもう見てるけど。
ソフィアさんが、ふっと意識を集中させた。空間に魔力が凝縮する。かと思うと、鳥が全身から血液を放出した。あまり多くはない。それが宙に浮きあがっている間に、ソフィアさんはうまいことカップで掬い取った。
「はい。小鳥のスープのできあがり」
するとピチョーネが受け取って、母さんに飲ませた。
「なるほど。上澄みという感じですね。でも魔族には、エグみが足りないかも」
「あのー、感想はそれだけですか?」
「いえ、よく分かりました。部屋へ戻りましょう」
*
「人間と魔族では、扱える元素が異なります。というより、通常、人間は四つの元素しか扱えません。よく知られる白、赤、黒、緑がそれです。魔族にはその制限がありません。青や黄色、紫の元素も扱えます。といっても、魔族も無条件に魔法を使えるわけではありませんが。人間よりは多彩な魔法が使えます」
母さんはそう教えてくれた。
俺自身は魔法とは無縁だけど。知識としては少し持っている。以前、フェデリコさんの授業で教えてもらった。
ソフィアさんは首をかしげている。
「なんです? 自慢ですか?」
「そうですね。自慢です。魔族から見れば、人間の魔法など子供レベルですから」
「泣きそうなんですけど」
フェデリコさんに才能を否定されたのがよほどトラウマらしい。
兄を救えなかったことも。
「けれども、この話には続きがありますよ。人間の中にも、青や黄色の元素を扱えるものがいるのです。いまあなたが使用した魔法は、紫の魔法」
「えっ?」
「その代わり、基礎となる四つの元素のうち、どれかが欠けています。なので基礎的な魔法が使えず、自分には魔法の才能がないと思い込んでしまうものもいる」
「それって……」
母さんは笑みを浮かべた。
「そう。あなたには魔法の才能がないのではありません。扱える元素の種類が違うだけです」
「ママって呼んでもいいですか?」
「ダメです」
ダメだ。
絶対にダメだ。
ソフィアさんは感動に打ち震え……ていたのかと思いきや、とんでもない得意顔でフェデリコさんに告げた。
「聞きましたぁ? 私、魔法の才能あるみたいなんですけどぉ?」
「そのようだな」
「いやぁ、天才でも間違えることあるんですねぇ……? ねぇ? どう思います? いまどんな気持ちです?」
「謝罪を求めているのか?」
「若い才能を潰したんですから、それなりのセリフを聞きたいなとは思いますねぇ」
とんでもないゲス顔だ。
この十年間、そこまで引きずっていたのか。
フェデリコさんは「ふん」と鼻を鳴らした。
「それでも、基礎的な回復魔法の才能がないのは事実ではないか」
「は?」
「では君は、第三者を害することなく、患者のみを救うことができるのか? できまい。つまり我々が一般的に定義するところの『回復魔法』は使用できないということになる」
「……」
「だが、誤解しないで欲しい。君の向学心は称賛にあたいする。誰かのマネをするでもなく、自力で魔族の魔法を習得したのだからな」
「……」
「そして、魔法は専門外だったとはいえ、個人の有する元素の違いに気づけなかったことはお詫びしよう。私のせいで、余計な回り道をさせてしまった。すまなかったな、ソフィアくん」
「どうしよう。どう受け止めたらいいか分かりません」
無表情のまま涙を流していた。
長年の謎が解けて安心したのと、その他もろもろの感情が入り乱れているのだろう。
ピチョーネもうなずいている。
「自分で魔法作れるなんてすごいよ! ソフィア、私とお友達になって?」
「は? そのダサい服装をやめたらね」
「うん、やめる……」
確かに似合ってない。
言おうかどうか迷っていたけど。
だいたい、ニンジャってなんなんだ。
ずっと作業着を着ている人たちなのか?
なんの作業をするんだろう?
*
ソフィアとピチョーネは遊びに出かけてしまった。
俺もどこかへ出かけようか。食料はまだあるが。でも、いまのうちお金を稼いでおかないと。
「マルコくん、どこへ行くつもりだ? 君は私と作戦の続きだ」
「作戦? まだやるんですか?」
「言っただろう。君の立案をベースに今後の展開を決める」
フェデリコさんの考えが分からない。
街に行った意味は?
フェデリコさんは、計画書を広げた。
「いいか? 人類は凡愚に支配されている。我々が神を攻撃をすれば、凡愚どもは我々を敵とみなすだろう。じつは国王までもがそういう考えでな。神はあくまで味方だと思い込んでいる」
「どうにかできないんですか?」
「できる。連中は、話の中身を理解していまの考えに至っているわけではない。あくまで暴力の大きなものを味方と思いたいだけだ。ゆえに、もっと巨大な暴力を用意する。その暴力を見せてこちらになびかせる」
「ぼ、暴力って? みんなを殴るんですか?」
「もっと巨大なものだ」
巨大?
機械人形?
いや、それならすでに王都が所持している。神の眷属だって。
「前に、エネルギーの伝達の話をしただろう?」
「はい」
「この技術は、ただエネルギーを移動させるだけのものではない。複数の場所で発生させたエネルギーを、一ヵ所に集めることもできる。つまり、みんなで少しずつ力を出し合って、大きなものにできるというわけだ」
「で、できるんですか? そんなことが……」
「ああ、できる。というより、すでに理論は完成している。私が知らないうちに、魔女たちが関連する魔法を編み出していたらしいからな。それを機械に組み込めば、すぐにでもできる」
すぐにでも?
「いや、すぐにでも、というのはウソだが。装置を作るには、金も時間もかかる」
「じゃあムリじゃないですか。時間はともかく、お金なんてありませんよ」
お金があったら毎日肉を食っている。
15リラのタマゴのパンをあきらめる必要もない。
「だが、マルコくん。世の中には投資という便利なシステムがあるのだ」
「投資?」
「金持ちに金を出させるのだ。その金は返さなくていい。その代わり、我々の技術を使って、金持ちの願いを叶える」
「凄い! よく分からないけど、できるんですか?」
「プランはある」
*
先生のプランはこうだ。
いま、自由都市は略奪の的になっている。
自由都市に住む金持ちは、助かりたいと思っている。
そこでフェデリコさんが技術を提供し、自由都市を守る。
金持ちはうちに金を投資する。
投資なんて言うから、どんな立派な方法かと思ったが、いわゆる「みかじめ料」というヤツだ……。
*
「あー、だが、自由都市を守ると言っても簡単ではない。遺跡の機械人形は、大部分が破壊されてしまったからな。あれを操ることもできない」
「じゃあどうすれば?」
「マルコくん、君自身が機械人形になるのだ」
「えっ?」
聞き間違えだろうか?
俺が機械人形に?
空っぽの鎧になれと?
でも、空っぽなら俺はいらないのでは?
「地下にひとつコアが保管されていたな。アレを使う」
「アレを? 俺が背負って戦うんですか?」
「そうだ。だが、君の筋力を使う必要はない。いいか? 君にかけられた記憶魔法は、コアを駆動させることができる。コアから提供されたエネルギーを使えば、桁違いのパワーで戦える。まさに一騎当千、無双の活躍が期待できるぞ」
「うーん……」
なんだか都合のいい話にも聞こえるが。
お金が稼げるのなら試してみてもいいのかも?
(続く)




