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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
10/82

計画

 廃墟……いや別荘に戻り、フェデリコさんからサインをもらった。

 これで依頼は達成。

 100リラ手に入る。それをカエデさんと半分こして50リラ。


「あの、フェデリコさん……」

 サインをもらったあと、俺が呼びかけると、彼は不審そうに目を細めた。

「なんだ?」

「もし……もしもの話なんですけど……」

「なんだ?」

「これホントにもしもの話であって、想像上の話なんですけど……」

「いいから言いたまえ」

 さすがに怒らせてしまった。

 でも、慎重にならないといけない話だ。


「あの、もし、俺が魔女を見た……ことがあるって言ったら、どうします?」

「ほう」

 バカにされるかと思ったが、そんなことはなかった。

 フェデリコさんはしばし黙考したのち、こう告げた。

「ま、事実なら居場所を知りたくはあるな。人類には不可能なことが、彼女たちには可能だからな。だが、会うのはリスクが高い。命の奪い合いになる」

「い、命の奪い合い……!?」

「理由はすでに説明した」

「はい」

 歴史上、ずっとそうなのだ。

 仕方がない。


 土に埋まっていたほうの母は、魔女に殺されたらしい。

 だが、契約の結果そうなった。魔族と契約したのに、支払うものがなかったから、命で支払ったのだ。その結果、死んだ。憎しみで殺害されたのではない。

 魔女は、本当に悪い人なのだろうか?


 フェデリコさんは溜め息をついた。

「だが、マルコくん。その話は決して街ではするな」

「えっ?」

「もしもの話だとしても、かなり危険だ。辺境伯の娘が、魔法としか思えない方法で殺された。魔女がいるとなれば、即座に狩りが始まるぞ。みんな犯人を見つけたくてうずうずしているからな」

「……」

「重要なのは、そのあとだ。もし魔女がおらず、狩りが空振りで終わったとすれば? 君は風説の流布により、巨額の賠償金を請求されるかもしれない。あるいは、なんらかの罪に問われ、牢にぶちこまれるかもしれない。だから、絶対に、街では言うな」

「は、はい! そうします!」

 危なかった。

 フェデリコさんに言われなければ、いろんな人に魔女のことを相談していたかもしれない。

 そうだ。

 いま、街の人たちは不安に駆り立てられている。

 魔女の話なんてすべきじゃない。


 フェデリコさんはなんとも言えない目でこちらを見ていた。

「私は少し作業をしてから帰る。君は先に街へ行きたまえ。ああ、もし宿がないならここで寝泊まりしてもいいぞ」

「えっ? いいんですか?」

「私は生徒を大事にする主義でね。もっと正確に言えば、毎月50リラの金づるだ。そこらで死なれては困るのだよ。今回みたいに、私の依頼を引き受けてくれる貴重な存在でもあるしな」

「ありがとうございます!」

 やった!

 これで野宿せずに済む!

 街までは少し遠いけど、歩けない距離ではない。


 *


 廃墟を出ると、後ろからカエデさんもついてきた。

「一緒に来るんですか?」

「お金、受け取らないとだから」

 斜め上を見ながらそんなことを言う。


 まだ日は高いけど、遠くが少し朱に染まりかけている。

 お金を受け取って戻ってくるころには日が暮れているかもしれない。


 カエデさんは、隣に立とうとしない。ずっと後ろにいる。気配が気になって仕方がない。


「ねえ、マルコ」

「はい」

「魔女の居場所、知ってるの?」

「えっ?」

 世間話でもするのかと思いきや、急にそんな話を……。


「ダメですよ、カエデさん。その話はしないんですから」

「あんた、街の人間じゃないよにゃ?」

「違いますけど」

「この辺の生まれなのかにゃ?」

「まあ、近いと言えば近いですけど」

「一日で行ける?」

「半日あれば」

 なんだ?

 なにを聞かれているんだ?

