政争の被害者(二)
一瞬、遺跡の内部がパッと明るくなった。
かと思うと、尻に火のついたアルトゥーロさんが猛ダッシュで逃げ出してきた。
「うおおおおおっ」
続いて、遺跡からぞろぞろと現れる人影。
「どこ行った!?」
「あっちだ!」
言葉は俺たちと同じ。
見た目も……だいたい同じ。スペード型の尻尾はどこかに隠しているのだろう。服を着ていたら、俺たちとなにも変わらない。
その代わり、魔法を使える。
逃げるアルトゥーロさんめがけて、火球が飛んできた。だが、どれも当たらない。
そんなに速くはない。コントロールもよくない。
人間は、一瞬だけ、しかも手の届く範囲にだけ魔法を使える。
魔族は、もっと遠くへ飛ばせる。だが、剣や弓矢を圧倒できるものではないように感じた。
母さんは小動物をミンチにしていたけど。大規模なものは見たことがない。
この魔族が、これから神の力を借りて人間を支配する存在となる……。
本当に?
ブンとうなりをあげて、マティルダさんのクロスボウが放たれた。
魔族があわてふためいている。
「狙撃されているぞ!」
「退避しろ!」
「敵は組織化されているぞ!」
なんとか火の消えたアルトゥーロさんが、転がるようにして戻ってきた。
「クソ! ズボンがダメになっちまった!」
「似合ってるわよ、不死身のアルトゥーロ」
「このサディストめ……」
アルトゥーロさんとマティルダさんはずっと口論している。
肩をすくめたのはジェラルドさんだ。
「さて、このあとどう展開するはずでしたかな?」
「……」
全員の視線がクリスティアーノさんに集中した。
彼はいちおうリーダーなのだが、ただ傍観しているだけだ。手駒が勝手に動くのを見ているような。
「いまから考えても仕方ねぇ。全員で突っ込んだほうが早い」
「やれやれ」
マウリツィオさんの提案に、ジェラルドさんは反対しなかった。
クリスティアーノさんも「そうせい」とヤケクソじみた反応。
まあ突入なら分かりやすい。
俺にもできる。
マウリツィオさんがニッと笑った。
「おい、新入り。そのデカブツは飾りじゃないよな?」
「ちゃんと使ってます」
「よーし。じゃあ俺と勝負しようぜ。魔族を多くぶっ殺したほうが勝ちだ」
「はい」
本当は人間を殺したほうがいいんだろうけど。
仕事なのだから仕方がない。
マティルダさんは溜め息だ。
「ま、こうなると思ってたよ。安心して暴れな。外に出たのは私が全部始末してやる」
クリスティアーノさんがサーベルを突き出した。
「よし、全軍突撃!」
自分は突撃しないのに、号令だけは元気だ。
火球が飛んできた。
ドスドスと猛牛らしい突撃をしていたマウリツィオさんは、それを避けもせず頭で叩き割った。
魔法はエネルギーの塊。だが不滅ではない。別のエネルギーと直撃すれば壊れる。火は……まあ延焼を狙っているのだとは思うが、肉体を一瞬で灰にするようなものではない。
俺は火球を回避した。
おかげでマウリツィオさんには出遅れてしまったが……。あれを頭で壊す気にはなれなかった。髪が燃えてもイヤだし。
そろそろ遺跡に到着というところで、状況が変わった。
遺跡の中から、魔族が必死の形相で走り出してきたのだ。
逃げきれないと分かって、戦う気になったか?
「待て! 戻れ!」
そう叫んだ魔族の頭部が、マウリツィオさんのハンマーで吹き飛んだ。
「なんだ? 戻れ?」
「よく見ろバカども! 貴様らのせいで、機械人形が動き出したのだ!」
べつの魔族がそんなことを言った。
機械人形?
ズゥーン、と、遺跡の揺れるような音がした。
まっくらな遺跡の奥には、一点の光が見えた。その光は次第に強さを増している。
「伏せてください!」
俺は叫んだ。
光は矢のように放たれて、凄まじい熱風を巻き起こした。
世を照らす光の柱だ。
人の力ではとうてい及ばない、魔族の魔法をもってしても届かない、凝縮されたエネルギーの束。
機械人形による裁きの一撃。
俺たちは、敵も味方も、ただ尻餅をついてその光景を見ていた。
もはや光が消えて、夜の虚空となったあとも。
「見ろ、人間ども。この機械人形は、人間と魔族の争いに反応したのだ。もう止まらんぞ。愚か者どもめ」
魔族の老人がこちらを睨みつけてきた。
だが、その背後から、ジェラルドさんが剣を突き込んだ。
「ですが、こちらも仕事でしてな」
「ぐっ……人間……め……」
アルトゥーロさんが駆け込んできた。
「おいおい! 待て! 争ってる場合じゃないだろ!」
機械人形は、エネルギーを使い果たして休憩中なのか、遺跡から這い出そうとしたまま動きを止めていた。
鋼鉄の鎧を身にまとった巨人のようだ。
中には血液みたいな液体が満ちている。
マウリツィオさんが顔をしかめた。
「また逃げるのか?」
「さっきの光でクリスティアーノが死んだ。雇用主がいなくなった以上、戦う意味もない」
「ふん」
クリスティアーノさんが?
