◆第三話〜酒場とビンタ〜
活気づいた町並みを意味もなく眺めていた…。服装や建物なんかはもと居た世界とはまったく違うものだった。新しいものを目にするというのはなかなか楽しいものであるが、今のウィルには楽しむ余裕なんてなかった。とりあえず問題が山積みなのだ。腹が減ったということもあるが、まずは自分が何をすればいいのか認識することが先だ。そう思いなおすと、ウィルは情報の集まりそうな酒場へと足を伸ばすことにした。酒場には昼間だというのに人があふれかえり、特有の熱気でむせ返っていた。酒は好きだがこういった雰囲気は好きではない。が、そうも言ってられないので足を踏み入れる。しかし入ったとたんに人に肩をぶつけてしまった。そのまま何食わぬ顔で通り過ぎようとしたウィルは、肩を掴まれてしまい、ため息を吐いた。だから嫌いなんだ…。からまれる事を覚悟して振り向いたウィルは自分の肩を掴んだ人物を見て驚いた。女だった。褐色の肌にショートな黒髪。大きな瞳の中には、彼女の性分であろう活発さが見え隠れしていた。彼女の言葉が耳にとどかない。完全に見惚れてしまっていた。綺麗な女だな。先程から止まる事なく動き続ける彼女の唇もが、なんだか艶やかに見えてしまう。
「ちょっと!聞いてるの!?」
ズイと顔を近づけられてようやく我に返った。
「あっ…わりっ……こっち来て、まだ日がないんだ。」
こっち来て…なんて言ってしまったが、異世界から来ましたなんて言えるはずがない。言ったところで(こんな場所だし)酔っ払いの戯言なんかで終わってしまうに違いない。
「そういえば見ない顔ね。どこから来たの?」
「えっ…と…。東のほうとか…?」
「じゃあロンダリーの生まれ!?」
てきとうに答えていたので詳しい地名を言えるわけでもなく、ウィルは、そうかなー、なんて曖昧に言ってみる。しかしその言葉に女は予想以上に食いついてきてこれまた困ってしまった。
「ユキ!!あんたの仲間が来たわよ!」
その言葉に反応した白い髪の女性は、言葉の意味を理解するやいなやウィルに走り寄って来て、ウィルを穴があくほど見つめた後、残念そうに眉尻を下げた。
「嘘つき…。」
ユキはそれだけ呟くと、もといたテーブルへと戻っていった。ウィルは嘘を見破られて少し動揺したが、さとられてはまずい。すぐさま平然の顔を作り、女へと向き直った。しかし見えたのは眼前に迫った平手で、その手は真っ直ぐ振り抜かれ、ウィルの頬を打ち抜いた。突然のことに怒ることも忘れ、はたかれた頬をさする。一体なんだかわからないまま、ウィルはもう一度女を見る。
「嘘…だったの…?」
女は信じられない、といった顔で凄んだ(そのせいでテーブルの上のグラスがいくつか落ちて割れた。)。
「いやッごめんて!俺もよくわかないんだよ。」
「はぁ…?どーゆーことよ!」
事実、本音を言っていたウィルは、どう話していいかわからず、口をモゴモゴさせるだけで言葉は出なかった。このまま此処で話しても埒があかないと判断した女は、ウィルの腕をむんずと掴み酒場の外へ勢いよく飛び出した。
「まぁいいわ。話はじっくりうちで聞く。ユキ!行くわよ!」
後ろから、食べかけであろう焼鳥をくわえながら着いてくるユキを確認した女は再びウィルの腕を掴み直すと、ずんずん先ヘ進んでいく。そして怒ったように呟くのだった。
「ユキを泣かしたなんて…許さないんだから。」