表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第二章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/82

傭兵稼業

 数日後には、俺はもう後悔していた。

 参加すべきではなかった。

 ここでは、人として最低限のものさえ守られない。毎日の野宿は当然のこと、虫だらけ、食事は足りない、トイレも……。昨日隣で寝ていた兵士が、翌日死体になっていたりする。早めに気づければマシなほうで。時間が経ってしまうととんでもないことになる。


 いつ戦闘するかは、神が決める。

 一方的に機械人形が送り込まれて、それを契機に戦闘が始まる。やや遅れて魔族が乗り込んでくる。

 誰もがやめたいと思っているのに、やめられない。


 何度も武器が壊れる。

 ぼったくりの酒保で金がなくなる。

 高額で酒と女を用意する悪徳商人が紛れ込んでいる。

 借金してしまい、傭兵をやめられない人もいる。

 仲間から盗むものもいる。


 彼らはなんのためにここにいるのか……。


 幻想にすがるものもいた。

 東から国王軍が来て、俺たちを救ってくれるのだと。

 吟遊詩人のせいだ。彼らが景気のいい歌を歌うから。国王軍は、白の領域で神々に勝利し、いま赤の領域を救っているという話になっている。事実かどうかは不明だが。


 *


 ある昼、俺は崩れた城壁に腰をおろし、敵陣を眺めていた。

 天気だけはいい。

 その代わり、ずっと腹が減っていた。

 家にいればよかった。


「傭兵らしい顔つきになってきたわね、マルコ」

 後ろからソフィアさんが声をかけてきた。

「皮肉ですか?」

「そうよ。でもホントのこと。あんた、体だけ大きくて、子供みたいな顔つきだったのに。だんだん子供じゃなくなってきた」

「そうですか」

 自分では分からない。

 鏡なんて見ない。


 ソフィアさんは隣に腰をおろし、焼いたポテトを渡してきた。

「あげる」

「えっ?」

「さっきポテト騎士団にもらったの。仲間の命を救ったからって」

「食べないんですか?」

「あげるって言ってるの。あんた、自分の体見たことないの? そんなに大きいんだから、お腹もすくでしょ」

「ありがとうございます。ソフィアさん、意外と優しかったんですね……」

「は?」

 おっと。

 返せと言われる前に、食べてしまおう。


「ねえ、フェデリコ先生、どうなったか知ってる?」

「知らないです。でも、もしかすると吟遊詩人の歌に出てくる人がそうかも、とは」

「幻惑のフェデリコ……。やっぱり先生のことだと思う?」

「分かりませんけど……」


 そう。

 なにも分からないのだ。

 同じ名前の人間なんて、いっぱいいる。

 傭兵団もマルコだらけだ。だから俺は「デカいの」と呼ばれる。


「ソフィアさんの魔法、自分で編み出したんですか?」

 俺が尋ねると、彼女は遠くを見たまま溜め息をついた。

「そうよ。でも、そのせいでもとの医師団を追い出されちゃった。こんなの人を治癒する魔法じゃないって」

「えっ」

「他人から生命力を奪うってのが、彼らには許せなかったのよ。でも、救えればいいじゃない。本当に救いたい人間を救えるのなら」

「ソフィアさん、救いたい人がいるんですね」

 すると今度は、こちらを睨みつけてきた。

「なんでそんなこと聞くの?」

「ごめんなさい」

 誰か本当に一般常識を教えて欲しい。

 このままでは、俺は全人類から嫌われてしまう。


「昔、クマに襲われたの。兄が守ってくれた。その兄は……中途半端に食い荒らされたところで助かって……」

「えっ?」

「いえ、助からなかったわ。でも死ぬまでの間、ずっと苦しんでて。私を助けたことを後悔してるみたいな顔してた。あのときこの魔法が使えたら……なんて思うのよね。きっとクマから生命力を奪い取って、兄を救えたのに」

「ごめんなさい」

「もう謝らないで。とにかく、救いたい人間なんて誰もいないの。いないのに、いまだにあのミスを取り返そうとしてる。滑稽でしょ?」

「滑稽じゃないです。立派ですよ、ソフィアさん」

 だけどソフィアさんは、なんとも言えない表情で立ち上がった。

「人殺しに言われても嬉しくない。そもそもみんなが争わなければ、私だってこんな魔法使わなくて済むんだから」

「ごめんなさい」

「やめて。あんたの謝罪、安っぽいのよ」

 怒った様子で行ってしまった。


 でも、誰かが戦わないと……。


 *


 戦いは散発的に続いた。

 機械人形はだいたい六体。

 魔族は参加しない日もあった。

 こっちはフル参加なのに。


 街は陥落しなかったが、辺境伯が病死した。

 毒殺という噂もあるが。

 とにかく死亡してしまった。

 後継者がいなかったから、代わりの貴族が辺境伯を継ぐことになった。それが「落日」の二つ名で知られたジェラルドさんだ。今回の戦いにおける軍功を評価されての人選だったらしい。

 元貴族の平民かと思ったが、じつはまだ貴族だったらしい。


 だが、トップが変わったところで、戦況までは変わらなかった。

 なにもかもがすり減ってゆく。

 これより下はないだろうと思っていても、さらに滑り落ちてゆく。

 物資が枯渇する。

 死体を放る場所さえない。

 疫病が蔓延して、戦ってもいないのに死ぬ。


 コーヒー騎士団は、タンポポを探して、毎日地べたをはいずり回っていた。

 タンポポからコーヒーを作れるらしい。

 だが、神聖ポテト騎士団がポテト以外の雑草を抜くので、タンポポも減っているという。それでケンカまでしていた。

 人類は愚かだ。

 ネコが一番偉い。


「マルコ、悪い報せだ」

 うとうとしていると、アルトゥーロさんに起こされた。

「えっ? はい? なんです?」

「新領主どのから、傭兵団を増員しろとのご命令だ」

「増員?」

 いったいどうやって?

