一兵卒
戦争なんて、どっちが勝ってもよかった。
俺はむしろ人間を憎んでいたと思う。
だけど、俺の足は街へと向かっていた。
「またお前か……。いま必要なのは、兵士であって冒険者じゃないんだ。何度も言わせるな」
名簿をもったおじさんが、不快そうに吐き捨てた。連日の激務で人に優しくしている余裕もないのだろう。
「違います。兵士として戦いに来ました」
「は? ああ、そうだったのか。傭兵をまとめてるのはアルトゥーロだ。ほら、あっちに派手なトサカの男いるだろ? そいつと話してくれ」
「はい」
アルトゥーロ……さん……。
言われた通り、派手なトサカの兜をしていた。
俺の知ってる顔。
俺が歩を進めると、アルトゥーロさんはなんとも言えない表情で出迎えた。
「遠くからでも分かったぜ、マルコ。生きてたんだな」
「はい」
「で? まさか傭兵になりたいとか言い出すんじゃないだろうな?」
「そのまさかです」
彼は溜め息をついた。
以前よりやつれていた。なのに、目だけがギラついていた。
「報酬は、戦闘一回あたり100リラ。武器と防具のレンタルは40リラ。もし壊したら全額負担。負傷しても自己責任。いちど契約したら、契約終了まで俺の命令に従ってもらう。いいか?」
「はい」
「なら最初の命令だ。そこの死体から腕章を回収しろ。それを自分の腕につけるんだ」
「腕章? この黒い布切れですか?」
そこの死体とは言うが、まだ生きている。
ただし、動ける状態ではない。
「緑だ。黒じゃない。少しばかり……血で変色しちまってるだけだ」
「はい。すみません。失礼しますね。命令なんで」
その人物は、俺が腕章――という名の黒いボロ布をとっている間も、じっと動かなかった。生きたいとも死にたいとも分からない顔をしている。目は俺を見ているような、俺のはるか向こうを見ているような。
腕章をつけると、アルトゥーロさんはふんと鼻を鳴らした。
「できればお前とは会いたくなかった」
「なぜです?」
「傭兵になって欲しくなかったんだ」
「でも、兵士になるよう勧めてくれましたよね?」
俺がそう返事をすると、アルトゥーロさんは哀しげな目になった。
「兵士と傭兵はまったく違う。傭兵には帰る家がない……」
黒い布をつけた兵が、そこら中に寝転がっている。
半分くらい死体に見えるが。
みんな負傷している。小瓶のにおいをかいで、まどろんだ顔をしている。
「アルトゥーロさん、あの瓶は?」
「痛みと恐怖を和らげるハーブだ。欲しければ酒保にあるぞ。ひとつ10リラ。だが、マルコ。お前は使うな。人間がおかしくなる」
「えっ?」
アルトゥーロさんは崩れた城壁に足をかけ、敵陣を眺めていた。
広い野原を挟んで、遠くに魔族のテントが見える。
*
炊き出しのおかげで、食事は無料だった。
無料というか、野菜くずが浮いているだけのお湯だけど。かくれて肉を食っている人もいる。それがなんの肉なのかは……。
プーッと笛の音がした。
機敏に反応するのはほんの数名。だいたいは、音が聞こえているのに無視していた。動くための準備をしているかのように。
「敵襲! 敵襲!」
すでに日没も近かったのに、突如、朝みたいに明るくなった。
空間が裂けて、そこから強烈な光が漏れていたのだ。
「召喚魔法だ! 来るぞ!」
空間の裂け目から次々と機械人形が落ちてきて、ダァンと大地に着地した。
五体。いや六体。
アルトゥーロさんも立ち上がり、剣を抜いた。
「ほら、起きろ! 戦いだ! やらなきゃ死ぬぞ! 立て! 動け!」
傭兵部隊の配置は指定されているらしく、みんな決まった方向へぞろぞろと歩き出した。
みんな死んだような目をしている。
武器も防具もボロボロ。折れたり曲がったりしている。だが、もう、そんなことどうでもいいのだろう。
俺もハルバードを構えて前に出た。
アルトゥーロさんは、部下の出陣も待たずに一人で行ってしまった。
だが、彼の判断は正しかった。
身をかがめた機械人形が、城へ向けて熱線を照射したのだ。近くをかすめただけでとんでもない熱を感じる。直撃を受けた街は一瞬で炎上。焼け出された兵たちが、半狂乱で野原へ駆け出してきた。
*
母さんはいろんな本を持っていた。
だから俺も、物語を読んで育った。
戦争の本もあった。
領主たちは、あるいは天候を読み、あるいは地形をいかし、兵を指揮し、陣形を作り、持てる戦術を駆使して戦った。
命じれば歩兵が前進し、命じれば弓兵が射撃を加えた。
そう、まるで将棋みたいだった。
俺も頭がよければ、いつかそんなふうに活躍してみたいと思った。
だけど、いま俺が体験しているコレは?
