主を夢見る勇者の剣
ソーディネス王国の外れにある剣王霊山の頂に生える千年尖剣杉から西に三百歩北に百五十歩行った先の川を下り二つ目の滝の裏にある洞窟迷宮〈剣聖の修行場〉の最後の分かれ道を左に進むと見えてくる斬剣水晶の空中廊下を渡りきる前に飛び降りた谷底の奥にある断剣烈神王の間。
その最奥の台座で、勇者の剣は静かに己が主を待ち望んでいた。
▲▽▲▽
ある日のことだ。
巨大な石を切り出して作られた大扉が、まるで主の来迎を喜ぶかのように、厳かに重々しく開かれた。
入ってきたのは三人。揃いの白と金の全身鎧を身につけている。鎧は燭台の代わりに壁に設置された陽光石の光を反射し、まるで太陽の化身がごとく威厳を放っていた。
「ようやく、ようやく見つけた」
一人が震える声で呟いた。
それは長い道程だった。初め十人いた仲間が、三年のうちに僅か二人にまで減ってしまった。それでもここまでやってきたのは、何も王命を受けたからというだけではない。魔物に苦しめられる民草を救うという使命感で、辛く険しい旅を続けてきた。
しかし今日でそれも終わる。いや、むしろこれは新たな旅の始まりであった。ようやく成せる正義に、男は頬に涙が落ちるのを感じた。
「主なき聖剣よ」
兜を外し、涙も拭わず男が剣に語りかける。
「弱き人々を救うため、私と共に邪悪を滅ぼそう」
決意を秘めた瞳は静かに燃え上がる。男の右手が、剣の柄を握った。
「ンギャベベベッ!?」
途端に剣から雷撃が迸り、悲鳴を上げた男の体が痙攣する。手が離れた拍子に後ろに倒れた男を、仲間の二人が慌てて支えた。
『無礼者め。断りもなく触るでないわ』
男たちの頭に不機嫌そうな声が響く。出所はどこだと周囲を見回す彼らに、
『何をしている。我はここぞ』
再び声がかけられた。
しかしがらんどうの広間に人影はなく、あるのは勇者の剣とそれを支える台座のみ。
「まさか」、と。男を支えた仲間の一人が、信じられぬといった様子で囁いた。
『ようやく気づいたか、たわけめ。
我こそは紅牙炎王竜と赫土鬼の一族が鍛え、蒼漣の愛し仔が清め、翠光大樹の民が聖なる祈りと願いを籠めし最強の剣、勇者の剣である』
剣が喋った。予想外の出来事に、男達は呆然と剣を見下ろす。
文献にはどんな敵でも一太刀で屠り、決して折れず曲がらず欠けることもない、と記されていた。喋るどころか意思があるとすら書いていない。
雷撃を食らった男が、気を取り直すように咳払いをした。
「失礼した、聖剣よ」
『勇者の剣である』
「……勇者の剣よ」
意外と細かい。
「私の話を聞いてくれ。
五年前に起こった魔族の大進攻により、幾千、幾万もの魔物がこの大陸中に蔓延っている。今この瞬間にも力なき民が襲われ、無惨にも殺されているはずだ。
せっ……、勇者の剣よ、頼む。私と共に魔物を討ち果たし、世界に平和を取り戻してくれ」
『断る』
「な、何故!?」
男は剣に駆け寄った。失礼があったせいか。他に何か機嫌を損ねることをしたか。思わず剣を掴もうとした手をグッとこらえ、男は剣の答えを待った。
『顔が悪い』
「……え?」
『顔が悪いと言ったのだ。汝は顔どころか耳まで悪いのか。
我は勇者の剣ぞ。ならば我が主は我以上に見目麗しくあらねばならん。
我が姿、とくと見よ。
地水火風の宝珠の輝きを。
黄金の細工の煌めきを。
神硬銀の刀身の流麗なことを。
それを。ハッ。なんだその顔は。オークとゴブリンの合の子か? それとも父親がオーガなのか?』
怒髪天を衝くとはこのことか。
男が目にも止まらぬ早さで抜刀し、勇者の剣に斬りかかった。
真一文字に振るわれた怒りの剣は、しかし勇者の剣に傷ひとつ負わせずに折れる。
『痴れ者め。勇者の剣たる我に攻撃するとは何事か』
