私を追ってくるもの【前編】
「シン、帰ってるだろうか」
今は夕方の扱いだから、鍛錬に行って戻っていてもおかしくない。
一度家に戻り、護符袋に護符を入れてからお隣の家の門を叩く。
「…………」
留守、かな。
反応がない。
いつもなら戻っている時間だと思うのだけれど……。
「お姉様?」
「…………ぇ」
今、なに?
聞こえてはならない声が聞こえた気がする。
そんなはずはないのに、どうして?
「ぇ……え? な、なん……ど、どうして?」
「それはこちらのセリフです。本当にお姉様がここにいるなんて……」
ここは魔族の国。
間もなく夜が明ける時間。
私のような人間は、太陽が出てる時間の方が活動しやすい。
でも、それとはまた別に——貴族で、人間でもある妹……エリーリットとその友人、ヒカリ様がいらっしゃるのは……。
「やっぱり……ストーリー通りですね」
「じゃあ、やっぱりお姉様は……」
「ええ。間違いありません。妖霊神と通じてる!」
「!?」
な、なにを言ってるの?
さすがにそれは言いがかりも甚だしい。
「っ——」
でも……怒りよりも先に「そうなのかな?」と疑問が湧く。
こんなにはっきりと言えるということは、ヒカリ様にはなにか確信があるのでは?
私の知らない私のことを、この人は知ってるんじゃないの……?
だって私は自分に与えられた加護のことも知らなかった。
この国に来て初めて自分の中に、妖霊神からの加護があるのを知ったのだ。
私、妖霊神と通じているの?
知らない間に、妖霊神と与していた?
そんな……どうして。
どうしたら、断ち切れるの?
「…………」
足元が覚束なくなる。
後退りして、護符袋を握り締めたまま背を向けて駆け出した。
どうしてエリーリットとヒカリ様がこの国にいるのか。
どうして我が家の前にいたのか。
聞きたいことはたくさんあるけど、私は、とにかくその場から離れたかった。
「あ! 逃げた!」
「お姉様! 逃げずに説明してください!」
そんなこと言われても、なにを説明しろというの。
私は知らない。
妖霊神と、会ったこともない。
望んで妖霊神から加護をもらったわけでもないし、通じてると言われても覚えがないのだ。
それでも私が妖霊神と通じてるのだとしたら……ミゲルさんに調べてもらった方がいいだろう。
ケートさんはなにも言ってなかったけど、自分のことに自信などない。
「…………」
あまり体力もないので、すぐに息切れする。
立ち止まった場所は郊外の川の側。
城へ向かうどころか、遠のいてしまった。
振り返るが、あの二人は追ってきてはいないみたい。
ゆっくり息を整えて、そして川を見下ろした。
あの二人に会ったこと、見間違いだった気さえしてくる。
やっぱりなにかの、間違いだった……?
あの二人がこの国にいるはずがない。
でも、じゃあどうして私はここまで逃げてきたのだろう?
『逃げずに説明してください』
エリーリットの言葉に、ゆっくり顔を上げる。
確かに逃げる必要などなかったように思う。
どうして逃げてしまったのだろうか。
これじゃあ変に怪しいだけ……。
でも、体が勝手に逃げたくなってしまったのだもの……。
「うっ……?」
体が突然重くなる。
なに、これ?
しゃがんでしばらく、のしかかるようなその重みに耐えた。
陽光があたりを照らし始め、自分の影が伸びていく。
それをしばらく眺めながらようやっと立ち上がる。
「……ケートさん、まだ起きてるかしら」
調べてもらおう。
いくらかかっても、いいから。
私が妖霊神と通じているのなら、やはり私をどうにかしてもらわなければ。
城下町の端にある我が家を通らなければならないけれど、さすがにもう、エリーリットもヒカリ様もいないだろう。
いないでほしい。
「っ……よかった」
物陰から自宅の前を覗くと、誰もいない。
ここを通らないと、魔法ギルドまで行けないんだもの、仕方がないわ。
「……あ……そうだ」
護符を入れた護符袋を、シンの家の郵便受けの中に放り込む。
本当は直接手渡ししたかったけど、仕方ない。
まだ戻ってないんだろうか。
それとも、寝てるのだろうか。
寝てるのだとしたら、起こしちゃダメよね……。
「っ」
不安な気持ちをシンに聞いてほしい、なんて我儘だ。
相談された方は普通に困るに決まってる。
それに、シンはこの世界の人間ではないもの。
妖霊神とどう繋がってるのか、私にわからないことを聞かれても答えられないよね。
魔法ギルドまで駆け出す。
まあ、すぐに体力が限界を迎えて歩くことになるんだけど……。
「うっ」
街の中へ進み、いざ魔法ギルドへ、と思ったら町中にセリックと王子殿下の姿を見つけてしまう。
どうなってるの?
どうなってるの!?
私、夢でも見ているの?
なんであの二人がこの国に……!
目を擦って、もう一度見直してもやはり彼らだ。
“朝”だから閉まった店を眺めて首を傾げ、なにかを話している。
しかも王子が指差している先にあるのは魔法ギルド。
ダメだわ、魔法ギルドにも行けそうにない。








