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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)

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21/82

政争の被害者(一)

 どうしたらいいのか分からない。

 俺にできることはない。


 *


 街の人々は、普段と変わらない生活を送っていた。

 赤のエリアで戦争が起きているという話は伝わっていた様子だったが、弁士はそれよりも御令嬢の殺害犯についてがなり立てていた。


 俺はギルドに入り、受付のおばさんに話しかけた。

「なにか仕事はありますか?」

 おばさんはふっと笑った。どういうつもりかは分からない。

「あるよ。山ほどね」

「なにかあったんですか?」

「そうさね。街のみんなは気づいてないようだが、金持ち連中はそうじゃないからね。世界が変になっちまったことに気づいてるんだよ。護衛の仕事が山ほど入ってる。けど、あんたがやりたい仕事はそうじゃないだろう?」

 訳知り顔で言ってくる。

 べつに護衛でもいいのに。

「特別な仕事でも?」

「兵舎に行きな。合言葉は『魔女狩り』だよ」

「分かりました」

 嫌な言葉だ。

 誰が考えた言葉なんだろう。

 じつに許しがたい。


 *


 兵舎に行くと、見知った顔に呼び止められた。

「ハルバードのマルコか。来ると思っていたぞ」

 クリスティアーノさんだ。

 一人だけフリルまみれのきらびやかな服を着ているからすぐ分かる。

「えーと、ギルドで合言葉を……」

「いいんだいいんだ。お前は顔パスだ。俺のお気に入りだからな」

 やっぱりいい人なのかもしれない。

 あの不快な合言葉を言わなくていいなんて。


「なにがあるんですか?」

「頭数が揃ったら話す。奥へ行っていてくれ」

「はい」

 すると兵士が近づいてきて「ご案内します」と敬礼してくれた。

 扱いがいい。


 *


 石造りの大きな建物に入った。

 まるで遺跡みたいだ。

 薄暗い。


 のみならず、先客たちの目つきが怖かった。

「ん? お前、ハルバードのマルコか?」

「はい、マルコです」

 つるつる頭の巨漢が話しかけてきた。

 ハンマーを背負っている。

「会うのは初めてだな。俺は猛牛のマウリツィオ。名前くらいは聞いたことあるだろ?」

「えっ? 凄い! 本物ですか?」

「本物に決まってんだろ。もし偽物なんていたら、ぶっ飛ばしてやらぁ」

「おおっ! あの、握手してください!」

「参ったな。気に入られちまった」


 冒険者ギルドには有名人がいる。

 マウリツィオさんもその一人。

 凄腕の人たちは、俺たちみたいな安い仕事はしない。だから現場で顔を合わせることも滅多にない。


 紳士風の男が肩をすくめた。

「やれやれ。馴れ合いはやめていただきたいものですな。ここは仲良しクラブではないのですから」

 短い口髭と派手なもみあげ。


 マウリツィオさんが豪快に笑った。

「なんだ? 新人に気づかれなかったからってスネてんのか? こいつは落日のジェラルド。元貴族だかなんだか知らねーが、ここでは貴族ヅラしねぇでくれよな。ギルドじゃ稼いだヤツだけが偉いんだ」

「ふん」

 この人も名前は知っている。

 確か、細身の剣であらゆる攻撃をいなす剣術家だ。初めて見た。


「マルコです! 握手してください!」

「ふん」

 返事とは裏腹に、握手に応じてくれた。

 いい人かもしれない。


 あとの一人は女性だ。若いけど、母さんよりは年上に見える。二十代後半くらいだろうか。強そうだけれど、女の子という歳ではない。

「私はマティルダ。鷹の目で通ってる。握手はしないよ。あんたみたいなアマちゃんは、どうせすぐ死ぬんだろうからね」

 あの鷹の目のマティルダだ!

 クロスボウの名手。

 握手してくれないと断言されたので、俺も「マルコです」としか言えなかった。


 足音が近づいてきた。

 現れたのは、クリスティアーノさんとアルトゥーロさんだった。

「こいつで最後だ」

「アルトゥーロだ。よろしく」

 するとみんながなんとも言えない顔になった。


 マティルダさんは鼻で笑った。

「ふん、最後は不死身のアルトゥーロか。御大層なヤツが現れたもんだ」

 不死身?

