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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
14/82

森へ

 世界は最初から俺に優しくなかった。

 だから、ハナからハッピーエンドなんて期待していなかった。

 それでも、こんなに早く終わりを迎えるとは、思っていなかった。


 *


 それは「異教徒狩り」の名のもとに始まった。

 市民たちが武器を手に取り、金で雇ったギルドの戦士たちを引き連れて、西の森を目指すというものだ。


 西の森には魔女がいる。

 そんな迷信があったからだ。


 いや、迷信ではなく、実際にいるのだが……。


 俺はその作戦に、ギルドの戦士として参加した。

 アルトゥーロさんもいた。

 ほかにも、一緒に仕事をしたことのあるおじさんたちが数名。

 なぜかフェデリコさんまでついてきた。本当になぜかは分からない。いい作戦が思いつかなかったから、カエデさんの策に乗ったのか。


 そのカエデさんは、今日はお休みだ。

 ここに混ざったら余計に怪しまれるから、いないほうがいいんだとか。


 いま俺たちは、森を進んでいる。

 遠くから見るぶんには、日の光を浴びて美しい森だ。しかし実際に足を踏み入れると、急に薄暗くなってくる。

「なんだか野犬が多いな」

「ムリもねぇよ。この辺は滅多に人が入らねーからな」

「魔女なんてホントにいるのか?」

「俺はいないほうに賭けるね」

「いてもどうせ婆さんだろ。俺がぶっ殺してやるよ」

「どっちが先にヤれるか競争しようぜ」


 男たちはピクニックでもしているかのように楽しそうに雑談する。

 いますぐ全員殺してやりたい。


 アルトゥーロさんが話しかけてきた。

「どうした、マルコ? もう疲れたのか?」

「いえ……」

「そう不安になるなよ。魔女の正体がどんなのかは分からないが、人類は常に魔族に勝利してきたんだ。勝てない相手じゃない」

「はい……」

 この人は、親切でそう言ってくれているのだ。

 なのに、どうしようもなく怒りがわいてくる。


 メンバーは二十数名。

 かなりの大所帯だ。

 みんな余裕そうな顔をしている。


「おい、見ろ。サルがいるぞ」

「クソ投げザルだな。近寄らないほうがいい。前に近所のレオがクソまみれにされた」

「そいつは魔女よりおっかねぇ」

「ちげぇねぇ! ガハハ!」


 これから人を殺すというのに、なぜこんなに楽しそうなんだろう。

 これではまるで……。


 そうだ。


 街に来たばかりの、俺みたいだ。


 *


 はじめはおとなしくしていたフェデリコさんが、徐々に仕切り始めた。

「いいか、魔女は、人間には到底及ばないレベルの高度な魔法を使う。君たち、笑っていると死ぬぞ。いや、死ぬよりもひどい。特に魔女は……」

 すると男の一人が舌打ちした。

「なあ、学者先生よ。誰があんたに演説を頼んだんだ? 今日の仕事は、俺たちの仕切りでやってんだ。偉そうなお説教はやめてもらおうか」

 これにはフェデリコさんも顔をしかめた。

「ふん。魔女は、我々の精神すら操るというぞ。あなどって後悔しても知らんからな」

「怖いんだろ? ガリ勉野郎は引っ込んでろ。だいたい、なんであんたが参加してんだ? お勉強で食っていけなくなって、冒険者になりさがったのか?」

 この市民の言葉に冒険者たちがピリついたが、誰も文句を言わなかった。


 それにしても、精神すら操る――か。

 人間には使えない記憶魔法というヤツだろう。

