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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
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初仕事(三)

 戦いは一方的だった。

 山賊たちは完全に油断していたし、おじさんたちは猛烈に怒っていた。戦いというよりは、一方的な虐殺だった。


「ま、待て! 俺は騙されたんだ!」

 もう瀕死になった山賊の親玉が、しりもちをついて命乞いを始めた。

 体はガッシリしているが、いまは血を流し過ぎて顔がゲッソリしている。放っておいてもそのうち死にそうだ。


 裏切り者のミケーレは、おじさんたちから執拗に踏みつけられている。

「誤解だ! 助けて!」

「なにが誤解だ! 説明してみろ!」

「誤解なんだ!」

「説明しろ!」

 きっとそのうち死ぬんだろう。


 俺も、何人も殺した。力いっぱい石斧を振るったら、簡単に死んでしまった。


 命が消えるのは簡単だ。

 本気でそれをやろうとした場合に限るけど。


 何人も殺したのに、不思議なことに、脳裏に焼き付いたのは最初の一人だけだった。

 少し前までちゃんと人間だったのに、急に死体になってしまった。


 命は、途切れた瞬間に、なにもかもを変えてしまう。

 それがそれでなくなってしまう。


 相手は山賊だ。

 これは仕事だ。

 悩むことなんて、なにもないはずなのに。

 違う、と、言い訳したくなってしまう。俺は、いったい誰になにを釈明しているのだろう?


 アルトゥーロさんが近づいてきた。

「ミケーレの野郎、アロンソが貴族の三男坊だってフカしたのを信じて、山賊と一緒に身代金をふんだくる算段だったらしい。貴族の三男坊がギルドの仕事なんてするわけないだろうに」

 アロンソさんがどのおじさんかは分からないが、ミケーレを踏みつけているほうの一人だろう。


「何人か逃げましたけど、追わなくていいんですか?」

「いいんだ。親玉を始末すれば、たいていおとなしくなる。あいつらも、もとはここらの食い詰めた農民だろう。殺しちまったら農民が減っちまう。この世界には『耕す人』が必要なんだ」

「耕す人?」

 俺が尋ねると、アルトゥーロさんは肩をすくめた。

「教会の言葉だ。この世界には、祈る人、戦う人、耕す人がいて、互いに助け合ってるんだと。俺に言わせりゃ、助け合ってるってよりは、搾り取ってるってほうが正しいけどな」

 搾り取る?

 なら山賊と同じじゃないか。

 殺したほうがいいのでは?


「じゃあ、俺たちは『戦う人』なんですか?」

「おいおい。『戦う人』ってのは貴族サマのことだぜ。俺たちは……そのどれでもない」

「でも、いま戦いましたよ?」

「とにかく違うんだよ。これは身分の話だ。身分ってのは変えられない。祈ったからって聖職者になれないのと同じだ」

「そうですか」

 なんだか分からないけど、アルトゥーロさんが言うならそうなんだろう。

 俺には一般常識がない。

 だからいろいろ説明されても、分からないのだ。

 賢くなりたい。


 *


 結局、ミケーレは、サンチョの形見のクロスボウで串刺しにされて死んだ。

 俺は山賊の砦にあった干し肉をもらった。

 朝からなにも食べてなかったから、生き返るような気持ちになった。腹も壊さないし。この世界には、腹を壊さない食べ物がたくさんあったのだ。なぜ母さんは教えてくれなかったのだろう。


 修道院に寄ってから、街へ戻った。

 街の外で、楽器を弾いているフードの子供がいたけれど、みんな無視して通り過ぎた。


「二人少ないようだね?」

 ギルドに戻ると、愛想のないおばさんが眉をひそめた。

 けど、アルトゥーロさんは慣れた様子だ。笑って流している。

「よくあることだろ? ほら、ここに修道士のサインもある。いいから金をくれ」

「まさか一日でカタをつけるなんてね」

「そして一日で飲み干しちまうんだ。なんのために働いてるのか分かりゃしねぇよな」

「だからあんたらは、いつまで経っても『冒険者』だってんだよ」

「そう言うなよ。その『冒険者』から上前をハネて食ってんのがギルドだろ?」

「否定はしないけど、稼ぎを酒に変えたりしないよ。アルトゥーロ、新人に悪いこと教えるんじゃないよ」

「どうだろうな。新人だけど男だからな」

「ったく。ほら、一人100リラ。死んだ人間の分は出さないよ」

 カウンターに麻袋が置かれた。

 アルトゥーロさんは、その袋をひとつこっちに寄越した。

「マルコ、そいつがお前の分け前だ」

「分け前……」


 中に銀貨が入っていた。

 お金だ!

 両手で数えきれないほどある!


