初仕事(三)
戦いは一方的だった。
山賊たちは完全に油断していたし、おじさんたちは猛烈に怒っていた。戦いというよりは、一方的な虐殺だった。
「ま、待て! 俺は騙されたんだ!」
もう瀕死になった山賊の親玉が、しりもちをついて命乞いを始めた。
体はガッシリしているが、いまは血を流し過ぎて顔がゲッソリしている。放っておいてもそのうち死にそうだ。
裏切り者のミケーレは、おじさんたちから執拗に踏みつけられている。
「誤解だ! 助けて!」
「なにが誤解だ! 説明してみろ!」
「誤解なんだ!」
「説明しろ!」
きっとそのうち死ぬんだろう。
俺も、何人も殺した。力いっぱい石斧を振るったら、簡単に死んでしまった。
命が消えるのは簡単だ。
本気でそれをやろうとした場合に限るけど。
何人も殺したのに、不思議なことに、脳裏に焼き付いたのは最初の一人だけだった。
少し前までちゃんと人間だったのに、急に死体になってしまった。
命は、途切れた瞬間に、なにもかもを変えてしまう。
それがそれでなくなってしまう。
相手は山賊だ。
これは仕事だ。
悩むことなんて、なにもないはずなのに。
違う、と、言い訳したくなってしまう。俺は、いったい誰になにを釈明しているのだろう?
アルトゥーロさんが近づいてきた。
「ミケーレの野郎、アロンソが貴族の三男坊だってフカしたのを信じて、山賊と一緒に身代金をふんだくる算段だったらしい。貴族の三男坊がギルドの仕事なんてするわけないだろうに」
アロンソさんがどのおじさんかは分からないが、ミケーレを踏みつけているほうの一人だろう。
「何人か逃げましたけど、追わなくていいんですか?」
「いいんだ。親玉を始末すれば、たいていおとなしくなる。あいつらも、もとはここらの食い詰めた農民だろう。殺しちまったら農民が減っちまう。この世界には『耕す人』が必要なんだ」
「耕す人?」
俺が尋ねると、アルトゥーロさんは肩をすくめた。
「教会の言葉だ。この世界には、祈る人、戦う人、耕す人がいて、互いに助け合ってるんだと。俺に言わせりゃ、助け合ってるってよりは、搾り取ってるってほうが正しいけどな」
搾り取る?
なら山賊と同じじゃないか。
殺したほうがいいのでは?
「じゃあ、俺たちは『戦う人』なんですか?」
「おいおい。『戦う人』ってのは貴族サマのことだぜ。俺たちは……そのどれでもない」
「でも、いま戦いましたよ?」
「とにかく違うんだよ。これは身分の話だ。身分ってのは変えられない。祈ったからって聖職者になれないのと同じだ」
「そうですか」
なんだか分からないけど、アルトゥーロさんが言うならそうなんだろう。
俺には一般常識がない。
だからいろいろ説明されても、分からないのだ。
賢くなりたい。
*
結局、ミケーレは、サンチョの形見のクロスボウで串刺しにされて死んだ。
俺は山賊の砦にあった干し肉をもらった。
朝からなにも食べてなかったから、生き返るような気持ちになった。腹も壊さないし。この世界には、腹を壊さない食べ物がたくさんあったのだ。なぜ母さんは教えてくれなかったのだろう。
修道院に寄ってから、街へ戻った。
街の外で、楽器を弾いているフードの子供がいたけれど、みんな無視して通り過ぎた。
「二人少ないようだね?」
ギルドに戻ると、愛想のないおばさんが眉をひそめた。
けど、アルトゥーロさんは慣れた様子だ。笑って流している。
「よくあることだろ? ほら、ここに修道士のサインもある。いいから金をくれ」
「まさか一日でカタをつけるなんてね」
「そして一日で飲み干しちまうんだ。なんのために働いてるのか分かりゃしねぇよな」
「だからあんたらは、いつまで経っても『冒険者』だってんだよ」
「そう言うなよ。その『冒険者』から上前をハネて食ってんのがギルドだろ?」
「否定はしないけど、稼ぎを酒に変えたりしないよ。アルトゥーロ、新人に悪いこと教えるんじゃないよ」
「どうだろうな。新人だけど男だからな」
「ったく。ほら、一人100リラ。死んだ人間の分は出さないよ」
カウンターに麻袋が置かれた。
アルトゥーロさんは、その袋をひとつこっちに寄越した。
「マルコ、そいつがお前の分け前だ」
「分け前……」
中に銀貨が入っていた。
お金だ!
両手で数えきれないほどある!
