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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
3/82

初仕事(二)

 夜は、やけに寂しかった。

 大きな空間に、自分だけ。

 ゴツゴツした石壁と石の床。手を伸ばしても届かないほど高い石の天井。

 母さんの気配が、どこにも感じられない……。


 朝は、スズメたちの鳴き声で目を覚ました。

 いや、それだけじゃない。なんだか大人たちが騒々しかった。


 ひとまずベッドから出た。

 けれども、だからといってなにもすることがなかった。

 いつもなら母さんが歌で動物たちを集めている時間だ。どこまでも通る透明感のある歌声。命を否定する歌。世界を呪う歌。


「おお、ちょうどよかった。起きておりましたな」

「はい」

 修道士が困った様子で顔を出した。

「じつはギルドの方々が、まだ戻ってこないのです。夜のうちには戻ってくる予定だったのですが……」

「えっ?」

 戻ってこない?

 死んだ?

 いや、まだそうとは決まっていない。けど、それ以外の可能性は……ないような気もする。


 修道士は溜め息をついた。

「申し訳ないのですが、ギルドに戻って事態を報告してきてもらえませんか?」

「え、でもまだ山賊が……」

 俺がそう言いかけると、彼は不審そうに顔をしかめた。

「かといって、どうしようもありますまい。今回は、山賊のほうが一枚上手だったということでしょう」

「……」

「とにかく、ギルドへの報告を頼みましたぞ」


 *


 修道院を出た。

 仕事をこなせなかったせいなのか、朝食さえ用意してくれなかった。

 母さんが恋しい。


 ちっともそんな気分じゃないのに、空だけはよく晴れ渡っていた。

 あたたかな日差し。

 どこまでも広がる麦畑。

 狭くて薄暗い森とは違う。世界は、こんなにも明るくて広かったのだ。だけど言いようもなく空疎だ。できれば、もっと前向きな気持ちでこの事実を噛みしめたかった。


 ギルドにはなんて報告しよう。

 一緒にいたおじさんたちは、俺が寝ている間にみんな殺されてしまった……。そうとしか言いようがない。バカみたいだけど。

 受付のおばさんは怒るだろう。

 きっとお金ももらえない。


 母さんの石斧だって、まだ人間の命を奪っていない。


 *


 街へは戻らなかった。

 その代わり、街とは逆方向へ向かった。


 今回のターゲットは山賊だ。ここらを荒らしているというからには、そう遠くない場所にいるはずなのだ。しかも隠れやすい場所。奥まった森のほうだろう。

 ただ、森といっても範囲が広い。

 適当に歩いて見つけられるものではない。


 なのだが、適当に歩くしかなかった。


 農家の人たちが、不審そうにこちらを見ていた。普段から山賊に襲われているから、警戒心が強くなっているのかもしれない。

 初老の男性が近づいてきた。

「またなのか? 勘弁してくれ。食い物なら先日渡したばかりじゃないか」

「はい?」

「これ以上とられたらやっていけない」

「なんの話ですか? 俺、人を探してて……」

 すると男は、俺の姿を上から下までじろじろと確認した。

「あんた、山賊の一味じゃ……ないのか?」

「違います。山賊を殺すほうです」

「えぇっ……」

 むしろ農家の人たちの味方だ。

 なぜ不審そうに見られているのか分からない。


「昨日、俺の仲間たちが山賊退治に出かけたんです。でも帰ってこなくて」

「ああ、すると昨晩の騒ぎは彼らか……」

「騒ぎ?」

 ここで戦ったのだろうか?

「ああ。大声で下品なジョークを飛ばしながら通り過ぎていってな。ありゃだいぶ出来上がってたぜ。こっちはまた山賊が来たのかと思ってひやひやしたってのによ。そういや、修道院がギルドに戦士を手配してたっけな」

「そうです。そのギルドの戦士です」

 すると男は、またじろじろとこちらを見た。

「えーと、あんたが? ギルドの? 猟師にしか見えないが……」

「猟師じゃありません。戦士です。おじさんたちが帰ってこなかったので、探しに来たんです」

「一人で?」

「はい」

 目をパチクリさせている。

 なにかおかしいことを言ってしまっただろうか?


