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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第二章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 前編

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散歩(二)

 ヒュンとナイフが飛翔し、ドラゴンの片目に突き刺さった。

 山を揺るがすような咆哮。

 鋭い爪が襲ってきたので、俺はさっと後方へ避けた。大幅に避けたつもりだったのに、予想外にぎりぎりになってしまった。


 避けきれなかったクラウディオさんは即死。

 一瞬でメンバーが半分になってしまった。


 普通、ドラゴンはこんな浅いところにはいない。

 もしかすると機械人形を狩るために、だんだん奥から出てきたのかもしれない。


 目をやられて興奮したのか、ドラゴンは左右の腕をぶんぶん振ってきた。一撃で木々をなぎ倒すほどではないが。狭そうながらも必死に暴れている。


 ヤスミーンさんの姿は見えない。

 だが、たまにナイフが飛ぶ。ドラゴンの皮膚には刺さらないが。


 背後に回ろうと思うのだが、ドラゴンは意外と俊敏にぐるぐる回っている。背後をとらせまいとする本能的な行動だろうか。走っても走っても背に追いつけない。


 ん?


 なら、止まれば勝手に背後を見せてくれるのか?


 俺は呼吸を整えながら、ドラゴンが背を見せるのを待った。

 チャンスはすぐに来た!

 振り上げたハルバードを尻尾に向けて振り下ろす。渾身の一撃は、鱗を割り、肉を裂き、骨を断った。といっても先端だけだが。切断された尾が遠心力でどこかへ飛んでいった。


 さて、俺の攻撃は成功した。

 その代わり、ドラゴンは回転をやめ、こちらに意識を集中させてきた。顔が近い。


 まさか喰われるのでは?


 またナイフが飛んで、ドラゴンのもうひとつの目が潰れた。

 咆哮、そして振り回される爪。

 俺は思いきり距離をとったが、それでもやはりギリギリになった。サイズが大きすぎるせいで、予想より大きく動かないと回避できない。


 危険なので、しばらくドラゴンの暴れるのを見守った。

 凄まじい騒音だ。

 木々をなぎ倒しながら転げ回っている。


 ヤスミーンさんが近づいてきた。

「毒も塗ってあるのに、まったく効いてない」

「どうします?」

「疲れて動きが鈍るのを待とう。おそらく私のナイフじゃムリだ。トドメは貴様に任せる」

「分かりました」

 ドラゴンが森で大暴れしているせいで、鳥の卵やリスがふっ飛んできた。森の住人にとってはいい迷惑だ。もっとも、その迷惑も、俺たちが原因なのだが……。


 ドラゴンは仰向けになったりうつ伏せになったり忙しかったが、さすがに長続きしなかった。巨大な体で暴れれば、体力の消耗も激しい。

 俺はハルバードを振り上げたまま近づき、前腕へ振り下ろした。深々と突き刺さったものの、切断には至らず。

 慌てて退散すると、遅れて尻尾が空を切った。


「いいぞ。出血している。次は脇腹を狙うんだ」

「はい」

 ただし脇腹を狙うには、かなり踏み込まなくてはならない。

 慎重に狙わなくては。


 幸い、ドラゴンにはなにも見えていない。

 素早く入ってさっと離脱すれば、なんとかなるだろう。


「マンマミーヤ!」

 突然、謎の声が降ってきた。

 そう。

 頭上から。


 ザンと鋭い一閃があった。

 かと思うと、ドラゴンの首が切断され、ずるりと落ちた。


 いったいなにが……。


 小柄な老人が立ち上がった。

「マンマミーヤ……」

 だから、誰なんだ?


 笠をかぶった白髭の老人。

 手には片刃の剣。


 ヤスミーンさんが首をかしげた。

「もしかして、マエストロ・マンマミーヤなのか?」

「マンマミーヤ」

 会話が成立していない。

「伝説の剣術家……という噂を聞いたことはある。まさか実在したとはな」

「……」


 まあ正体は分かった。

 だが、目的は?


 ヤスミーンさんは肩をすくめた。

「それで? 報酬を横取りしにきたわけじゃあるまいな?」

「マンマミーヤ」

「どっちなんだ……」

 老人はカッと目を見開いた。

「いるに決まっとるじゃろ! 世の中、金、金、金じゃ! 金がなきゃなぁんもできん! バカどもが戦争しとるせいで、物価まで高騰しおって! この世界はクソじゃ! クソ! 分かるか? クソじゃ!」

