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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第二章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 前編

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一兵卒

 戦争なんて、どっちが勝ってもよかった。

 俺はむしろ人間を憎んでいたと思う。

 だけど、俺の足は街へと向かっていた。


「またお前か……。いま必要なのは、兵士であって冒険者じゃないんだ。何度も言わせるな」

 名簿をもったおじさんが、不快そうに吐き捨てた。連日の激務で人に優しくしている余裕もないのだろう。

「違います。兵士として戦いに来ました」

「は? ああ、そうだったのか。傭兵をまとめてるのはアルトゥーロだ。ほら、あっちに派手なトサカの男いるだろ? そいつと話してくれ」

「はい」


 アルトゥーロ……さん……。

 言われた通り、派手なトサカの兜をしていた。

 俺の知ってる顔。


 俺が歩を進めると、アルトゥーロさんはなんとも言えない表情で出迎えた。

「遠くからでも分かったぜ、マルコ。生きてたんだな」

「はい」

「で? まさか傭兵になりたいとか言い出すんじゃないだろうな?」

「そのまさかです」

 彼は溜め息をついた。

 以前よりやつれていた。なのに、目だけがギラついていた。

「報酬は、戦闘一回あたり100リラ。武器と防具のレンタルは40リラ。もし壊したら全額負担。負傷しても自己責任。いちど契約したら、契約終了まで俺の命令に従ってもらう。いいか?」

「はい」

「なら最初の命令だ。そこの死体から腕章を回収しろ。それを自分の腕につけるんだ」

「腕章? この黒い布切れですか?」

 そこの死体とは言うが、まだ生きている。

 ただし、動ける状態ではない。

「緑だ。黒じゃない。少しばかり……血で変色しちまってるだけだ」

「はい。すみません。失礼しますね。命令なんで」

 その人物は、俺が腕章――という名の黒いボロ布をとっている間も、じっと動かなかった。生きたいとも死にたいとも分からない顔をしている。目は俺を見ているような、俺のはるか向こうを見ているような。


 腕章をつけると、アルトゥーロさんはふんと鼻を鳴らした。

「できればお前とは会いたくなかった」

「なぜです?」

「傭兵になって欲しくなかったんだ」

「でも、兵士になるよう勧めてくれましたよね?」

 俺がそう返事をすると、アルトゥーロさんは哀しげな目になった。

「兵士と傭兵はまったく違う。傭兵には帰る家がない……」


 黒い布をつけた兵が、そこら中に寝転がっている。

 半分くらい死体に見えるが。

 みんな負傷している。小瓶のにおいをかいで、まどろんだ顔をしている。


「アルトゥーロさん、あの瓶は?」

「痛みと恐怖を和らげるハーブだ。欲しければ酒保にあるぞ。ひとつ10リラ。だが、マルコ。お前は使うな。人間がおかしくなる」

「えっ?」


 アルトゥーロさんは崩れた城壁に足をかけ、敵陣を眺めていた。

 広い野原を挟んで、遠くに魔族のテントが見える。


 *


 炊き出しのおかげで、食事は無料だった。

 無料というか、野菜くずが浮いているだけのお湯だけど。かくれて肉を食っている人もいる。それがなんの肉なのかは……。


 プーッと笛の音がした。

 機敏に反応するのはほんの数名。だいたいは、音が聞こえているのに無視していた。動くための準備をしているかのように。


「敵襲! 敵襲!」


 すでに日没も近かったのに、突如、朝みたいに明るくなった。

 空間が裂けて、そこから強烈な光が漏れていたのだ。


「召喚魔法だ! 来るぞ!」


 空間の裂け目から次々と機械人形が落ちてきて、ダァンと大地に着地した。

 五体。いや六体。


 アルトゥーロさんも立ち上がり、剣を抜いた。

「ほら、起きろ! 戦いだ! やらなきゃ死ぬぞ! 立て! 動け!」

 傭兵部隊の配置は指定されているらしく、みんな決まった方向へぞろぞろと歩き出した。

 みんな死んだような目をしている。

 武器も防具もボロボロ。折れたり曲がったりしている。だが、もう、そんなことどうでもいいのだろう。


 俺もハルバードを構えて前に出た。

 アルトゥーロさんは、部下の出陣も待たずに一人で行ってしまった。


 だが、彼の判断は正しかった。

 身をかがめた機械人形が、城へ向けて熱線を照射したのだ。近くをかすめただけでとんでもない熱を感じる。直撃を受けた街は一瞬で炎上。焼け出された兵たちが、半狂乱で野原へ駆け出してきた。


