傭兵稼業
数日後には、俺はもう後悔していた。
参加すべきではなかった。
ここでは、人として最低限のものさえ守られない。毎日の野宿は当然のこと、虫だらけ、食事は足りない、トイレも……。昨日隣で寝ていた兵士が、翌日死体になっていたりする。早めに気づければマシなほうで。時間が経ってしまうととんでもないことになる。
いつ戦闘するかは、神が決める。
一方的に機械人形が送り込まれて、それを契機に戦闘が始まる。やや遅れて魔族が乗り込んでくる。
誰もがやめたいと思っているのに、やめられない。
何度も武器が壊れる。
ぼったくりの酒保で金がなくなる。
高額で酒と女を用意する悪徳商人が紛れ込んでいる。
借金してしまい、傭兵をやめられない人もいる。
仲間から盗むものもいる。
彼らはなんのためにここにいるのか……。
幻想にすがるものもいた。
東から国王軍が来て、俺たちを救ってくれるのだと。
吟遊詩人のせいだ。彼らが景気のいい歌を歌うから。国王軍は、白の領域で神々に勝利し、いま赤の領域を救っているという話になっている。事実かどうかは不明だが。
*
ある昼、俺は崩れた城壁に腰をおろし、敵陣を眺めていた。
天気だけはいい。
その代わり、ずっと腹が減っていた。
家にいればよかった。
「傭兵らしい顔つきになってきたわね、マルコ」
後ろからソフィアさんが声をかけてきた。
「皮肉ですか?」
「そうよ。でもホントのこと。あんた、体だけ大きくて、子供みたいな顔つきだったのに。だんだん子供じゃなくなってきた」
「そうですか」
自分では分からない。
鏡なんて見ない。
ソフィアさんは隣に腰をおろし、焼いたポテトを渡してきた。
「あげる」
「えっ?」
「さっきポテト騎士団にもらったの。仲間の命を救ったからって」
「食べないんですか?」
「あげるって言ってるの。あんた、自分の体見たことないの? そんなに大きいんだから、お腹もすくでしょ」
「ありがとうございます。ソフィアさん、意外と優しかったんですね……」
「は?」
おっと。
返せと言われる前に、食べてしまおう。
「ねえ、フェデリコ先生、どうなったか知ってる?」
「知らないです。でも、もしかすると吟遊詩人の歌に出てくる人がそうかも、とは」
「幻惑のフェデリコ……。やっぱり先生のことだと思う?」
「分かりませんけど……」
そう。
なにも分からないのだ。
同じ名前の人間なんて、いっぱいいる。
傭兵団もマルコだらけだ。だから俺は「デカいの」と呼ばれる。
「ソフィアさんの魔法、自分で編み出したんですか?」
俺が尋ねると、彼女は遠くを見たまま溜め息をついた。
「そうよ。でも、そのせいでもとの医師団を追い出されちゃった。こんなの人を治癒する魔法じゃないって」
「えっ」
「他人から生命力を奪うってのが、彼らには許せなかったのよ。でも、救えればいいじゃない。本当に救いたい人間を救えるのなら」
「ソフィアさん、救いたい人がいるんですね」
すると今度は、こちらを睨みつけてきた。
「なんでそんなこと聞くの?」
「ごめんなさい」
誰か本当に一般常識を教えて欲しい。
このままでは、俺は全人類から嫌われてしまう。
「昔、クマに襲われたの。兄が守ってくれた。その兄は……中途半端に食い荒らされたところで助かって……」
「えっ?」
「いえ、助からなかったわ。でも死ぬまでの間、ずっと苦しんでて。私を助けたことを後悔してるみたいな顔してた。あのときこの魔法が使えたら……なんて思うのよね。きっとクマから生命力を奪い取って、兄を救えたのに」
「ごめんなさい」
「もう謝らないで。とにかく、救いたい人間なんて誰もいないの。いないのに、いまだにあのミスを取り返そうとしてる。滑稽でしょ?」
「滑稽じゃないです。立派ですよ、ソフィアさん」
だけどソフィアさんは、なんとも言えない表情で立ち上がった。
「人殺しに言われても嬉しくない。そもそもみんなが争わなければ、私だってこんな魔法使わなくて済むんだから」
「ごめんなさい」
「やめて。あんたの謝罪、安っぽいのよ」
怒った様子で行ってしまった。
でも、誰かが戦わないと……。
*
戦いは散発的に続いた。
機械人形はだいたい六体。
魔族は参加しない日もあった。
こっちはフル参加なのに。
街は陥落しなかったが、辺境伯が病死した。
毒殺という噂もあるが。
とにかく死亡してしまった。
後継者がいなかったから、代わりの貴族が辺境伯を継ぐことになった。それが「落日」の二つ名で知られたジェラルドさんだ。今回の戦いにおける軍功を評価されての人選だったらしい。
元貴族の平民かと思ったが、じつはまだ貴族だったらしい。
だが、トップが変わったところで、戦況までは変わらなかった。
なにもかもがすり減ってゆく。
これより下はないだろうと思っていても、さらに滑り落ちてゆく。
物資が枯渇する。
死体を放る場所さえない。
疫病が蔓延して、戦ってもいないのに死ぬ。
コーヒー騎士団は、タンポポを探して、毎日地べたをはいずり回っていた。
タンポポからコーヒーを作れるらしい。
だが、神聖ポテト騎士団がポテト以外の雑草を抜くので、タンポポも減っているという。それでケンカまでしていた。
人類は愚かだ。
ネコが一番偉い。
「マルコ、悪い報せだ」
うとうとしていると、アルトゥーロさんに起こされた。
「えっ? はい? なんです?」
「新領主どのから、傭兵団を増員しろとのご命令だ」
「増員?」
いったいどうやって?