「戻ろう。ここに聖剣はない」
剣の問いかけには答えず、男は折れた剣を鞘に納め、兜を被り直した。
そのまま踵を返し、扉に向かって歩く。仲間も続いた。
人間が去ると、大扉がひとりでに閉まる。
外界から切り離され、静かになった広間に勇者の剣が独り残された。
今日も待ち望む主は来ない。
▲▽▲▽
ある日のことだ。
巨大な石を切り出して作られた大扉が、まるで主の来迎を喜ぶかのように、厳かに重々しく開かれた。
入ってきたのは一人。ぼろきれようなマントと傷だらけの革鎧を身につけ、陽光石の明るい光の下でまるで幽鬼のようにぼんやりと、しかし確かな意志を感じさせる足取りで歩いている。
「やっと、見つけた……」
勇者の剣の前まで来ると、感極まったように呟いた。声は若く高い。女だった。
彼女の住む街が魔族と大量の魔物に襲われてから、もう何年経っただろうか。奇しくもその日は彼女の誕生日だった。忘れもしない十歳の誕生日。商人である両親が、三ヶ月ぶりに家に帰ってきた日でもあった。
久しぶりに会う両親を驚かそうと地下の倉庫に隠れ、その後のことは何も覚えていない。気がつけば全てが破壊しつくされ、彼女は暖かい家も優しい両親も、全てを失った。
幼い彼女にとって、外の世界は危険に満ち溢れていた。魔物や盗賊だけではない。自然現象すら彼女の敵になった。
それでも彼女は生き抜いた。全ての魔族をこの手で殺し、根絶やしにすると誓い、泥水をすすって生き永らえた。
そうして復讐にかられ、何年も各地を放浪していた彼女の耳に、伝説の剣の噂が飛び込んだ。
曰く、どんな宝石よりも美しい。
曰く、どんな敵でも一刀の元に斬り捨てる。
曰く、決して折れることがない。
彼女は大陸中を飛び回り、伝説の剣を探した。
そしてようやくその前に立つことができたのだ。この剣さえあればもっと楽に、効率良く戦える。復讐は生きている間に、彼女自身の手で果たさねばならない。
グ、と握りこんだ拳を開き、彼女は剣に触れた。
「ニャビビビビッ!?」
かつてない衝撃が彼女を襲う。死なない程度に調整された雷撃だとわかったのは、膝から崩れ落ち、剣から手が離れた時だ。
『無礼者め。断りもなく触るでないわ』
剣が喋った。彼女の目が驚愕に染まる。意思ある剣など聞いたこともない。
だが喋ろうが何しようが、目の前に鎮座するこれは剣だ。邪悪を滅ぼす伝説の剣だ。
『全く最近の人間はまともな躾も――』
「伝説の剣よ、お願いだ!」
『違う。我は勇者の剣だ』
「なんでもいい! あたしと一緒に来てくれ!
みんなの仇を討ちたいんだ!」
彼女はこれまでのことを語り、最後は平伏して剣に願った。そして自分のような人間が二度と現れることのない平和な世の中にしたいと、復讐に燃える目で訴えた。
『断る』
「なんでだ、あたしが女だから!?」
間髪入れず答えた剣にすがりつき、彼女は再び雷撃を受けた。だがどれだけ手が痺れ体が痙攣しようと、彼女は手を離さない。
雷撃を止め、呆れたような声で剣が喋る。
『勇者となるに性別は関係なかろう。故に我が主の性別は問わぬ』
「……なら、どうして?」
『背が低い』
「なん……、え?」
『気づかんか。我と比べて汝の背は低すぎる。
我は使い手のどのような手にも馴染むよう造られた。我が主には最高の使い心地を約束しよう。だが背丈はどうもできん。
足りん頭で考えてみよ。汝が我を腰に据えれば先が地面をこする。では我を背負うか? 端から見て不格好で仕方ないだろう。
それに我を掲げた姿を想像してみよ。あまりに無様で我慢ならん。幼子が木剣を振り回すようなものだ。そのような姿、我が主として相応しくない』
「ふざけるな!」
あまりの言い分に思わず怒鳴り声を上げた。
「そんな、そんな下らないことで断る!?
