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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
17/82

闇ギルド(二)

 月曜日、俺は街の倉庫の警備を始めた。

「来たな、マルコ」

 出迎えたのは、ヘビみたいな顔の男が一人。

「ここを警備すればいいんですか?」

「ただ立っているだけでいい。なに。簡単な仕事さ。危険もない」


 いい人だと思っていた。

 困っている俺を助けてくれたのだと。


 彼は言った。少し笑いながら。

「くれぐれも頼んだぜ。俺は用事があるから行くが。時間になったら戻ってくる」

「分かりました。任せてください」


 日も暮れているから、人の姿はない。

 俺はヘビ男の背を見送った。


 *


 バカ息子――クリスティアーノさんはフェデリコさんの提案に応じた。

 ただの脅しじゃない。クリスティアーノさんにとっては名をあげるチャンスでもあるのだ。彼が兵を率いて、取引現場を抑える。

 その作戦がうまくいくよう、俺はなにも知らない顔で立っている。

 主役は彼らであって、俺ではない。


 取引現場はすでに特定されている。

 もう少ししたら、そっちで戦いが始まることだろう。


 この街は広い。

 遠くで誰かが争っていても、ここまでは聞こえない。


 まっくろなカラスが鳴きながら山へ帰ってゆく。

 俺も帰りたい。

 母さんの待っている家に。


 じっとしているのは苦手じゃない。

 空を眺めているだけで気がまぎれる。

 どんなに薄暗くとも。


 しばらくすると、人の気配がした。

 息を切らせながらこちらへ走ってくる。


「おい、どうなってやがる! なんで……」

 例のヘビ男だ。

 数人の部下を引き連れている。


「どうしました?」

「ここに兵士が来てるはずだろ!?」

「なぜ?」

 騙されたのは俺じゃない。

 その逆だ。

 俺は戦いのプランを立てながらハルバードを構えた。敵は五名。武器は短剣のみ。防具はナシ。装備ではこちらが勝っているものの、数の上では圧倒的に不利。


 ヘビ男は額に青筋を立てた。

「て、てめェ! 裏切ったのか!?」

「はい、そうです。武器を構えてください」

「待て待て! そんなことしてなんの得になるんだ? お前を雇ってるのはこっちだぞ?」

「騙しましたよね?」

「証拠はあんのか!?」

「……」


 そういえば?

 証拠は?

