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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)

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政争の被害者(二)

 一瞬、遺跡の内部がパッと明るくなった。

 かと思うと、尻に火のついたアルトゥーロさんが猛ダッシュで逃げ出してきた。

「うおおおおおっ」

 続いて、遺跡からぞろぞろと現れる人影。

「どこ行った!?」

「あっちだ!」

 言葉は俺たちと同じ。

 見た目も……だいたい同じ。スペード型の尻尾はどこかに隠しているのだろう。服を着ていたら、俺たちとなにも変わらない。

 その代わり、魔法を使える。


 逃げるアルトゥーロさんめがけて、火球が飛んできた。だが、どれも当たらない。

 そんなに速くはない。コントロールもよくない。


 人間は、一瞬だけ、しかも手の届く範囲にだけ魔法を使える。

 魔族は、もっと遠くへ飛ばせる。だが、剣や弓矢を圧倒できるものではないように感じた。

 母さんは小動物をミンチにしていたけど。大規模なものは見たことがない。


 この魔族が、これから神の力を借りて人間を支配する存在となる……。

 本当に?


 ブンとうなりをあげて、マティルダさんのクロスボウが放たれた。

 魔族があわてふためいている。

「狙撃されているぞ!」

「退避しろ!」

「敵は組織化されているぞ!」


 なんとか火の消えたアルトゥーロさんが、転がるようにして戻ってきた。

「クソ! ズボンがダメになっちまった!」

「似合ってるわよ、不死身のアルトゥーロ」

「このサディストめ……」

 アルトゥーロさんとマティルダさんはずっと口論している。


 肩をすくめたのはジェラルドさんだ。

「さて、このあとどう展開するはずでしたかな?」

「……」

 全員の視線がクリスティアーノさんに集中した。

 彼はいちおうリーダーなのだが、ただ傍観しているだけだ。手駒が勝手に動くのを見ているような。


「いまから考えても仕方ねぇ。全員で突っ込んだほうが早い」

「やれやれ」

 マウリツィオさんの提案に、ジェラルドさんは反対しなかった。

 クリスティアーノさんも「そうせい」とヤケクソじみた反応。


 まあ突入なら分かりやすい。

 俺にもできる。


 マウリツィオさんがニッと笑った。

「おい、新入り。そのデカブツは飾りじゃないよな?」

「ちゃんと使ってます」

「よーし。じゃあ俺と勝負しようぜ。魔族を多くぶっ殺したほうが勝ちだ」

「はい」

 本当は人間を殺したほうがいいんだろうけど。

 仕事なのだから仕方がない。


 マティルダさんは溜め息だ。

「ま、こうなると思ってたよ。安心して暴れな。外に出たのは私が全部始末してやる」


 クリスティアーノさんがサーベルを突き出した。

「よし、全軍突撃!」

 自分は突撃しないのに、号令だけは元気だ。


 火球が飛んできた。

 ドスドスと猛牛らしい突撃をしていたマウリツィオさんは、それを避けもせず頭で叩き割った。

 魔法はエネルギーの塊。だが不滅ではない。別のエネルギーと直撃すれば壊れる。火は……まあ延焼を狙っているのだとは思うが、肉体を一瞬で灰にするようなものではない。


 俺は火球を回避した。

 おかげでマウリツィオさんには出遅れてしまったが……。あれを頭で壊す気にはなれなかった。髪が燃えてもイヤだし。


 そろそろ遺跡に到着というところで、状況が変わった。

 遺跡の中から、魔族が必死の形相で走り出してきたのだ。

 逃げきれないと分かって、戦う気になったか?


「待て! 戻れ!」

 そう叫んだ魔族の頭部が、マウリツィオさんのハンマーで吹き飛んだ。

「なんだ? 戻れ?」

「よく見ろバカども! 貴様らのせいで、機械人形が動き出したのだ!」

 べつの魔族がそんなことを言った。


 機械人形?


 ズゥーン、と、遺跡の揺れるような音がした。

 まっくらな遺跡の奥には、一点の光が見えた。その光は次第に強さを増している。


「伏せてください!」

 俺は叫んだ。


 光は矢のように放たれて、凄まじい熱風を巻き起こした。

 世を照らす光の柱だ。

 人の力ではとうてい及ばない、魔族の魔法をもってしても届かない、凝縮されたエネルギーの束。

 機械人形による裁きの一撃。


 俺たちは、敵も味方も、ただ尻餅をついてその光景を見ていた。

 もはや光が消えて、夜の虚空となったあとも。


「見ろ、人間ども。この機械人形は、人間と魔族の争いに反応したのだ。もう止まらんぞ。愚か者どもめ」

 魔族の老人がこちらを睨みつけてきた。

 だが、その背後から、ジェラルドさんが剣を突き込んだ。

「ですが、こちらも仕事でしてな」

「ぐっ……人間……め……」


 アルトゥーロさんが駆け込んできた。

「おいおい! 待て! 争ってる場合じゃないだろ!」


 機械人形は、エネルギーを使い果たして休憩中なのか、遺跡から這い出そうとしたまま動きを止めていた。

 鋼鉄の鎧を身にまとった巨人のようだ。

 中には血液みたいな液体が満ちている。


 マウリツィオさんが顔をしかめた。

「また逃げるのか?」

「さっきの光でクリスティアーノが死んだ。雇用主がいなくなった以上、戦う意味もない」

「ふん」


 クリスティアーノさんが?