「やれやれ。世間知らずのお坊ちゃんってわけかい。どうせこの仕事も初めてなんだろ?」

「初めてですけど、もう大人です」

「ふん。いくら体だけ立派でもな、ツラを見りゃ分かるんだよ。まだまだ青臭いガキんちょだ。いいかい? ここんとこ、山賊どもは勢いづく一方だ。あんた一人でどうにかなる相手じゃない。死にたくなけりゃ、おとなしく実家に帰るんだな。もし実家がありゃな」

 はい?

 実家に帰れだって?

 まだ稼いでもいないのに?

 まあでも……。一理あるかもしれない。俺にはムリだったのだ。母さんは喜ばないと思うけど。おじさんにこう言われては仕方がない。

「実家はあります! 帰ります!」

「お、おう……」

「でも、もしかしたら勝てるかもしれないので、山賊の居場所を教えてもらえませんか?」

「待て待て」


 *


 しつこく聞いたら教えてくれた。

 川に沿って森に入れば、そのうち山賊たちの砦につくらしい。


 砦――。

 強固に守りが固められているらしい。乗り込んでいってもどうせ勝てっこないという話だった。まあ見るだけ見てムリそうなら帰ればいい。

 森には慣れている。


 畑から離れると、雑草の生えた荒れ地が広がっていた。その先が森だ。なだらかな斜面に木々が生い茂っている。

 ここは俺と母さんの森にもつながっている。方向は違うけど。

 人の侵入を拒むような雰囲気はない。どの森もそうだ。日差しも通るから、簡単に出入りできるように見える。後悔するのは、入ってからだ。


 頻繁に移動があるらしく、道ができていた。俺はその道を使わず、姿勢を低くして、木々に隠れながら奥へ向かった。

 ガサガサと音は出てしまうが、怪しまれたらイヌのフリでもすればいい。


 しばらく進むと人の声がした。

「ったく、街の連中も凝りねぇよな。また討伐隊なんて寄越してきやがって」

「そう言うなよ。人質の中に、どっかの貴族の三男坊が混じってたって話じゃねーか。身代金でガッポリ稼げるぜ」

「向こうから金が歩いてきたようなモンだな」

「ちげぇねぇ」

 そしてガハハと大笑い。

 ナタを手にした男が二人。警備というよりは、散策がてら木の実でも集めている様子。最近、食料を巻き上げたばかりだから、余裕があるのかもしれない。

 山賊とは言うが、普通のおじさんたちだ。そんなに強そうには見えない。ギルドの戦士が彼らに負けるとは思えないのだが……。


 ともかく、この二人は山賊だ。

 合法的に殺せる。

 お金ももらえる。


 俺は石を拾い、彼らの近くの樹に当てた。

 石はカッと甲高い音を立てた。


「お、なんだ? いまなんか音がしたよな?」

「投石の音じゃないか?」

「投石? 誰が投げたんだよ?」

 逆に警戒させてしまった。

 これが動物なら簡単に誘導できるのに。

 彼らは周囲をキョロキョロしつつも、なかなか背中を見せてくれなかった。


「いや、気のせいかもな。昨日の連中はみんな捕まえたんだ。二日続けて来るとも思えねぇ」

「それもそうだな。戦力の逐次投入はバカのやることだ」

「そもそも、あいつらに仲間なんていやしねぇのよ。だからギルドの仕事をするしかねぇ。たいして儲からねぇってのによ」

「っぱ山賊だよな」


 なんてことだ……。

 ギルドの仕事は儲からないのか?

 しかも山賊のほうが儲かると?