 *


 四人で酒場に来た。

 俺は酒は飲まないと言ったのに。


「いいか? 酒が苦手なヤツは……確かにいる。俺もムリに飲めとは言わねぇ。だからお前はレモネードでも飲んでおけ。それでもな、とにかく仕事が終わったら酒場に来るモンなんだ。古来からそう決まってんだからな。歴史と伝統ってヤツだ」


 酒場は賑わっていた。

 人が多いせいじゃない。

 酔っぱらって喚いている人がいるせいだ。

 酒を飲むとこうなるのか……。母さんは飲んでもおとなしかったのに。いや、でも様子はおかしかったかもしれない。アルコールは人をおかしくするのだ。


「けど、ミケーレの野郎、あそこまでバカだったとはな」

「お前が貴族の三男坊とかフカすからだろうが」

「まさか、本気にするとは思わないだろ」

 おじさんたちはエールを飲み始めて、周囲の勢いに負けないくらいの声で笑い始めた。


 もしかすると、楽しい、かもしれない。

 働いて、お金をもらって、そのお金を使ってみんなでお話する。ここに母さんもいたらもっとよかった。このおじさんたちには会わせたくない気もするけど。


「みんなはずっと仲間なんですか?」

 俺がそう尋ねると、会話が急に止まってしまった。

 雰囲気が悪くなったような。

 またなにかやってしまっただろうか。


 アルトゥーロさんは苦い笑みを浮かべた。

「いや、長くはない。何度か一緒に仕事した程度だ。そうそう長く続けられる仕事でもないしな」

「なんで続けられないんですか?」

「死ぬからだ」

「死ぬ……」


 サンチョというおじさんは死んだ。

 ミケーレも死んだ。

 俺が助けに入らなければ、他の三人も死んでいたかもしれない。

 運が悪ければ俺も。


 そういう……仕事なのか……。


「ま、だからこそ、飲むんだよ。神に感謝してな」

「神を信仰していない場合は?」

 俺が尋ねると、またみんな目を丸くしてしまった。

 そうだ。

 この言葉は言ってはいけないのだった。母さんからも厳しく言われていた。表向き、緑の神を信仰していることにしなさい、と。

「お前、神を……なんだって?」

「あ、例えばの話です。俺はちゃんと緑の神を信仰してます。本当です。毎日その……。本当です」

「だ、だよな? おいおい! おい! 冗談にしても、もっと違うのにしてくれよ。お前、さては空気読めないだろ?」

「はい。そうだと思います」

「いいんだ、いいんだ。この世界には、お前みたいのが必要なんだ。お前が空気を読まなかったおかげで、俺たちは助かったんだからな」

 みんな笑顔になってくれた。

 ちょっと引きつっていたけど。


 危ないところだった。

 今回は話術で乗り切れたけど、次からは気を付けよう。


 するとアロンソさんがエールをぐびぐび飲んで、カップを置いた。

「お前、変わってるな。どこの出身だ?」

「森です」

「ああ、そういや猟師だったな」

「猟師じゃないです」

 何度説明したら分かってもらえるのだろう。

 アロンソさんは不審そうにこっちを見てくる。

「ここへ来る前はなにしてたんだ?」

「森で母さんと暮らしてました」

「どうやって?」

「動物をつかまえて……」

「それを猟師って言うんじゃねーか」

 そうか。

 俺は猟師だったのか。

 じゃあ俺が間違ってて、おじさんたちが正しかったのかもしれない。

「ごめんなさい。なら猟師です」

「だよな。いや、いいんだ。この辺の森っていったら、魔女の伝説があるからな。まあ、お前も知ってるとは思うが……」

「魔女?」

「なんだ? 知らねぇのか? 昔、西の森に悪い魔女が住んでて、たびたび悪さしてたんだと」


 アルトゥーロさんも笑った。

「よせよ。どうせガキを森に近づかせないための作り話だぜ」

「だろうな。川に近づくと魔物に引きずりこまれるとか、暗くなると魔物に襲われるとか、その手の話と一緒だ。ガキのころは信じてたが、その魔物とやらを見たことは一度もねぇ」


 二人は笑っていたが、俺は笑えなかった。

 魔女。

 母さんのことかもしれない。


「お前、しばらく街にいるのか?」

 アルトゥーロさんが急にそんなことを尋ねてきた。

「分かりません。でも、一回、帰ろうと思って」

「そうか。いや、なかなかの戦いぶりだったからな。また一緒に仕事ができればと思ったんだが」

「いいんですか?」

 そこまで俺を信頼してくれている?

 おじさんたちは笑顔だ。

「ああ、もちろんだ。俺は気に入ったぜ。新人なのに度胸がある。仲間を裏切ることもなさそうだ」

「裏切ったりなんてしませんよ。ルールを破るのは、本当に最低のことですから」

 するとアルトゥーロさんはなんとも言えない顔で笑った。


「ま、素直なのはいいが、もう少し人を疑うことをおぼえたほうがいいかもな。街には、人を騙そうとする悪いヤツがいっぱいいるからな」

「はい。母からも言われました。俺は人の言うことを信じやすいから、街では気をつけなさいって」

「分かってるか? 親切そうなヤツが一番危ないんだからな」

「はい!」

 ちゃんと返事をしたのに、みんななんとも言えない顔になってしまった。

 なんだか不安になる。


 *


 おじさんたちとは、あまり遅くならないうちに別れた。

 そのあと一人でお金を数えてみたけれど、ちゃんと100リラあった。特に騙されてない。


 さて、森へ帰ろう。


 100リラ持って帰ったら、母さん喜んでくれるかな。

 いっぱい褒めてくれるかも。

 考えただけでわくわくする。


 門の外では、まだ子供が楽器を弾いていた。

 街には入らないのだろうか?

 頭から布をかぶっているから、男か女かも分からない。楽器からは不思議な音色。ずっと聞いていたいけど、日が暮れる前に帰らないといけない。


(続く)

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