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【魅了の魔眼】を持つ伯爵霊嬢は招き人とともに拾われる


 ——ああ、どうしてこんなことになったのだろう。


 森の中。川沿いに歩きながら、何度目かわからない問いかけをした。

 でも誰も答えてなどくれない。

 頭の中でそれはぐるぐる繰り返しているだけだから、誰も答えてくれないのは当たり前なのだけれど。


「……暑い」


 日差しが強い。

 森の中、川の側だというのに。

 鞄を一度置いて川縁にしゃがみ込む。


「どうしてこんなことになったんだろう……」


 涙がぽろりとこぼれた。

 私は疲れていたし、しばらくなにも食べていないから空腹と暑さで本当に心も弱っていたと思う。

 ——私、コニッシュ・スウは『レイヴォル王国』の伯爵家長女。

 でも、生まれつき色素がなく、白い肌、白い髪と赤い瞳で気味悪がられた。

 体も弱く、引き篭りがち。

 だからだろう、家の中では妹のエリーリットが溺愛され、私は存在そのものがまるでなき者のように扱われてきた。

 でも、それも仕方ない。

 食事が運ばれるのを忘れられるのも、家庭教師が私の存在を忘れるのも、家族みんなでのお出かけの時にも誘われなかったりするのも、私の体が弱いから。

 婚約者のセリックだけが私のことを覚えていてくれたから、それで……。


「…………」


 川の水面に映る自分の双眸は、今や右が赤、左は青と正反対。

 この青い瞳のおかげで私の存在感は濃くなった。

 舞踏会に出れば皆が妹のエリーリットではなく私に話しかける。

 家の中も、これまでの生活が嘘のように変わった。

 家族みんなで食事をするようになり、両親とも妹とも会話が弾む。

 使用人たちはこぞって私に話しかける機会を伺い、入学した貴族学園では侯爵家のご令嬢でさえ私を連れ歩きたがった。

 婚約者のセリックは私に毎月プレゼントをくれるようになり、トール王子殿下まで私を第二王妃に望むほど。

 ……そう、それほど……この【()()】の力は強力だった……。


『皆さんは惑わされているんです!』


 そう言い放ったのは妹、エリーリットの友人、ヒカリ様だった。

 彼女は聖霊神召喚という大変希少な魔法が使えたため、特別に貴族学園に入学を許可された平民だと聞いている。

 私の左目が闇の聖霊神により祝福を受け得たものだったから、彼女には跳ね返されたのだ。

 そして、トール王子殿下のお誕生日パーティーでヒカリ様は光の聖霊神を用いて私の左目……魔眼の力を無力化した。


 我が魔眼、【魅了の魔眼】の力を——。


 セリックはその時、まるで浸っていた夢から覚めるように私を嫌悪して突き飛ばす。

 そうしてみんなの前で婚約破棄を宣言し、私はおめおめと家に帰った。

 けれど、その話を聞いた途端両親は激怒して使用人に私をこの森へ捨ててくるよう叫んだのだ。

 意味が分からなかった。

 理解ができなかった。

 いや、したくなかったのだ。


『恐ろしい……まるで妖魔ではないか! しかも【魅了の魔眼】など、危険すぎる! そんな娘を抱えていては、我が家が取り潰しになりかねない! コニッシュ、お前は……我々の知らないところで野垂れ死ね!!』


 父の言葉を、私は理解できなかった。

 でも今思い返すと理解できる。

 私の魔眼は王子殿下をも魅了して、第二王妃に、という声が出ていたほどだった。

 でも、その事実が露呈した今、スウ家は『【魅了の魔眼】を持った娘を使って、王子殿下を籠絡しようとしていた』と言われかねないのだ。

 父は当主としてそれを防ぐために私を切り捨てる他なかったのだろう。

 ……確かに、私がいなくても妹がいる。

 婚約破棄を言い渡された傷モノの娘……しかも魔眼持ちなど、置いておいても変な噂が立つだけだ。

 エリーリットにも、悪い噂が立ちかねない。

 身内の不始末を身内が断罪することで、父は家族と家を守ったのだ。

 あとは私が、森の中で野垂れ死ねば、完璧……。


「……」


 水面に水滴が落ちる。

 私がみんなに認識され、愛されたこの三年間は……すべて【魅了の魔眼】のおかげだった。

 幸せだったな、本当に。

 最後にとても優しい夢を見せてもらえた。

 左目を覆う。

 抉り取ってしまえば、帰れるだろうか。

 いや、無駄だ。

 体の弱い私など、どこに行っても役に立たない。

 誰にも必要とされないのだ。

 特技もなく、趣味で刺繍や読書をするだけの地味で目立たない役立たず。

 ここで死んで、魔物の餌になるくらいしか役に立てないのだ。


「………………え? 足?」


 ぽたり、ぽたり。

 涙が止めどなく川に落ちていた。

 そして、なにかが通り過ぎていく。

 うん、川を、なにかが流れてきた。

 靴。足。

 思わず顔を上げると、膝、腿に続き腰、胸……。

 え……? に、に、に、に、人間が流されてる!?