「方向で言うと、どっちのほう?」

「あっちですよ。日の沈むほう」

「西の森かぁ」

「はい……」

 寒気がしてきた。

 まさかとは思うけど……。

 え、でもそんなはず……。


「あの、カエデさん、なんか怖いこと考えてます?」

「怖いこと?」

 振り返ると、カエデさんは作ったような笑みを浮かべていた。

「なんで俺の故郷について聞いたんです?」

「一緒に仕事する仲間じゃん。知りたいと思わない? あたしだって、海の向こうから来たって教えたでしょ?」

「はい」

「それと同じ。深い意味はないにゃ」

「はい……」


 *


 カエデさんと別れて街に入った。

 広場では、宣伝のおじさんが声を張り上げていた。有力な情報には最大500リラ。魔女の居場所を告げ口すれば、大金が入るかもしれない。


 怖い。

 なにも起きないで欲しい。


 ギルドに入って、おばさんにサインを見せた。

「おや、無事だったかい。ちょうどあのあたりで火の手があがったって情報があったから、心配してたんだよ。なんかあったのかい?」

「いえ……」

「なんだい、浮かない顔して。学者先生になんか言われたのかい? 気にするこたないよ。お偉いさんには、庶民の気持ちなんて分からないもんさ。ほら、これが今回の報酬だよ。一晩で使うんじゃないよ」

「はい」

 麻袋を受け取った。

 ずっしりと重い。

 働いて、稼いだお金。


 *


 屋台でタマゴのパンを買って食べた。

 一つ1リラ。それを五つも食べてしまった。食べなければ食べないで我慢できるのに、食べ始めるともっと食べたくなる。不思議だ。街の食べ物はなんでもおいしいし。


 街を出ると、カエデさんが楽器を弾いていた。

 テン、テン、テテテン、と、不思議な音色。


「お金、もらってきました」

「ん。じゃあ半分よこすにゃ」

 演奏しながらそう言った。

 俺は……だけど動けなかった。

「カエデさん」

「にゃに?」

「告げ口、しませんよね?」

「……」

 テケテン、と、楽器が鳴って、演奏が終わった。


 カエデさんはゆっくりと立ちあがった。

「あたしは誰の命令も聞かねーにゃ」

「もしそんなことをしたら……」

「なんだにゃ? 殺すのかにゃ?」

「……」

 イエス。

 だが、それが合法かどうか分からない。

 いや、仮に違法だったとして……。止めないといけない気がする。


 たくさんの兵士が、山に入ってきてしまう。

 そんな未来、俺は望まない。


 カエデさんは敵意はないとばかりに両腕を開いた。

「そう警戒するにゃ。あたしはね、情報が欲しいだけなの。おっきな事件に巻き込まれないように、小さな情報も聞き逃さにゃい。そうして生き延びてきたの。魔女そのものに興味があるわけじゃねーにゃ」

「けど、お金には興味ありますよね?」

 つい、本音が出てしまう。

 本音以上のものも。


 カエデさんは、それでも笑っていた。

「否定しにゃいよ。けどね、もっと大事なものがあるよ? それは自分の命。妙なことして仲間に後ろから刺されたくないし。お金は生きるために大事なものなのに、そんなモンのために死んでたら意味ねーにゃ」

 ギルドのおばさんと同じことを言っている。


「じゃ、じゃあ……どうするんです……?」

「どーもしねーにゃ。もしあんたが魔女の関係者で、かばってるんだとしてもね」

「な、なぜそれを……」

「そういうところだよ。ちゃんと否定しなきゃ。いまのじゃ絶対街のヤツらにもバレるよ?」

「……」

 この人、分かっていて俺を翻弄しているのか?


 荷物をまとめ始めた。

「ほら、別荘に帰るよ。言っとくけど、あの学者先生も気づいてるからね。気づいてないフリしてくれてるけどにゃ」

「二人とも、どうやって知ったんです!?」

「あのね……。あんた、分かりやすいのよ。もっとごまかすこと覚えなきゃ」

「ああ、終わりだ! もう終わりだ!」

 殺さなきゃ……。

 気づいた人間、全員殺さなきゃ……。


 けど、全員って?


 カエデさんを?

 フェデリコさんを?


「もー、深刻に考えすぎなんだにゃあ。世界はそんな極端にはできてねーにゃ。ほら、帰るよ。このまま日が暮れたら、絶対にウマのクソ踏むよ?」

「イヤです……」

「じゃあ帰るよ」

「はい」


 *


「ただいま戻りました」


 廃墟では、まだフェデリコさんが報告書を書いていた。


「む? もうそんな時間か……」

「フェデリコさん、相談があります」

「待て待て。いまの私は、極度の頭脳労働により、深刻な疲労状態にある。さらに負担をかけるつもりなら、明日にしてくれないか?」

「明日……」

 ちゃんと説明できるだろうか?