 そんな二つ名だったとは。

 正直、カッコいい……。


「アルトゥーロさん! お久しぶりです! マルコです!」

「お前もいたのか。もう頭は大丈夫なのか?」

「はい! 完全に大丈夫です!」

 というか、もともとおかしくない。

 魔法で操られたというのは、母さんを逃がすためのウソなのだから。


 ジェラルドさんが「ふん」と鼻を鳴らした。

「それで? 腕利きにしか紹介できない仕事というのは?」

 そういえば内容を聞いていなかった。


 クリスティアーノさんは、みんなに着席するよう促した。

「妹を殺害した犯人を特定した。犯人は魔族の一味。金次第でなんでもする冒険者みたいな連中だ。おっと、気を悪くするなよ。つまりは強敵ってことだ。だから、こちらも精鋭を集めた。報酬は一人当たり1000リラ。生き延びたヤツにはさらに1000リラ支払う」

 するとマウリツィオさんが肩をすくめた。

「外でわめいてる男は、3000リラと言っていたが?」

「あれは一人当たりの額じゃない。全員で3000リラって意味だ。親父はケチだからな。妹のことも、政治の道具くらいにしか思っていなかったようだし」


 俺は挙手をして尋ねた。

「クリスティアーノさんが殺したんじゃなかったんですか?」

 みんなぎょっとした顔になった。

 笑ってくれたのはクリスティアーノさんだけ。

「そいつはあくまで街の噂だ。まあ確かに、妹とラ・ネロの婚姻話は、俺にとっては面白い話じゃなかったが。しかし殺してまで妨害するような話でもない。だいたい、もしそんなことをしたら、俺が親父に殺されちまう。親父に言わせれば、俺は失敗作らしいからな。これ以上、心証を損ねたくない」

 親から嫌われているのか。

 俺は違うけど……。なんとなく共感してしまう。あれはかなりつらい。


 ジェラルドさんは肩をすくめた。

「私はやろう」

 すると他の面々も「契約する」と応じた。

 もちろん俺の返事もイエスだ。


 有名人たちと一緒に仕事ができるなんて。

 興奮してしまう。


 クリスティアーノさんも笑みを浮かべた。

「いいだろう。最後の鐘が鳴ったら出るぞ。それまで自由にしていてくれ」


 *


 馬車での移動となった。

 乗るのは初めてだ。

 いつも見上げるだけだった馬車に、自分が乗る日が来るとは。


「けど、御曹司。なんで急に犯人が見つかったんだい? あんだけ探して見つからなかったのに」

 馬車の中で、マティルダさんはそう尋ねた。

「ま、犯人といっても、単に実行犯というだけだからな」

「どういう意味?」

「いまから殺しに行くのは、あくまで依頼を受けて仕事をしただけの連中だ。つまりそいつらを殺しても、まだ依頼したヤツがいる」

「依頼主って?」

「おい。お前たち冒険者がそれを知る必要があるのか?」

 クリスティアーノさんの嫌味に、マティルダさんは顔をしかめた。

「分かんないことがあるともやもやすんの。早く言いなよ」

「生意気な態度だな。だが、いいだろう。特別に教えてやる。犯人は、ラ・ロッサが送り込んできた工作員だ」

「赤の伯爵?」

 いま戦争をしている地域だ。

 クリスティアーノさんは肩をすくめた。

「ラ・ヴェルデとラ・ネロの婚姻を阻止したかったんだろうな。もし両家が和解すれば、今度はラ・ロッサにとっての脅威になる。もっとも、そのラ・ロッサも、今回の戦争で長くはもたんかもしれんがな。まったく愚かな連中だ」

 御令嬢が殺害されたのは、政治的な理由だったというわけだ。


 マティルダさんは自分の爪を眺めながら言った。

「で? 犯人は分かったけど。なんでバレたかまでは教えてくれないわけ?」

「匿名のタレコミだったからな。匿名とはいうが、おそらく黒の伯爵の関係者だろう。まったく。うちは自力で犯人を特定できなかったのに、よその人間に教えてもらうハメになるとは。皮肉な話だ」

