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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)

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20/82

強制される均衡

 収穫もないまま帰宅。

 庭ではカエデさんが薪を割っていた。

「ただいま戻りました」

「お帰り」

 斧を手に、カーン、カーンと、手際よく割っている。

 以前から思っていたが、やはりただものではない。


 俺は廃墟に入る前に、足を止めた。

「カエデさん、俺と勝負してくれませんか?」

「あい?」

「たぶん、強いですよね?」

 そう尋ねると、彼女はさすがに手を止めた。

「まあ、強いかもにゃあ。あんたくらいなら瞬殺できるにゃ。けど、あたしのは邪道だからにゃあ」

「邪道とは?」

「あー。分かった。じゃあ、そこに立つから、切ってきて」

「えっ?」

「体験したほうが早いから」

 いや、ハルバードで?

 切る?


 俺はハルバードを抜いたが、それは壁に立てかけて、代わりに棒きれを拾った。ハルバードほど長くはないが、一般的な剣くらいの長さはある。

「これで行きます」

「そうにゃの? ま、いつでもいいよ」

 カエデさんはやたら足踏みをして、避ける準備をしている。

 俺はその足の動きやリズムをよく確認した。

「軽めに行きますね」

「べつに全力でもいいにゃ」

 そんなことして、もし当たったら苦情を言ってくる癖に。

 俺はふっと枝を振り上げた。

 そして……見間違えでなければ、カエデさんの姿を見失った。


 後ろから、つんと指でつかれた。

「ほれ。これが刃物だったら、あんた死んでるにゃ」

「えっ? えっ? いつの間に? えっ? 魔法?」

「魔法じゃねーにゃ。あたしの足元見てみぃ」

「裸足だ……」

 さっきまで草履をはいていたはず。

 その草履は?

 最初にカエデさんが立っていた場所に置かれていた。


「あんた、あたしの草履ばっか見てたよね? だから草履を置き去りにして移動したの。でもこの技、一回しか使えねーにゃ。次やったらあんたが勝つよ」

「いや、そんなこと……。カエデさん、こんなに凄い人だったんだ……」

「ま、逃げ足だけは速いの。強くないよ。だから戦力としては期待すんにゃ」

 いや、どう考えても強い。

 いまのが実践だったら、俺は間違いなく秒殺されていた。


「カエデさん、俺と仲良くなってくれませんか?」

「お断りだにゃ。あんたとはあくまでビジネスパートナーだからにゃ。それより、とっとと仕事受けてきてよ。体がなまっちまうにゃ」

「はい」

 断られてしまった。

 でも、身近にこんな強い人がいたなんて。


 廃墟に入ると、薄闇に包まれた母さんがいた。

 長いまつげ、黒い瞳、長い黒髪。闇と調和してとても美しい。

「戻りました」

「お帰りなさい、マルコ」

 無表情。

 でも愛想が悪いとは思わない。母さんが笑うのは酔っ払っているときだけだ。それよりは、無表情のほうがいい。


「母さん。俺なりに頑張ったのですが、条件に該当する女の子は見つかりませんでした」

「あせることはありません。じっくりやるのです」

「でも、いい感じの男の人ならいますよ。男ではダメですか?」

 母さんは露骨にぎょっとした顔になった。

「男……。いえ、本来、自由ではあるのですが……。緑の神は、それを許さないでしょう」

「えっ? 母さん、神を信じているのですか?」

「私は信じていません。しかし街の人たちは違いますよ」

「男と仲良くなってはいけないのですか?」

「いえ、ですから……」


 分かるように説明して欲しい。

 まさかこれも一般常識だというのだろうか?

 だったらその一般常識とやらを列挙して欲しい。

 なぜ誰も応じてくれないのだ?

 もしかして、そんなもの実在しないのでは?


「とにかく女の子を探しなさい。これは命令です」

「分かりました。女の子を探します」

 なんでそんなに女の子にこだわるのか分からない。

 母さんは、男が苦手なのだろうか?

 むかし街で酔っ払っていろいろあったという話は聞いたけど……。


 *


 それからしばらく、ギルドの仕事を受けた。

 いちど矢傷を受けたが、怖いのでソフィアさんには相談しなかった。それ以外は無傷だったし。


 肝心の女の子は見つからなかった。


 お金は、増えたり減ったり。

 仕事をすると一時的に増えるのだが、いつの間にか減っている。


 それはそれとして、暑い。

 夏になってしまった。


「悪い報せだ。赤のエリアで戦争が起きたらしい」

 ある日、フェデリコさんは憔悴した顔で廃墟に戻ってきた。

 彼は水を飲むと、どっと椅子に腰をおろした。

「事の発端は、またしても古代遺跡だ。機械人形の暴走が頻発していたエリアでな。とある領主が、これを人為的に引き起こされた現象だと言い出したのだ。隣の領地からの攻撃だとな。そこから連鎖的に領地の奪い合いに発展してしまった。愚かな連中どもだ。原因も確認せずに判断するなど……」


