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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第二章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 前編
33/58

文化の違い

 春になる前に部隊を抜けた。

 もちろん円満に。

 手元には52リラしか残らなかった。戦闘の報酬が100リラなのに、ハルバードを新調するとそっくり100リラ飛んでいくのだ。こんなので稼げるわけがない。

 ただ、最低限の食事は提供されるから、それを目的に続けている人はいるようだ。


 *


 半年ぶりに廃墟へ戻った。

 カエデさんは一人、庭で薪を割っていた。


「おう、マルコ。生きてたみてーだにゃ」

「はい」

 疲れた。

 身体の疲労もそうだが、精神もすり減った。

「シケた顔してるにゃあ。味噌汁煮てやるから、中に入れにゃ」

「はい」


 あらためて、カエデさんのありがたさが身に染みた。

 俺は生活の大部分をこの人に世話されていたのだ。


 *


 味噌汁だけでなく、パスタまで茹でてくれた。

 なにを口にしても身体に染みた。

 うまい。味噌汁の深い味わいが、以前よりも強く感じられた。塩が身体を癒す。パスタを噛むと小麦の味がする。


「うぅ……カエデさん……」

「なんだにゃ気持ち悪い。泣くんじゃねーにゃ」

「はい……」


 結局、カエデさんが正しかったのだ。

 ネコになりたい。


「あと、あんたの母ちゃんから連絡も来てるにゃ。封書だけどにゃ」

「えっ? どこです?」

「そこの棚の……そう。それ」

「はい!」

 封書はすぐに見つかった。

 俺は中を見る。


 内容は「つきました」だけ。


 まあ、ついたのなら、いいが……。もう少し、なにかなかったのだろうか。息子が戦争から帰ってきたというのに。まあ誰かに強制されたわけでもなく、勝手に行ったわけだけど。


 でも、無事だった。

 それは本当に嬉しい。


 ただ……。これは母さんの字ではない。ピチョーネが代筆したものだろうか。できれば母さんの字を見たかった。


「で、マルコ。これからどうするにゃ?」

「それが……」

 未定である。

 たぶん。

 だが、ぼんやりと、思っていることもある。

 次は魔族の側で戦争に参加したらどうなるだろうか、と。


 人間はクソだった。

 浄化されるべきだ。


 だが、魔族は?

 俺たちに見えていないだけで、中身は人間以下かもしれない。

 そればかりはこの目で見てみないと分からない。


 カエデさんは溜め息だ。

「ま、ゆっくり考えるといいにゃ。ここはいまんとこ平和だからにゃ」

 ただの人間だったら、魔族に追い出されていたかもしれない。

 母さんのおかげで住み続けることができている。


 *


 数日は薪を割りながら、のんびりと暮らした。


 カエデさんの手料理はおいしい。

 パスタだけでなく、パンやピクルスも提供された。パンとピクルスを合わせたピザも。大豆を使って肉料理みたいなものも出してくる。

 天才なのでは?


