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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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凡愚(一)

「やはり凡愚……。凡愚はすべてを台無しにする!」

 フェデリコさんはすぐに帰ってきた。

 げっそりした顔で。

 まだ若さは感じられるものの、それよりも雰囲気がすさみ切っていた。以前は才気あふれる若き天才という感じだったのだが、なかば世捨て人になってしまったような。


「王都でなにかあったのですか?」

 俺は荷物を預かった。といってもかなりの軽装だったが。あまり準備もせず戻ってきたのかもしれない。

「連中め、私の才能は必要としているくせに……。私自身は必要なかったらしい」

「どういうことです?」

「科学というものは、誰でも再現できるものなのだ。技術さえ共有してしまえば、それを操作するのはもはや私でなくていい」

「そんな……」


 母さんは笑みを浮かべている。

「機関は愚かなことをしましたね」

「ええ、まったく。彼らは、私の用意した技術は扱えるでしょう。しかし未知の技術を開発するのは不可能です。えーと。ところで、そちらの女性は?」

 不審そうに目を細めるフェデリコさん。


 ピチョーネは俺の後ろに隠れた。

「ピチョーネ。緑の魔女。マルコの眷属だよ」

「眷属? マルコくんの?」

 天才にも理解できないだろう。

 きっと言ってる本人も理解していない。

 もちろん俺も。


 カエデさんが水を持ってきた。

「マルコが拾ってきた子供だよ」

「戦災孤児か?」

「正確には、戦争が起きる前だにゃ」

「では、ただの孤児というわけか」

 その認識が一番正しいかもしれない。


 母さんは笑顔のまま告げた。

「ピチョーネ、隠れていないで前へ出なさい。あなたはあの虹の魔女が認めた魔法使いなのですから」

「はい……」

 前へ出たはいいが……。

 ニンジャの格好をしていた。

 カエデさんが「絶対に着ねーにゃ」と言ったので、ピチョーネが着ることになったのだ。


 水を飲み干したフェデリコさんは、また不審そうな視線。

「虹の魔女? いまそう言ったのですか? つまり、虹の魔女は実在すると?」

「ええ、実在しますよ。あなたが留守の間に会ってきました」

「なんてことだ……。そこの娘は、その魔女に認められた天才だと?」

「すでに私の代わりに緑の魔女を襲名しました。私の体がこうでなければ、きっと虹の魔女の後継者としてあそこに残ったことでしょうね」

「……」


 フェデリコさんは立ち上がり、ピチョーネの前に立った。

「失礼した、緑の魔女。私はフェデリコ。天才と言って差し支えない。ただし、人類側のね。君の魔法の才を見込んで頼みがある。よければ私の研究に手を貸してもらえないだろうか?」

「研究?」

「現在の関心は、エネルギーの伝達について。通常、魔力もそうだが、エネルギーというものは、発動した現場でしか作用しない。たとえば火だ。その影響は、モノが燃焼している現場でしか確認できない。しかしエネルギーは伝達可能なのだ。光や音声のようにね。それを魔法にも応用できると信じている」

「分かんない」

 ピチョーネは困惑顔だ。

 だが、安心していい。俺にも分からない。


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「大丈夫。複雑な事象は私の頭脳が引き受ける。君は魔法さえ提供してくれればいい」

「そうなの? なら、大丈夫かも……」

 ピチョーネは首をかしげながらも、受け入れることにしたらしい。


 理解したのか?