勇者の剣だかなんだか知らないけど、あんたにはどんな敵でも殺す力があるんだろ! その力を奮うのに、見た目なんかどうだっていいじゃないか!」
次の瞬間、彼女の体が吹き飛び、床に叩きつけられた。勇者の剣から暴風が吹き荒れる。
『下らない? どうでもよい?
汝こそふざけるな。我は勇者の剣。勇者とは希望であり、大衆がその姿に光を見いだす存在ぞ。ならばその見た目は美麗な我と釣り合わねばならん。
ちんちくりんな汝など、どんなに頼まれようと我が主として認めぬ』
風が強まり、床に倒れた彼女が大扉に向かって転がっていく。
呼吸もままならない荒れた風の中で、彼女はそれでも何事か叫んだが、やがて諦めて立ち去った。
大扉が閉まると同時に風が止み、広間に静寂と孤独の時が戻る。
今日も待ち望む主は来ない。
▲▽▲▽
ある日のことだ。
巨大な石を切り出して作られた大扉が、まるで主の来迎を喜ぶかのように、厳かに重々しく開かれた。
「ハーッハッハッハァ!!」
高笑いと共に血に染まったような赤いマントを翻し、長身の男が入ってきた。
まるで宵闇から作られたような漆黒の鎧。月明かりの如く煌めく白銀の長髪。そこから伸びる捩れた二本の角は天を貫かんばかりにそそり立ち、黄金の瞳は見るものを圧倒する迫力を持っていた。
「余は魔族を統べし王の中の王、魔王である!!」
誰もいない広間のど真ん中に立ち、魔王が叫ぶ。
『我は勇者の剣である!』
剣も負けじと叫んだ。ここで引いてはならぬと本能で感じ取ったのだ。
まさか返事があると思わなかったのだろう。魔王がその形の良い眉をひそめ、勇者の剣に近づく。
しげしげと眺めたあと、面白いものを見つけたと子供のように笑った。
「なんと! 憎き人族が神より賜ったという神剣は、意思を持ち話ができるのか!」
『神剣ではない。勇者の剣だ』
憮然とした剣の言葉に、魔王がくつくつと喉を鳴らして笑う。
「どちらでもよい。重要なのは貴様が余のものとなるか否かだ」
魔王からゆらりと魔力の粒子が立ち上る。闇色のそれは白銀の髪と深紅のマントをはためかせ、剣の周りに渦巻いた。
「どうする、勇者の剣よ。この魔王の剣となり、人族を悉く滅ぼし尽くすか?
それとも今すぐここで闇に封じ、永遠の孤独をさ迷うか?」
魔王が黄金の眼を細め、不敵な笑みを浮かべる。
勇者の剣を名乗るのであれば、対極にあたる魔王のものとなる可能性は低い。しかし捨て置くには危険すぎる。人族から聞き出した話が本当ならば、この剣は魔族に滅亡をもたらすだろう。
だが破壊するのもまた難しい。渦巻く魔力はそれだけで並の刀剣を折るだけの力があったが、勇者の剣はびくともしない。全力ではないとはいえ罅すら与えられぬとは、魔王としては少々自信をなくす思いだ。
だからこそ封じると言って半ば脅しをかけたのだが、
『汝を我が主として認めよう』
なんの逡巡もなく快諾され、魔王は肩透かしを食らった。
「よいのか? 勇者の剣であることに拘りを感じたのだが」
思わず訊ねた。
『勇者となるに種族は関係ない。人族だろうが魔族だろうが、人々を救い希望をもたらすのが勇者である。魔王と自称していようが汝は魔族にとっての希望の光なのであろ?
