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誰鬼

作者: 雉白書屋

 むかしむかしのはなし。ある村に産まれた男の子は父と母の愛情を受け、すくすくと育ったものの、他の子供と比べて体が小さかった。本人がそれを気にする年頃になると、両親と言い争いになることがしばしばあった。自尊心だけが膨らんでいき、ある時、彼は村を出ることを決心した。

 両親は彼を心配して引き留めるのだが、「おやめ、子供と見間違われちまうよ」なんて無神経なことを言うものだから、また言い争いになった。

「おれは都に行き、一旗揚げてやるんだ!」と彼は宣言し、手を振り解くと、ずんずんと歩いて行ったのだった。

 さて、一旗揚げるとはいったものの具体的な計画はなかった。

 家から持ち出した金も途中の茶屋や宿で使ってしまい、都に着いたころには懐はすっからかん。胃の中も空っぽで、あわや行き倒れというところだったが、美しい娘が肩を貸し、近くの飯屋でごちそうしてくれた。心もまた美しいというわけ。

 彼は娘に礼を言い、お近づきになろうとしたが、娘はあっさりと別れを告げた。名前と、どこの家の娘なのかは聞き出すことができたものの、実に惜しい。あの娘……と、別れた後も尾を引き、彼はどうにかあの娘と結婚する方法がないものかと考えつつ歩き続けた。そうしているうちに、いつの間にか日が暮れ、彼は都の外れに来ていた。辺りには人けがなく、何だか不気味な雰囲気。鴉がガアガア鳴き、身震いした彼は都に戻ろうと思い、踵を返そうとした。その時だった。彼は野盗の集団に取り囲まれてしまった。


「お、お、おおお助けあそばせ!」


 膝をつき、ブルブル震えながら命乞いをする彼。それを見て、男たちは大笑いした。しかし、目だけは笑っていない。彼には分かる。あれは捕食者の目だ。ああ、もうおしまいだ、と彼は絶望した。しかし、彼が苦し紛れに口にした言葉が野盗たちの笑いを止めた。


「おい、お前。今言ったことは本当か? あの屋敷の娘と仲がいいと」


「え? ええ、ええ! はい! 本当です! あの子はね、私に大きな恩がありましてねぇ。誘い出すくらいなんてことはないですよ、ええ」


 死の恐怖からくるアドレナリンと自分が吐いた嘘に彼は気分がよくなった。調子に乗り、「あの娘は自分に惚れてるんで、何でも言うことを聞きますよ」と口走りそうになり、彼は慌てて唇をきゅっと結んだ。人間は信じたいものを信じる性質とはいえ、過ぎると真実味が薄れてしまう。嘘つきの彼は程度というものがよくわかっていた。

 さてもちろん、恩があるのは娘ではなく彼のほうであるが、彼は娘をうまく連れ出すことができた。「恩を返したい」「とっても綺麗な場所を見つけたんだ」「君に見せたい」と、いった嘘で騙せたのは彼の口が達者だったというよりは、娘の人がいいからであった。

 彼が連れて行った場所で彼女を待っていたのは、美しさとは縁遠い醜悪な野盗たちだった。そんな彼らよりもさらに醜い彼はというと、サッと姿を消していた。

 野盗のねぐらに連れていかれた娘。「安心しろ。身代金を頂くまでは大事にしてやる」と、そのほかにも脅し言葉をたっぷりと浴びせられれば涙の重さに沈むほかなし。


「あっしが明日、あのの親のもとに行き、伝えてきましょう。なに、一晩やきもきさせておけば、すんなり支払いますって。さあ、前祝いです。じゃんじゃん飲んでください。へっへっへ」と、酒を大量に持ってきてちゃっかり、野盗たちの宴会に加わった彼は嘘だけでなく、おだてるのも上手だった。野盗たちは酒をたらふく飲んで、腹をちゃぷちゃぷと鳴らし、やがて眠りこけてしまった。

 さてさてさてと、しめしめしめ。彼は野盗たちの刀を拝借し、無防備なその喉に突き立て、ひとりひとり始末していった。翌朝、別室に閉じ込められていた娘は彼に揺り起こされ「やあ、助けに来たよ」と言われれば、緊張が解け、そして朝日の魔法にかかり、はて、そもそも彼について行かなければ……などという考えも浮かばず「さ、手を取って」と言われたら「はい」と答え、差し出されたその手を取り、結婚してくれと言われれば、これまた「はい」とはい、はい、はい。あれよあれよという間に、彼は都に堂々と構える屋敷の跡継ぎとなった。

 彼は始めは熱心に働いていたが、妻の両親が亡くなると徐々に本性を露わにし、やれ酒だ、やれ飯だ、やれ金だと欲に溺れ、彼の小さかった体はぶくぶくと大きく膨らみ、一方で妻はやせ衰え、子を産み落とすとそのまま死んだ。

 ちょうどその頃に、彼の両親が噂を聞きつけ様子を見に訪ねてきたので、彼はちょうどいいとばかりに産まれた子を押し付け、両親を追い払った。


 これにて、めでたしめでたし。彼は平穏な日々を送った。

 ……しかし、ある夜のこと。


「ふがっ」

 

 彼は目を覚ました。それは生存本能が危険を察知したのか、それとも獣の匂いを嗅いだためか。目を凝らせば、暗がりに四つの影があった。

 そのうちの一つが彼の前に進み出て、あどけない声でこう言った。


「おじいさんとおばあさんに意地悪をしたのはあなたですね?」


 次いで進み出た犬顔、猿顔、鳥顔の若い男たち。彼ら四人の手には、刀が握られていた。

 ザックザク。ザックザクザクザクザクザク……。財宝を手にしたその子の名は桃太郎。指示役である、おじいさんとおばさんのもとへ帰り、これにて、めでたしめでたし。

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