 だが、いつまでも甘えているわけにはゆくまい。

 俺は世界を知らなくては。

 知らないままでは、自分がどうしたいのか、どうするべきなのか、未来を選べない。


 *


「はい? 傭兵に? 人間が? 本気で言ってる?」

 役所で戦争に参加したいと告げると、信じられないといった顔をされてしまった。

「本気です」

「志願の理由は?」

「どうせ魔族が勝つので」

「はぁー」

 担当のおじさんはのけぞってしまった。

 もっとマシな理由をでっちあげるべきだったか。


 おじさんは溜め息だ。

「いやまあ、人手不足だから、断る理由もないけどねぇ……。ちゃんと人間と戦える? 途中で裏切ったりしない?」

「俺の母は……。いえ、俺の先生は、あの緑の魔女ですよ。契約は守ります」

「まあ……それもそうか。魔女を裏切ったら、八つ裂きにされてもおかしくない。分かった。相応の覚悟で来たのだな?」

「はい」

「ただ、なぁ……」

 やけに渋っている。

 納得してくれたと思ったのに。

「なにか問題が?」

「いや、いい。木札を渡すから、兵舎の担当者に渡して。あとはその人が判断するから」

「はい!」


 *


 兵舎は、市場からはだいぶ離れた場所にあった。

 そこにもテントが並んでいる。

 テントの外には疲れた顔の兵士たち。人間側と同じだ。死んだような顔で横になっている。実際、死んでいるのかもしれない。


 担当者のいるであろう大きなテントに入った。

「すみません。役場から案内されて来たのですが……」

「なんだ? 新兵か?」

 ムキムキのおじさんが応対した。

「魔族側で戦いたくて」

「おいおい、人間じゃねーか。ああ、緑の魔女の下僕か。たまに木を切りに来てたヤツだろ?」

「そうです」

 話が早くて助かった。

 だが、彼は岩石のような顔で、眉をひそめた。

「先に言っておくが、金は出せねぇぞ?」

「えっ?」

「その代わり、街から人間を追っ払ったら、家をもらえる」

「あのボロボロの街の? もう人が住めるような場所じゃないですよ……」

「イヤなら帰ってくれ。そもそも俺たちが始めた戦争じゃねーんだ」

 やはりそうか。

 神がやれというからやっているだけだ。


「あとな、食事はナマで提供される。肉の種類は聞くな。なんでも入れる。それに耐えられるか?」

「小鳥くらいなら……」

「おいおい。メシもまともに食えねーようじゃ、うちじゃやってけねーぞ!」

「努力します!」

「ふん」

 魔族との文化が違い過ぎる。

 ただでさえハーブと一緒でなければ腹を壊すのに。


「おい、ラーナ上等兵! 新入りが来たぞ! どこかのチームに配属しておけ!」

「はっ!」

 部下は敬礼をした。


 *


 俺はラーナ上等兵に連れられて、テントの外に出た。


「へえ、マルコって言うの? なんか人間みたいな名前だな。ああ、みたいじゃなくて人間だったか。その長物は? 使えるの?」

「はい。というか、これしか使えません」

 振り回すだけで威力が出るのがハルバードのいいところだ。

 槍のように構えて突進もできる。

「魔法は? 少しは使えるの?」

「いえ、全然」

「そうなの? そんなんで、どうして緑の魔女の下僕になったの?」

「さあ……」

 余計なことを聞かないで欲しい。

 口を滑らせそうになる。


「あ、配属先なんだけど、あんたにはうちで働いてもらうよ」

「はい」

「人間側にヤバい魔法使いがいてさ。信じられるか? 瀕死の同胞から血を抜いちまうんだぜ? 一滴残らずな。そんで人間側の治療に使うんだと。俺もいろんな魔法は見てきたけど、あんなの聞いたこともないよ。異常だね。戦争にも最低限のルールはあるだろ?」

「はぁ」

 容赦なき医師団のことだろう。

 確かにアレは俺もどうかと思った。

 だが、魔法の才能を否定されたソフィアさんが、必死で見つけ出した魔法でもあるのだ。俺には否定できない。


 彼は足を止め、こちらへ向き直った。

「ああ、あとね……。人間にとってはショッキングな文化もあるかもしれないけど、口出ししないようにね。ここではあんたは少数派なんだから」

「はい……。はい?」

 なんだ?

 なにかあるのか?


 テントの脇に、作業台が見えた。

 職人が、皮をなめしているようだ。

 皮?

 俺の知っている動物のものには見えないが……。


「魔族はね、人間の捕虜はとらないんだ。あますことなく使えるからね」

「……」


 本当に?

 本気で言っているのか?


 そういえば、そこらのテントの素材……。

 つぎはぎの皮で作られている。

 この質感は……。


「けど、人間だって残酷だぜ? 俺たちは殺してから使うけど、あいつら生きたまま使うんだから」

「えっ?」

「奴隷だよ、奴隷。ありゃよくない。生きたままの命を売り買いしてんだぜ? 奴隷本人が契約に応じたならともかく、ハナからその権利さえないってんだ。契約ってのは、あくまで本人とすべきモンなのに。近くの自由都市コムーネで奴隷商人が殺されたらしいが、俺に言わせりゃ自業自得だね」

「そ、そうですね……」

 胃がムカムカする。

 吐きそうだ。

 魔族こそ浄化を受けるべきなのでは?

「おっと、その顔。やっぱり人間側ってことかな? ああ、いいんだ。思想の強制はしない。いろんな考えがあってしかるべきだからね」

「はい」

 この人、悪い人ではないんだろう。

 むしろ優しい。


 それはそれとして、この感じ……。

 人間と魔族は、そもそも共存不可能なのかもしれない。わざわざ神がけしかけずとも、戦争していたに違いない。


 けど、母さんは?

 俺の本当の母さんをきちんと埋葬してくれた。皮を剥いだりもしていない。加工が面倒だっただけかもしれないけれど。

 俺のことだってちゃんと育ててくれたし。

 母さんが特別だっただけで、普通の魔族はこんな感じなのだろうか。


 *


 魔族側での生活は長くは続かなかった。

 戦闘ではまあまあの戦果をあげたものの、食事のたびに問題を起こすので、部隊内からの苦情が相次いだのだ。それでクビになった。


 俺は春のうちに廃墟に戻った。


「お帰り、マルコ。ずいぶん痩せたにゃあ」

「はい……」

「味噌汁飲むか?」

「お願いします……」


 もういやだ!

 人間も魔族もうんざりだ!

 母さんの料理でさえギリギリだったのに。あの謎のミンチ肉。ヘドロを血で溶いたものをすすっている気分になる。食事中に何度も吐いた。


「カエデさん、俺もネコになります」

「は?」

「なりますよ、もう……。この世界はクソです……」

「おう……」


 ネコはいい。

 もふもふしている。

 母さんもネコだけはミンチにしなかった。いや、したかも。でも基本的にしなかった。


 人間も魔族も、勝手に争えばいいのだ。

 神も神だ。

 こんな世界、放っておけばいいのに。いったいなにが目的で介入するのやら。


(続く)

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