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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
16/82

闇ギルド(一)

 空模様はいまいち。

 だけど、母さんの歌声で目をさますことができて、俺は最高の気分だった。


「おはよう、母さん」

「おはよう、マルコ」

 母さんには特等席が用意されていた。椅子の上に台を乗せ、そこに麦わらのクッションを敷き、さらに上等な布で覆われていた。

 みんなより少し目線は低いが、テーブルに置かれているよりはよかった。


「オラ、飲めにゃ」

 カエデさんが味噌汁を出してくれた。

「ありがとうございます。母さんは?」

「……」


 たぶん鳥をつかまえて食べたのだろう。

 母さんは昔から生の肉が好きだ。

 肉というか、血が好きなのかもしれない。

 まあこの辺は……人間と魔族の好みの違いなんだろう。


 俺は手早く食事を済ませると、出発の準備を始めた。


「マルコ、どこかへ出かけるのですか?」

「はい。ギルドで仕事を受けて、合法的に人を殺してこようと思ってます」

「気を付けるのですよ」

「はい。気を付けます」


 *


 ギルドに入ると、みんながぎょっとした表情でこちらを見た。

 なにやらヒソヒソ話している人までいる。


 カウンターに向かった。

「内容はなんでもいいので、とにかく報酬のいい仕事をください」

 受付のおばさんは渋い表情だ。

「あんた、大丈夫なのかい? 魔女に操られたって聞いたけど……」

「もう治りました」

「そうかい? けどね、みんな怖がっちゃってさ。何人かの依頼主が、あんただけは雇うなって言ってきてね」

「えっ?」

 愚かなのか?

 まあ愚かなのは知っていたが。

 そもそも俺は魔法で操られていない。操られていたとして、魔女は死んだのだ。死んだことになっている。なんの問題があるというのだ。


「悪いけど、ロクな仕事は紹介できないよ。ま、安いのでよければ、ペット探しなんかがあるけどね」

「……じゃあいいです」


 許しがたい気持ちになったので、俺はギルドを出た。

 出たところで、他に仕事のアテなんてないのに。


 広場ではおじさんが3000リラの宣伝をしていた。

 毎日毎日。

 このおじさんが恐怖を煽るから、母さんが殺されそうになったのだ。


「兄ちゃん、仕事探してんのかい?」

 痩せた男が近づいてきた。

 ヘビみたいな顔をしている。

「はい」

「ちょうどよかった。じつは俺、仕事を引き受けてくれるタフなヤツを探してたんだ。けど、ちっとも人が集まらなくて」

「はぁ」

 フェデリコさんみたいなパターンだろうか。

 彼はぐっと顔を近づけてきた。

「仕事、しねぇか? 300リラ出せるぜ」

「300……」

「ただ、極秘の仕事でな。あんまし大きな声じゃ言えねぇんだ。こっちに来てくれ。詳しいことを話そう」

「はい」

 よかった。

 300リラもの大仕事を紹介してくれるなんて。

 街の人はみんなつめたいかと思ったけど、決してそうではない。


 *


 ぐねぐねした路地裏を進んでいった。

 道で寝ている人もいた。街で野宿するのは違法だったはずだけど……。この辺は怒られないのだろうか。


「ここだ。入ってくれ」

「はい」

 小さなドアを開けると、中もまっくらだった。

 酒のにおいがする。


「ボス、作業員連れてきました。大物ですよ。ハルバードのマルコです」

 ヘビ男は、なぜか俺の名を知っていた。

 奥にいた「ボス」は、ソファにふんぞり返って酒を飲んでいた。

「ほう、こいつがマルコか。強そうじゃねぇか。気に入った」

「マルコです。ところで、どんな仕事をすれば?」

「まあかけてくれ」

 ボスはテーブル上のものを乱暴にわきへよけた。

 ヘビ男は地図とロウソクを持ってきた。


「ま、世知辛ぇよな。ギルドの野郎、なにを勘違いしてやがるのか、少しでもお行儀のよくない人間には仕事をよこしやがらねぇ。けど、俺たちは違う。やる気のあるヤツは誰でも大歓迎だ!」

「助かります」

「おめぇさん、地図は読めるか? ここ、分かる?」

 どっちが北だろう?