 婚姻を破談にされたのは、黒の伯爵家だって同じ。彼らも被害者だ。犯人を許せなかったのだろう。

 贅沢を言えば、母さんが犠牲になる前にタレコミして欲しかった。


 マティルダさんは、今度はクロスボウの点検を始めた。

「魔族を殺したら、次は赤の伯爵?」

「バカを言うな。さすがにそこまでは手を出せん。魔族を殺して、それで手打ちにするんだ」

「やられっぱなしってワケ?」

「庶民が分かったふうな口を聞くな。政治は難しいんだ。気に食わないから殺す、なんてことを繰り返してみろ。消耗しきってあっという間に滅ぶぞ」

 そういうものだろうか。

 なにが正しいのか、俺には分からない。


 いや、どんな手を打ったところで、どうせ滅ぶのだ。

 最善の手を選んだところで、時間稼ぎにしかならない。


 *


 馬車が止まったのは、森の中の古代遺跡だった。

 フェデリコさんが調査したがっていた場所のひとつだ。


 馬車からおりて、装備の再点検だ。


「機械人形は平気なんでしょうか?」

 俺がそう尋ねると、クリスティアーノさんは不審そうにこちらを見つめてきた。

「なんだお前……。見かけによらず、遺跡に詳しいのか?」

「いえ、詳しくはないんですが。でも危ないって聞いてるので」

「そういえばお前、フェデリコと組んでいるんだったな。機械人形については正直分からん。だが、魔族が棲家にしているくらいだ。おそらく平気だろう」


 ジェラルドさんが「ふん」と鼻を鳴らした。

「さて、どうですかな。このところ、機械人形に関する事件が増えている様子。用心するに越したことはありませんぞ」

 するとクリスティアーノさんは、急に不安になったらしい。

「あー、まあ……そうだな。機械人形の暴走に関しては、魔族が関与しているという噂もある。今日は厳しい戦いになるかもしれん」


「前みたいに兵隊をいっぱい連れてきたらよかったんじゃ……」

 俺がぽろっとつぶやくと、クリスティアーノさんは不快そうに眉をひそめた。

「黙れ。指揮権があればもちろんそうしている。だが、前回は勝手に兵を動かして、親父にこっぴどく叱られたんだ。問題を解決したにも関わらず、だ。また同じことを繰り返してみろ。聞いたこともないようなド田舎に飛ばされて、そこで一生を過ごすハメになるぞ」

 勝手にやるからでは?

 そう思ったが、俺は言わなかった。

 言ったところで、何倍も言い返されるだけだ。


 マティルダさんが舌打ちした。

「で、どうすんの? 入口はひとつしかないよ。私、死んでも白兵戦はしないからね。ていうか、やったら死ぬし」

「俺が行こう」

 議論が起こるより先に立候補したのは、アルトゥーロさんだった。

 判断が早い。

 というか早すぎる。


 遺跡の構造は単純だが、敵の正確な数が分かっていない。

 立てこもられても面倒だから、外に誘い出して戦う作戦だ。

 しかし誘い出すためには、いったん近づかねばならない。


 マティルダさんは眉を吊りあげた。

「あら、さすがは不死身のアルトゥーロね。死なない自信でもあるのかしら?」

「皮肉はよしてくれ。罪は償う」

「大袈裟なのよ、いちいち」

 過去になにかあったのだろうか?


 アルトゥーロさんは身をかがめ、遺跡のほうへ行ってしまった。

 軽装だからフットワークは軽い。


 マウリツィオさんが溜め息をついた。

「マルコ、なぜあいつが不死身と呼ばれてるか知ってるか?」

「うーん。盾を持ってるからですか?」

「違う。逃げるからだ。仲間を置き去りにしてな。だから、誰もアルトゥーロとは組みたがらねぇ。なにも知らねぇ初心者以外はな」

「えっ……」


 俺の知る限り、アルトゥーロさんが逃げたことはない。

 なにかの間違いなのでは?


(続く)

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