「っ!」


 思わず腕を掴んで川縁に引き寄せた。

 私の非力な腕力では、全身を岸にあげるのは無理だったけれど……。


「……はぁっ! はあっ! ……はぁ……な、なんなの……この人……」


 真っ黒な髪に、見たこともない服。

 それに、年も私と同じくらいの……男の子。

 平民?

 けれど、布の手触りはかなり高価な生地に見える。


「ようやく見つけたぞ」

「!?」


 男の声に振り返ると、三人の化け物がいた。

 信じられない、これは、まさか妖魔では?

 ……嘘。本物だ。

 本で読んだ通り……話に聞いた通り。

 真っ黒な目に、漆黒の鎖が全身に埋まっている。

 服はかろうじて着ているけれど、魔物と一体化しているから取り込んだ魔物の特性が肉体に現れていた。

 一人は獅子、一人は猪、最後の一人は竜だ。

 死んだ。

 これは、間違いなく死んだ。


「異界からの招き人。待ち望んだぞ、百年ぶりか……」

「手前にいる娘も招き人か?」

「いや、あれはこの世界の人間だな。聖霊神の加護を感じる」


 竜の妖魔が私を見下ろす。真っ黒な目。白いところのない、すべてが真っ黒な。

 でも分かる。私を見ている。

 見下ろして、見下して、牙を見せて唸るのだ。


「忌々しい、聖霊神どもの使い捨ての駒が……招き人は我らのものだ! 死ね!!」


 振りかぶる手。

 死んだ。だめだ、私では招き人とやらを守れない。

 招き人とはなに?

 聞いたこと、見たことがある。

 そうだ、異世界から聖霊神や妖霊神が招く人間のことだ。

 招かれた人間は富をもたらす。

 妖魔は招き人を喰うと力を得られる。

 だから奪い合う、ころしあう。

 でも、私は……私の加護では——!


 死ぬ。


「ちっ!」

「ヒュウ、間一髪」


 目を閉じた。

 でも、衝撃はいつまでも襲ってこない。

 恐る恐る目を開けると、漆黒翼が広がっている。

 また、妖魔?

 でもその翼の持ち主はローブで全身を覆っていて、妖魔かどうか分からない。


「貴様は……」

「招き人は我がファウスト王国が貰った!」


 連続で魔法陣がドンドンドン、と広がり、直後に火球が妖魔たちに放たれる。

 妖魔たちは聖霊神と敵対しているため、聖霊魔法を使えない。

 その代わり——。


「カァ!!」


 妖霊神の加護を与えられている。

 竜の妖魔が口から吐き出した禍々しい炎。

 凄まじい熱量を感じる……!

 私のところまで、熱が来る!


「ふふ」


 でも、どうやらそれはローブの人の思惑通りだったらしい。

 巨大な火球を放つとすぐに私と川の中にいた少年を抱えてジャンプした。

 震えながら改めて目を開けると、そこは見たこともない町……。

 巨大な城、木製の家、不思議な雰囲気。

 こ、ここは……?


「ふう、危ない危ない。だがおかげで無事に招き人を手に入れられた。ありがとう少女、君のおかげで…………おや? 君……」

「き、牙……!」


 思わず自分の口を押さえる。

 小脇に抱えられていた私は、ゆっくりと地面に降ろされた。

 あの少年は、肩に担がれたまま。

 フードの下には青銀の髪と金の瞳。そして、鋭い牙。

 間違いない、魔人族だ……人と魔獣が混じった種族……人間よりも身体能力が高く、魔獣の特性と姿を持つ。

 そうだ、なぜ忘れていたの?

 ファウスト王国——そう言っていたじゃない……!


「これは驚いた。君、人間?」

「……は、は、い」

「なんで人間がうちの国の森にいたんだい?」

「そ、それは……」


 カタカタと自然に肩が震える。

 ファウスト王国は魔人の国。

 魔人はとても感情的で凶暴、暴力的だと習った。

 大昔は戦争を繰り返し、人間は奴隷にされていた、と。

 だから魔人族は人間に近い姿と獣の姿、特性を併せ持っているのだと。

 魔人は今も人間の女を攫って、繁殖のために酷い目に遭わせるって……!

 まずいまずい、どうしよう! このままじゃ、私……!


「っ……」


 でも、だからどうだというの?

 どこへ行くこともできない私が!

 父に「野垂れ死ね」と言われた娘が!

 なんの役にも立たず、捨てられた私が……!

 なぜまだ生きることにしがみつこうとしているの。

 もう、それなら仕方ないじゃない。

 魔人の国で、繁殖のためにこの胎を差し出すくらいしかできないのなら……もう、それで……。

 それが私の運命ならば、受け入れるしかないじゃない。

 どうせ体の弱い私はすぐに死んでしまうことだろう。

 それならいっそ、一思いに……。


「まあ、なにか事情があるのかな? それならそれで構わないさ。とりあえずおいで。招き人を助けてくれたようだし、君も保護してあげよう。そうだ、自己紹介がまだだったね。僕はミゲル・ファウスト。この国の国王レイゲ・ファウストの弟だ」

「…………ぇ」

「さ、こっちだよ」

「……ぁ……は、はい」


 き、聞き間違いかな?

 今、国王の弟って、言われたような——?



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