 俺が首をかしげていると、ボスが地図の向きを変えてくれた。

「こっちが北だな」

「はい。なんとなく分かりました」

「今度の月曜、ちょっとした商取引があるんだが……。どうにも人手が足りなくてな。あんたには、ここを警備して欲しいんだ」

「警備?」

「あー、難しく考えるこたねぇ。ただ突っ立ってればいいんだ」


 ただ突っ立ってるだけ?

 それで300リラ?


 いい仕事じゃないか!


「やります」

「おう、いい返事だ。最近、なにかと物騒だろ? みんな、こんな簡単な警備さえ引き受けてくれなくてな。ギルドの連中も非協力的だし。困っちまうよ」

「俺も、ギルドのやり方はちょっとどうかと思います」

「だよな。こうしてみんなで仕事を分け合えば、みんなで稼げるってのによ。ま、とにかく頼むぜ。月曜の夜、三回目の鐘が鳴ったら、地図の場所へ来てくれ」

「どれくらい立ってたらいいですか?」

「夜明けには終わる。そのときは連絡するから、あんたはなにも考えなくていい」

「はい!」


 簡単そうだ!

 これで300リラ!


 なんでみんなこの仕事をしないんだろう……。


 *


 そのままフェデリコさんの私塾に向かった。

 朝は姿を見なかったけど、たぶんいると思う。

「マルコです。いますか?」

「入りたまえ」

 ドアを開けると、中にはジョヴァンニさんもいた。あともう一人、見たことのない少女も。


「少し手紙を書いている。それが終わるまで待っていてくれ」

「はい」

 フェデリコさんは、王都とも連絡をとっている。

 忙しいのだ。


「久しぶりだね、マルコさん。元気そうでよかった」

「はい」

「あ、こっちの子は、ソフィアさん。この塾の生徒だよ」

 すると髪を二つに結んだ小柄な少女が、ふんと鼻を鳴らした。

「ソフィアよ。私は回復魔法をお勉強しているの。あなた、マルコっていうの? なに? なにができるの? 専門は?」

「冒険者です……」

「そんなの見れば分かる。私が聞いてるのは、学問の分野よ。なにを専攻してるの?」

「せんこー?」

「どの知識を深めたいの?」

「一般常識です……」


 するとソフィアさんは、なんとも言えない顔で固まってしまった。

「一般常識……。え、一般常識? 先生! 教えてください、このマルコという人は、いったいなにを言っているのです? 教えてください!」

「いま手紙を書いている。少し待ちたまえ」

「ぐぬぬ……」

 ソフィアさんは、なぜか俺を睨みつけてきた。


 一般常識――。

 それは、俺が知りたくて知りたくて仕方のないもの。

 知らないと怒られる。

 教えて欲しいというと、みんな理解不能といった顔で見てくる。

 誰も教えてくれない。

 バカにされる。

 俺は永遠にこの地獄から抜け出せないのかもしれない。


「で、でも、一般常識は大事ですよ。ね、マルコさん?」

 ジョヴァンニさんが、間に入ってくれる。

 本当に優しい。

 俺がこれまで出会った人間で、一番優しいかもしれない。

「はい。俺にとっては大事なことなんです」


 ソフィアさんは、それでも不満顔だ。

「くっだらない。私たちは、あのフェデリコ先生から直接学んでいるのよ? なんでそんなに低レベルなの?」

「けど、ソフィアさんの回復魔法だって、寺院で学べるじゃないか?」

 ジョヴァンニさんがそう言い返すと、ソフィアさんはだんだんと地団駄を踏んだ。

「寺院なんてクソ喰らえよ! あいつら、私になんて言ったと思うの? 女性なんだから、魔法なんか覚えなくても社会の役に立ちますよ、だって! 誰が社会の役に立ちたいなんて言ったのよ! 私は、私のために回復魔法をおぼえたいの!」

「なにが違うの?」

「たとえば、怪我をしてる人がいるとするでしょ? そいつはほっとくと死んじゃうワケ。けど、私がいたら? お金を払えば治してあげる。そういうビジネスのための下準備なのよ、これは」

