白き花が添う
アザレアの花が咲く頃、私は貴方と庭を歩いていました。
足元は草を踏む心地よい感触と、流れゆく小さな水路のせせらぎに耳を傾けながら、そそくさと歩を進める貴方の背中を見ていました。
やがてご神木の前で立ち止まり、腰を下ろす貴方の着物がずれて、いい加減な着方が相まって更に妙に肌が見えてしまうのです。
着崩れなど気にするものかとでも言いたげに、膝を立てだらんと腕を伸ばす貴方が、チラリと側に立つ私を見れば、それは横に立っているなという、貴方の気心だとわかりました。
どういうわけか私たちには15歳になる頃に、必ず当主となるものが行わなければならない仕来りがありました。
以前軽々しくそれを口にした貴方に、私がふてぶてしい物言いをしてしまったがために、貴方はもう同じ話題を振ることはなくなった。
その時気付いてしまったのです。
ああ・・・きっと白夜は、私の心を読んでしまった。
あの時目を合わせるべきではなかった。
渋々同じく腰を下ろした私を見やって、貴方は訝し気な表情をしながら問うのです。
「由影・・・何か知られてはまずいことでも?」
視線を落としたままの私に、不機嫌な貴方の声が降りかかって、私は心の中で大きなため息を落とすのです。
「・・・いいえ、何もございません。」
目を合わせさえしなければ、心中を読まれる能力は使えまいと、私はあれから酷く彼を警戒していました。
「・・・そんなに嫌か・・・。たった一度、実戦経験として女と馬鍬うだけのことだろう。いずれ当主となれば世継ぎを求められる。当然のことだ。」
「・・・そうですね。必要なことなのかもしれませんね。」
決して貴方に知られたくなかったことが、果たしてどこまで読まれてしまったのか、いよいよ曖昧になってしまって、私もかわし方がわからなくなりました。
このままだと怒らせてしまう。気の短い貴方のこと・・・煮え切らない態度のままでいたら、私の胸倉などを掴んで、突き飛ばすか殴るかして、ここに取り残すのでしょう。
けれど私はそんないつものことを気にすることもなく、貴方とこれまで生きてきた大事な日々を思い返していました。
何事にも強かな私と貴方が、これまで健康に育ってこれたのは奇跡的なことで、これからはこの短い寿命を貴方に尽くしながら、誰か素敵な女性とお互い結ばれ、当主と持ち上げられながら、道具のように使い捨てられるのです。
「・・・俺も随分嘗められたもんだ・・・」
貴方はそう言うと、私の顎を無理やり持ち上げて瞳を覗き込んでしまいました。
私はどうしても、それを知られたくなどなくて読まれそうな心中を、自分のことではなく貴方のことでいっぱいにしました。
すると案の定貴方は眉を下げて、理解不能そうな顔をするものだから、私は・・・ああ・・・なんて可愛らしい、と思ってしまうのです。
「白夜・・・アザレアの・・・白い花をご存じで?」
「・・・アザレア・・・」
私は続けて心中でこう述べた。
『貴方は花言葉など優雅なものを知らないでしょう。私が存分にそれを毎年愛でながら、よからぬことを考えていることも・・・』
それ以上を思わぬように、頭の中を真っ白にすることに努めながら、貴方の返事を待つのです。
ご神木からは桜の花びらが舞っていても、私はその白い花ばかりが愛おしいのです。
ああ・・・私は本当のところ、知られたくないなどと言いながら、貴方が気付いてくださることを期待している。
馬鹿なものだ・・・
貴方が口を開くよりも前に、とうとう私は瞬きをして涙をこぼしてしまったのです。
「・・・あれは、赤や桃色もあったはずだ。お前はこの桜より、春はアザレアが好きか」
思わぬ返答に私が硬直していると、白夜は顎をつまんだ手を離し、私の頭や額に降りた花びらを払いました。
どうか・・・知らぬままで・・・
咄嗟に考えたそれが、目を合わせてしまった彼にはわかってしまったのでしょう。
私が顔を背け、生い茂る草を握りしめて堪えていると、そっと白い美しい指で私の涙を受けたのです。
「白いアザレアは、『貴方に愛されて幸せ』・・・だったか。」
その時私はもう、このまま死んでしまいたい程の気持ちでした。
風が私の長い髪を乱そうとも、いくら白く美しい肌を持っていても、貴方と何かを叶えることは出来ず・・・
無駄なことを考えれば考える程、貴方は遠くに行ってしまう気がした。
居場所さえあれど、いずれそれは別の誰かのものになってしまうのです。
愚かで浅はかな私のこの気持ちが、若気の至りと言うならば、どうかそう悔いるまで長生きさせてほしい。
感傷に浸れるほどの命がないのなら、この命はいったい何のためなのですか。
「恋の喜び・・・なる意味もあったか。まさかお前がそんなことを考えていると思えないが。」
憎らしい・・・
いっそのことそう思ってしまいました。
それが顕著に睨みつけた視線に表れてしまっても、貴方は意外にも花びらのような笑みを見せたのです。
「私を弄んでおいでですか。」
「いいや、どうだろうな・・・。何も考えていない。お前の前でくらい・・・何も考えないでいたい時があるんだ。」
振り回されている。
私は何かに落胆して、貴方への気持ちも削がれて持って行かれたような気分で、力が抜けてしまいました。
「由影・・・」
貴方に呼ばれるその名前が、美しい女性の名前だったならよかったでしょうか。
次に顔を上げると、その目は何も語らず近づいて、貴方の唇は私のものと重なったのです。
貴方との未来など描かなくとも、私は夢想するだけで十分でした。
いつか鮮やかに咲いたアザレアを、無邪気に貴方に見せたくて・・・
ただそれだけだったのですから。