陣形ってなんだ?
戦術ってなんだ?
ただ決められたほうへ進み、考える間もなく武器を振り回しているだけでは?
機械人形へ群がる兵たち。
ちゃんと弱点を狙うべきなのに、そんな判断さえできず、分厚い装甲を叩いている。
見境のなくなった仲間が、自分の仲間を殺し始める。別の仲間がそいつを殺す。
足場がすぐ血まみれになる。
泣く、喚く、怒る。
機械人形と戦っていると、やはり疲弊した顔の魔族がやってきた。
彼らは魔法も使わず、正面からぶつかってきた。
大部隊というわけでもないのに、部隊同士が衝突すると、最前面にいたものが死ぬ。あるいは死なずとも気絶する。
あっけなく。
隊列なんてハナから存在しない。
華麗な剣術の出番もない。あるのは混乱した揉み合いだけ。
ケンカだ。
人が倒れる。それを踏んで前に出る。他人の血がかかる。気づくと自分も出血している。武器を振る。生き延びるために。
だが、混乱は意外と長くは続かなかった。
なぜなら、人がすぐに死ぬからだ。
人が死んで、数が減ると、だんだん自分の動きができるようになってくる。
怒声がやんで、急に静かになる。
逃げ出すものもいる。
それを後ろから襲うものも。
俺は機械人形の背後へ回り込み、関節部に攻撃を加えた。ガァンと反動。それでもめげずにハルバードを叩き込む。木こりの仕事をしている気分だ。
地面がぬかるんで、うまく力が伝えられない。
しばらく静かだった。
俺が金属を打ち付ける音だけが、やたら響いているような。
だが、近づいてくる声もあった。
「おーおー! ポテト! ポテト! ポテト!」
神聖ポテト騎士団だ。
しっかりと隊列を守り、メイスと盾を手に敵を駆逐してゆく。
強い。
敵の攻撃をすべて防いだ上で、メイスで装甲ごと粉砕する。
だが、ちょっと進むと身をかがめ、歌いながら戦場にポテトを植え始めた。
なにをしに来たんだ……。
俺が機械人形を一体始末すると、付近の魔族が一斉に逃げ出した。
傭兵たちはその背を追う。
ここでは背を見せたものから狙われる。
戦闘が落ち着くと、キレイな緑の腕章をした男女が近づいてきた。
武装していないところを見ると、衛生兵というヤツだろうか?
先頭の女が告げた。
「攻撃をやめてください。私たちは医師団です」
どこかで見た顔のような……。
彼女たちは、まず瀕死の魔族たちをチェックし始めた。
敵のことも治療するのだろうか?