 分からない。

 でもまあフェデリコさんがそう言っているのだから、きっと間違いない。


 ヘビ男は舌打ちした。

「クソ、聞く耳持たねぇってか。だがこっちは五人だ。死ぬのはてめぇのほうだぜ」

「うわあああっ」

 一人逃げ出した。

 四人になった。


「あっ! あの野郎……」

 怒るヘビ男に、部下が震えながら言った。

「でも兄貴! あいつ、たしか魔女に呪われてるんすよね? そんなのに手ぇ出していいんすか?」

「るせェ! やらなきゃやられんだよ! 見りゃ分かんだろ!」

「で、でも魔女が……」

「だから黙れよ! 魔女は死んだんだ!」


 ああ、そうか。

 彼らは死んだと思っているのだ。


 俺はつい笑ってしまった。

「死んでませんよ」

「は?」

「俺の母さんは特別なんです」

「けど、バラバラになったって、みんなが……」

「バラバラにはなりましたけど、べつに生きてますよ。今日も『行ってきます』って言って出てきましたから」

 今日も帰ったら褒めてもらうのだ。

 ちゃんと一人前の仕事をこなせる立派な息子だと。


 悪党どもはじりじりと後退している。

「兄貴、こいつ……」

「ああ、正気じゃねぇ。けど人間だ! 一人だ! こっちは四人もいる! 取り囲んで、背後から刺すぞ!」

「おうとも!」

 返事はよかった。

 だが部下たちは……誰も動かなかった。

 ちっとも取り囲んでこない。


 俺は一歩踏み出す。

「そろそろ始めてもいいですか? こっちは準備できてます」

「あ? 待てって言ったら待つのかよ?」

「少しくらいなら」

「……」


 ヘビ男は、するとこちらに背を向けて、部下たちに向き直った。

「お前たち、取り囲めって言っただろ。なんで囲まねぇの?」

「いや、誰か行くかと思って」

「誰かじゃねーんだよ、ボケ! 率先して動け! あとは流れを見て最適な行動をとるんだよ! 人任せにしてたらうちのギルドじゃやってけねーぞ!」

「……した……」

「あ?」

「さーせんしたぁ!」

 ヘビ男はまた舌打ちした。

「いいか? 次こそちゃんとやれよ? 使えねーヤツには報酬もねーからな? 何度も言わせんなよ? よし、取り囲め!」


 部下たちは、互いの顔を見ながら、渋々といった様子で動き出した。

 遅い。

 もちろん取り囲めば有利になる。が、こちらの出方によっては、誰かは助かるが、誰かは助からないかもしれない。


 ヘビ男はなんとも言えない表情になった。

「おい、待て。これだと俺がこいつの正面に来ちまうじゃねーか」

「……」

 部下たちは返事をしなかった。

 囲めと命じたのは自分なのだ。

 動かなかった人間が正面に残るのは当然だ。


 俺はひとつ呼吸をし、ふたたび尋ねた。

「そろそろいいですか?」

「へっ。せいぜい、背後に気をつけるんだな」


 おそらくいいんだろう。

 背後にいる人間が、地面を蹴った音がした。


 俺は全力でハルバードをスイングした。

 体をスピンさせながら。

 まずは左にいた一人目。斧の部分を直撃させて、あっけなく背骨を折った。両断だ。その代わり、スピードが落ちた。後ろから来ていた二人目は、斧ではなく棒の部分が当たった。俺は構わず渾身の力を込めた。三人目には斧が炸裂。ただし両断までは至らず。

 正面に向き直ったときには、かなりスピードが落ちていた。だが、腕力にモノを言わせて、とにかく振り切ることにした。


 ヘビ男の姿がない。

 いや、姿勢を低くして、地を這うように短剣を突き込んで来た。

 こっちは姿勢を崩しているから、いまさら回避もできない。


 *


 走馬灯のように、むかしの出来事が脳裏をよぎった。


 森で暮らしていると、たびたび野犬に襲われることがある。連中は集団で狩りをする。狡猾に。誰かが隙をつくり、別の誰かが襲い掛かる。

 この戦いは、知恵比べみたいなところがある。

 もちろん無傷では済まない。

 回避できない攻撃などいくらでもあった。


 大事なのは、弱点で受けないこと。

 少しでも急所をズラして、致命傷を避けること。


 *


「チッ」

 ヘビ男は舌打ちとともに飛びのいた。

 ワンテンポ遅れて、俺のハルバードが空を切った。


 腕に激痛が走った。

 胴体を守るために、前腕で受けてしまった。


 距離が空いたまま、睨み合いとなった。


「さすがに反応がいいな、マルコ。けど、かなり深く刺し込んだぜ。その腕じゃ、斧を振り回すのはムリだろ」

「ハルバードです」

「そうだったな。ハルバードのマルコ」

 斧が命中した二人は殺せた。

 だが、棒に当たった一人は生きていた。そいつもよたよたと起き上がって、短剣を構えた。


 傷口が熱い。

 脈打つたびに血が噴き出す。

 痛みなんてどうしようもないのに、どうにかしろと体が訴えてくる。

 だけど……。


「なるほど……。少し分かったかもしれません……」

「あ?」

 ヘビ顔の男は、ただでさえ怖い顔なのに、凄んで睨みつけてきた。

 ただ、かすかに肩が震えているように見えた。

「俺、いままでいろんな人と戦ってきました。命も奪いました。けど、自分が傷ついたことってなかったんです」

「自慢かよ……。つーか、てめェ、なんで笑ってんだよ……?」

「笑ってませんよ。ただ、少しは理解できたかも、って。俺たち、本当に命の奪い合いをしてたんだって」

「なんだこいつ……」


 目をキョロキョロさせていた部下が、ダッと逃げ出した。

 ヘビ男はもう反応もしなかった。


「俺たちはたしかに悪党だ。街のルールなんか守らねぇ。ルールが俺たちを守らなかったのと同じようにな。人を騙して、金を巻き上げる。こういう仕事をしてると、たまにお前みたいにイカレたのと一緒になる」

「イカレてませんよ」

 いまの俺は、痛みのおかげでむしろ冷静だと思う。

 いつもより精神をコントロールしようとしているから。

「まあ聞け。お前みたいに頭のイカレた野郎は、基本的に扱いやすいんだ。行動パターンが決まってるからな。ただ、たまに例外がいて……。そういう連中は、たいてい人として大事なモンを持ってねぇ」

