魔族の国【3】
……あれ?
「……うっ……頭が痛い……。ここは……?」
木目の天井と、優しい草の香りに満ちた部屋。
それに、太陽の匂いがするベッド……ベッド……? いや、これはベッドじゃない。
床に敷かれたマットレス?
枕は床と同じ素材、かしら?
手触りが布の枕と全然違う……でも、すごくいい匂いで気持ちがいい。
思わず撫で撫でとそのさらさら感触を楽しむが、そもそもこれはいったいなに?
ここはいったい、どこ?
「起きはりましたか?」
「はゃあ!」
変な声が出てしまった。
隣でジェーンさんが桶から濡れタオルを絞っていたのだ。
「体拭きますよ。起き上がれますか」
「は、はい」
そういえば四日も食べてない上、四日もお風呂に入っていない。
野宿なんて慣れていないから、あまり眠れていなかったし。
「わ、私気絶してたんですか? どのくらい寝ていたんでしょうか?」
「半日程度でっしゃろか。今は夜です」
「は、はわわ……」
「この国は今から『朝』どすから、屋敷の中が賑やかになります。びっくりするかもしれまへんけど、あんまり驚かんと。お食事できそうなんでしたら、重湯を持ってきますよ」
「お、おもゆ?」
聞いたことのない食べ物。
でも、四日食べてないのを思い出してひもじさで涙が出てきた。
食べられるものなら、なんでもいい。
「い、いただけるのなら……なんでも」
「そうですか。そんでは持ってきますんで、体は自分で拭きますか? わっちが拭きますか?」
「じ、自分で拭きますっ」
「かしこまりました」
頭を下げて、部屋から出ていくジェーンさん。
それにしても、確かにバタバタと足音が増えた気がする。
この国は、今から『朝』……?
昼夜が逆転しているということなのだろうか。
「あ、そうだ……体……」
桶にかけてあるタオルを手に取る。
あたたかい。
ぬるま湯が入っているのだ。
服を脱いで、体を拭く。
それだけのことがすごく気持ちいい〜!
「それにしても、不思議な服……」
今はもう故郷となった『レイヴォル王国』ではボタンで留める服ばかりだけど、この国の服は左右を前で合わせてリボンのような紐で固定するようだ。
文化がこんなに違うなんて、思いもよらなかったな。
魔族の国は文明レベルが著しく低く、野蛮で暴力的で、人間が立ち入ったらひと月と持たず殺されたり死んだりする。
そんな風に、ずっと言われてきた。
私もそれを信じていたけど……。
ゆらゆらと揺れる蝋燭は、紙で巻かれてそれが反射板のような役割を果たしているらしい。
シャンデリアのようにあまり明るいわけではないけれど、なぜか目が逸らせないほど落ち着く。
これが「趣き」というものなのかしら?
「お待たせしました。開けてよろしおすか」
「はあっ! あ、は、はい、あ、や、やっぱり待ってください……あれ、ど、どうやって着たらいいの……」
ジェーンさんの声に慌てて服を着直そうとしたけれど、そもそもどうやってきてたのかわからない!
多分これを、こうして、紐でとめ、あれ?
「お手伝いしますか」
「…………。……お、お願いします」
一巡したが、諦めた。
ジェーンさんに「着物はこう着るどすぇ」と、服の着方を教わりながら着直す。
これは着物。
この国は頭に角のある種もいるので、『レイヴォル王国』のような服装は向いていない。
だからどんな体格にもある程度応用の利く「着物」が主流なのだそうだ。
私が今着ているのは「寝間着」。
普段着は「着物」や「浴衣」など。
とりあえず今日は寝間着の着方だけ覚えなさい、と着方を簡単に教えてもらった。
そしていよいよ——。
「ごくり」
「ゆっくりよく噛んでお食べなはれ」
「は、はい」
ご飯です〜〜〜〜!
お盆に載った大きめの陶器の器。
蓋がついていて、それをジェーンさんが開くとほかぁ……と湯気が立ち上る。
かわいらしい色の小海老と茶色いキノコ、それから白身のお魚?
真っ白な穀物をドロドロになるまで煮込んだ『雑炊』というものらしい。
お、美味しそう〜!
とてもいい香り〜!
「お待ちなされ、先にこちらで体の様子を見なはれ」
「えっ」
と、差し出された茶碗の中には白い液体。
こ、これは?
「これが重湯どす。お粥の煮汁に少々味つけしたものですが、まずはこちらで胃が食べ物を受けつけるかどうか確認してからおす」
「え、えぇ……」
目の前にはこんなに美味しそうなご飯があるのに!
まさかのお預け!?
でも、文句など言える立場ではない。
逆らって食事を取り上げられたら、ものすごくがっかりする未来しか見えない。
「い、いただきます」
木のスプーンで持ち上げたドロっとした重湯。
……口に入れた感想は……。
「…………」
味が、あまり、しない。
ほんの少し塩味がある、か、なぁ?
「病人の方にはこれが一番どす。粥がまだ早いと思う人には、まずこちらで食べ物を受けつけるかどうか確認するどすよ」
「そ、そうなんで——」
すね、と言おうとした途端、腹の底から迫り上がってくるものを感じて思わず口を押さえた。
げほげほ、と胃の中のものを体が吐き出そうとする。
ジェーンさんが背中をさすってくれなければ、絶対に吐いていた。
「げほげほっ、げほっ」
「よいのですよ、ゆっくりで。雑炊は逃げも隠れもいたしません。土鍋で作りましたからしばらくはあたたかいままでしょう。まずはゆっくり、少しずつ」
「…………は、はい」