死んだ?
焼けただれた肩を抑えながら、マティルダさんも足をひきずってやってきた。
「私は降りるよ。もう戦えそうにない」
彼女も直撃を受けたのだろうか?
それとも、近くに立っていただけ?
パキパキと音がして、木々が燃え始めた。
生き残った魔族が、マウリツィオさんにすがりついた。
「待ってくれ! このまま機械人形を放っておくつもりか?」
「俺たちが受けた依頼は、あくまであんたらの討伐だ。機械人形に関しては契約外だ」
「機械人形についてなにも知らんのか? こいつはいま、人間を殺すよう設定されている。言っておくが俺たちがやったことじゃない。神のやったことだ。放っておけば、あんたらの街を滅ぼすぞ」
たぶんそうなんだろう。
機械人形は、いまは人間を殺すことになっている。母さんの話が正しければ、そういうことになる。
だが、その魔族も、ジェラルドさんに胸部を貫かれた。
「お喋りをしている時間はありませんぞ。あと二匹です」
リーダーがいなくなってしまった。
誰の言うことを聞けばいいのか分からない。
魔族の女が近づいてきた。
「バカだね、人間ども。ここであたしらと協力して戦えば、まだ勝ち目もあったかもしれないのに」
誰かが行動を起こさないように、俺は前へ出た。
「か、勝てるんですか? あいつに?」
「そうだよ。あいつの装甲はオリハルコンだから、あんたらの武器じゃ歯が立たない。けど、関節部分だけは弱点でね。そこを叩けばチャンスはあるよ」
確かに、腕や足の継ぎ目は細くなっている。
そして、そこを叩くためには、かなり接近しないといけない。
ジェラルドさんが溜め息をついた。
「マルコくん、いい加減になさい。そのものらは敵ですぞ? 手を組むなど論外」
「けど、依頼主は死んでしまいましたし、このままだと街が……」
なぜ自分がこんなことを言い出したのかは分からない。
街なんて、滅んでもいいと思っていたはずなのに。
だけど、初めて一人で仕事をして、お金をもらえた。ジョヴァンニさんにも会った。フェデリコさんにも会った。タマゴのパンもおいしかった。
嫌な思い出も沢山あったけど、そうじゃないこともあった……。
壊れて欲しくない。
1.逃げる。
2.魔族を倒す。
3.魔族と協力して機械人形を止める。
選択肢はこれだけ。
いずれにせよ、早く判断しないとマティルダさんの傷も悪化してしまう。だけでなく、森の火災に巻き込まれてしまう。森は少しずつ燃えている。
魔族の女は言った。
「ペッシ! あの人間に回復魔法をかけてやりな!」
「えっ?」
小柄な男が草むらから出てきた。
「いいから早くしな。判断が遅れたら死ぬよ」
「りょ、了解!」
男はマティルダさんのほうへ走り出した。
アルトゥーロさんは溜め息だ。
「分かった分かった。やりゃいいんだろ。また逃げたのどうのと言われるのもウンザリだしな。だが、冒険者は命が一番だ。本気でヤバくなったら逃げさせてもらうからな」
昔は逃げたのかもしれないが、いまはそうじゃない。
俺は悪く言うつもりはない。
マウリツィオさんはなんとも言えない表情だったが……。
「まあ、街を壊されるのは勘弁だからな。魔族の女、どうすればいい? あのデカブツの関節を叩けばいいのか?」
「ああ。けど近づくのは簡単じゃない。そこで、あたしが魔法を使う。雷撃を叩き込めば、一瞬、動きが止まるはず。その隙を狙っておくれ」
「信じるぞ」
重たいハンマーを構え直した。
本当に頼もしい姿だ。
もちろん俺もやる。
ハルバードを構えて、マウリツィオさんの横へ。
アルトゥーロさんは少し後ろに立った。
機械人形は、ギギギと軋みをあげている。
頭部の光も強くなっている。
そろそろ動き出すのだろう。
「いいかい。図体はデカいけど、遅いのは初動だけ。動き出したらぐんぐん加速する。あたしの魔法が命中するまでは、絶対に手を出すんじゃないよ」
女性は先頭に立った。
この機械人形は人間をターゲットにしている。
なのに、手を貸してくれる理由は?
この人は、人間を殺したいんじゃないのか?