 俺にはまだサッパリだが。


 フェデリコさんはこちらを見た。

「マルコくん、研究は続けているか?」

「えっ?」

「神と戦う計画だよ。少しは進めたんだろうな?」

「でもあれは……」

 急になにを言い出すかと思えば。

 無学な俺の妄想を書き連ねただけの、現実味のない計画書だ。いちおう続けてはいるが……。


「まさか、放棄したのか?」

 どういうつもりなのか、フェデリコさんの表情は真剣だった。

「いえ、ありますけど」

「持ってきたまえ。いますぐに」

「はい……」


 *


 自室からメモを持ってきた。

 紙は貴重だから、無尽蔵に使えるわけじゃない。一枚の紙を細切れにして、板の上で何度も配置しなおしたものだ。もちろん完成していない。


「これです」

「なるほど……」

 一瞬見ただけで、フェデリコさんは無価値であることを見抜いたのだろう。

「使えそうですか?」

「その質問は難しいな。言える範囲で言えば、この作戦を実行した場合、目的を果たすことはできず、我々は全滅する」

「だと思いました」

 使えないなら使えないと言えばいいのに。


 フェデリコさんは顔をあげ、まっすぐにこちらを見た。

「短慮するんじゃない。私はこのプランを批判しているわけではないぞ。どんな天才が作戦を立てようと、現状の戦力では神に勝てんのだ。この図もそれを証明しているに過ぎん」

 ピチョーネも同じようなことを言っていた。

「天才が考えてもムリなら、俺でもムリです」

「そうだろう。人類の有する技術では、な。だが、それはあくまで私が新技術を開発しなかった場合の話だ。マルコくん、ここには天才が二人もいるのだぞ? それでも技術が発展しないと思うのか?」

「それは分かりません……」

 するとフェデリコさんは、少し笑った。

「分からない、か。その態度は正しい。科学的にはな。私はいまなんらのエビデンスも提供していないのだから。だが、もっと遠慮なく想像してみたまえ。変わるぞ、世界が」


 この人は天才だ。

 変わるというのなら、変わるんだろう。

 もう驚かない。

 その通りになる。


「分かりました。変わると信じます。俺はなにをすれば?」

「君は助手なのだ。私の研究のすべてに付き合ってもらう」

「俺、難しいこと分かりませんよ?」

「大丈夫だ。君のレベルに合わせた仕事を任せる」

「はぁ」

 褒められていないことは分かる。


 *


 その日のうちに仕事を依頼された。

 それは、ラ・ヴェルデの街へ行き、酒場で情報収集しろという内容だった。すべてが破壊された街に酒場があるかは不安だったが、あった。街の連中はあらゆる施設の復旧を後回しにして、まずは酒場を復旧させたらしい。

 みんなそんなにお酒が好きなのか……。


 街には昼過ぎについた。

 死体とも負傷者ともつかない人間が転がっていた。

 兵隊が我が物顔で闊歩し、市民たちは道をあけた。俺も面倒だから道をあけた。


 兵隊というのは、そんなに偉いのだろうか?