 死んだ?


 焼けただれた肩を抑えながら、マティルダさんも足をひきずってやってきた。

「私は降りるよ。もう戦えそうにない」

 彼女も直撃を受けたのだろうか?

 それとも、近くに立っていただけ?


 パキパキと音がして、木々が燃え始めた。


 生き残った魔族が、マウリツィオさんにすがりついた。

「待ってくれ! このまま機械人形を放っておくつもりか?」

「俺たちが受けた依頼は、あくまであんたらの討伐だ。機械人形に関しては契約外だ」

「機械人形についてなにも知らんのか? こいつはいま、人間を殺すよう設定されている。言っておくが俺たちがやったことじゃない。神のやったことだ。放っておけば、あんたらの街を滅ぼすぞ」


 たぶんそうなんだろう。

 機械人形は、いまは人間を殺すことになっている。母さんの話が正しければ、そういうことになる。


 だが、その魔族も、ジェラルドさんに胸部を貫かれた。

「お喋りをしている時間はありませんぞ。あと二匹です」


 リーダーがいなくなってしまった。

 誰の言うことを聞けばいいのか分からない。


 魔族の女が近づいてきた。

「バカだね、人間ども。ここであたしらと協力して戦えば、まだ勝ち目もあったかもしれないのに」

 誰かが行動を起こさないように、俺は前へ出た。

「か、勝てるんですか? あいつに?」

「そうだよ。あいつの装甲はオリハルコンだから、あんたらの武器じゃ歯が立たない。けど、関節部分だけは弱点でね。そこを叩けばチャンスはあるよ」


 確かに、腕や足の継ぎ目は細くなっている。

 そして、そこを叩くためには、かなり接近しないといけない。


 ジェラルドさんが溜め息をついた。

「マルコくん、いい加減になさい。そのものらは敵ですぞ? 手を組むなど論外」

「けど、依頼主は死んでしまいましたし、このままだと街が……」

 なぜ自分がこんなことを言い出したのかは分からない。

 街なんて、滅んでもいいと思っていたはずなのに。


 だけど、初めて一人で仕事をして、お金をもらえた。ジョヴァンニさんにも会った。フェデリコさんにも会った。タマゴのパンもおいしかった。

 嫌な思い出も沢山あったけど、そうじゃないこともあった……。

 壊れて欲しくない。


1.逃げる。

2.魔族を倒す。

3.魔族と協力して機械人形を止める。


 選択肢はこれだけ。

 いずれにせよ、早く判断しないとマティルダさんの傷も悪化してしまう。だけでなく、森の火災に巻き込まれてしまう。森は少しずつ燃えている。


 魔族の女は言った。

「ペッシ! あの人間に回復魔法をかけてやりな!」

「えっ?」

 小柄な男が草むらから出てきた。

「いいから早くしな。判断が遅れたら死ぬよ」

「りょ、了解!」

 男はマティルダさんのほうへ走り出した。


 アルトゥーロさんは溜め息だ。

「分かった分かった。やりゃいいんだろ。また逃げたのどうのと言われるのもウンザリだしな。だが、冒険者は命が一番だ。本気でヤバくなったら逃げさせてもらうからな」

 昔は逃げたのかもしれないが、いまはそうじゃない。

 俺は悪く言うつもりはない。


 マウリツィオさんはなんとも言えない表情だったが……。

「まあ、街を壊されるのは勘弁だからな。魔族の女、どうすればいい? あのデカブツの関節を叩けばいいのか?」

「ああ。けど近づくのは簡単じゃない。そこで、あたしが魔法を使う。雷撃を叩き込めば、一瞬、動きが止まるはず。その隙を狙っておくれ」

「信じるぞ」

 重たいハンマーを構え直した。

 本当に頼もしい姿だ。


 もちろん俺もやる。

 ハルバードを構えて、マウリツィオさんの横へ。

 アルトゥーロさんは少し後ろに立った。


 機械人形は、ギギギと軋みをあげている。

 頭部の光も強くなっている。

 そろそろ動き出すのだろう。


「いいかい。図体はデカいけど、遅いのは初動だけ。動き出したらぐんぐん加速する。あたしの魔法が命中するまでは、絶対に手を出すんじゃないよ」

 女性は先頭に立った。

 この機械人形は人間をターゲットにしている。

 なのに、手を貸してくれる理由は?

 この人は、人間を殺したいんじゃないのか?


