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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
13/50

空振り

 廃墟に戻ると、パンと干し肉、そして味噌汁が用意された。

 食事がだんだん豪華になっていく……。


「それで……見当がついたというのは……?」

 俺が尋ねると、フェデリコさんは味噌汁をすすってからこう応じた。

「さっき領主の息子と会っただろう? あのとき、杖が反応した」

「えっ?」

 あの人は魔族ではない、という話だったのに。

 フェデリコさんは目を細めている。

「言っておくが、ヤツは魔族ではないぞ」

「じゃあ……」

「直前に魔法を使用したか。あるいは、魔法の使用された現場にいた。そしてヤツのやってきた方向。最初の記録で、魔力を観測していた。ヤツはそこで魔法使いと接触したに違いない」

「えーと……」

「私の記憶が正しければ、おそらく古い寺院があるあたりだろう。いまは使われていない。表向きはな」

 凄い。

 俺の気づかなかった情報を拾って、位置まで特定してしまうなんて。


 フェデリコさんは、しかし浮かない表情だ。

「ま、あくまでその可能性があるというだけの話だ。空振りの可能性もある。だが、この件は優先度を高めてもいいと考える。なにか意見は?」

「ありません」

「結構」

「直接乗り込むんですか?」

 俺がそう尋ねると、彼は苦い表情になった。

「君はどうしても血が見たいのか? そんなことをしたら、即座に戦闘になるぞ」

「でも人殺しですよ……」

「まずは周囲を監視して、連中の行動パターンを分析するのだ。いいか? 相手は領主の跡取りとつながっている。軽率な行動はするな」

「分かりました」


 すると干し肉をかじりながら、カエデさんがつぶやいた。

「どーせあたしにも手伝えって言うんでしょ?」

「話が早い。その通りだ。君にはそういう、コソコソ隠れてする仕事が向いてそうだからな」

「人を泥棒みたいに……」

「また短慮か。私は称賛しているのだよ。君のスキルは、確かに泥棒にも適しているかもしれない。だが、君の場合、どうもそうではないようじゃないか。悪用すればなんでも手に入るのに、絶対にそうしない」

