その事件について
フェデリコさんの報告書は、王都へ送られた。
返事が来るまではしばらくかかる。
その間、俺はギルドの仕事を何件か引き受けた。荷馬車の護衛、決闘の手伝い、不法占拠者の強制排除。アルトゥーロさんとも一緒になった。
死者は一名も出なかった。
誰も荷馬車を襲撃しなかったし、決闘のときはハルバードを見ただけで相手が逃げ出してしまった。不法占拠者たちも素直に立ち退いてくれた。大きな武器は、それだけで威嚇の効果があるらしい。
お金だけが溜まっていった。
「少し見ないうちに、ずいぶん立派になったな、マルコ」
ある仕事の帰り、アルトゥーロさんたちと酒場に寄った。
「本当ですか?」
「ああ、堂々としたモンだぜ。冒険者なんてやってるのがもったいねぇくらいさ。体も立派だしな」
「それはたぶん、山で暮らしていたので」
周りの大人たちも、もう俺を子供とは扱わなくなった。
少なくともギルドでは、ハルバードを担いだマルコといえば、だいたい話が通じる。
エールを飲み干したアルトゥーロさんが、肩をすくめた。
「お前、兵士になったらどうだ?」
「兵士?」
「おうよ。兵士になれば、もう底辺だなんだとバカにされることもねぇ。収入も安定してるしな。まあ、最近妙な事件も増えちゃいるが……。でも戦争は確実に減ってる。考えてみる価値はあると思うぜ」
すると別のおじさんが笑った。
「そう言ってこいつをギルドから追い出して、ライバルを減らそうって魂胆だろ?」
「へへ、バレたか? あんまり活躍されると、俺たちに仕事が回ってこなくなるからな」
「ガハハ!」
おじさんたちは大笑い。
たぶん冗談だと思うけど。
もしかしたら、本気でそう考えている人もいるかもしれない。
俺が有名になって仕事を持っていくと、他の誰かの仕事が減る。
たった数件の仕事で有名になるのもおかしな話だが。
普通は、こんな短期間で仕事を受けないものらしい。一回稼いだら、しばらく遊んで暮らすんだとか。自由気ままなのが冒険者だ。俺みたいにガツガツしているのは煙たがられる。
*
フェデリコさんの別荘に帰ると、カエデさんが味噌汁を作っていた。
「なんかねぇ、あたし、農家にでもなった気分だよ」
「えっ?」
「お庭で豆を育て始めたの。それで味噌汁をこさえるんだにゃ。土をいじってると、すっごく和むよねぇ。ここらは天気も穏やかで、とっても住みやすいにゃ」
庭だけでなく、いろんなところが整頓されていた。
カエデさんはなんでもできる。開かなかったドアも、いつの間にか直っていたりする。
おかげで、だんだん廃墟ではなくなっている。
「あんまり派手にやると、税金を取られるんじゃ……」
「だとしても、税金を払うのはフェデリコの野郎だにゃ。あたしの懐は痛まないよ」
カエデさんらしい。
すると、バーンとドアが開いた。
「話は聞かせてもらった。君はクビにする」
「はぁ?」
現れたのはフェデリコさんだった。
普段は街で暮らしているはずなのに、なぜここへ?
「というのは冗談だが……。安心したまえ。家庭菜園くらいなら、税金をとられることはない。だいたい、ここは研究所として登記してあるのだ。農作物も研究品ということにすれば問題ない。それより、来るぞ、観測器が」
観測器?
ぼうっとしている俺たちに、フェデリコさんは眉をひそめた。
「魔力を観測するための機材だ。それを送ってよこすと言ってきた。表向きは遺跡調査のためだがな」
「い、いつ来るんですか?」
「分からんが、まあそのうち来る。途中で盗まれたりしなければな」
「大きいんですか?」
「いや。杖だよ。先端に魔法の石がついている。ただ、あまり精度が高くないのが難点でな」
フェデリコさんはデスクに腰をおろし、こちらを見た。
「だが、じつは解決して欲しい問題があってな。杖の送り先が、ここではなく、観測所になっている。このままでは我々の手に入らん」
「えっ?」
「そこで、二人に依頼がある。杖が観測所に届く前に、入手して欲しいのだ」
「えっ?」
「おそらく馬車で配達される。その馬車が観測所に到着する前に、受け取って欲しい。もちろん配達人に気づかれてはいけない。誰も傷つけることなく、走行中の馬車から杖を手に入れるのだ」
どうやって?
常識的に考えて不可能なオーダーだ。
そもそも違法では?