 *


 母さんはいろんな本を持っていた。

 だから俺も、物語を読んで育った。


 戦争の本もあった。

 領主たちは、あるいは天候を読み、あるいは地形をいかし、兵を指揮し、陣形を作り、持てる戦術を駆使して戦った。

 命じれば歩兵が前進し、命じれば弓兵が射撃を加えた。

 そう、まるで将棋ボードゲームみたいだった。

 俺も頭がよければ、いつかそんなふうに活躍してみたいと思った。


 だけど、いま俺が体験しているコレは?

 陣形ってなんだ?

 戦術ってなんだ?

 ただ決められたほうへ進み、考える間もなく武器を振り回しているだけでは?


 機械人形へ群がる兵たち。

 ちゃんと弱点を狙うべきなのに、そんな判断さえできず、分厚い装甲を叩いている。

 見境のなくなった仲間が、自分の仲間を殺し始める。別の仲間がそいつを殺す。

 足場がすぐ血まみれになる。

 泣く、喚く、怒る。


 機械人形と戦っていると、やはり疲弊した顔の魔族がやってきた。

 彼らは魔法も使わず、正面からぶつかってきた。


 大部隊というわけでもないのに、部隊同士が衝突すると、最前面にいたものが死ぬ。あるいは死なずとも気絶する。

 あっけなく。

 隊列なんてハナから存在しない。

 華麗な剣術の出番もない。あるのは混乱した揉み合いだけ。

 ケンカだ。

 人が倒れる。それを踏んで前に出る。他人の血がかかる。気づくと自分も出血している。武器を振る。生き延びるために。


 だが、混乱は意外と長くは続かなかった。

 なぜなら、人がすぐに死ぬからだ。

 人が死んで、数が減ると、だんだん自分の動きができるようになってくる。

 怒声がやんで、急に静かになる。


 逃げ出すものもいる。

 それを後ろから襲うものも。


 俺は機械人形の背後へ回り込み、関節部に攻撃を加えた。ガァンと反動。それでもめげずにハルバードを叩き込む。木こりの仕事をしている気分だ。


 地面がぬかるんで、うまく力が伝えられない。


 しばらく静かだった。

 俺が金属を打ち付ける音だけが、やたら響いているような。


 だが、近づいてくる声もあった。


「おーおー! ポテト! ポテト! ポテト!」

 神聖ポテト騎士団だ。

 しっかりと隊列を守り、メイスと盾を手に敵を駆逐してゆく。

 強い。

 敵の攻撃をすべて防いだ上で、メイスで装甲ごと粉砕する。

 だが、ちょっと進むと身をかがめ、歌いながら戦場にポテトを植え始めた。

 なにをしに来たんだ……。


 俺が機械人形を一体始末すると、付近の魔族が一斉に逃げ出した。

 傭兵たちはその背を追う。

 ここでは背を見せたものから狙われる。


 戦闘が落ち着くと、キレイな緑の腕章をした男女が近づいてきた。

 武装していないところを見ると、衛生兵というヤツだろうか?


 先頭の女が告げた。

「攻撃をやめてください。私たちは医師団です」

 どこかで見た顔のような……。


 彼女たちは、まず瀕死の魔族たちをチェックし始めた。

 敵のことも治療するのだろうか?

