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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
12/82

例の妹の兄

 フェデリコさんと俺とで観測が始まった。

 杖を見られるとマズいので、コソコソと。


「もし魔族が犯人じゃなかったら、どうするんですか?」

「またその話か……」


 移動しては観測。

 移動しては観測。

 その繰り返しだ。

 単調な作業で飽きてくる。

 無駄話も増える。


「俺にとっては重要なことです」

 フェデリコさんは、性格に問題があることは知っていたが、生徒には親切な人だと思っていた。

 だけど、その生徒まで自分のために利用するような人だったとしたら……。


 彼は杖を様々な方角へ向けて、記録用紙にチェックを入れていった。

「私は魔族さえ見つかればそれでいい」

「犯人を見つける気はないってことですか?」

「いや、その過程で犯人も見つかるだろう。私はその公算が高いと考えている」

「しょ、証拠は?」

 いかん、緊張してしまった。

 フェデリコさんにそんなこと言ったら、また論理的にどうだとか言われてしまうかもしれない。


 彼は杖の先端に偽装用の布をかぶせ、こちらへ向き直った。

「証拠はない。だが推定はできる。いいか? ここの領主もバカではない。最初から魔族の仕業と決めつけたりせず、証拠に基づいて調査をしたのだ。基本的な捜査は徹底的におこなわれた。にもかかわらず、まだ犯人が見つかっていない。つまり? そう。犯人は魔法使いということだ」

「凄い! きっとそうですよ!」

 この人は天才だ。

 間違いない。


 フェデリコさんは、しかし渋い表情だ。

「君はその……すぐ人の話を信じる癖を直したほうがいいな」

「えっ? 嘘だったんですか?」

「嘘ではない。だが、信じる前に、いくらか批判的な考察を加えたほうがいい」

「ひはんてきなこうさつ……?」

 急に難しいことを言うのをやめて欲しい。

 つらくなる。


「相手が嘘をついている可能性を想定するのだ。そうして疑って疑って疑いぬいた上で、それでも信用できるようなら、信用すればいい。だが、信用できないなら? 意見を保留にすればいい。否定してもいい。とにかく、話を聞いてすぐ、そのまま受け止めるのをやめよ」

「はい……。はい?」

 でも正しかったのに?

 なぜ怒られている?

 おうちに帰りたいのですが?


「そんな顔をするな。いま君は、稀代の天才とともに仕事をしているのだ。これは名誉だぞ」

「名誉?」

「俺の報告書は、王都で評判になっているらしいからな。動いているコアを目撃……いや少なくともその存在を確認した初の報告書だ。そこへ天才の考察を加え、内容を整理した。もし出版されれば、歴史に名をのこすことになるぞ。君の名も、助手として記録してやってもいい」