*
四人で酒場に来た。
俺は酒は飲まないと言ったのに。
「いいか? 酒が苦手なヤツは……確かにいる。俺もムリに飲めとは言わねぇ。だからお前はレモネードでも飲んでおけ。それでもな、とにかく仕事が終わったら酒場に来るモンなんだ。古来からそう決まってんだからな。歴史と伝統ってヤツだ」
酒場は賑わっていた。
人が多いせいじゃない。
酔っぱらって喚いている人がいるせいだ。
酒を飲むとこうなるのか……。母さんは飲んでもおとなしかったのに。いや、でも様子はおかしかったかもしれない。アルコールは人をおかしくするのだ。
「けど、ミケーレの野郎、あそこまでバカだったとはな」
「お前が貴族の三男坊とかフカすからだろうが」
「まさか、本気にするとは思わないだろ」
おじさんたちはエールを飲み始めて、周囲の勢いに負けないくらいの声で笑い始めた。
もしかすると、楽しい、かもしれない。
働いて、お金をもらって、そのお金を使ってみんなでお話する。ここに母さんもいたらもっとよかった。このおじさんたちには会わせたくない気もするけど。
「みんなはずっと仲間なんですか?」
俺がそう尋ねると、会話が急に止まってしまった。
雰囲気が悪くなったような。
またなにかやってしまっただろうか。
アルトゥーロさんは苦い笑みを浮かべた。
「いや、長くはない。何度か一緒に仕事した程度だ。そうそう長く続けられる仕事でもないしな」
「なんで続けられないんですか?」
「死ぬからだ」
「死ぬ……」
サンチョというおじさんは死んだ。
ミケーレも死んだ。
俺が助けに入らなければ、他の三人も死んでいたかもしれない。
運が悪ければ俺も。
そういう……仕事なのか……。
「ま、だからこそ、飲むんだよ。神に感謝してな」
「神を信仰していない場合は?」
俺が尋ねると、またみんな目を丸くしてしまった。
そうだ。
この言葉は言ってはいけないのだった。母さんからも厳しく言われていた。表向き、緑の神を信仰していることにしなさい、と。
「お前、神を……なんだって?」
「あ、例えばの話です。俺はちゃんと緑の神を信仰してます。本当です。毎日その……。本当です」
「だ、だよな? おいおい! おい! 冗談にしても、もっと違うのにしてくれよ。お前、さては空気読めないだろ?」
「はい。そうだと思います」
「いいんだ、いいんだ。この世界には、お前みたいのが必要なんだ。お前が空気を読まなかったおかげで、俺たちは助かったんだからな」
みんな笑顔になってくれた。
ちょっと引きつっていたけど。
危ないところだった。
今回は話術で乗り切れたけど、次からは気を付けよう。
するとアロンソさんがエールをぐびぐび飲んで、カップを置いた。
「お前、変わってるな。どこの出身だ?」
「森です」
「ああ、そういや猟師だったな」
「猟師じゃないです」
何度説明したら分かってもらえるのだろう。
アロンソさんは不審そうにこっちを見てくる。
「ここへ来る前はなにしてたんだ?」
「森で母さんと暮らしてました」
「どうやって?」
「動物をつかまえて……」
「それを猟師って言うんじゃねーか」
そうか。
俺は猟師だったのか。
じゃあ俺が間違ってて、おじさんたちが正しかったのかもしれない。
「ごめんなさい。なら猟師です」
「だよな。いや、いいんだ。この辺の森っていったら、魔女の伝説があるからな。まあ、お前も知ってるとは思うが……」
「魔女?」
「なんだ? 知らねぇのか? 昔、西の森に悪い魔女が住んでて、たびたび悪さしてたんだと」
アルトゥーロさんも笑った。
「よせよ。どうせガキを森に近づかせないための作り話だぜ」
「だろうな。川に近づくと魔物に引きずりこまれるとか、暗くなると魔物に襲われるとか、その手の話と一緒だ。ガキのころは信じてたが、その魔物とやらを見たことは一度もねぇ」
二人は笑っていたが、俺は笑えなかった。
魔女。
母さんのことかもしれない。
「お前、しばらく街にいるのか?」
アルトゥーロさんが急にそんなことを尋ねてきた。
「分かりません。でも、一回、帰ろうと思って」
「そうか。いや、なかなかの戦いぶりだったからな。また一緒に仕事ができればと思ったんだが」
「いいんですか?」
そこまで俺を信頼してくれている?
おじさんたちは笑顔だ。
「ああ、もちろんだ。俺は気に入ったぜ。新人なのに度胸がある。仲間を裏切ることもなさそうだ」
「裏切ったりなんてしませんよ。ルールを破るのは、本当に最低のことですから」
するとアルトゥーロさんはなんとも言えない顔で笑った。
「ま、素直なのはいいが、もう少し人を疑うことをおぼえたほうがいいかもな。街には、人を騙そうとする悪いヤツがいっぱいいるからな」
「はい。母からも言われました。俺は人の言うことを信じやすいから、街では気をつけなさいって」
「分かってるか? 親切そうなヤツが一番危ないんだからな」
「はい!」
ちゃんと返事をしたのに、みんななんとも言えない顔になってしまった。
なんだか不安になる。
*
おじさんたちとは、あまり遅くならないうちに別れた。
そのあと一人でお金を数えてみたけれど、ちゃんと100リラあった。特に騙されてない。
さて、森へ帰ろう。
100リラ持って帰ったら、母さん喜んでくれるかな。
いっぱい褒めてくれるかも。
考えただけでわくわくする。
門の外では、まだ子供が楽器を弾いていた。
街には入らないのだろうか?
頭から布をかぶっているから、男か女かも分からない。楽器からは不思議な音色。ずっと聞いていたいけど、日が暮れる前に帰らないといけない。
(続く)