カエデさんもあきれている。
「学者先生よぉ、言うは易しだけど、そんなこと、どうやってやれっていうの? 魔法でも使えって言うのかにゃ?」
フェデリコさんは余裕の笑みだ。
「キーとなるのは君だよ、カエデくん。君は遺跡で知識の箱を開けたな? あれは通常、機械人形によじのぼってやっと手が届く位置に設置されている。ところが君は、足場がないにも関わらず、そこへ到達した。どうやった? きっと君は、なにか特別な訓練をつんだ人間なんだろう」
「うんにゃ。あたしは味噌汁を煮るしか取り柄のない女だよ」
「それでも構わんさ。君なら、杖を手に入れることができるんだからな」
「やんねーにゃ」
ヘソを曲げてしまった。
フェデリコさんは、それでも策があるのか、微塵も動じていない。
「もし杖が手に入らなかった場合、我々の計画は失敗に終わる。もちろん利益はゼロだ。のみならず、精度が高くないとはいえ、既存の観測器よりは性能がいいからな。いままでバレていなかった森の魔女の居場所が、観測所に知られることになるだろう」
俺は思わず立ち上がった。
「待ってください。それは絶対にダメです」
「ではどうする? 杖を手に入れるのか?」
「俺はやります」
これは窃盗だ。
法律に違反するかもしれない。
それでも、魔女の存在を知られるよりはマシだ。俺はそのためなら法律を無視するつもりでいる。
フェデリコさんは、しかし「ダメだ」と突っぱねた。
「君のやり方では配達人を殺すだろう。カエデくんでなければ、この作戦を成功させることはできない」
「……」
しばし無言のときが流れた。
遠くで犬が鳴いている。
カエデさんが、はぁーと長い溜め息をついた。
「やんねーにゃ。けど、念のため詳細だけ聞いておくにゃ。その馬車はいつ、どのルートを通る予定なの?」
「順調に行けば七日後の昼、街に到着する」
「白昼堂々やるのはバカだけにゃ。もしあたしがやるなら、もっと手前で、暗いうちにぶんどるね」
「たとえばどんなプランがある?」
「相手が誰であろうと、手の内を明かすのもバカだけだにゃ」
だが、カエデさんは手の内を教えてくれた。
日が落ちてきたころ、強烈な音と光で、ウマを驚かせて馬車を止める。そして荷台に入り込み、杖を手に入れる。
それだけ。
もし墓の近くでやれば説得力も増すという。都合よく墓があれば。
「なるほど、墓地か。であれば、隣の村を出てすぐに、戦没者を埋葬した共同墓地があるな。墓標の代わりに槍が刺さった不気味な場所だ」
フェデリコさんがそう告げると、カエデさんもうなずいた。
「ならそこにする。マルコは留守番でいいよ。あたしが一人でやるから。その代わり、500リラは全部もらうにゃ」
俺は1リラもいらない。
誰も魔女に手を出さないようになるなら、それでいいのだから。
*
数日後、杖が手に入った。
カエデさんはいつの間にか出て行って、いつの間にか帰っていた。
「やはりな。君は普通の女ではないな」
「普通じゃねーのは認めるにゃ」
こんなに簡単にやってのけるとは。
本当に普通じゃない。
フェデリコさんは、廃墟の外に出て、杖を構えた。先端に宝石のはめ込まれた木製の杖だ。
「ふんふん。なるほど。見たまえ、かすかに反応がある」
「本当ですか?」
俺は喜んで反応した……が、すぐにそのことを後悔した。
フェデリコさんは、杖の先端を西の森に向けていたからだ。
透明だった宝石は、うっすらと黄色く発光していた。
「かすかだが、魔女の魔力に反応している」
「やめてください!」
そこに魔女がいるなんてことは分かっているのだ。
悪い冗談はやめて欲しい。
「なぜだ? 事前に試運転をして、正しく反応するか確認する必要があるだろう。この観測器は信用できるということだ」
「もういいですから」
誰かにバレそうでイヤだった。
それは、本来なら俺だけが知っていればいい情報だ。
「分かった分かった。そんなに怒らないでくれ。君はもう少し、感情をコントロールすることをおぼえたほうがいいな」
「はい……」
おそらくそうなんだろう。
だが、この件に関しては……。どうしようもない気持ちになる。
フェデリコさんは方向を変えて、杖をかざした。
「ふーむ……。いまいちだな。たとえば遺跡の方向へ向けてみよう。少し反応があるな? だが、遺跡そのものの魔力に反応しているのか、あるいは別のなにかに反応しているのか、なにも断定できない。それをふまえた上で、こう……ぐるっと回してみると……。いくつか反応があるものの、やはりどれも正体が分からない。近くに行って、この目で確認せん限りはな。やはりすべての反応を記録して、ひとつずつ確認していくしかなさそうだ」
めんどくさそうだ。
俺が傍観していると、フェデリコさんは眉をひそめた。
「どうした? 君も参加するんだぞ? 魔女を救いたくないのか?」
「救いたいです」
「結構。では紙とペンを持ってきたまえ。方角を合わせて、反応の強さを記録する」
「はい」
*
記録は細かかった。
杖の先端を動かしていって、少しでも反応があれば、方角を再計算して記録していった。
だが、やはり杖の精度は高くないらしく、細かい強度を拾いきれなかった。発光の度合いを目で確認するしかないから、どれも「感度弱」という記録になった。
「分かってはいたが……。なんとも頼りないデータだな。ハッキリ言って、どれも反応が薄い。西の魔女でさえ、他の連中と変わらぬ反応ではないか。君の育ての母は、本当に魔女なのか?」
「俺はそう思ってますけど」
「であれば、かつて名をはせた西の魔女はとっくに死んでいて、そのあとから来た別の魔族が君の育ての母かもしれない」
その可能性は否定できない。
あの魔女は、実際に魔族ではあったが、大魔法使いという感じではなかった。間違いなく魔法は使っていたが……。暖炉の火を起こしたり、小動物をミンチにしたりと、生活に必要な魔法しか使っていなかった。
廃墟の中に戻ると、カエデさんが食事を出してくれた。
「見っかったかにゃ?」
「まだです。なんか反応が薄くて」
俺がそう告げると、フェデリコさんが「ふん」と鼻を鳴らした。
「しかし現状、あれ以上の方法がない。魔力の扱いは、人類には難しいものなのだ」
人類には……。
魔族なら?
