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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
2/82

初仕事(一)

 日当たりのいい円形のエリアに出た。

 ここが広場だと思う。

 戦士の銅像があり、周囲には屋台がある。いろんな格好の人間が歩いている。すれ違うたび、こちらを不審そうに見てくる。やはりイヌの死骸が気になるようだ。


 派手な緑の服を着て、ベルを片手に、大声で叫んでいる男もいた。

「偉大なる我らが緑の辺境伯の御令嬢が、おそれを知らぬ暴徒の手にかかり、はかなくも未来を潰された。犯人を見つけたものには最大3000リラ。有力な情報には最大500リラを用意している。事情を知るものは役所までこられたし。繰り返す、偉大なる我らが……」

 さっき雑貨屋のペテロから聞いた話だ。

 3000リラというのがどれくらいの金額かは分からないが、ギルドで仕事をもらえなかったらそっちで稼ぐのも悪くないかもしれない。


 看板が出ていたので、ギルドはすぐに見つかった。

 文字の読み方は母に教えてもらった。自分の名前も書ける。偉いと褒められた記憶があるので、きっと俺はそこだけは得意なのだと思う。


 大きなホールだ。

 ボードに張り紙があり、仕事を探しに来た人々が食い入るように見入っている。俺はそれらを素通りし、まっすぐに受付を目指した。

 カウンターにいたのは仏頂面の中年女性。

「なんだい、あんた? ここは精肉店じゃないよ」

「あ、このイヌは気にしないでください。ギルドですよね? 知ってます」

「なら仕事かい? 見ない顔だね」

「マルコです。この街には初めて来ました」

 カウンターに肩肘をついていた女性は、重たそうな体を持ち上げて座りなおした。こちらの話をちゃんと聞いてくれるつもりらしい。

「それで? どんな仕事をお探しだい?」

「合法的に人を殺す仕事はありますか?」


 俺がそう尋ねた瞬間、受付の女性が目を丸くしただけでなく、周囲の人々が一斉に振り返った。

 おかしなことを言ってしまっただろうか。


「えーと、合法的に……? いや、言わなくていいよ。腕に自信アリってことだね。いいよ。ここに来るのはそんなのばっかりだ。ただ、ひとつだけ言っておくよ。ここは領主さま公認のギルドなんだ。合法的な仕事しかないよ」

「それは安心しました」

「あんた、変わった子だね……」

「子ではありません。もう大人です」

 大人になったから家を追い出されたのだ。

 本当なら帰って母さんに会いたい。


「ま、仕事なら山ほどあるよ。なんせ街の衛兵は、みんな例の事件にかかりっきりでね。山賊なんかが野放しになってる状態なんだ。すぐに金が欲しいなら、いまちょうど討伐隊が出発したばかりだ。東の修道院に向かいな。ギルドからだって言えば、参加させてくれるだろうよ」

「やります。東はどっちですか?」

「日の昇るほうさ。分かんなかったら広場の看板を見るんだね。分かりやすく書いてあるから」

「分かりました! ありがとうございます!」

 やった!

 まさかこんなに簡単に仕事をもらえるとは!

 合法的に人を殺して、お金までもらえる!


 *


 ギルドを飛び出した俺は、広場で方角を確認し、東へ向かった。

 修道院といっていた。

 この周辺は緑の領域と呼ばれている。みんな緑の神を崇拝している。内心どうかは分からないが。そういうことになっている。

 もちろん俺はなにも崇拝していない。崇拝する理由がない。信じられるのは母さんだけだ。


 *


 一面の麦畑。

 どこまでも広がる景色。

 俺は呼吸をしながら、とにかく走った。イヌがぶんぶん揺れて重い。それでも気にせず走った。走りたかった。とても気持ちがいい。


 遠くに修道院が見えた。

 けど、それよりも手前に、歩いている集団が見えた。集団といっても五人だけだが。


「あの、もしかして」

「なんだお前は!? 急に後ろから走ってくるな!」

 簡素な鎧を着た中年のおじさんが、剣に手をかけた。が、抜いてはこなかった。

「ごめんなさい。ギルドから言われて来ました。山賊を殺すんですよね? 俺も参加します」

「ああ、ギルドのか……。だが、そのイヌはなんだ?」

「気にしないでください」

「武器は? 石斧? 折れてないか?」

「気にしないでください」

 ここで断られるわけにはいかない。

 頑張ってごまかさないと。


 おじさんは不審そうにこちらを見た。

「参加するなとは言わんが、かなり危険だぞ。見たところ、防具もつけていないようだし」

「なんとかします」

「なんとか? バカ野郎。俺はな、勢いだけの若造が、命を落とすところを何度も見てきた。途中でバックレるクソ野郎もな。だが、死ぬよりは逃げるほうが賢い。お前はいざとなったら逃げるだけの知恵はあるのか?」

 いったいなにを言っているのだろう?

 逃げたらお金がもらえないのでは?