 機械人形がぐっと身を起こした。

 瞬間、ピシャリと雷撃が炸裂した。だが、なんだか強めの静電気といった感じで、有効な攻撃魔法とは思えなかった。

 機械人形は、ぶぅんと腕を振った。その拳は大地に炸裂し、派手に土砂を巻き上げた。


 近くにいたアルトゥーロさんが、勢いに巻き込まれてぶっ飛んでいった。直撃したわけではないから、ダメージはないと思うが。


「おい、女ァ! 話が違うじゃねーか!」

 マウリツィオさんの苦情に、魔族の女性も冷汗を流していた。

「うるさい! 理論上はそうなのよ! 次はもっと出力をあげるから黙ってみてなさい!」

 こちらを騙しているふうではない。

 きっと威力が足りなかったのだ。


 パァン、パァン、と、何度か雷撃が炸裂した。

 だが、機械人形は動きを止めなかった。

 次第にこちらへ距離を詰めてきた。後ろはもう火の海だというのに。


「いつ動きが止まるんだ?」

「知らないわよ! こっちは一人なのよ? だから最初から協力しておけばよかったんだ!」

 そうかもしれない。

 最初、魔族はもっといた。だけどこちらが殺しまくったから、このお姉さんともう一人だけになってしまった。その一人はマティルダさんの治療に専念している。


 集中しているところ悪いが、俺は魔族の女性に尋ねた。

「ほかに手は?」

「えっ? ほかに? あんたら、何人もいるんだから、後ろに回り込みなさいよ!」

「なるほど!」

 そういえば俺も、闇ギルドの連中に囲まれたことがあった。

 回転して攻撃できるならともかく、機械人形にはムリだろう。たぶん。


 マウリツィオさんもうなずいた。

「よし、マルコ。二手に分かれて回り込むぞ。アルトゥーロ! こいつを引きつけておけ!」

「な、なんだって!?」

 やっと戻ってきたアルトゥーロさんは、目を丸くしていた。

 不死身なんだから大丈夫だろう。


 俺たちが走り出すと、機械人形はキョロキョロし始めた。

 アルトゥーロさんはその正面に躍り出る。

「おい、デカブツ! どっちを見てる! お前の相手はこの俺だ! 不死身のアルトゥーロさまだぞ!」

 たぶん尻が丸出しになっていると思うが、言わないでおこう。


 機械人形は、近づくと本当にデカかった。

 家がそのまま移動しているみたいだ。

 俺は機械人形の足首に近づいて、全力でハルバードを叩き込んだ。ガァンと衝撃。まるで石でも殴りつけたように、腕に反動が来た。ダメージが通っているとは思えない。


 機械人形は足を上げ、踏み出した。

 そのたびに土砂が舞い上がる。

 向きを変えるのは苦手らしい。

 だが、こんな不器用な動きでも、巻き込まれたら即死だ。


 俺とマウリツィオさんが離れると、ひときわ大きな雷撃が炸裂した。

 機械人形が足をあげていたタイミングだった。ヤツは固まったまま、姿勢を崩してダァンとうつぶせになった。

 魔法が効いたのだ!


 俺は敵の足首に攻撃を集中させた。

 とにかく振り上げて、重力の力を使って叩きつけた。あまりの硬さに、殴っているこっちの骨がビリビリする。肩が外れそうになる。

 だが、何度も繰り返していると、あるところで反動が軽くなった。


 やったのか?


 いや、関節は壊れていない。

 その代わり、ハルバードがあらぬ方向へ曲がっていた。


「ああ……」

 ペテロさん、こういうことですか……?

 30リラもしたのに……。


 だが、マウリツィオさんがやった。

 足の関節が外れて、赤い液体が派手に流れ出したのだ。


 機械人形は起き上がろうとするが、そのたびに転倒した。両手で上半身を持ち上げるところまではいくが、足で地面をとらえきれない。


 また雷撃が炸裂した。

 機械人形は転倒したまま静止。

 マウリツィオさんがハンマーを叩き込む。

 俺も遺跡周辺の岩を拾い、力に任せて殴打する。


 繰り返していると、機械人形は動かなくなった。

 大地も赤い液体まみれだ。


「さて、問題の一つは片付いたな」

 さすがに疲弊した様子でマウリツィオさんが言った。


 問題の一つは――。


 それがなにを意味するのかで、俺たちの未来は変わってくる。


 魔族の女は言った。

「遺跡にこもって火災をやり過ごすしかないね。あそこなら水もあるから……がッ……」

 喋っている途中で、彼女の腹から剣が突き出した。

 背後に回り込んでいたジェラルドさんが、トドメを刺したのだ。

「では、遠慮なく遺跡を使わせてもらいますぞ」

 見ると、マティルダさんを治癒していたペッシも、すでに殺されていた。


 なぜ?

 なぜ殺した?

 協力して機械人形と戦ったのに!


 ジェラルドさんは、気にしたふうもなく遺跡へ向かってしまった。

 マウリツィオさんも、アルトゥーロさんも、なにも言わなかった。


 森はただ赤々と燃えていた。

 昼間よりも明るく。


 契約だ。

 お金だ。

 それが一番優先されるのだ。

 俺たちの感傷なんて、どうだっていいのだ。


 分かっている。

 分かっているけど……。


(続く)

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