カルマ(一)
依頼主が死んでしまったため、当初予定されていた額は支払われなかった。
その代わり受け取ったのは、3000リラを五人で分割した額。つまり600リラ。当初の予定なら2000リラもらえていたはずなのに。
クリスティアーノさんの死については、街の広場で大々的に宣伝された。
「偉大なる我らが緑の辺境伯の御曹司クリスティアーノさまが、妹君の仇を討たんと出陣し、栄誉の戦死を遂げられた。居合わせたものの証言によれば、悪しき魔族を討ち滅ぼしたのち、突如暴走を始めた遺跡の機械人形と勇敢に戦い、刺し違えたとのことである。おお、なんと英雄的な戦いぶりか。ここに彼の自叙伝『俺だけが特別な件 ~バカ息子と呼ばれて追放されそうになったけど能力覚醒して一発逆転~』を添え、神々の領域へ送るものとする」
弁士はひとつも表情を変えることなく、この演説をやりきった。
聴衆はなんとも言えない顔になっていた。
決して笑ってはいけない。
それはそれとして、結局、母さんは犯人ではなかったわけだが。
街の連中は、あの無意味な殺人を、いったいどう反省しているのだろうか?
見る限り、ほっとした顔ばかりで、反省している様子はない。
広場の端では、泣いている少年もいた。
それも、見知った顔。
「大丈夫だよ、レオ。きっと連絡あるよ」
「うるせぇ……。お前なんかになにが分かんだよ……」
以前、通行料を請求してきたレオと、ジョヴァンニさんだった。泣いているレオを、ジョヴァンニさんが慰めている格好だ。
「どうしたんですか?」
「あ、マルコさん。赤の領域で戦争が起きたのは知ってますよね? そのせいか、レオのお父さんが率いていたキャラバン隊との連絡が途絶えてしまって……」
「死んだんですか?」
「マ、マルコさん!?」
聞いてはダメな質問だったようだ。
レオさんは顔を伏せて泣き出してしまった。
「ごめんなさい。もう行きますね」
「はい、また」
機械人形は暴れ出すし、戦争は起こるし……。
人類の時代は、本当に終わるのかもしれない。
一緒に戦った魔族とさえ仲良くできなかったのだ。仲良くできるわけがない。
仕事のプロとしては正しい行動だったかもしれないけれど。俺は、別のやりかたもあったと思う。
*
帰る前に、フェデリコさんの私塾へ寄った。
「ああ、言わずとも分かる。あのバカ息子、死んだのであろう? 弁士が朝からがなり立てているからな」
デスクの上には、以前にも増して書類が積まれていた。
本業が忙しいのかもしれない。
「遺跡に、機械人形の残骸がありますよ。もしコアが必要なら取りに行きませんか?」
「コアは駆動しているのか?」
「分かりません」
するとフェデリコさんは、なにか作業の続きをしようとしたのか、いちど自分のデスクへ向かった。かと思うと、ふたたびこちらへ向き直った。
「いつもの斧はどうした?」
「捨てました。折れてしまったので」
「折れた?」
「機械人形が硬くて」
「そうか。ところでコアの件だが……。いまはいい」
どこか気まずそうな顔だ。
「いい? どうしてです? 研究、辞めたんですか?」
「機械人形がらみの戦争が、赤の領域で起きただろう? それで王都が焦ってしまってな。帰還せよとの要請が来ているのだ」
「帰るんですか?」
「いや、帰る意味がない。記憶魔法を解明しない限り、対処のしようがないからな。そのことは何度も伝えたのだが……。あの凡愚ども、事の重要性をまるで理解しようとしない。わざわざ私が優先度をつけてやっているのに。とはいえ、いまは要請だからいいが、もし向こうが帰還命令を出してきたなら、そのときは帰らざるをえん。連中はいちおう、私の雇用主ではあるわけだからな」
記憶魔法。
人間には扱えない魔法だと言っていた。