 じつは俺もそれにかかっているのかもしれない……。


 *


 さらに進むと……。

 そうだ。

 家が近づいてきた。

 俺と魔女が、ずっと暮らしていた小さな家。


 その前に、大きなとんがり帽子をかぶった女が立っていた。

 魔女だ。

 どういうつもりなのか知らないが、よりによっていかにも魔女らしい格好をしている……。


「えっ? あれが魔女か?」

「いい女じゃねーかよ」

「ん? あの顔、どこかで見たような……」

 おじさんというよりは、もうお爺さんといった様子の男が目を細めた。

 だが、別の参加者が笑い飛ばした。

「なんだよ、爺さん。あんた、魔女の知り合いだったのか?」

「いや、むかし街で見た女に似てるような……」

「魔女が街にいるわけねーだろ」


 二十名以上の人間を、一瞬で殺すことはできない。

 少なくとも俺一人の力では。

 だから、できるだけ戦って、足止めして、魔女が逃げる時間を稼ぐ。


 魔女は告げた。

「騒々しいですね、人間たち。ここは魔女の領域。いったいどんなご用で?」

 俺の存在にも気づいているはずなのに、完全に無視している。

 いや、いい。

 俺は俺で勝手にやらせてもらう。


 男の一人が言った。

「しらばっくれるなよ。お前が領主の娘を殺したのは分かってんだ。おとなしく街に出頭しろ」

「もし嫌だと言ったら?」

「ムリにでも連れて行く。死体にしてでもな」

 バカめ。

 死体になるのはお前のほうだ。


 俺はハルバードを手に、先頭に躍り出た。

「おう、ギルドの新人か!」

「やれやれ!」

「その斧が見せかけじゃねーってこと、思い知らせてやれ!」

 後ろからはやし立ててくる。


 だが、俺の敵はお前たちだ。


 俺はハルバードを構えて、魔女の前に立った。

「魔女には指一本触れさせない。死にたくなければ全員さがれ」

「……」

 みんな唖然としていた。


 ただ、フェデリコさんだけが騒ぎ立てた。

「見ろ! あれが魔女の力だ! ああやって精神を操って、自分の味方につけるのだ!」

「なんだって……」

「なにをぼうっとしているんだ! みんな距離を取れ!」

 フェデリコさんの言う通り、みんなじわじわと後退を始めた。

 だが、撤退までは至らない。


 魔女は目を細め、小声で俺に語り掛けてきた。

「小賢しいマネを……。私はもう帰ってくるなと言ったのですよ? それで? このあとの計画は?」

「俺が守ります。あなたは逃げてください」

「逃げる? どこへ?」

「どこへでも」

 お願いだから。

 ぼうっと突っ立ってないで、とにかく1パーセントでも生存のための可能性を模索して欲しい。


 魔女はフッと笑い、よく通る声でみんなに呼びかけた。

「見ての通り、私にとって、人の心を操るなどたやすいこと。ですが、それだけです。それ以上の力は、もう、私には残されてはいないのです」

 えっ?

 やはり本当は西の森の魔女ではなく、ただあとからやってきて住んでいただけの魔族の女だった……のか?


 魔女は、静かに告げた。

「ですので、降伏します」


 降伏?


 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 どうしてそんな発想になる?


「待ってくれ、母さん! ここは俺が食い止めるから、早く逃げてくれ!」

「黙りなさい、人の子。本当に、もう戦う力が残されていないのです」

「なら契約する! 魔女なんだろ! 俺の力を奪ってくれ! お願いだから!」

「その程度の命が、私の役に立つとでも? とにかく、私は降伏しますから」


 なんだよ、降伏って?