 命がけで街を守ったのは分かる。

 それは偉いと思う。

 だけど今は、よその街に乗り込んでいって、略奪するだけの山賊みたいなものだ。なにも偉くない。


 酒場は賑わっていた。

 みんなべろべろに酔っ払っていた。

 吟遊詩人が必死で歌を歌っていたが、周りがやかましすぎてなにも聞き取れなかった。


「ったく、自由都市め。ザマぁないぜ。俺たちが必死で領地を守ってる間、のうのうと暮らしやがって」

「人が命がけで戦ってる間、たんまり貯め込んでやがったわけだからな」

「神さまは見てるってわけよ」

「違ぇねぇ」

 その神さまのせいで戦争が始まったのに、人々はすっかり忘れているようだった。

 いや、そもそも理解していないのか。


 別の男が「でもよ」と口を開いた。

「あの機械人形を送り込んできたの、神さまって話じゃねーか。神さまは、本当はどっちの味方なんだ?」

「バカ野郎、俺たちの味方に決まってんだろ! あの機械人形は、悪魔が神の名をかたって仕掛けてきたんだ! そんなことも分かんねーのか?」

「すまねぇ。俺、難しいこと考えられなくって」

「そもそもこの世界は、人間と神とが協力して作り上げてきたものなんだぞ? 人間を攻撃するわけねーだろーが!」

 これに周囲の客も「そうだそうだ!」と賛同した。


 人は、自分にとって都合のいい解釈を好む。

 フェデリコさんはそう言っていた。


 今日の俺の仕事は、この酒場で酔っ払いの話を盗み聞きすること。

 もし誰かに絡まれても反論しないこと。

 絶対にケンカしないこと。

 なにがあってもおとなしく帰ってくること。


 なぜフェデリコさんが俺にこんなことをさせるのかは分からない。

 とにかく、やれというから来た。

 でももう帰りたい。


「マルコ? 一人か? ずいぶん久しぶりだな」

 テーブルでレモネードを飲んでいると、声をかけられた。

「アルトゥーロさん……」

 だいぶ痩せこけて、目は落ちくぼんでいた。

 初めて会ったときからおじさんに見えたが、いまはさらに老け込んだように感じた。それでもまだ老人というほどではないが。


 彼は対面の席に腰をおろした。

「またどこかの隊に参加してるのか?」

「いえ、街の様子を見に来ただけです」

「そうか。それを飲んだらすぐ帰れ。ここにまともなものはひとつもない」

 アルトゥーロさんが俺を心配してくれているのは分かる。

 だけど、なぜ俺だけ?

「アルトゥーロさんは、いつまで続けるつもりなんですか?」

「なんだよそれ……」

 不快そうな顔。

「どこかで手を引いたほうがいいですよ。こんなこと続けてたら……」

「言うな。俺とお前とでは住む世界が違うんだ。帰るべき場所のあるお前とはな。とにかく、早く帰れ。ここに、お前の望むものはなにもない」

「でも……」

 溜め息とともに、アルトゥーロさんは行ってしまった。


 *


 本当はもう少し居座るつもりだったけど、とてもそんな気分ではなくなってしまった。

 屋台で売られていたタマゴのパンは15リラ。

 とても買う気になれる金額じゃなかった。


「ちょっと待ちなさい」

 街を出ようとしたところで、また呼び止められた。

「え、ソフィアさん……」

「なに驚いてんのよ。まだ生きてるわ」

 血まみれだった。

 いや、自分の血ではないのだろう。きっと負傷者を治療して回っているのだ。

「会えてよかったです。じつはこないだジョヴァンニさんが来て、ソフィアさんのこと心配してて……」

「うるさい」

「はい……」

「あんたいまどこに住んでるの?」

「フェデリコさんの研究所です」

「研究所? なにそれ? 私も連れて行きなさいよ」

「えぇっ……」


 困る。

 もし母さんの姿を見られたら、いろいろ説明しないといけなくなる。


「なに? イヤなの? 私たち、フェデリコ先生に学んだ同門よね? 同じ戦場を生き延びた同胞よね? 連れて行きなさいよ。それともなに? 私が行ったら困るようなことでもあるわけ?」

「あの、でも、ソフィアさん。お仕事は?」

 ソフィアさんはすっと息を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。

「クビになったけど?」

 大きな声を出そうとしたのを我慢したようだ。

「クビ?」

「そうよ。クビよ。私が立ち上げたチームなのに! 私のやり方は過激過ぎるって。救ってる命よりも、奪ってる命のほうが多いって。なにそれ? 私のやり方が間違ってるっていうの?」

「それは……」

 俺には分からない。

 聞かないで欲しい。


 ソフィアさんは腐ったような笑みを浮かべた。

「ねえ、私たち似たもの同士じゃない? 社会になじめないダメ人間よね? 仲間よね?」

「やめてくださいよ、そんなこと言うの。もし事実でもつらいですから」

 初めて会ったとき、利発そうな少女だと思った。明るい未来を信じて、前向きに勉強していた。なのにいまは……。血にまみれて、人の世を呪う魔女みたいになってしまった。

「ま、いいわ。案内する気がなくても、後ろからついていくから」

「ダメですよ、そういうの」

「ダメだったらなんなの? そのムキムキの体で私をぶっ飛ばすわけ? 言っておくけど、生きたままあんたの血を抜き取ることもできるのよ? 私をナメないことね」

 怖い。

 こんなだから医師団をクビになったのでは。


「もー。じゃあついてきていいですけど、絶対に問題は起こさないでくださいね?」

「は? 問題が起きるような家なの? 私は医者よ?」

「医者でもなんでも、そうなんです……」


 俺の予想では、ソフィアさんはまず母さんとモメるだろう。

 それからピチョーネとモメる。

 なんならフェデリコさんともモメる。


 トラブルの種でしかない。

 なのに俺にはどうにもできない。

 もうなにも考えたくない。


(続く)

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