機械人形がぐっと身を起こした。
瞬間、ピシャリと雷撃が炸裂した。だが、なんだか強めの静電気といった感じで、有効な攻撃魔法とは思えなかった。
機械人形は、ぶぅんと腕を振った。その拳は大地に炸裂し、派手に土砂を巻き上げた。
近くにいたアルトゥーロさんが、勢いに巻き込まれてぶっ飛んでいった。直撃したわけではないから、ダメージはないと思うが。
「おい、女ァ! 話が違うじゃねーか!」
マウリツィオさんの苦情に、魔族の女性も冷汗を流していた。
「うるさい! 理論上はそうなのよ! 次はもっと出力をあげるから黙ってみてなさい!」
こちらを騙しているふうではない。
きっと威力が足りなかったのだ。
パァン、パァン、と、何度か雷撃が炸裂した。
だが、機械人形は動きを止めなかった。
次第にこちらへ距離を詰めてきた。後ろはもう火の海だというのに。
「いつ動きが止まるんだ?」
「知らないわよ! こっちは一人なのよ? だから最初から協力しておけばよかったんだ!」
そうかもしれない。
最初、魔族はもっといた。だけどこちらが殺しまくったから、このお姉さんともう一人だけになってしまった。その一人はマティルダさんの治療に専念している。
集中しているところ悪いが、俺は魔族の女性に尋ねた。
「ほかに手は?」
「えっ? ほかに? あんたら、何人もいるんだから、後ろに回り込みなさいよ!」
「なるほど!」
そういえば俺も、闇ギルドの連中に囲まれたことがあった。
回転して攻撃できるならともかく、機械人形にはムリだろう。たぶん。
マウリツィオさんもうなずいた。
「よし、マルコ。二手に分かれて回り込むぞ。アルトゥーロ! こいつを引きつけておけ!」
「な、なんだって!?」
やっと戻ってきたアルトゥーロさんは、目を丸くしていた。
不死身なんだから大丈夫だろう。
俺たちが走り出すと、機械人形はキョロキョロし始めた。
アルトゥーロさんはその正面に躍り出る。
「おい、デカブツ! どっちを見てる! お前の相手はこの俺だ! 不死身のアルトゥーロさまだぞ!」
たぶん尻が丸出しになっていると思うが、言わないでおこう。
機械人形は、近づくと本当にデカかった。
家がそのまま移動しているみたいだ。
俺は機械人形の足首に近づいて、全力でハルバードを叩き込んだ。ガァンと衝撃。まるで石でも殴りつけたように、腕に反動が来た。ダメージが通っているとは思えない。
機械人形は足を上げ、踏み出した。
そのたびに土砂が舞い上がる。
向きを変えるのは苦手らしい。
だが、こんな不器用な動きでも、巻き込まれたら即死だ。
俺とマウリツィオさんが離れると、ひときわ大きな雷撃が炸裂した。
機械人形が足をあげていたタイミングだった。ヤツは固まったまま、姿勢を崩してダァンとうつぶせになった。
魔法が効いたのだ!
俺は敵の足首に攻撃を集中させた。
とにかく振り上げて、重力の力を使って叩きつけた。あまりの硬さに、殴っているこっちの骨がビリビリする。肩が外れそうになる。
だが、何度も繰り返していると、あるところで反動が軽くなった。
やったのか?
いや、関節は壊れていない。
その代わり、ハルバードがあらぬ方向へ曲がっていた。
「ああ……」
ペテロさん、こういうことですか……?
30リラもしたのに……。
だが、マウリツィオさんがやった。
足の関節が外れて、赤い液体が派手に流れ出したのだ。
機械人形は起き上がろうとするが、そのたびに転倒した。両手で上半身を持ち上げるところまではいくが、足で地面をとらえきれない。
また雷撃が炸裂した。
機械人形は転倒したまま静止。
マウリツィオさんがハンマーを叩き込む。
俺も遺跡周辺の岩を拾い、力に任せて殴打する。
繰り返していると、機械人形は動かなくなった。
大地も赤い液体まみれだ。
「さて、問題の一つは片付いたな」
さすがに疲弊した様子でマウリツィオさんが言った。
問題の一つは――。
それがなにを意味するのかで、俺たちの未来は変わってくる。
魔族の女は言った。
「遺跡にこもって火災をやり過ごすしかないね。あそこなら水もあるから……がッ……」
喋っている途中で、彼女の腹から剣が突き出した。
背後に回り込んでいたジェラルドさんが、トドメを刺したのだ。
「では、遠慮なく遺跡を使わせてもらいますぞ」
見ると、マティルダさんを治癒していたペッシも、すでに殺されていた。
なぜ?
なぜ殺した?
協力して機械人形と戦ったのに!
ジェラルドさんは、気にしたふうもなく遺跡へ向かってしまった。
マウリツィオさんも、アルトゥーロさんも、なにも言わなかった。
森はただ赤々と燃えていた。
昼間よりも明るく。
契約だ。
お金だ。
それが一番優先されるのだ。
俺たちの感傷なんて、どうだっていいのだ。
分かっている。
分かっているけど……。
(続く)