 俺は首をかしげた。

「赤のエリアって、ここの隣ですか?」

「隣は黒だ。その隣が赤。その隣が王都のある白。つまりいま、我々は王都から分断された状態というわけだ」

 俺は個人的に困らないが、フェデリコさんは王都から派遣されているから、困ることもあるのかもしれない。


「お母上、そろそろ教えていただけませんか? この世界でなにが起きているのです?」

 フェデリコさんの問いに、母さんは目を細めた。

 答えたくないときの顔。

 だが、答えた。

「浄化ですよ」

「浄化?」

「先に起こった人類と魔族の争いは、歴史書には記録されていないのですか? もしあるのなら、それを読めばすぐに分かると思いますが」

「それは……禁書扱いでして」


 母さんは溜め息をついた。

「そもそも、なぜ人類と魔族が争ったと思います?」

「分かりません。いえ、分からないということもありませんが。我々はどんな理由でも争いますから。赤のエリアの凡愚のように」

「おそらく、戦争が自然発生する場合はそうでしょう」

 この言葉に、フェデリコさんが目を見開いた。

「どういう意味です? 先の大戦は、自然発生ではなかったと?」

「ええ。浄化ですよ」

「なにが、なにを……? まさか……」

 母さんは彫像みたいな微笑を浮かべた。

「そう。知れば絶望するのです。なぜなら、私たちにはどうしようもないということが分かってしまうから」


 二人だけで完結しないで欲しい。

 こっちはちっとも分からない。

 分かるように言って欲しい。


 フェデリコさんは呼吸を震わせながら立ち上がった。

「神が……人類と魔族を争わせていると? では、あの機械人形は神が? いえ、ですが、人類は魔族を鎮圧し、秩序ある平和な時代を築いていたはずでは……」

 母さんはかすかに鼻で笑った。

「そうですね。前回は、そのような終わりを迎えました。神は人類に手を貸し、人類に勝利をもたらしました」

「ですが今回は……」

「そう。神は今回、人類を浄化するために、魔族に手を貸すつもりなのです。人類は拡大し過ぎました。凄惨な虐殺が始まりますよ。少なくとも人類の数が半分になるまで終わらないでしょう」


 俺にもなんとなく理解できた。

 人類と魔族の戦いが始まってしまう。


「母さん、まさか俺たちと戦うつもりですか?」

 俺が尋ねると、母さんは目を細めた。これは不快なときの表情。

「必要がなければ戦いませんよ。だいたい、戦う理由はなんなのです? 神がやれと命じればやるのですか?」

「あ、じゃあ、戦いは起きないんですね?」

「いいえ。いまのは、こちらから仕掛ける理由がないという話です。しかし戦いは起きますよ。絶対に。人類が冷静でないことは、これまで何度も見てきましたから。そして魔族も、同じくらい冷静ではありません。前回からなにも学んでいないのです。今回もきっと同じことを繰り返すつもりでしょう。神の望んだ結末を迎えるまで」


 なぜ?

 神が命じれば、なにも考えずに戦争をするのか?


 フェデリコさんは頭を抱えていた。

「いえ、ですが……。待ってください。神が? なぜそのようなことを望むのです?」

「正確には、神そのものではなく、神の眷属を自称する存在ですが。彼らは本能的に、世界の均衡を望みます。そういう思想なのです」

「思想で? 対話は不可能だと?」

「不可能でしょうね。精神構造が、我々とは決定的に異なりますから」

「人類が敗北をまぬかれる方法は?」

「力で神を追い払うことです。もし可能であれば、ですが」

 母さんの言葉を聞いて、フェデリコさんは椅子にへたり込んでしまった。

 この絶望ぶり……。

 天才がどう考えても、人類の大半は死ぬということなのかもしれない。


「神の眷属は、いまは空間の狭間で眠っています。ですが、機械人形が稼働し始めた以上、遠からず目を覚ますはずです。浄化を始めるために」

 母さんは淡々としている。

 今回は魔族が勝つと分かっているから、か。


「母さんは、俺たちと戦うつもりなのですか?」

 そう尋ねると、母さんはまた目を細めた。

「理由がなければ戦わないと言ったでしょう」

「でも、俺たちと離れたがってますよね?」

「マルコ。最終的に魔族が勝つと言っても、そう簡単な話ではないのです。確かに争いは各地で起こるでしょう。ですが、いまは人類のほうが優勢なのですよ。魔族は狩られる側。特に魔女などと呼ばれた私は、ターゲットになりやすい。幸い、いまは死んだことになっていますが。生きていることが知られれば、彼らはまっさきに命を狙ってくることでしょう」


 イヤだ。

 なにを想像しても受け入れがたい。

 暗い未来しか想像できない。

 神なんていないほうがいい。ずっと眠っていて欲しい。なんでこんなことになるのか分からない。


「母さん、知っていたなら教えてくれれば……」

「人間の王が魔女の言うことを信じるなら、私もそうしていたでしょう。ですが、非現実的な話です。王都でさえ歴史を秘匿しているのですから。これから魔族による支配が始まるなんて、王は宣言できないはずです。ましてや神が人類の敵になるなど」

 そうかもしれない。

 王が敗北を宣言したら、各地で戦争が起こるだろう。そして誰かが新しい王になって、魔族と戦い始めるはずだ。勝てないと分かっていても。


 フェデリコさんはがばりと顔をあげた。

「分かりました。では、均衡を保てばよいのですね?」

「はい?」

「均衡ですよ。人類と魔族が、互いに土地を分け合うのです。そうすれば、神が人類を浄化する理由もなくなる!」

 これに母さんは微笑した。小動物でも見つめるような優しい顔で。

「ええ、まあ。その通りなのですよ。しかしそれは、神と戦って勝つよりも難しいでしょう。人類は魔族に土地を分けたがりませんし、魔族も逆転のチャンスを狙っていますから。忘れないでください。人類も、魔族も、どちらもたいてい愚かなのです。フェデリコさん、全員があなたみたいに判断できると思わないように」


 母さんの言葉はあまりに冷たい。

 だけど、おそらく、事実なのだろう。

 フェデリコさんも反論せず、じっと黙り込んでしまった。


「おい。味噌汁はとっくに煮えてんだにゃ。そろそろメシの時間にしてもいいかにゃ? いいよにゃ?」

 人間社会が壊滅するかもしれないというのに、いつも通りなのはカエデさんだけだ。

 もしかすると、俺が見習うべきなのは、母さんでもフェデリコさんでもなく、カエデさんみたいな人なのかもしれない。


(続く)

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