 街の連中はまともじゃない。みんなと同じ法で魔女を裁くわけがない。絶対に火あぶりされる。そんなこと、本人だって分かっているはずだろうに。


 男の一人が愉快そうに口元をゆがめた。

「へえ。なら、おとなしくついて来てもらおうか……」

「いえ、それも応じかねます。降伏はしますが、この身をあなたがたの好きにさせるつもりもありませんので」

「あ?」

「私の答えは、こう……」


 魔女がなにかを包み込むように、両手を差し出した。

 そこへ、ふっとエネルギーが集中した。魔法の素養がなくても分かる。球状のエネルギーが強烈な光を放っている。


「私の肉体は、この森へ還すことにしましょう」


 高まり切ったエネルギーが、一気に炸裂した。

 同時に、魔女の身体が、水風船のようにパァンと爆ぜた。

 赤い肉が細切れになりながら、赤い血液の糸を引いて、四分五裂したのだ。ある肉片は大地へ、ある肉片は木々へ、ある肉片は俺たちの顔面へ……。


「うわああああっ」

 全員が喚いた。

 俺も喚いた。


 母さんが、肉片になってしまった。

 俺はとっさに地べたにはいつくばって、肉片を集め始めた。とにかく集めれば……なんとかなる……と思いたかった。

「あーっ! あーっ! 母さん! 母さん!」

「……」

「母さん! 待って! 行かないで!」

 大丈夫だ。

 なんとかなる。

 いや、なんとかならなかったら……そんなのは……ダメだろう……。絶対になんとかなる。なんとかならなくてはならない。


「母さん! 母さん! 返事して! 母さん!」

 ああ、だけど……。

 生暖かい肉片は、急速に熱を失って……。しかもあちこちに飛び散って、土に混じって、全部を集めるのは難しそうだった。

 すべて集めるまで、どれだけかかるだろう。

 遠くへ飛んでしまった肉片は、森の獣に食われてしまうかもしれない。

 大事な母さんの肉が……。

 獣ごときに……。


「ああっ……。ああっ……」

 集めても集めても、大部分が土だった。

 血液は回収のしようがない。


「なんだよ、自爆したのか?」

「やっぱ人間じゃねぇよ」

「あのマルコってのはどうすんだ?」

「あの様子じゃ、もうダメだろ……」


 勝手なことを言う!

 みんな勝手なことを言う!

 なにもダメじゃない!

 母さんは死んでない!


「撤収しようぜ。魔女は死んだんだ」

「そうだ。俺たちみんなが証人だ」

「魔女は死んだ」

「人類の勝利だ!」

 男たちは陽気に去っていった。


 アルトゥーロさんはなにか言いたげにこちらを見ていたが、フェデリコさんが「あとは私が引き受けよう」と送り出した。


 結局、俺はなにもできなかった。

 戦うことも、守ることも、できなかった。

 ただ母を失った。


 男たちが去ると、森は急に静かになった。

 遠くの小鳥たちのさえずりが聞こえる。


 まだ日は高い。

 木々にさえぎられているとはいえ、その光は大地へ差し込んでくる。母の肉体を照らしている。


 フェデリコさんが近づいてきた。

「マルコくん、非常に言いづらいんだが……」

「やめてください。母さんは死んでません」

「ああ、どうやらそのようだ」

「そうですよ……。そう……。そう……?」

 どういう意味だ?

 俺を慰めているつもりか?

 もちろん母の死は否定したい。

 だが、部外者だからって、安易な嘘は許しがたい。天才を自称するなら、もっと言葉を選んで発言して欲しい。


「落ち着きなさい、マルコ。本当に死んでいませんよ」

「えっ?」

 母の声がした。

 幻聴か?

 まるで天から声が降り注いでいるような。


「上です、上」

「えっ? うわああっ!」

 木の枝に母の長い髪がひっかかって、生首がぶらさがっていた。

 しかも血液にまみれてべとべとだ。

「まあ無事とは言えませんが、なんとか生きています。それより、泣いてないで母をおろしなさい。かなり不自然な角度で引っかかってしまいました」

「すぐおろすよ」

 俺はハルバードを振り回し、絡まっている髪を切り落とした。

 母の生首は、どっと地面へ。

「マルコ……常識的に考えて……もっと違う方法があったのでは……」

 言葉遣いは優しいが、あきらかに怒っている。

「ごめんなさい、母さん! でも、どうして!? 死んだはずじゃ……」

「こうでもしないと、あなたが死んでいたでしょう」

「俺のため……?」

「早く拾いなさい」

「はい」


 血まみれなだけでなく、土まみれだ。

 髪も斜めになってしまっている。

「母さん、顔が……。いま洗うね」

「あ、ちょっ……」

 近くの川でさぶざぶ洗うと、すぐにいつものきれいな顔に戻った。けど、少しやつれているかな。


「母さん……。俺……俺……」

「ええ、まあ……」

 怒っている。

 俺がダメなヤツだから。


 フェデリコさんも困惑気味だ。

「ひとまず家に入って話しませんか? ここでは落ち着かない」

「そうしましょう。マルコ、お客さまを家へ」

「はい、母さん」


 母と呼ぶなと怒られたから、なるべく呼ばないようにしていたが……。

 もう我慢できない。

 俺の母さんは、母さんだけだ。

 首だけになっちゃったけど……。生きててよかった。


(続く)

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