 いや、悪魔は契約を重んじる。先にギルドの仕事を受けてしまった以上、途中で山賊に鞍替えすることはできない。

 俺自身は魔族ではないが。母さんが魔族なんだから、俺も悪魔として生きるのが筋というものだろう。


 俺はじっと身を潜め、二人の隙をうかがった。

 彼らはせっせと木の実を集めつつも、常に周囲を警戒していた。あまり強くはなさそうなのに、隙がない。

 山では、野生のイヌやオオカミ、ヘビ、イノシシ、サルに出くわすこともある。ぼうっとしていたらすぐ襲われてしまう。


 時間が経つと、二人は行ってしまった。

 俺はそのあとを追うことにした。


 *


 砦だ。

 石塀で囲われており、弓を持った見張りの男も立っている。

「よう、どうだった」

「ダメだな。シケてやがる」

 山賊たちは気の抜けた会話をしながら、中に入っていった。


 俺はさすがに中まではついていけない。

 見張りの人間に姿をさらすことになる。

 ひとまず砦をぐるっと一周して、入れそうなところがないか見てみよう。


 *


 見張りの男は、最初に見かけた一人だけだった。

 裏側は、誰も監視していない。それどころか、裏口のドアは半開きになっていた。周囲に生ゴミが散乱しているから、生活に使うドアなんだろう。

 油断しているのだ。

 見張りなんて一人で十分だと思い込んでいる。


 俺は目を細めて、これから暗くなる屋内に目を慣らしておくことにした。


 *


また命が目を覚ます

朝だよ

おはよう、世界

おはよう、世界


ほら見て

また太陽が

空を灼いているよ

大地を灼いているよ


鳥も魚も人間も

己を灼く太陽を言祝いで

あかず目を覚まして

命を続けているよ


 *


 俺は母さんの歌を思い出していた。

 母さんの歌声は好きだったけれど、この歌の中身は好きになれずにいた。


 どうせそのうち尽きる命が、太陽に合わせて目を覚ましてしまう。

 だから命などないほうがいいという。


 けど、もし母さんが目を覚まさなかったらと思うと……。

 俺は怖かった。許せなかった。なぜそんな歌が存在するのか。なぜ母さんはそんな歌を歌うのか。魔族だから……。そう言われれば黙るしかないが。


 違ったらいいのに、と、思った。

 なにかが違ったらいいのに。

 じつは世界のなにかが間違っていて、ある日突然、俺の都合のいいふうに直ればいいのに、と、思った。


 *


 料理人がぶつくさ文句を言いながら鍋をかき回していた。

 俺は力いっぱい石斧を振り下ろし、その後頭部へ叩きつけた。


 料理がダメになってしまった。


 命も消えた。


 動物を殺したことはある。

 幼いころから、何度も。

 慣れていたつもりだった。


 だけど、人は……初めてだった。

 思っていたのと違った。


 なにかが違った。

 こんなはずじゃなかった、と、俺は自分に言い訳をしていた。

 理由は分からない。


「おい、お前、ギルドのガキか……」

 暗がりから声がした。

 山賊じゃない。

 おじさんたちだ。


「あ、生きてたんですか……」

 いま頭がまっしろだったから、おじさんたちのことは完全に記憶から飛んでいた。

 そうか。

 俺は、ここに山賊を殺しにきて、ついでにおじさんたちのことも確認するつもりだったのだ。


「縄をほどいてくれ」

「はい」

 袋叩きにされた顔で、三人まとめて縛られていた。

 あと二人いたはずだけど。

 料理人の使ってたナイフを借りて、とにかくロープを切った。

「一人で来たのか?」

「はい」

「ホントに? 修道士が行けって言ったのか?」

「いえ、修道士の人は、ギルドに報告しろって。でもその前に様子だけでも見ておこうと思って」

「なんてこった。だが、その判断に救われた。礼を言う。サンチョは殺された。あとはミケーレだが……」


 すると別のおじさんが顔をしかめた。

「あの野郎、裏切りやがったんだ!」

 ギルドの人たちは、苦情を言いながらも厨房の道具をあさり始めた。ナイフならまだいいほうで、フライパンを物色している人もいた。

 闘志は消えていない。


「新人、このあとも付き合うよな?」

「マルコです。もちろん付き合いますよ」

「マルコか。礼を言う。俺はアルトゥーロ。カタがついたら一杯おごらせてくれ。お前は命の恩人だからな」

 お酒はもういいかな。

 でも、認めてくれたのは嬉しい。

 人と会話するのは疲れるだけかと思ってたけど、嬉しくて体温があがってくる。母さんに優しくされるのとは違った感情。


 人間って、やっぱりこの世界に必要なのでは……。


(続く)

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