 なにか忘れてしまいそうな……。


 フェデリコさんは盛大な溜め息だ。

「分かった分かった。そんな顔をするな。言いたまえ。その程度の余力はある」

「ありがとうございます。じつは西の森の魔女は、俺の母なんです。あ、でも実際の母じゃなくて……」

 すると彼は、手で制するようなジェスチャーをした。

「育ての親、ということだろう。先日の相談の続きというわけだな」

「はい! そうです! フェデリコさん、なんでも分かっちゃうんですね?」

 やはり天才だ。

 性格以外は完璧かもしれない。

「ま、一般的な推論だ。確証はなかった。いくつか想定した仮説のひとつが的中しただけで、心を読めるわけでも、未来が見えるわけでもない」

「でも凄いです! その上で、ご相談なんですけども……」

「魔女を救いたいと?」

「はい!」


 フェデリコさんは「ふむ」とうなった。

「おそらく君の母は、辺境伯の娘を殺していない。犯人は別の魔族なんだろう」

「絶対そうです! 一緒に住んでましたから! あの人は、そんなことしてません!」

「だが、残念なことに、街の連中は魔族を探すのに必死だ。しかもたいていの凡愚……つまり街の住民にとって、事実がどうだろうと関係ない。本物と偽物を見分けるだけの頭もないからな。似ていれば、それだけで同じものだと判断してしまう。魔族なら誰でも犯人とみなすだろう」

「となると、あの街の市民を殺すしか……」

「待て待て。連中は確かに愚かだが、命を奪われるほどの罪はおかしていない。いまのところは、まだな。もし市民に手を出せば、君だけが悪人になるぞ。善悪という主観的な言葉が嫌いなら、違法行為と言い換えてもいい。犯罪者だ。救いようがない」

 それはマズい。

 すべては合法的でなければ。


「シンプルに問題を解決したいなら、我々の手で真犯人を見つけることだな」

「真犯人?」

「もうひとりの魔族だよ。いや、一人かどうかは分からないが。とにかく君の育ての親以外の魔族だ。なにか心当たりは?」

「ありません」

 あの魔女はずっと森にいた。

 たまにどこかへ出かけるが、森からは出ていないはずだ。

 たぶん。

 俺も他の誰とも会ったことがない。いや、会ったかも? いまいち記憶にない。たぶんない。


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「人類は魔力を扱うのが苦手でな。たいていの場合、基礎的な魔法さえ使えない。だが、専用の機材があれば、能力を補強できる」

「機材? それは、どこで手に入ります?」

「焦るな。今回、我々は遺跡で歴史的な瞬間を目撃したな? 私はそれを完璧な報告書に仕上げる。すると王都は、より詳しい情報を欲し、機材を送ってよこすはずだ。その機材を使う。これが私の計画だ」

 凄い!

 よく分からないけど天才だ!

「ありがとうございます! お願いします!」

「礼はいい。犯人を見つければ3000リラだからな。それでチャラにしよう」

 え、全部持っていくつもりなのか……?

 凄い!

 いや、凄くないのか?


 カエデさんはまた困ったネコみたいな顔だ。

「うわー、ドケチ。あたしらには1リラもよこさねー気だにゃ。そんなん絶対手伝わねーにゃ」

 フェデリコさんは肩をすくめた。

「なぜそう短慮する? 理解に苦しむな」

「んだとオラァ!」

「有力な情報には500リラが支払われるのだ。つまり? そう。機材を使い、あらかじめ犯人の情報を特定した上で、君たちは領主に情報を提供すればいい。これで500リラ。そのあと、あらためて我々で犯人を捕まえる。これでさらに3000リラ。どうだ? まさか不満かな? すべて私の能力で解決するというのに?」

「チッ、しゃーねーにゃ。それで手を打つにゃ」


 凄い!

 天才だ!

 なんだかズルい気もするが。


「よし。話はまとまったな? では、君たちがすべきことはただひとつ。私の報告書の邪魔をしないことだ。私の書く報告書が、未来を左右するのだからな」

「はい!」

 邪魔をしない!

 今日はもう寝る!

 全部うまくいく予感がする!


(続く)

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