 いや、違う。

 まだ死んでいない魔族を引きずってきて、一ヵ所に集め、魔法をかけはじめた。

 すると、まだ息のあった魔族たちの身体から、ドバッと血液が噴出。

 医師団はその血液をバケツに集め始めた。


 バケツの血液をカップで救い、今度は味方の兵士に飲ませ始めた。

 ほとんどムリヤリ。


 もしかして、これが噂に聞いた容赦なき医師団……。


「マルコ、なぜここにいるの?」

「傭兵になりました」

 近づいてきたリーダーは、おそらくソフィアさんだった。

 髪をまとめてキャップをかぶっているが、生真面目そうな顔立ちは記憶の中の彼女と一致した。

「結局、あなたみたいな人は、他人を殺す仕事をやめられないのね」

「そんな言い方しないでください。ソフィアさんこそ、なぜこんなこと……」

 俺がそう尋ねると、彼女は不快そうに眉をひそめた。

「こんなこと? 人を殺すバカがいるから、死なないように助けてるんでしょ? これはれっきとした医療行為よ」

「ごめんなさい」


 でも、戦争だから。

 どちらかが勝つまで終わらないから。


 魔族たちは、機械人形を置き去りにして撤退を始めた。

 きっと彼らも、戦争に乗り気ではないのだ。神がけしかけるから、それを無視するわけにもいかないだけで。


 ソフィアさんは暗い顔のまま笑った。

「私、フェデリコ先生には感謝してるの。才能がないって教えてくれたから。だからね、治癒の魔法はあきらめた。その代わり、できることを見つけたの。血を抜く魔法。こっちが私の才能だったのね……」

「……」

「なに黙ってんの? 私たちは、あなたのお仲間を助けてるのよ? あなたが死にそうになったときも同じよ。最終的には、誰もが私たちに感謝すると思うわ。私たちは間違ってない」


 実際、血を飲まされた兵士たちは、次々と身を起こし始めた。

 深手を負っていたものもいたのに。


「あれはただの血液じゃない。生命力のスープよ。ただ、生命力をそのまま抜き取ることはできないから、血液と一緒に抽出してるだけ。でもマルコ、あなた、魔法には興味なかったわね」

「ごめんなさい」


 *


 闇夜に月が昇っていた。


 城壁の内側は、負傷兵だらけだった。

 医師団が血を飲ませて回っている。


 アルトゥーロさんが来た。

「大活躍だったな、マルコ」

「アルトゥーロさんも、凄いですよ。あんなに前に出て」

「不死身のアルトゥーロだからな。望むと望まないとにかかわらず」

 浮かない表情でそんなことを言う。

 まさか、活躍するためではなく、死ぬために前に出ていたのか?

「尊敬しますよ」

「やめろ。いい生き方じゃない。絶対にマネするな。一区切りついたら、お前のことは解雇するからな」

「えっ? なぜですか?」

「帰るべき家のあるヤツは、傭兵になるべきじゃない」

 行ってしまった。


 みんなくたくたになっている。

 元気なのは神聖ポテト騎士団だけ。歌いながら焚き火を囲み、焼いたポテトを食べている。


 *


 兵舎は正規兵が使っているから、傭兵は路上で寝るしかない。

 だから、石畳の上で寝た。

 いや、寝たとも言えないほど浅い眠りを繰り返した。

 いつの間にか朝が来ていた。


 俺はカエデさんからもらった兵糧丸で空腹を癒し、遠方を見つめた。


 野原には大量の死体。

 カラスが群がっている。

 あの一人一人に人生があって、なんらかの考えをもって戦いに参加していたはず。だが、死んでしまえば、死体のひとつでしかない。


 奥には魔族のキャンプ。

 きっと魔族も、こんな戦争はやめたがっている。


 なんて不毛なのだろう。


「ったくあのポテトども、うるさくてかなわんな」

「所詮は田舎者の寄せ集めよ。我らコーヒー騎士団とは品格が違う」

 カップで黒い飲み物を飲んでいる人たちを見かけた。

 カラフルな服を着ている。

 貴族だろうか?

 いや、でも傭兵をしているのだから、きっと平民なんだろう。


「なんだ、小僧? お前もポテトか?」

「ポテトではありません。小僧でもありませんし」

 いきなり絡まれてしまった。

「ならばコーヒーか?」

「コーヒーってなんです?」

 すると彼らはガハハと爆笑した。

「コーヒーを知らんのか? 高貴な飲み物だぞ? 完璧な覚醒! 湧き上がる興奮! とめどないインスピレーション! 精神を高次へ導く飲み物。それがコーヒーだ」

「なんか危なそうですね」

「ふん。浅学な田舎者め。理解できぬならあっちへ行け」

 そんなに怒らなくてもいいのに。


 この戦場はおかしな人ばかりだ。

 いや、逆だろうか?

 戦争が人をおかしくしているのかもしれない。


 人を殺して寝る。

 起きて人を殺す。

 その繰り返しじゃないか。

 誰もモノを作らないから、街だって豊かにならない。それどころか互いに壊し合っている。食べ物もない。それで困っているのに、全然やめようとしない。


 人間は愚かだ。

 魔族も愚かだ。

 その愚かさを利用する神も許せない。


 カエデさんの気持ちが少し分かってきた。

 これはもうどうしようもない。

 俺もネコになりたい……。


(続く)

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