「母さんは、まだ研究に協力してくれないんですか?」
俺がそう尋ねると、フェデリコさんは哀しそうに肩を落とした。
「してくれたよ。しかし、あまりに難解でな。私の頭脳をもってしても理解できなかった。いや、理論は分かるのだ。しかし初歩的な現象さえ再現できない。ゆえに、それを前提とした理論も証明できん。やはり人間には扱うことのできない魔法なのだろう」
つまり母さんはフェデリコさんより凄いということだ。
分かってはいたが、あらためて誇らしい気持ちになる。
「あー、ところでマルコくん……。じつは言うべきか迷ったのだが……」
「なんです?」
「いや、なんというか……。しいて言えば、君のお母上は……人類の基準で見ても、立派な人物ということだ。いまのうちに親孝行をしておいたほうがいい」
「はい」
親孝行ならしている。
今日もお酒とチーズを買って帰る予定だ。
なぜあらためてそんなことを……。
*
廃墟に帰宅すると、カエデさんが薪を割っていた。
「お、マルコ。また朝帰りかにゃ?」
「もうお昼ですよ」
「そうだにゃ。あんたの母ちゃんなら中にいるよ」
「はい」
暑いから、早く日陰に入りたい。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、マルコ。暑いでしょう。水を飲みなさい」
「はい、母さん」
水瓶から水を飲む。
一杯飲むと、もう一杯飲みたくなる。自覚していたよりも喉が渇いていたみたいだ。
「母さん、これお土産です」
「やけにたくさんですね」
「600リラもらったので。本当は2000リラもらえるはずだったんです。でも依頼主が死んでしまって」
「残念でしたね。怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫です」
とはいえ、腕は痛い。
昨日からずっとジンジンしている。
母さんはただじっとしている。
動けないのだから当然だが。
美しい置物みたいだ。
「母さん、お酒はいま飲みますか?」
「あとで大丈夫ですよ」
「はい、分かりました」
役に立ちたいのに、なぜか俺には世話をさせてくれない。
俺は知っている。
母さんが、夜中にカエデさんとお酒を飲んでいることを。
俺は二階のベッドにもぐってその話をじっと聞いている。
手伝おうとしても「マルコは寝なさい」の一点張り。
絶対に怒っている。
前に尻の穴みたいだと言ったから。
過去に戻って自分を黙らせたい。
「ところで母さん、昨日、魔族と戦いましたよ。火が出たり、雷が出たりして、びっくりしました」
俺がそう告げると、母さんは目を細めた。返事を考えている顔だ。
「あなたが無傷ということは、あまり高度な魔法使いではなかったようですね」
「そうなのかも。母さんだったら、あの人たちに勝てますか?」
「一番元気だったころなら可能でしょう……。けれども、いまはムリですね。小鳥をつかまえて調理するのが精いっぱい」
いまでも小鳥はミンチにできるのだろう。
朝食はそれで済ましているようだ。
「母さんの魔力は、どうすれば戻るのですか?」
「時間をかければ、いずれは」
母さんは重要な言葉を言わなかった。
なにかをごまかそうとしているような。
「契約が必要ですよね?」
「まあそうですが……」
「しないのですか?」
「いまはそのことに興味がないのです。マルコも余計な心配はおやめなさい」
「はい」
契約すれば力を得る。
なのに、興味がないとは?
俺の生みの親と契約して、俺を育てるハメになったのを後悔しているのだろうか?
いや、しかし……。
俺を育てるのも「契約」だったはず。それをずっと続けていた母さんが弱体化するのはおかしいのでは?