いや、違う。
まだ死んでいない魔族を引きずってきて、一ヵ所に集め、魔法をかけはじめた。
すると、まだ息のあった魔族たちの身体から、ドバッと血液が噴出。
医師団はその血液をバケツに集め始めた。
バケツの血液をカップで救い、今度は味方の兵士に飲ませ始めた。
ほとんどムリヤリ。
もしかして、これが噂に聞いた容赦なき医師団……。
「マルコ、なぜここにいるの?」
「傭兵になりました」
近づいてきたリーダーは、おそらくソフィアさんだった。
髪をまとめてキャップをかぶっているが、生真面目そうな顔立ちは記憶の中の彼女と一致した。
「結局、あなたみたいな人は、他人を殺す仕事をやめられないのね」
「そんな言い方しないでください。ソフィアさんこそ、なぜこんなこと……」
俺がそう尋ねると、彼女は不快そうに眉をひそめた。
「こんなこと? 人を殺すバカがいるから、死なないように助けてるんでしょ? これはれっきとした医療行為よ」
「ごめんなさい」
でも、戦争だから。
どちらかが勝つまで終わらないから。
魔族たちは、機械人形を置き去りにして撤退を始めた。
きっと彼らも、戦争に乗り気ではないのだ。神がけしかけるから、それを無視するわけにもいかないだけで。
ソフィアさんは暗い顔のまま笑った。
「私、フェデリコ先生には感謝してるの。才能がないって教えてくれたから。だからね、治癒の魔法はあきらめた。その代わり、できることを見つけたの。血を抜く魔法。こっちが私の才能だったのね……」
「……」
「なに黙ってんの? 私たちは、あなたのお仲間を助けてるのよ? あなたが死にそうになったときも同じよ。最終的には、誰もが私たちに感謝すると思うわ。私たちは間違ってない」
実際、血を飲まされた兵士たちは、次々と身を起こし始めた。
深手を負っていたものもいたのに。
「あれはただの血液じゃない。生命力のスープよ。ただ、生命力をそのまま抜き取ることはできないから、血液と一緒に抽出してるだけ。でもマルコ、あなた、魔法には興味なかったわね」
「ごめんなさい」
*
闇夜に月が昇っていた。
城壁の内側は、負傷兵だらけだった。
医師団が血を飲ませて回っている。
アルトゥーロさんが来た。
「大活躍だったな、マルコ」
「アルトゥーロさんも、凄いですよ。あんなに前に出て」
「不死身のアルトゥーロだからな。望むと望まないとにかかわらず」
浮かない表情でそんなことを言う。
まさか、活躍するためではなく、死ぬために前に出ていたのか?
「尊敬しますよ」
「やめろ。いい生き方じゃない。絶対にマネするな。一区切りついたら、お前のことは解雇するからな」
「えっ? なぜですか?」
「帰るべき家のあるヤツは、傭兵になるべきじゃない」
行ってしまった。
みんなくたくたになっている。
元気なのは神聖ポテト騎士団だけ。歌いながら焚き火を囲み、焼いたポテトを食べている。
*
兵舎は正規兵が使っているから、傭兵は路上で寝るしかない。
だから、石畳の上で寝た。
いや、寝たとも言えないほど浅い眠りを繰り返した。
いつの間にか朝が来ていた。
俺はカエデさんからもらった兵糧丸で空腹を癒し、遠方を見つめた。
野原には大量の死体。
カラスが群がっている。
あの一人一人に人生があって、なんらかの考えをもって戦いに参加していたはず。だが、死んでしまえば、死体のひとつでしかない。
奥には魔族のキャンプ。
きっと魔族も、こんな戦争はやめたがっている。
なんて不毛なのだろう。
「ったくあのポテトども、うるさくてかなわんな」
「所詮は田舎者の寄せ集めよ。我らコーヒー騎士団とは品格が違う」
カップで黒い飲み物を飲んでいる人たちを見かけた。
カラフルな服を着ている。
貴族だろうか?
いや、でも傭兵をしているのだから、きっと平民なんだろう。
「なんだ、小僧? お前もポテトか?」
「ポテトではありません。小僧でもありませんし」
いきなり絡まれてしまった。
「ならばコーヒーか?」
「コーヒーってなんです?」
すると彼らはガハハと爆笑した。
「コーヒーを知らんのか? 高貴な飲み物だぞ? 完璧な覚醒! 湧き上がる興奮! とめどないインスピレーション! 精神を高次へ導く飲み物。それがコーヒーだ」
「なんか危なそうですね」
「ふん。浅学な田舎者め。理解できぬならあっちへ行け」
そんなに怒らなくてもいいのに。
この戦場はおかしな人ばかりだ。
いや、逆だろうか?
戦争が人をおかしくしているのかもしれない。
人を殺して寝る。
起きて人を殺す。
その繰り返しじゃないか。
誰もモノを作らないから、街だって豊かにならない。それどころか互いに壊し合っている。食べ物もない。それで困っているのに、全然やめようとしない。
人間は愚かだ。
魔族も愚かだ。
その愚かさを利用する神も許せない。
カエデさんの気持ちが少し分かってきた。
これはもうどうしようもない。
俺もネコになりたい……。
(続く)