「ほへー」

 本にマルコという名前が載るのか。

 しかしマルコなんて名前、どこにでもある。どこのマルコだか分からないだろう。


「では助手のマルコくん、場所を移動しよう。ここはハズレだ」

「はい」

「言っておくが、この杖は絶対に必要だったぞ。もし観測所に届けられていたら、魔女の居場所が連中にバレていたはずだからな」

「分かってますよ」


 でも、少し反応があったからってそこへ行っても、この精度じゃ見つからなかったかもしれない。

 この杖はいまいち信用できない。


 *


 あちこち歩き回ったが、すべて空振りだった。

 へとへとだ。

 いや、俺以上にフェデリコさんのほうが疲れ切っていたけど。


「オラ、味噌汁だにゃ。飲め」

 カエデさんが味噌汁を出してくれた。

 もうほとんどカエデさんの自宅みたいになっている。彼女専用の椅子が一番立派だ。

「味噌汁以外にバリエーションはないのか……」

 フェデリコさんの苦情に、カエデさんも顔をしかめた。

「ねーにゃ。だいたい、女ってだけで家事を押し付けて、おめーらは最低だにゃ」

「ふん。また短慮か?」

「あ?」

「君が使用人をしているのは、女だからではない。マルコくんと違って、月謝をおさめていないからだ。君は生徒ですらない。屋根のある家に住めるだけ感謝したまえ」

「うるせー! いちおう感謝はしてるにゃ! 言い方が気に食わねーって言ってんのにゃ!」

「やかましくて困るな……」


 この二人、口論以外にすることはないのだろうか。


 ただ、カエデさんのおかげで生活の質が向上しているのは間違いなかった。味噌汁以外にも、パンも焼いてくれる。近所の人から焼き方を教えてもらったらしい。

 それに、麦わらを編んで靴やコートなども作ってしまう。

 本当になんでもできる。


「カエデさん、あとで雑草の靴の作り方教えてください」

「草履にゃ、草履! 雑草って言うにゃ!」

「あとなんで語尾がにゃなんですか?」

「うるせーにゃ。黙って飲め」

 黙って飲みます。


 *


 雨の日が増えてきた。

 魔族は見つからない。


 さすがのフェデリコさんも、死んだような目になってきた。

「ふむ……。また空振り、と」

 記録のつけかたも雑になってきた。羽ペンのインクがかすれているのも気にしていない。

「ずっと見つからなかったりして」

 俺の言葉に、彼は溜め息ともつかない鼻息をふいた。

「そうだな。相手は生き物だ。最初の観測データから移動した可能性もある。こんなことなら、最初から定点観測にしておけばよかった」


 草履は大活躍だった。

 歩いていると靴がダメになる。だから使い捨ての靴はとても重宝した。


「おい、お前たち。そこでなにをしている?」

 立派な馬に乗った男が近づいてきた。

 腰にサーベルをたずさえているから、おそらく兵士だろう。仕立てのいい服を着ている。馬を引き回す下僕までついている。


 フェデリコさんが溜め息をついた。

「馬上から無礼であろう。私は王都から派遣された研究者だ。学位もある。まずは下馬し、貴殿から名を名乗られよ」

 堂々とそんなことを言う。

 が、男は不快そうに眉をひそめるばかり。

「下馬せよだと? 下賤が、身分もわきまえずに。だが、ご希望とあらば名乗ろう。クリスティアーノ・アレア・デ・ラ・ヴェルデ。緑の辺境伯の長男、と言えば伝わるか?」

 領主の御令息だ。

 先日亡くなった御令嬢の兄にあたる。


 フェデリコさんは苦々しい表情ながら膝をついた。

「これは失礼いたしました。私は王都から派遣された研究者のフェデリコと申します。隣のデカブツは助手のマルコ」

「マルコです」

 俺も膝をついた。

 膝が逆だったかも。まあいいや。


 クリスティアーノさんはふんと鼻を鳴らした。

「次からは気をつけろ、下賤ども。で? まだ答えを聞いていないぞ。ここでなにをしていた?」

「遺跡を探しておりました。それが王都より授かった我が使命でして」

「クソみたいな仕事だな。金が欲しいなら妹の殺人犯でも捜したらどうだ? ま、見つからんと思うがな」

 まるで他人事だ。

「調査の折、なにか見つけましたらご報告いたします」

「……」

「なにか?」

「お前が質問するな。質問はこちらがする」

「はい」

 なんだこいつは! やたら偉そう!

 フェデリコさんより偉そう!


 男は俺たちをじろじろ見てから、続きも言わずに「行くぞ」と馬を進めてしまった。

 絶対に友達になりたくないタイプだ。


 フェデリコさんも舌打ちだ。

「ヤツが辺境伯のバカ息子だ。いまの辺境伯が死ねば、ヤツがここらの領主となる。不幸というほかない」

「最悪ですね」

「一説によると、妹を殺害したのはヤツだとも言われている」

「えっ?」

 たしかに性格は最悪だったが。

 妹を殺す?

 なぜ?


「じつは殺害された御令嬢には、婚姻の話が持ち上がっていてな。相手は黒の伯爵家の長子。つまり後継ぎだな。両家は長いことライバル関係にあり……。やっと和解するのかと思われた矢先、例の事件が起きた」

「えーと、結婚したらなにか問題だったんですか?」

「いや、問題はない。むしろ国にとっては争いの種がひとつ消えることになる」

「ならいいじゃないですか」

「基本的にはな。例外は、先ほどの凡愚だけだ。ヤツにとっては格下だった妹が、もし結婚すれば、自分と同格になってしまう。凡愚はプライドだけは高いからな。許せなかったのでは、というゴシップもある。ま、あくまで部外者による邪推でしかないがな」

 えっ?

 まったく理解できない。

「そんなことで殺します?」

「そんなことで殺すのもいるのだ。自分を基準に考えるな。他人の頭の中は、君が想像するより異常だぞ」

「はい……」

 たしかに、理解できないが、非合法の殺人をおかす人間もいる。

 たまに衛兵に捕まって牢獄に入れられている。

 ギルドで仕事を受ければ合法なのに。


 俺は遠ざかる馬をいつまでも見送った。

「あれ? でも、犯人って魔法使いなんですよね? さっきの人、魔族なんですか?」

「ひとつ訂正しておく。簡単な魔法なら、人間でも使える。そしてもう一点、ヤツは魔族ではない。だが、魔族または人間の魔法使いと結託して妹を殺害した可能性はある」

「ややこしくなってきましたね」

「ややこしくない。俺たちは魔力を観測すればいい。そこに魔法使いがいる。人間か、魔族かは分からんがな」

「フェデリコさんも魔法が使えるんですか?」

 そう尋ねると、彼はフッと白い歯で笑った。

「いいところに気づいたな。答えはイエスだ。天才だからな」


 ん?


 俺は杖にかぶせられた布をとった。

「この杖って、フェデリコさんの魔法に反応してたりしませんか?」

 だが、フェデリコさんは肩をすくめた。

「説明が必要か? 私はそんな初歩的なミスはせん。だいたい、私は魔法を使用していない。従って魔力も発していない。人間は、そうとう集中しなければ魔力を出せぬのだ。だが、魔族は違うぞ。臓器の一部に、魔力を蓄積する器官があってな……。それが、絶えず魔力を発している。消そうとして消せるものではない。必ず杖に反応する」

「知りませんでした」

「問題は、ノイズが多すぎるということだ。小さな反応がそこらにある。なのに中心だけが見当たらない。その大半が移動していると考えれば説明もつくが……」

「移動してるんですか?」

 俺の問いに、フェデリコさんは肩をすくめた。余裕のない顔で。

「おそらくな。つまり魔族が、この点の数だけいる、ということだ。俺たちを取り囲むようにな」

「えっ?」

「まあ正確には俺たちではなく、街を囲んでいると考えるのが自然だが。かつて人間社会を追われた魔族たちが、いまでも周辺で生活しているのだろう」


 俺が知らないだけで、いる、のか……。

 まあ閉鎖的なところで育った俺からすれば、あんな埃っぽい街に大量の人間が住んでるほうが驚きだけど。そう考えれば、街の外に魔族がいるほうがまだ説得力がある。


「その魔族を全員見つけて、話を聞くんですか?」

「いや、もう見当はついた」

「えっ」

「別荘に戻ろう。説明する」

 いま説明して欲しいのに。


 だが、フェデリコさんにもペースがあるのだろう。

 おとなしく従うしかない。


(続く)

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