第四話 水打ち
「さて、まずは――」
セルジュは水がめとひしゃくを用意して構える。
「そーれ♪」
「パシャ!」
次いで、タクヤの実家の離れに水打ちをし始めた。
「ソレ、俺ん家の実家なんだけど……」
「……」
「……」
タケヒコとノノは無言でそれを見つめていた。
「続いてそーれ♪」
「パシャ!」
腑に落ちないタクヤを尻目に、水打ちを続けるセルジュ。離れは水浸しになった。
「次は、あっち♪」
今度はセルジュは、母屋にも水打ちを始めた。
「ちょっとぉ!! ソレ、俺ん家の実家なんですけどぉおお!!」
「ん? いいのいいの。寧ろこうしないといけない」
「いいの!? 寧ろこうしないといけないの!?」
「パシャ!」
見る見るうちに母屋も水浸しになっていった。
「俺の実家……、火事に遭ったり水浸しになったり……もう、どうにでもして……」
悲観に暮れるタクヤ。と、そこへ――、
「何やってんだ!?」
母屋から男性が一人、現れた。
「あれはオヤジ……じゃない!?」
それはタクヤの父親とは違う、寧ろタクヤの五親等以内の親族ですらない男性だった。
(はっ、そうか……。コレ、ゲームだった)
タクヤは一人、納得した。
「何のつもりだ!?」
「ああ、暑くなりそうなので打ち水を、と……」
激怒する男性に対して、冷静に返すセルジュ。しかし男性の怒りは収まらない。
「まだ春だろうが! 必要ないわぁ!!」
バタンッと、男性は戸を閉めて母屋に入っていった。
「ほらぁ……怒られたじゃん」
ぼそりとタクヤは言った。それを全く気にも留めず、セルジュは返す。
「いいのいいの。コレはひっかけ問題みたいなもんで、序盤の謎解き要素だから……!」
と、セルジュは何かに気付く。
「!!」
「!?」
タケヒコとノノも其れに気が付いた。
「ん?」
タクヤは後ろを振り向く。
するとそこには、またしても50代くらいの、銀髪の騎士の様な人物が歩いていた。
(ゼトだ……!)
パーティの大半はその存在を認識していた。
「やあ、若い衆。これから旅に出るのかい?」
「まーたあんたかぁ?」
「ん?」
ゼトはタクヤの言葉を理解していない様子だった。
と、そこへ更に――、
「ありがとうございました!!」
「!?」
先ほどの男性が現れた。
「どしたの?」
タクヤが問う。
「母屋の近くに、火薬が仕掛けてありまして、打ち水をしていなかったら小火になるところでした!!」
「え? ああ(へーそれで……)」
タクヤはセルジュを見る。セルジュはニヤリと笑い、満足気だった。
「兎に角! ありがとうございました!!」
男性は深々と頭を下げた後、母屋の中へ帰っていった。
「もう、いいのかい?」
「!」
事がひと段落して、ゼトがタクヤに話し掛けた。
「これから旅に出るのかい?」
「あーん? てかオッサン悪い人らしいな? そんなけったいな格好しちゃって、中身は悪人かよ? 今まで何人、勇者殺して来たんだ? 言ってみろよ、あーん?」
(マズい!!)
(止めてー!)
タケヒコとノノはタクヤを制止させようとする。
そこで――、
「万象の理よ、我が意のままに……!! 時よ、過去へ戻れ!!」
「え?」
セルジュの呪文を口切に、再びブワっと辺りは光に包まれた。そして魔法陣の様なものが現れ、四人は光り輝き段々とその場所から姿を消していった。
「シュウン」
今度は、全員意識がはっきりした状態で時が遡った。
「危ないところだったね。数時間、時を戻したよ」
「危ないって、何が?」
「このアッホガー!!」
べしッとタケヒコがタクヤにチョップを食らわせた。
「ってて、何?」
「初期ステータスで、いきなりラスボスに喧嘩売るなやー!!」
「私、クリアできたのは8割9割だけど、最後の方は敵めっちゃ強かったよ? それでアイツがラスボスだから……」
タケヒコとノノの、その言葉を聞いて、漸く事の重大さを思い知ったタクヤは、ゴクリと息を吞む。
「アイツ、倒すまでどんだけ掛かんの?」
「10ステージくらいあるから……20時間以上……かな? まぁこのペースじゃその倍は掛かるね」
「40時間以上……」
セルジュの言葉を聞き、気が動転するタクヤであった。
「あっ、えっと」
不意に、タクヤは何か思いついた。
「もしかして、実家の火事、火を点けたのは――」
「……ゼトだよ」
「んだとー!? 許さんー! 絶対全クリして、ぶっ倒してやる!!」
「ははは」
タクヤに少し同情する、ノノであった。
――、
「パシャ。パシャ」
(うんうんいい調子)
タクヤは実家(をモチーフにした建物)の離れと母屋に水打ちをし、セルジュはそれを満足気に眺めていた。
「あのー」
「ん?」
不意に、タクヤはセルジュに質問する。
「コレ、絶対やらないとダメ?」
セルジュは満面の笑みで答えた。
「ダメ、絶対♪」
「――、くっ!」
そこへ――、
「何やってんだ!?」
またしても母屋から男性が一人、現れた。
「ほらぁ!! コレ、怒られるヤツじゃん! これが嫌だったの!!」
タクヤは泣き散らかした。
「何のつもりだ!?」
「あのっ、これから言うことは嘘でも脅しでもなく……」
「何が言いたいんだ!? てめえは!!」
「火薬が原因で、この建物が火事になるので……」
「なーに訳の分からないコト言ってんだゴルァアア!!」
「ゴッ!!」
男性の鉄拳が、タクヤの顔面を襲った。
――、
「なん……で、こんな目に……」
うつ伏せになったタクヤは痛みのあまり、ピクピクと痙攣気味に微動していた。セルジュはさらりと言い放った。
「うーん? ゼトにケンカ売った、罰♪」