 俺が黙っていると、おじさんは溜め息をついた。

「お前な……。いや、いい。こっちに拒否する権利はないからな。ただ、死ぬなよ」

「はい! 頑張ります!」

 この人は、なんだかいい人の予感がする。


 だが、他の面々はバカにしたような表情だった。

「へへ。あいつ、たぶん死ぬぜ」

「きっとちびって死ぬぜ。賭けてもいい」

 死ぬときは、確かにちびるかもしれない。

 動物たちもそうだ。

 人間もそうなんだろう。


 *


 古い修道院に到着した。


「ギルドの方ですか? ですが、そのイヌはいったい?」

 頭を剃り上げた修道士が出迎えてくれた。

 俺のイヌを見て困惑している。

「気にしないでください」

「気にしますぞ。不浄なものを持ち込まれては困ります。ここは修道院なのですから」

「あ、じゃあ外で食べてきます」

「おやめなさい。食事はこちらで用意しますから。そのイヌは、私たちで処理しておきます。そこにおろして」

「えっ……。はい。分かりました」

 せっかく殺したのに、食べないとは……。

 だが、ここでモメるのは得策ではない。

 人里には人里のルールがある。それを破ったら、俺はもう人間としておしまいだ。


 修道士はほっとした様子で言った。

「部屋へ案内します。こちらへ」

 今日は殺さないのだろうか。


「近ごろ、街の衛兵がおとなしいのをいいことに、山賊どもの略奪も激しくなっておりましてな。この周辺もいいようにやられておるのです。まったく嘆かわしい」

 燭台を手に、修道士はそう教えてくれた。


 石を積み上げた巨大な建物だ。

 きっと由緒ある修道院なんだろう。


「こちらの部屋をお使いください」

 通されたのは、いくつかのベッドが並んだ宿泊用の部屋だった。

 普段は巡礼者や旅人を泊めているのかもしれない。母さんも、街が見つからない場合は修道院に泊まるようにと言っていた。


 修道士が去ると、みんなそれぞれベッドを選んで荷物を置いた。

「これから数日、俺たちはここを拠点とし、山賊の襲撃に備える。日が沈んだら既定のルートを巡回する。じゅうぶんに体を休めておけ」

 リーダーらしきおじさんがそう言った。


 だが、俺は別の、太ったおじさんの手にしている武器が気になった。

「それはなんですか?」

「あ? こいつか? クロスボウさ。見るのは初めてか? こう構えてな、遠くの獲物を射抜くんだ。ビュンってな」

 遠くから敵を射抜く……。

 魔法の武器だろうか?

「え、すごい。敵は死ぬんですか?」

「死ぬこともあれば死なねぇこともある。正直、どこに当たるかによる。すべては運次第さ」

「へえ」

 遠くから。

 たぶん弓みたいなものだろう。こんなので攻撃されたら、俺は勝てないかもしれない。正直、母さんのくれた石斧は、山賊と戦うには心許ない気がする。


 *


 食堂に呼ばれた。

 広いホールに長テーブルが置かれ、すでに食事まで並べられていた。

 パンとスープだ!

 パンについては、本では読んだことがある。話でも聞いた。だが、実際に見るのは初めてだった。食っても腹を壊さないらしい。

 あとは謎の泡立つ飲み物もある。


「日々のお恵みを、緑の神に感謝いたします。さ、いただきましょう」

 修道士の許可が出たので、俺たちは食事を始めた。


 俺はまっさきにパンにかじりつく。

「あが……」

 カタい……だと?

 なんだ?

 岩か?

 岩なのか?


 見ると、みんな手でちぎってスープにひたして食っていた。

 おじさんは苦笑だ。

「おい、ムリするな。顎が外れるぞ」

「あい……」

 ちぎるというよりは、まずは割るという感じだ。割るといいにおいがする。ほとんどお湯みたいな薄い野菜スープにひたす。それでもまだカタいが。噛むとうまみが出てくる。これはちょっとずつ食べたほうがよさそうだ。


「ぷはぁ! この修道院のエールは格別ですな!」

 泡の飲み物を飲んだおじさんが、上機嫌で声をあげた。

 なるほど、これがエールというものなのか。

 うまいのだろうか?


 俺もマグからひとくち飲んでみる。

「……」

 うーん、なんだろうな。

 苦みと酸味がある。うまみもある。そういうのをごちゃごちゃにした味だ。好きかどうかで言えば、さほどでもないが。飲めなくはない。

 パンのほうがうまい。


 *


 食事が終わると……。どっと疲れが出た。母の用意してくれる食事よりは、あきらかにおいしかったのに。

 というか、率直に言って母の食事はマズい。濃い血の味しかしない。動物の体臭がむっと広がる。ハーブと一緒でないと腹を壊す。あれよりマズいものは、おそらくそうそうないだろう。

 だから、今日の食事に不満はない。それどころか極上の気分だ。

 なのに、なぜか頭がぼんやりする。


「おい、若造。もしかして酔っ払ってるのか?」

「えっ?」

 酔っ払う?

 もしかして、エールのせいか? たしかあれも酒の一種だったな。


 おじさんは苦い笑みだ。

「ったくしょうがねーな。今日は寝とけ。ただし、今日山賊を追い払ったら、お前の報酬はナシだからな」

「それは困ります」

「ダメだ。寝てろ。お前、そんなので戦えるのか? 死んだら1リラにもならねーんだぞ」

「それも困ります」

「だから寝とけ。頑張るのは明日からでいい」

「はい」

 このおじさんの言葉は、素直に聞いた方がいいような気がする。


 *


 おじさんたちはランタンを手に、武装して出て行った。

 もしこのまま山賊が全滅してしまったら、お金が手に入らなくなってしまう。まだ見つからないで欲しい。


 俺はベッドに入り込んだ。

 今日は本当に疲れた。

 野宿の経験は何回かあるけど、家以外のところで寝るのは初めてだ。

 小さいころは母さんと一緒のベッドで寝ていた。それが次第に別々になり……。一人で寝るようになった。大きくなると、そうするものらしい。


 この仕事は悪くない気がする。

 今日はタダでパンとスープにありつけた。イヌはもったいなかったけど。

 たくさんお金を稼いで、母さんにプレゼントするのだ。きっと喜んでくれると思う。


(続く)

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