では勇者だ。我が主となるに相応しい』
人族限定勇者の剣だと思っていたが、どうやら違ったようだ。魔王と呼ばれ人族から恐れられてはいるものの、言われてみれば魔族から見て勇者と言って過言ではない。
そうか余は勇者であったか。魔王であり勇者であるか。そうかそうかそうであるか。
ニヤニヤと上がる口角を抑え、魔王が勇者の剣を掴む。
雷撃も暴風もなく、剣はあっさりと抜けた。
「ハァーッハッハッハァ!!!」
魔王が高らかに笑う。陽光石の光が祝福するかの如く降り注ぎ、神硬銀の刀身に反射して流星のような輝きを残す。
剣は初めて握ったとは思えぬほど手に馴染み、まるで羽根のように軽い。
「素晴らしい! 余に相応しき素晴らしい剣だ!!」
だが抜き身では締まりがない。一刻も早く鞘を作らせねばと急いで出ていこうとする魔王に、剣が待ったをかけた。
『我が主よ。我に名を与えてはくれまいか』
「名だと? 勇者の剣ではないのか」
『それは我が性質。我が名は我が認めた我が主につけてもらいたい』
剣の言葉に魔王の眼がキラリと光る。実は剣を抜いたその瞬間、魔王の頭に素晴らしい名が浮かんでいたのだ。
「ではそなたに名を授けよう。これからはこう名乗るがいい。
〈闇に漂う永遠なる死〉と!!!」
『やっぱやめる』
「はぁ!?」
掲げた剣が手からするりと抜け出し、台座に納まった。
「何故戻る!?」と慌てた魔王が剣を掴むと、雷撃が迸る。
「ポギョコココッ!??」
パタリと倒れ、またすぐ起き上がった魔王。さすが魔王である。
「何をするか!!」
『マジ激ダサ萎え萎えアリエンティー☆』
「ぐ、ぬうぅ……。わけのわからん言葉を使うな!」
『汝の記憶から汝が一番ダメージを負う言葉遣いを選ばせてもらった。もっとも、汝の傷など我の負った心の傷と比べれば万分の一にも満たないがな』
「なっ、き、記憶を読んだ……だと……?」
記憶を読むなど魔王どころか一流の魔法使いでも難しい。
しかし勇者の剣は、
『我は勇者の剣、それくらいできて当然である』
と事も無げに答え、さらに続ける。
『しかし我を求める理由が愛する妻と娘のためとはな。意外と愛妻家というやつなのか?
だが残念だったなぁ。我は汝を我が主と認めるわけにはいかなくなった』
「何故だ! 良い名ではないか!!」
『希望の象徴たる勇者の剣に、あのような奇天烈な名をつけるわけにはいかぬ』
「キテレツだと!? どこがおかしい!」
『全部おかしい。
それよりよいのか? 目的が果たされぬ今、いつまでもこの場に留まっている場合ではなかろ? 愛する妻と娘に土産のひとつでも買ってやったらどうだ。城下の街ではアツアツアップルパイとやらが流行りらしいな。
まぁ、その程度で五度目の浮気が許されるとは到底思えんがなぁ?』
「なあっ!? き、貴様っ、その口を今すぐ閉じよ!」
『チョベリバ~☆』
「このクソ剣が!! 二度と来るか!!!」
マントを翻し、床を踏みぬく勢いで魔王が歩き去る。その背に『パパうるさ~い☆』と声をかけると、鬼の形相で睨まれた。
勇者の剣に対しなんとも無礼な王である。やはり主にしなくて良かったと、剣は安心して眠りについた。
大扉が閉じる。外界と広間を隔てるあの境界を越える日は、いつ来るのだろう。
理想の主を夢に見ながら、勇者の剣は孤独に微睡む。
今日も待ち望む主は来ない。
《解説》
「チョベリバ」
超ベリー(very)バッド(bad)の略。
気分を害したり機嫌を損ねたりした時などに使う。死語。
反対語に「チョベリグ(超ベリー(very)グッド(good))」がある。
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