 カエデさんは照れているのか、なんとも言えない顔になった。

「な、なんだよ急に……。おだててもなんも出ねーにゃ」

「というわけで監視は任せたぞ。杖も貸すから、連中の情報を詳細に記録してくれ」

「おい! お前、またあたしをタダで使おうとしてるだろ!」

 まあ俺も、どうせそんなことではないかと思っていた。


 フェデリコさんはしらけ顔だ。

「いいか? 君は使用人としては立派だが、どう考えてもこの家を私物化しているだろう。だいたい、なぜ君の椅子が私のものより立派なのだ?」

「あたしが一番働いてるからにゃあ」

「ふん。だが許そう。その代わり、君も労働力を提供したまえ。それで貸し借りナシだ」

「ンなこと言って、前も泥棒まがいのことやらされた気がするにゃ」

「適材適所というヤツだ。私には、ほかにもこなさねばならぬ事務仕事がある。私塾にも顔を出さねばならんしな。天才は忙しいのだ」

「はいはい」

 ジョヴァンニさんは元気だろうか。

 俺もたまには街に顔を出そう。


 *


 それからの毎夜、なぜか俺とカエデさんで監視することになった。


 該当の寺院からやや離れた場所。

 草で覆った穴倉にひそんで、彼らの動向をうかがうことにしたのだ。


「ったく、あの野郎、あたしを自分の手下かなんかだと勘違いしてるんじゃにゃいの?」

「手下じゃないんですか?」

「ちげーにゃ。あたしは自由にゃの。誰の命令も聞かねーにゃ」

「そうなんですか……」

 でも結局、フェデリコさんの言う通りに動いている。

 家に無料で住ませてもらっている以上、仕方がない。


「にしてもこの杖、ビンビンに反応してるにゃあ。どう考えてもあの寺院に魔法があるでしょ」

「間違いないですね。見たことないくらい光ってますよ」

 ちゃんと隠しておかないと、こちらの居場所がバレてしまいそうだ。


「けど、なんで夜なの? あんたらがバカ息子と出会ったのって昼間でしょ?」

「そうなんですけど。フェデリコさんが夜にしろって」

「根拠は?」

「御令嬢が殺された時間帯が、おそらく夜だから、ということです。なにかするなら夜だろうと」

「にゃるほどね。ま、その推測がアタリかどうかは知らにゃいけど、ホントに来たみたいだね」

「えっ?」

 カエデさんは、静かにするようジェスチャーをすると、目を閉じて耳をすませた。

 かすかに馬の蹄の音がする。

 来たのか。


 遠い上に暗くてほとんどなにも見えないが、ランタンの明かりが移動しているのだけは見えた。それは寺院に近づいてゆく。

 寺院はすでに崩落している。

 一見、使い物にならない。

 だが地下があるという。

 ランタンの明かりも、すぐに見えなくなった。


「なんも見えねーし、なんも聞こえねーにゃ。んで、なんなの? この杖がバキバキに光ってるってことと、あのバカ息子が寺院に来たってことを、ただ記録すればいいわけ?」

「ちゃんと時間も記録しろって」

「時間? だいぶ前に、寺院の鐘が鳴ってたけど……」

 寺院の鐘は、一日に三回鳴る。

 朝の六時、正午、夕方の六時。


 三つ目の鐘はすでに鳴った。

 まあ大雑把な情報だから、たいした記録にはならないのだが……。


「んおおっ? 杖がやべーくらい光ってるにゃ! なんだこれ? 爆発すんのかにゃ?」

「きっと地下で魔法を使ってるんでしょうね」

「なんでこんなに光るの? 引くにゃあ……」

 普段はうっすら黄色っぽく発光するだけなのに、いまは赤っぽく発光していた。

 この杖、ちゃんと機能してたんだなぁ。


 腹が鳴った。

 いつもなら寝てる時間に起きているせいで。


「なんだマルコ。腹が減ったのかにゃ?」

「我慢できます」

「兵糧丸やるにゃ。食え」

「なんですかこれ……」

 カエデさんは小さな球体を渡してきた。

 食べ物に見えない。

 というか泥団子じゃないだろうな……。

「ちゃんと食い物だにゃ。黙って食えにゃ」

「はい」

 口に入れた。

 が、やはり食べ物という感じがしない。硬質な無味の球体だ。クルミを殻のまま口に入れたような。

「ンな顔すんにゃ。そのうち味が出てくるから」

「あえ」

 大きすぎて返事もできない。

 だが、口に入れていると、本当に味がしてきた。ほのかにあまみとうまみ。あとなんだか生薬のような独特のかおり。空腹を紛らわすにはいいかもしれない。


「お、光がおさまってきた。結局、なんだったのにゃ?」

「ほへふぁ……」

「まあいいにゃ。このしょうもない記録をフェデリコの野郎に渡せば、またなんか言ってくるだろうし。バカ息子が帰ったら、あたしらも帰るにゃ」

「あえ」

「言おうかどうか迷ったけど、あんたいまとんでもないアホヅラだにゃあ」

「……」

 ひどい。

 生きているのだから腹も減る。

 そんなこと言わなくてもいいじゃないか。


 *


 廃墟で寝ていると、昼頃やってきたフェデリコさんに起こされた。

「記録を見せてくれ」

「あえ? ああ、フェデリコさん。おはようございます」

 麦わらを敷き詰めたベッドだ。

 カエデさんが作ってくれた。


「来たんだろう?」

「カエデさんから聞いたんですか?」

「いや。ヤツが毎週水曜日に外出しているという情報は事前につかんでいた。昨日はちょうど水曜だったからな。きっといただろうと思ってな」

 え?

 そんな情報をつかんでいたのか?


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「おっと、苦情は受け付けんぞ。君はいま、それなら水曜だけ見張ればいいじゃないかと考えたな? 否だ。他の日にどう動くかも観測しておかないと、情報の確かさを確認できない」

「はい……。記録してますよ。デスクに置いておいたはずですけど……」

「見よう。来てくれ」

「はい」

 あいかわらず強引な人だ。


 石段をおりて、メインホールに入った。

「カエデさんは?」

「どこにもいない。ま、ネコみたいな女だからな。気が向いたら戻ってくるだろう」


 デスクには、ちゃんと記録用紙が置かれていた。

「それです」

「バカ息子が到着してから、強い赤の発光アリ……か。なんらかの魔法が使用されたとみて間違いないな」

「はい」

「だが、これではまだ犯人とは断定できない。単に、魔法愛好家たちの秘密サークルかもしれないからな」

「あるんですか、そんなの?」

「たとえばの話だ」

 俺は犯人だと思う。

 調査を始めてから、あんなに杖が反応したことはなかった。

 さっさと乗り込んで証拠を押さえてしまえばいいのだ。


 話は終わったはずなのに、フェデリコさんは棒立ちしていた。

 天才は忙しいんじゃなかったのか?


