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同姓同名

作者: 雉白書屋

「お、俳優が来た!」

「よっ、今日、学校終わったら収録かぁ!?」

「フォー! 浩平くぅんー!」

「ドラマおもしろかったよー!」


「いやー、ははは……」


 朝。とある小学校。鈴木浩平少年は教室に入った瞬間、このように熱烈な歓迎を受けた。

 彼らクラスメイトが言うテレビドラマ。それは昨夜放送された小学校を舞台にした言わば学園ドラマである。まだ第一話目だがネットの評価は上々。実際、このクラスでも流行の兆しを見せていた。

 ただ、面白いだけでなく、その大きな理由が一つあった。それは彼、鈴木少年がドラマに出演しているから……ではない。彼は役者でもなければなんでもない、ごく普通の小学生。

 ただ、彼の名前と年齢がそのドラマの登場人物と完全に一致しているのだ。おまけに……


「小寺ー! 名女優!」

「アカデミー賞狙い!」

「小寺佳純ちゃーん!」

「ドラマの現場で出会って結婚とかあるらしいぜ!」

「ええー!? 付き合っちゃうのー!」


 もう一人、ドラマの登場人物と名前が完全一致している女の子がこのクラスにはいた。

 この奇跡に興奮しない小学生がいないわけがない。

 尤も、ただの偶然だ。国全体の小学生の数を考えれば、そういうこともあり得るだろう。しかし彼、鈴木少年はこれを運命だと思った。元々彼女、小寺少女を好いていたのだ。囃し立てる周りに照れ笑い。締まりのない顔。小寺少女も嫌な顔はしなかったが、それは空気を壊さないようにとの周囲に気遣いができる知性を持ち合わせていたのと、ドラマのヒロイン的な立場にはまあ、悪い気はしないという感情からで、鈴木少年に対してなんの意識もしていなかった。

 ドラマの鈴木浩平は将来美形、安心安全保証といった整った顔立ちをしていたが、この教室の鈴木少年は無論、子供ゆえ、先はどう化けるかはわからないが今はお世辞にも美形とは言えない、キツネに近い顔立ちである。

 やがて、教室にやってきた先生も二人を少し揶揄し笑いを取り、また無関係であるのにどこか誇らしげ。自分もドラマに出ているような気分であった。

 無論。子供は熱しやすく飽きっぽい。例に漏れず、この熱もそう長くは続かなかったが、ドラマの放送翌日に再燃。放送終了日まできっとこの話題は無くならないと鈴木少年は確信した。

 小寺少女とも話す機会が増え、もしかしたら本当に付き合うことになるかもしれない。ドラマの流れ次第ではあるけど……と、終始ソワソワ。浮足立っていた。

 ドラマ放送日になると録画はもちろん、テレビを食らいつくように見て、母親に諌められることもしばしば。メモを取りセリフを完璧に覚え、翌日の教室でモノマネを披露し、みんなの期待に応えたりもした。尤も、本人は半ばモノマネと思っておらず、自分は本当にあのドラマの主役なのだと錯覚を抱き始めており、まさにドラマティックな日々が続いていた。

 とは言え、前述の通り。小学生は飽きっぽい。すでに女子連中の関心はなく、小寺少女も普通に過ごしている。男子の熱量も初回に比べ控えめであり、このまま行くと一人舞い上がっている鈴木少年は煙たがられていただろう。

 が、ある日突然、テコ入れとでもいうのか変化が訪れる。


「転校生を紹介するぞ!」


 そう、彼らのクラスに転校生がやって来たのだ。ウキウキ顔で先生が黒板に書いた転校生のその名前を見た鈴木少年はギョッとした。


「……えー、桜庭翔真です。よろしくお願いします」


 桜庭少年。彼もまたドラマの登場人物と同姓同名であったのだ。

 どよめくクラスに桜庭少年はどこか不思議そうだが皆が沸くのは当然。ついに主役が登場したのだから。

 そう、そのドラマ自体には転校生というものは登場していないのだが、この現実のクラスに転校してきた彼の名はドラマの主役格と同姓同名。しかも先のヒロインを務める女の子、小寺少女と恋仲、そんな気配があるのだ。