「魔法をそんなことに使うなんて……」

「なに? ダメなの?」


 俺はいいと思う。

 お金をもらわないで助けるのが一番だとは思うけど。それじゃあ、回復魔法をおぼえた人がなにも得られない。タダ働きだ。

 自分の力をお金に変える。

 それは俺もやっていることだ。


 フェデリコさんがデスクを片付け、こちらへ向き直った。

「あまり詳しくは言えんが、回復魔法は儲かるぞ。ソフィアくんの考えは悪くない」

「そうですよね、先生!」


 俺も知っている。

 この街の外にも、回復魔法を専門にした秘密サークルがある。貴族たちが顧客となっている。その仕事は、なぜかたいへん儲かるらしい。


 ソフィアさんは、しかしすぐに顔をしかめた。

「けど、一般常識というのは? まさかこの人、世界のすべてを知ろうとお考えなのですか?」

「そうだ。マルコくんは、そういう男だ。ひとつの分野に縛られず、あらゆる知識を欲している。君たちもぼやぼやしていると追い抜かれるぞ」

「こ、こんなヤツに……?」


 そうだっけ?

 一般常識というのは、そこまで大変なことだったのか?

 自信がなくなってきた……。


「本日は回復魔法について教える。ただし、いつも言っている通り、人間が魔法を使うということ自体、並大抵のことではない。努力と才能、この両方がそろわねば、どんな初歩的な魔法も使えない。才能がなければ、人の倍努力する必要があるぞ。白、赤、黒、緑、あらゆる元素に習熟し、調和させねばならない」

 フェデリコさんは急に力説を始めたが、いきなり分からない。

 だが、分からない俺のために説明してくれた。


 この世界には、四つの元素があるという。

 白、赤、黒、緑。

 この国も、古くからの四つのエリアに分かれている。

 俺たちが住んでいるのは緑のエリア。

 王都があるのは白のエリア。

 魔法には色がついている。色について念じると、魔法が出る。色の配分によって、魔法の性質も変わってくるのだという。


 まあそれが分かったところで、魔法が使えるようになるわけでもないが。


 最後まで意味不明な話が続いたが、ソフィアさんは身を乗り出して聞いていた。

 ジョヴァンニさんは……いまいち反応が薄い。


「いささか熱が入り過ぎた。本日はここまでにしよう。なにか質問はあるかな? 可能な範囲でお答えしよう」

 俺は挙手をした。

「回復魔法以外についてでもいいですか?」

「ああ。なんでも構わん。私の知能を役立てることができるならな」


 仕事の相談をしてみた。

 まず、俺が心の底から母さんを大事に思っていること。そのためにお金が必要なこと。なのにギルドの仕事を断られたこと。見知らぬ人に仕事を進められたこと。300リラももらえること。


 みんな、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。


「マルコくん、率直に言うぞ」

「はい!」

「君は騙されている」

「えっ?」


 えっ?


 騙されている?

 誰が?

 誰に?


「まず、君に仕事を斡旋した連中。おそらく闇ギルドだ。非合法な仕事を扱っている。そして月曜、街の外れの倉庫を守れと言われたな? おそらく衛兵との戦闘になるぞ」

「はい?」

「いつもの手口だ。闇ギルドは、なにも知らない人間を雇い、ある場所を守らせる。その上で、そこで悪事が行われていると通報するのだ。衛兵たちはそこに殺到する。君は応戦するだろう。意味も分からぬままにな」

「え、なんでです? 自分で雇って自分で通報するんですか?」

「そこがミソだ。同じころ、別の場所で、闇ギルドは非合法の取引を済ませる。衛兵は君と戦うのに必死になっているからな。もちろん君は死ぬ。報酬は1リラも支払われん」

「はい? じゃあ俺、騙されたんですか?」

「そう言っている」


 人類、滅ぶべし!

 クソ人間しかいないのか、この街は……。


 いや、いい人もいる。

 フェデリコさんに相談できてよかった。


「俺、どうすれば?」

「私に策がある。きっと闇ギルドは、倉庫以外のどこかで商売をするつもりだろう。その場所を特定し、叩く」

「戦うんですか?」

「例のバカ息子にやらせよう。こちらはヤツの弱みを握っているからな。闇ギルドを叩けば、ヤツにとっても自分の存在をアピールするチャンスとなる。妹殺害の容疑者という悪い印象も一掃したいだろうしな」

 ここでバカ息子を使うのか。

 できれば母さんのときに使って欲しかったけど。


「もしやるなら、俺も参加したいです」

「わざわざリスクをおかすというのか? だがまあ、もし君も参加するというのなら、ヤツを説得しやすくなるだろう」


 闇ギルド――。

 人を騙すような悪党は、滅んだほうがいい。

 どうせ違法組織だろうし。


(続く)

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