いや、ダメだ。
手を貸してくれるわけがない。
俺はもう、魔女に頼ってはいけないのだ。そう言われたのだから。
カエデさんは記録用紙を覗き込んできた。
「んじゃ、ひとつずつ調べるしかないってことかにゃ」
「すべてを調べる必要はない。たとえば、図面のこちら側は、大部分が人の領域。魔族が潜伏しているとは考えにくい。そしてこれは遺跡の反応。これも、これも、これも……これもそうだ。省いていいだろう」
フェデリコさんの説明に、カエデさんはうなずかなかった。
「ホントに省いていいのかにゃあ? 遺跡に隠れてる可能性もあるんじゃにゃいの?」
「その通り。だが、いまは優先度をつけて行動したい。他を優先して、それでも見つからなければ、いま省いた地点を調べればいい」
*
雲をつかむような話だ。
そもそもの事件についても、じつはよく分かっていない。
俺が知らないだけじゃなく、誰にも分かっていないのだ。
ある日、領主の御令嬢が失踪した。
領主はすぐさま捜索隊を組織し、周囲を探させた。
もちろん見つからず。
数日後、街の広場に、謎の箱が置かれた。
箱の脇には、失踪者のものとおぼしき着衣と宝飾品。誕生日に両親がプレゼントしたネックレスも添えられていたことから、本人の私物であることが確定している。
そして箱の中身は、もはや原形をとどめぬミンチ肉。
だから、その肉が御令嬢であるかどうか、誰にも分かっていないのだ。
遺留品を手掛かりに、御令嬢であると推定されただけ。
専門家が頭蓋骨の復元を試みたが、当人かどうかは断定できなかった。
替え玉の可能性もある。
だが領主は当人であると断定し、犯人の捜索に乗り出した。
懸賞金は3000リラ。有力な情報には500リラ。
フェデリコさんに言わせれば、さほど高い額ではないらしい。領主がどういうつもりなのかは分からない。ただケチなだけかもしれない。
*
「けど、フェデリコさん。魔族がやったって証拠はないんですよね?」
俺が尋ねると、彼は目を細めた。
「気づいたか? 魔族の仕業というのは、街の連中が勝手に言っているだけだ。あるいは異教徒の仕業だとな。あの陰惨な事件を、自分たちとは違う誰かのせいにしたくて必死なのだ」
「じゃあ魔法の痕跡を探しても、空振りの可能性があるんじゃ……」
「ああ。だが、魔族は見つかる」
「えっ?」
フェデリコさんは冷酷な目をしていた。
まさか、犯人なんか見つからなくてもいいと思っているのでは? 彼が本当に捜したいのは、魔族……。そのための杖が欲しかったから、魔女の話を持ち出して俺たちを巻き込んだんじゃ……。
「マルコくん、私は天才だぞ」
「はい」
「その私が計画を立てたのだ。不満があるなら、論理的に問題点を指摘したまえ。ま、指摘されたところで、最終的な判断をするのもこの私だがな」
「フェデリコさん、もしかして俺たちを利用してるだけなんじゃ……」
彼は白い歯を見せて笑った。
「それは質問か? そしてその質問を、否定して欲しいのかな? だが、私は否定しない。それで?」
「……」
「どうした? 次の展開はないのか? もし私の答えがイエスだった場合、どうするかも考えておくべきだったな。次回からそうしたまえ」
「……」
騙したのか?
嘘つきだったのか?
俺は、そんな人間を許していいのか……?
(続く)