人間は雑草みたいに生えてくるわけじゃない。
なのに戦いだけは続くから、減る一方だ。
「おかげで来期も契約してもらうことになった」
「まあ、仕方ないですね……」
「仕方なくない。戦場に慣れるな。お前には帰る場所があるんだから」
「でも、命令なんですよね?」
「そうだな……」
俺のことを気にしてくれているのは分かる。
それは素直に嬉しい。
だけど、アルトゥーロさんを苦しめたいわけじゃない。
「俺、やりますよ」
「やってくれるか?」
「はい!」
「やれって言ったらなんでもやるのか?」
「やります!」
まあ、できる範囲で。
アルトゥーロさんは盛大な溜め息だ。
「おい、マルコ。少しは断ることを覚えたほうがいいぞ。もしお前にこの傭兵団を任せるって言ったら、どうするつもりだったんだ?」
「えっ? それは困ります」
「俺だって団長になるつもりはなかったんだぜ? 五年前に参加したときは、一番の下っ端だったしな。だが、みんな死んじまってな。読み書きできるのが俺しか残らなかった」
そうだったのか。
最初からリーダーなのかと思っていた。
「やめたいんですか?」
「正直、分からん。やめたところで、他にすることもないしな。ただ、戦争が始まる前のことを思い出すんだ。あのころは気楽な冒険者だったよな? ちょっと働けば、その稼ぎで食っていけた」
「物価も安かったですしね」
「酒だって浴びるほど飲めたんだ。ったく。平和が壊れるのなんて一瞬だな。いや、悪い。こんな話をしたかったんじゃない。少し喋りすぎたな」
アルトゥーロさんは、リーダーではあるけれど、仲間というのを作っていないようだった。
このところ、誰かと気軽に会話することもなかったんだろう。
「気にしないでください。俺でよければなんでも聞きますよ」
「相変わらずお人好しだな、マルコ。俺ぁ、心配だぜ。くれぐれも悪いヤツに騙されないようにな?」
「はい」
*
傭兵を続けていて分かったことがある。
それは、傭兵は最悪だということ。
返すアテもないのに金を借りる人。
イカサマ博打で金を巻き上げようとする人。
武器も持たずに戦場に乗り込み、戦うフリだけして帰ってくる人。
酔っぱらったまま戦場に行く人。
なんだか分からない人。
そんなのばっかりだ!
あの小瓶を多用するのもよくない。
お酒よりひどい。
人間がまともではなくなる。
けど、一回使うともう手放せないのだという。
戦場に行って倒れたフリをしていれば、医師団が治療してくれる。それで死ななければなんでもいいんだという。
すべてがメチャクチャだ。
秩序も! 倫理も! 一般常識も!
今日もまたポテト騎士団とコーヒー騎士団がケンカをしていた。
ただでさえみんなイライラしているのに!
なぜわざわざ問題を増やそうとするんだ?
みんな大人じゃないのか?
こんなことなら、魔族の側で参加しておけばよかった。
人間はいっぺん「浄化」されたほうがいい!
あと、神の代わりにネコを崇めたほうがいい!
ああ、日に日になにかが失われてゆく……。
*
冬になった。
もう戦闘の継続は不可能だろう。
俺にはそう見えたが、俺が勝手にそう思ったくらいで終わらないのがこの戦争だ。
冬だろうが、構わず続く。
「ああ、もう! 血が凍っちゃう!」
ソフィアさんも激怒している。
せっかく敵から血を集めても、一晩で凍り付いてしまう。
神聖ポテト騎士団は国へ帰った。
冬は戦いに参加せず、春になるとまた戻ってくるのだとか。
中身までポテトか……。
母さんは無事だろうか?
あの歌声を聞きたい。
そして母さんがミンチにした小鳥を……。いや、それはいいや。
今日もまた吟遊詩人が、見てきたように歌を歌う。
国王軍は魔族を蹴散らすべく、西へ西へと向かっているのだと。
誰もが幸福ばかり夢見ている。
現実がどうにもならないから。
でも確かに、どうしようもない。
必死になって機械人形と戦うと、ハルバードが壊れる。壊れると新調するのに金がかかる。頑張れば頑張っただけ損をしてゆく。
傍観していると、なにも損せずお金が入る。
腹いっぱい食べるにはお金が要る。
だんだん、効率的にお金を得ることしか考えられなくなる。
なにもかもがおかしい。
俺たちはいったいなにをしているのだろう。
なにをしたかったんだろう。
(続く)