「心、とか?」

「そんなセンチメンタルなモンじゃねぇ。もっと実用的な……危機感だ。俺たちは悪党だが、自分の命だけは大事にする。そいつをなくしたら全部終わりだからな。悪党ったって、所詮は人間だぜ。イキがったところで、街の連中と大差ねぇ。けどお前は……」

「命は大事にしています」

 俺が答えると、ヘビ男はふっと笑った。

「ならもっと違うナニカだな」


 ハッと気づいたときには遅かった。

 騎馬隊がこちらへ駆けてくるところだった。おそらく敵ではない。だが、少なくとも到着時にいくらか混乱をもたらした。

 ヘビ男は、短剣をこちらへ投げてきた。

 俺はなんとか身を捌いて回避した。が、体勢を立て直したとき、男は姿を消していた。立て続けになだれ込んでくる騎馬隊。


「こいつも闇ギルドですか?」

「違う。協力者だ。見覚えがある」

 兵隊長らしき男を制して、クリスティアーノさんが馬を進めてきた。


「確か、マルコとかいったか?」

「はい」

「こっちに逃げてきた賊はどうなった? そこに転がってるので全員か?」

「いえ、三人に逃げられました」

 殺せたのは二人だけ。


 クリスティアーノさんは馬をおりて、こちらに近づいてきた。

「ということは、たった一人で五人の賊と戦って、二人を殺したってわけか」

「そうなります」

 彼らは軽装なだけあって、足が速かった。

 ハルバードを担いで追えるスピードじゃない。


「負傷しているようだが?」

「はい。痛いです」

「兵舎に来い。手当てを受けさせてやる」

「ありがとうございます」


 *


 闇取引の現場は、無事につぶすことができたらしい。

 ただ、何人かに逃げられた。それで騎馬隊は、賊の背を追って俺のいた場所まで来たらしかった。


 今回の作戦の目的は、あくまで闇取引をつぶすこと。闇ギルドを壊滅させることではない。だから数名に逃げられたところで、それはやむをえないのだという。


「お前、フェデリコと組んでいるらしいな? 帰ったら伝えておけ。次はくだらん脅しなどせず、堂々と用件を伝えに来いとな。俺がキレたら、あいつ死ぬからな? あんまり怒らせるな」

「伝えておきます」

 俺が傷の手当てを受けている間、クリスティアーノさんは隣でずっと苦情を言ってきた。

 まあ手当てといっても、なんだかよく分からない傷薬を塗りこまれて、包帯でグルグルにされただけだが。


 *


 100リラもらった。

 ギルドの仕事一回分。領主の息子なのに、意外とケチだ。


 兵舎で一泊して廃墟に戻った。

 朝日さえ遮断する薄暗い室内に、生首が置かれている状況にももう慣れた。

「母さん、これ、昨日のぶんの95リラです。本当は100リラ受け取ったんですが、食事で5リラ使ってしまいました」

「マルコ、座りなさい……」

 母さんはなぜかひややかな目つき。


「もしかして俺、またなにかやっちゃいました?」

「いえ、特には。無事に帰ってきてなによりですよ。ですが、腕の包帯はどうしたのです?」

「戦闘で傷を負ってしまったので、手当てを受けました……」

 やむをえない。

 命の奪い合いをしているのだから。

「痛くありませんか?」

「痛いです」

「では、しばらくお休みなさい。怪我が治るまで仕事は禁止です」

「はい」

 俺のことを心配してくれている。

 やっぱり母さんは俺を見捨てたのではなかった。以前通り優しい。


「それと、稼いだお金を母に渡す必要もありません」

「えっ?」

「確かに、私はお金を稼いできなさいと言いました。けれども、お金が欲しくて言ったのではありません。あなたが一人でも生きて行けるよう促したかっただけなのです」

「……」

 けど、それじゃあ……。

 いったいどうやって母さんに恩返しすれば……。


 ダァンとドアが開いた。

 現れたのは、酒瓶を抱えたカエデさんだ。

「話は聞かせてもらった! その女はウソをついているにゃ!」

「えっ?」


 母さんがウソつき……だと?

 俺の前でよくそんなことを言える。

 魔族はウソをつかない。だから母さんも……ウソをつかない。そういうことになっている。


 俺は思わず溜め息をついた。

「証拠はあるんですか?」

「もちろん」

 カエデさんはなぜか憤慨している。

 そして母さんは……台座の上に鎮座したまま、ごまかすように斜め上を見ていた。


 これは……ダメかもしれない。


(続く)

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