 まともに喋ったかと思えばこのザマだ。


 ヤスミーンさんもさすがに引いている。

「ドラゴン一体あたり500リラ。それを人数で割ることになっているが……」

「200でいい」

「は? 取り過ぎでは?」

「おん? マエストロじゃぞ? マンマミーヤじゃぞ? ん? ワガママこいとると300とるぞ? ん? いいんか? わしは取るぞバカ野郎!」

「わ、分かった。では200で……」

「マンマミーヤ」

 怖い。

 話が通じな過ぎて怖い。

 ほとんど山賊だ。


 マンマミーヤさんは、両手で耳をそばだてた。

「もう一体おるな」

「えっ?」

「倍プッシュじゃ」

「本気か?」

「マンマミーヤ」

 もういい。

 理解はあきらめた。

 きっとこの人は俺たちの話を聞かない。


 *


 夕刻、俺たちは街へ引き上げた。

 証拠としてドラゴンの頭部を引きずっている。三体。なぜか俺が一人で運んでいる。


 支払いは街の外で行われた。

 報酬は1500リラ。マンマミーヤさんが600リラ持っていき、俺とヤスミーンさんは450リラずつ受け取った。

 もちろん俺はその場で100リラ返済した。

 なので最終的な稼ぎは350リラ。とんでもなく疲れたが、魔族に上前をハネられながら木を切るよりはマシだったかもしれない。


「マンマミーヤ」

 マンマミーヤさんは満足して帰っていった。

 この自由都市では伝説的な人物らしく、参加者みんな驚いていた。まあ参加者といっても、半分近くがドラゴンのエサになってしまったが。


「マルコ、今日はなんだか悪かったな」

「いえ、一緒に仕事できてよかったです。お金も返せましたし」

 おかげで大金が手に入った。

 まあ二度とやりたくはないが。ハルバードもボロボロになってしまったし。

「あの老人、腕だけはいいが……。人里離れて暮らしているだけはあるな。イカレてるよ」

「凄かったですね。あんな剣で、ドラゴンをズバッと」

「頼むから、あんなのにあこがれるなよ。男はすぐああいうのを好きになるからな」

「大丈夫ですよ」

 あの技は俺も使いたいが。

 代わりに、人として大事ななにかを失うことになりそうだ。言語とか。


 *


 帰宅すると、カエデさんは渋い顔をしていた。

「え、なに? ドラゴンと戦ってきたって?」

「はい。これがその報酬です。使ってください」

「うへぇ。大金だにゃあ……」

「ドラゴンの肉も持ち帰りたかったんですが、ちょっとそれどころじゃなくて」

「うん」

 イヤそうな顔をしているところを見ると、食いたくないようだ。

 置いてきて正解だった。


「ところでマルコ、じつはあんたの母ちゃんが話したがってるにゃ」

「えっ? 帰ってきたんですか?」

 しかし姿はない。

 気配もない。

 ピチョーネもいない。


 カエデさんは奥から小箱を持ってきた。箱の一面だけが鏡のようになっている。

「なんでも、遠隔映像テレ・ビジオネとかいう魔法らしいにゃ。これ使えば会話できるとかいう話だったけど……」

 箱の上をバンバン叩く。

 すると、鏡の中がぐにゃりとゆがみ、人の姿になった。

 母さんだ。

『使用人、そんなに叩かなくても動きますよ』

「あ、出た」


 えっ?

 遠くにいる母さんと、これで会話ができるのか?


「母さん! 俺です! マルコです!」

『分かっていますよ。少し離れなさい。近すぎてなにも映っていません』

「ごめんなさい、母さん」

 映像は白黒だが、間違いなく母さんだ。


『私はいま、黒の領域に来ています』

「平気なんですか? 治安は?」

『治安はよくありませんね。機械人形の数も多いですし。じき陥落するでしょう』

「戻ってきた方がいいのでは……」

『そうしたいのは山々ですが、虹の魔女が……。いえ、それよりも。そちらの暮らしはどうですか? 規則正しい生活を送っていますか?』

「大丈夫です」

『子供に石を投げられて泣いていませんか?』

「泣いてません!」

 別に泣いていない。

 少し哀しい気持ちになっただけだ。


 なんなのだ母さんは。

 心配してくれているのは嬉しいけど。


 すると映像がぐるりと回って、ピチョーネが映った。

『魔女は私がちゃんと運んでる。心配しないで』

「疲れたら言ってください。いつでも代わります」

『ありがとう、マルコ。優しいんだね』

「……」

 優しいわけではない。

 母さんと一緒にいたいだけだ。

 俺が一番うまく運べるんだ。


 また画像が回転して、母さんが映った。

『この先、赤の領域を通過することになります。まあ私もピチョーネも魔族ですから、都合の悪いことはなにもないのですが……。問題は、魔女の集会所が、白の領域のさらに向こうにあるということです』

「えっ、外国じゃないですか……」

『じつは白の領域の情報が手に入りません。なので、私にもしものことがあれば……』

「やめてください! そんなことありません!」

『聞きなさい、マルコ。大切なことなのです。私にもしものことがあれば、以前住んでいた家に向かいなさい。裏手に墓があるのは知っていますね? そこに私の墓があります』

「えっ?」

 母さんの墓?

 なぜそんなものが?

『もちろんただの偽装です。とにかく、中に大事なものがありますから、それを手に入れなさい。生き延びるのに役に立つはずです』

「いったいなにが……」

『ですが、危険な道具なので、いざというとき以外は触れないこと。いいですね?』

「母さん、お願いだから……」

『マルコ。気を強くお持ちなさい。そんな軟弱な子に育てたおぼえはありませんよ?』

「はい、母さん。でも……」

『旅を続けます。元気で』

「母さん……」


 映像は消えてしまった。

 音もない。


 ダンとテーブルに味噌汁が置かれた。

「いい加減にしなさい。あの魔女が死ぬわけないでしょ。からかわれてるだけなんだから、そんなに落ち込むんじゃねーにゃ」

「なんでそんなこと言い切れるんですか?」

 どこもかしこも戦争が続いている。

 治安も悪化している。

 安心できる要素は一つもない。


 だが、カエデさんは渋い表情だ。

「あのにゃあ。あんたの母ちゃん、首だけで生きてるような女だよ? 並大抵のことで死ぬわけねーにゃ」

「でも、脳天を潰されり、焼かれたりしたら……」

「ピチョーネがなんとかするから大丈夫だよ。だいたい、あの子、まだ幼く見えるけど、魔法の才能はかなりのもんだし。緑の魔女の後継者にするために連れてったんだから、大丈夫に決まってるにゃ」

「えっ? 後継者?」

 初耳なのだが。


 カエデさんはごまかすように味噌汁をすすった。

「うんめーにゃ……」

「あの、カエデさん?」

「オラ、マルコも飲めにゃ。お代わりもあるにゃ」

「はい……」


 そうなのか?

 だから母さんはあの子を連れて行ったのか?

 魔女にするために?


(続く)

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