いますぐそのことを質問したい。
だが、母さんは完全に目を閉じていた。
俺を無視したいときの顔。
しつこく話しかけたら機嫌を損ねる。
「少し水浴びしてきますね」
「ええ。行ってらっしゃい」
*
ある朝、日が昇るとすぐに、俺は外へ出かけた。
目的地は、前回の遺跡。
フェデリコさんはコアに興味を示さなかったが、俺は気になっていた。
あのまま放っておいたら、別の誰かに持ち去られる可能性がある。そうなってからではもう手に入らないのだ。
道はおぼえている。
かなりの距離があったが……。馬車を借りる方法が分からなかったので、自分の足で歩くことにした。
強烈な日差しに目を細めながら、たまに川で水をもらい、俺はひたすら進んだ。
歩くのは苦手ではない。
かつて麦畑だったものは、すでに収穫されて、平らな地面になっていた。
あんな広大な土地の麦を、農家の人たちは手で刈り取ったのだろう。
森は無残にも焼けていた。
焦げたにおいもする。
だが、灰になった土地からは、もう雑草が生えていた。森は強い。すぐに動物たちが戻ってきて、もとの姿に戻るのだろう。
先客もいた。
頭からフードをかぶり、口元まで覆った女が一人。
魔族ではない……と思う。
「なんだ貴様は? 猟師か? 悪いが、猟ならよそでやってくれ」
彼女は鋭い眼光でそう言った。
マントからのぞく肌は褐色。
「いえ、猟師じゃありません。そこで倒れてる機械人形に用があって」
俺がそう答えると、彼女はマントの下で少し動いた。武器を握ったのかもしれない。
「詳しく教えてくれ」
「コアが欲しいんです」
「貴様、これがなんなのか分かっているような口ぶりだな」
「いちおう……」
簡単にしか知らないけど。
分かっているのは、神が作ったものらしいこと。前回は人類に味方したが、今回は魔族に味方するらしいこと。
女は近づいてきた。
「怪しい男だな。名は?」
「マルコです」
「なんの仕事をしている?」
「冒険者です」
「では、ギルドの依頼で来たのか?」
「えーと、最初はそうでしたけど、いまは違います。個人的な用です。コア、持って帰っちゃダメなんですか?」
古代遺跡は、研究機関が管理している。
現場で見つかったものは、すべて機関のものとなる。
フェデリコさんは機関の所属なので、持ち帰ってもいいことになっている。
だが、この女性は?
「ちょっと待て。貴様が言っているギルドというのは、ラ・ヴェルデのギルドか?」
「えっ?」
「あっちから来たのか?」
女性が指さしたので、やっと意味が分かった。
「そうです。あっちから来ました」
「道理で話が噛み合わんはずだ。ここは自由都市の管轄だぞ。なぜラ・ヴェルデの冒険者がいる?」
「分かりません。来ちゃダメなんですか?」
すると女性は額を抑えた。
「ダメ……だろう、基本的には」
「それはごめんなさい。でも、仕事を受けたらここに運ばれて。あ、でも依頼主はもう死んじゃってて……」
「分かった分かった。言い遅れたが、私も冒険者だ。名はヤスミーン。自由都市のギルドに所属している。この遺跡で大規模な戦闘があったというので、調査しに来た。貴様は当事者というわけだな? 詳しい事情を教えてくれないか?」
「そしたらコアを持っていってもいいですか?」
「好きにしろ」
俺は素直に事情を話した。
依頼主がクリスティアーノさんであること。妹を殺害された報復に来たこと。そしたら機械人形が動き出したこと。戦ったら勝てたこと。
ヤスミーンさんは目をパチクリさせた。
「疑っているわけではないが……それは事実なのか?」
「事実ですよ。ウソなんて言ってません」
「まあ、ウソをついている顔ではないが」
そんなことが顔で分かるのだろうか?
「ともあれ、事情は分かった。協力に感謝する」
「魔族の人たち、機械人形倒すのに協力してくれたんです。でも、俺と一緒にいた人が、仕事だからって……」
「誰も責めるな。冒険者とはそういうものだ」
「……はい」
みんな、そういう考えなんだろうか?
冒険者を続けていく自信がなくなってきた。
「あとは自由にしていいぞ。コアとやらも好きにしろ」
「はい」
機械人形の液体は、すべて流れ出していた。
装甲プレートも、重かったけれど簡単にはがれた。中にはコアもある。灰色の金属の球体だ。発光していないから、駆動していないのかもしれない。
とはいえ、見ていると心がぞわぞわした。
触れてはいけないもののような。
「どうした? 持って帰らんのか?」
ヤスミーンさんはずっとこちらを見ていた。
用は済んだはずなのに。
「これ、触っても平気だと思います?」
「さあ。私の専門外だからな。けど、王都の研究者は普段からいじくり回しているはずだ。危険はなかろう」
「そうですか……」
駆動していないのなら、急に爆発したりはしないだろう。
俺は手を伸ばした。
指先が触れた。
その刹那、夢を見た。
光に包まれた機械だらけの街。
まっしろな服を着た、表情のない人間たち。
聞き取れない言葉。
大きな機械が小さな機械を作り、それが組み立てられて、別の大きな機械になってゆく。
これは……機械人形の記憶なのか……?
(続く)