 おまけにこっちの彼、桜庭少年もその役者同様、アイドルかと思うほど顔が整っている。

 ちらりと小寺少女に目を向ける鈴木少年。彼女の席の周りの生徒らに揶揄されたのだろう、彼女の顔はほのかに桜色に染まり、眩しい笑顔を見せていた。

 と、ちなみに鈴木少年は、否、ドラマの中の鈴木浩平はドラマ内の序列で言うと六番手くらい。レギュラーではあるが、主役格ではない。もしかしたらいずれ彼をメインとした話の回があるかもしれないが今のところパッとしない役柄である。これまで鈴木少年が持て囃されてきたのは主役不在故。同姓同名が二人。それだけで十分センセーショナル。

 しかし今、小寺少女と並ぶ主役格の登場に彼、鈴木少年は足元の床が崩れ落ちる錯覚を抱いていた。

 その後はどこか上の空。転校生に群がるクラスメイトの会話を自分の席で寝たふりをしながら耳を澄まし、時折「あいつもあのドラマに出てるやつと同姓同名なんだぜ! なあ鈴木!」と、話を振られれば「ああ、うん……」と手を上げる、そういう役に収まった。彼が一番役に忠実だったといえよう。

 尤も彼は、桜庭少年ともう親し気に会話する小寺少女、その画を見て喉まで込み上げる胃酸を抑えることに徹していたのだが。


 そして夜。鈴木少年はテレビ局に電話をかけた。

 ドラマの件で一言いいたく。が無論、制作陣に届くはずもない。……と、思いきや届いた。ドラマと同姓同名が一クラスに三人。その物珍しさからである。

 ちなみに彼の陳情とはこんな感じである。


『どうか、どうか、あの桜庭の野郎をぶっ殺してください。それで僕を、いや、鈴木くんを、いや僕を彼女と幸せにしてくださぁぃ……』


 仮にその涙ながらの訴えをドラマに反映させるにしても、まさか翌週からとはいかない。編集作業もあり、撮り溜めているのだ。そもそも聞くはずもない。だが、彼の声が届いた理由と同じで、そう、監督ら制作陣は面白がった。こんな話があったんですよ、と話題に。するとこれは、いい宣伝になるかもしれない。制作陣は脚本を書き換え、鈴木少年、否、ドラマの中の鈴木浩平をメインに添える回を作ったのである。


 そのドラマの回放送日。彼はテレビの前で瞬きを忘れるほど凄まじい集中力を発揮した。

 もはや彼、鈴木少年は鈴木浩平であり鈴木浩平は鈴木少年であり鈴木浩平は鈴木浩平で鈴木少年もまた鈴木少年で無論、元々、彼は彼で鈴木浩平は鈴木浩平であるのだが鈴木は鈴木、浩平浩平鈴木浩平鈴木浩平鈴木浩平――



 その翌日。教室にて、彼は完全に鈴木浩平となった。

 ドラマと同じく授業中。彼は椅子が吹き飛ぶ勢いで立ち上がり、首をピシッと真上にやり、割けんばかりに口を広げそして天井に向かって奇声を上げたのである。

 その声量たるや凄まじく、ドラマは加工し演出しているのだが、彼はそれを自力でやってのけた。

 窓ガラスが割れ、彼の近くの席の生徒の鼓膜は破け、耳から血が垂れた。

 先生が慌てて取り押さえようとするも凄まじい力で暴れ、終いには黒板に向かって投げ飛ばした。

 ちなみに、彼が出演しているドラマというのは学園怪談物であり、彼がメインの回というのも狐憑き。こっくりさんに取り憑かれ今のように騒動を巻き起こすというものである。

 そう、巻き起こす。彼は他の生徒までも巻き込んだ。集団ヒステリー。その異常性と恐怖によって他の生徒たちもまた悪霊に取り憑かれたように叫び声を上げ暴れ、のたうち回ったのだ。


 さて、この緊急事態に小寺少女と桜庭少年。主役格の彼らはどうしたか。

 どうもできなかった。鈴木少年程に役に入り込んでいなかったのが理由ではない。

 解決編は来週放送だったのである。

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