 人間は雑草みたいに生えてくるわけじゃない。

 なのに戦いだけは続くから、減る一方だ。


「おかげで来期も契約してもらうことになった」

「まあ、仕方ないですね……」

「仕方なくない。戦場に慣れるな。お前には帰る場所があるんだから」

「でも、命令なんですよね?」

「そうだな……」

 俺のことを気にしてくれているのは分かる。

 それは素直に嬉しい。

 だけど、アルトゥーロさんを苦しめたいわけじゃない。

「俺、やりますよ」

「やってくれるか?」

「はい!」

「やれって言ったらなんでもやるのか?」

「やります!」

 まあ、できる範囲で。


 アルトゥーロさんは盛大な溜め息だ。

「おい、マルコ。少しは断ることを覚えたほうがいいぞ。もしお前にこの傭兵団を任せるって言ったら、どうするつもりだったんだ?」

「えっ? それは困ります」

「俺だって団長になるつもりはなかったんだぜ? 五年前に参加したときは、一番の下っ端だったしな。だが、みんな死んじまってな。読み書きできるのが俺しか残らなかった」

 そうだったのか。

 最初からリーダーなのかと思っていた。


「やめたいんですか?」

「正直、分からん。やめたところで、他にすることもないしな。ただ、戦争が始まる前のことを思い出すんだ。あのころは気楽な冒険者だったよな? ちょっと働けば、その稼ぎで食っていけた」

「物価も安かったですしね」

「酒だって浴びるほど飲めたんだ。ったく。平和が壊れるのなんて一瞬だな。いや、悪い。こんな話をしたかったんじゃない。少し喋りすぎたな」

 アルトゥーロさんは、リーダーではあるけれど、仲間というのを作っていないようだった。

 このところ、誰かと気軽に会話することもなかったんだろう。

「気にしないでください。俺でよければなんでも聞きますよ」

「相変わらずお人好しだな、マルコ。俺ぁ、心配だぜ。くれぐれも悪いヤツに騙されないようにな?」

「はい」


 *


 傭兵を続けていて分かったことがある。

 それは、傭兵は最悪だということ。


 返すアテもないのに金を借りる人。

 イカサマ博打で金を巻き上げようとする人。

 武器も持たずに戦場に乗り込み、戦うフリだけして帰ってくる人。

 酔っぱらったまま戦場に行く人。

 なんだか分からない人。


 そんなのばっかりだ!


 あの小瓶を多用するのもよくない。

 お酒よりひどい。

 人間がまともではなくなる。


 けど、一回使うともう手放せないのだという。

 戦場に行って倒れたフリをしていれば、医師団が治療してくれる。それで死ななければなんでもいいんだという。


 すべてがメチャクチャだ。

 秩序も! 倫理も! 一般常識も!

 今日もまたポテト騎士団とコーヒー騎士団がケンカをしていた。

 ただでさえみんなイライラしているのに!


 なぜわざわざ問題を増やそうとするんだ?

 みんな大人じゃないのか?

 こんなことなら、魔族の側で参加しておけばよかった。

 人間はいっぺん「浄化」されたほうがいい!


 あと、神の代わりにネコを崇めたほうがいい!


 ああ、日に日になにかが失われてゆく……。


 *


 冬になった。

 もう戦闘の継続は不可能だろう。

 俺にはそう見えたが、俺が勝手にそう思ったくらいで終わらないのがこの戦争だ。

 冬だろうが、構わず続く。


「ああ、もう! 血が凍っちゃう!」

 ソフィアさんも激怒している。

 せっかく敵から血を集めても、一晩で凍り付いてしまう。


 神聖ポテト騎士団は国へ帰った。

 冬は戦いに参加せず、春になるとまた戻ってくるのだとか。

 中身までポテトか……。


 母さんは無事だろうか?

 あの歌声を聞きたい。

 そして母さんがミンチにした小鳥を……。いや、それはいいや。


 今日もまた吟遊詩人が、見てきたように歌を歌う。

 国王軍は魔族を蹴散らすべく、西へ西へと向かっているのだと。


 誰もが幸福ばかり夢見ている。

 現実がどうにもならないから。


 でも確かに、どうしようもない。

 必死になって機械人形と戦うと、ハルバードが壊れる。壊れると新調するのに金がかかる。頑張れば頑張っただけ損をしてゆく。

 傍観していると、なにも損せずお金が入る。


 腹いっぱい食べるにはお金が要る。

 だんだん、効率的にお金を得ることしか考えられなくなる。


 なにもかもがおかしい。

 俺たちはいったいなにをしているのだろう。

 なにをしたかったんだろう。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