「マルコくん、目はさめているか?」

「えっ? はい。もうさめました」

「そうか……。まあ座ってくれ」

「はい……」

 いつも食事をしている長テーブルについた。

 なんだろう、あらたまって。


「落ち着いて聞いて欲しいんだが……」

「えっ」

「座りたまえ」

「はい」

 思わず立ち上がっていた。

 内容は分からないが、どうせ悪い話をするつもりなのだろう。

「じつは街で、ちょっとした騒動になっていてな」

「騒動?」

「いつまでも事件が解決しないことに不安をおぼえた市民たちが、自主的に犯人捜しをおこなうと言い出したのだ」

「犯人捜しを……?」

「武装した有志たちで、とにかく魔族や異教徒をあぶりだそうというわけだ。ギルドにも依頼を出すらしい」

「それって……」

「最初のターゲットは、西の森だそうだ」

「止めなきゃ……」

「座りたまえ」

 また立ち上がっていた。

 だが、今度は座らなかった。

「だって、いま俺が動かなきゃ、西の森の魔女が……」

「君ひとりで街の全員と戦う気か? 軍隊とも?」

「必要ならそうします」

「待て。まだ時間はある。この天才が知恵を貸す。だから君の能力を、もっともくだらない方法で無駄遣いするな」

「……」

 なにか言い返したかった。

 だが、この人が本当に天才かどうかはともかく……。少なくとも俺の衝動よりも、賢い策を出してくるのは明白だった。


「座りたまえ」

「はい」

「真犯人を突き出さない限り、この流れは変わるまい」

「なら、昨日の寺院に乗り込みましょうよ。あそこに犯人がいるんですから」

「ダメだ。あそこは領主の息子が絡んでいる。もし空振りだった場合、単に魔女を救えなくなるだけでなく、俺たちまで全滅するぞ」

「じゃあどうすれば?」

 頭に血がのぼっている。

 冷静じゃない。

 それは分かっている。

 けれども、どうしても抑えきれそうになかった。


 カエデさんが戻ってきた。

「フェデリコの野郎の言う通り。あそこは空振りだにゃ」

「えっ?」

「さっきバレないように潜伏してきた。あそこは改造した回復魔法で気持ちよくなるだけの、変態どもの秘密サークルだったにゃ」

 秘密サークル?

 本当に?


 フェデリコさんも、なんとも言えない顔をしている。

「魔族がいるのか?」

「残念ながら、人間しかいねーにゃ。人間のお姉さんたちが一斉に回復魔法を使うだけの、いかがわしい場所だったにゃ」

 なんてことだ。

 紛らわしいのもここまで来ると死んで欲しいレベルだ。


 フェデリコさんも溜め息だ。

「つまりあいつは、毎週水曜日に、お姉さんたちから回復魔法を食らって気持ちよくなっていたということか?」

「何度も言わせんにゃ。さっきからそう言ってるでしょ」

「では、それを脅しのネタに使い、領主を動かすしかない。ここの領主は特に魔法嫌いだからな。自分の後継者がそんなものにハマっているなんて情報、流されたくはあるまい。あるいはバカ息子を脅すのでもいい。どちらを脅すにせよ、その力を使い、市民どもの愚挙を止めねばならない。問題は、どうやって仕向けるか、だが……」

 空振りではあったが、そんな情報にも使い道はあったということだ。


 俺はフェデリコさんの言葉を待った。

 カエデさんもじっと見守っている。


 外では鳥たちの鳴き声がした。


「くっ、ダメだ。なにも思いつかん」

「えっ?」

 フェデリコさんは頭を抱えてしまった。

「待て。私は天才だぞ。なにかあるはず。なにか……策が……」

「……」

 固まったまま動かなくなってしまった。


 カエデさんは暖炉の火を起こしはじめた。

「どうしても最悪の事態を避けたいときは、最悪から二番目くらいの策を受け入れるしかねーにゃ」

「どうすれば……」

「参加者をギルドで募集するんでしょ? あんたも参加してきなよ。少なくとも、怪しまれずに現場まで行けるわけだから。最悪の場合……時間稼ぎくらいはできるかもしれないし」


 本当に最悪だ。

 けど、フェデリコさんがこれだけ考えてなにも思いつけないのなら、おそらくムリなのだろう。

 だったら、魔女を逃がすために現場で戦うしかない。

 そんなの契約違反だし、ちっとも合法的じゃないけど……。街の人たちだって、勘違いで魔女を殺そうとしているのだ。俺だけが悪いわけじゃない。


 俺の命は、魔女に拾われたものだ。

 最後も魔女のために使うつもりでいる。


(続く)

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