魔王様の心がぽっきりな話
昔の書きかけを見つけたがプロットが見つからなかったのでテキトーに纏めてみた。頭空っぽにして読むこと推奨。おひまさま歓迎です。
邪智暴虐の権化たる魔王は勇者に封印された。既知の封印術でも最強のもの、「白の封印」によって。
だが、「白の封印」は永久の封印術ではなかった。およそ100年で封印が綻び、解けてしまうのだ。
100年経つと魔王は復活し、再び人類に牙を剥く。人類はその度に絶滅の危機に瀕し、その度に新たな勇者が現れ、そして勇者が魔王を封印する。すべてを顧みず、持てる全ての力を使って。
そんなことが、千数百年も続いていた。
その長き人類と魔王の戦いの中で、魔王は──
──すっかり心が折れていた。
「もう、やだ……いっそ殺して……」
魔王は死んだ魚のような眼をしながら、虚空を見据えている。それを、ちょうど魔王城に乗り込んで玉座の間に辿り着いていた勇者一行はぎょっとしたような眼で見る。魔王はそれに気づいているのか、いないのか。反応を見せなかった。その様、木石のごとしである。
……ちょっと、思ってたのと違うんだけど。勇者は内心戸惑っていた。彼女──そうそう、今代の勇者は女性だった──が想像していた魔王はもっと邪智暴虐だった。満面に邪悪な笑みを浮かべ、配下の女魔族や奴隷にされた人間の女性を侍らせて、「ふはははは、よくぞここまでたどり着いた! 勇者よ!」などと呼び掛けるのが勇者のイメージする魔王だった。もっと自信に満ち溢れ、いっそ傲慢なくらいに偉そうなのが魔王だった。だって勇者が子供のときにお祖母ちゃんが教えてくれた魔王はそうであったし、街で見かけた演劇でもそうだったから。間違ってもこんな、弱々しい眼で「あぁ……やっと来たか、
勇者……」などと呼び掛ける奴が魔王だなんて思ってもみなかった。
「えっと……魔王?」
思わず勇者は声を掛ける。しかし魔王は相変わらず虚ろな眼をしたままだった。勇者の仲間達も、何だか様子がおかしいとざわついた。
「ちょっと……あれホントに魔王? 目が死んでるわよ?」
「うむ……だが、これは好機なのではないか? 今なら楽に封印出来そうだ」
「油断は禁物ですよ、聖騎士。これが魔王の作戦かもしれません」
いやぁ、これが作戦ってことはないんじゃないかなぁ。勇者は苦笑する。どっからどうみても絶望した魔王そのままな気がする。
ちなみに、喋った順から魔女、聖騎士、聖女。勇者の心強き仲間達だ。全員女性なのは勇者が女性だったから、に起因する。しかし侮ることなかれ、過酷な旅に耐えきった彼女達の実力は本物だ。
「ねぇ、どうする? 殺っちゃう?」
魔女が勇者に尋ねる。皆の視線が勇者に集まる。勇者は拍子抜けのようなものを感じながらも、頷いた。迷うことはない、勇者達はこの日のために旅をしてきたのだから。
「あぁ……やろう。皆、行くよ」
剣の柄を握りしめ、鞘を払う。その剣こそ勇者を勇者たらしめる正義の刃。金色に輝くブレイブソードは魔王と相対するに至って、光沢をさらに増していた。キラッキラである。
脱兎のごとく勇者が駆け出したのを無言の合図とし、聖騎士が後に続く。魔女が最上級火魔法の《クリムゾンフレア》を唱え、聖女は様々な能力向上の加護、《スーパー・バフ》を祈る。
魔王はやっと勇者に目を合わせ、初めて微かな笑みを浮かべた。
「……さぁ来い、勇者。人間の力を俺に見せてみろ……」
「言われずとも! 食らえ、《ホーリー・スラッシュ》!!」
魔女の《クリムゾンフレア》が魔王を包み込み、ダメージを与えながら視界を奪う。
その隙に聖女のバフを最大限に活かして勇者が高く飛び上がり、魔王を見下ろす。そして、不敵に微笑む魔王のその面を歪ませんと大上段に剣を振りかぶった。ブレイブソードが輝きを増し、刀身が光に包まれて見えなくなる。それは勇者の必殺技で、当たれば魔王に少なくない手傷を負わせられる有効打。振り下ろす。その軌跡はまっすぐ魔王に向かっていて──
──魔王は何もしなかった。
「……え?」
勇者は焦った。攻撃が当たるのだから勇者が焦る必要は全くないし、むしろ喜ぶべきですらあるのだが、しかし。魔王があまりにも泰然自若とし過ぎているせいで、選択を間違ってるのではないかと錯覚したのだ。え、マジで? 直撃するよ、このままだと。無傷で受ける自信があるのかとも思ったが、如何に魔王が強かろうとそれは無理がある。《ホーリー・スラッシュ》は軽んじられる程度の威力ではないのだ。
どういうことなんだ、と魔王の顔を見ると、微笑が満面の笑みに変わっていた。怪物そのものの魔王の凶悪な面が歓喜に満ちて、むしろあどけなさすら覚える。勇者の顔が盛大に引きつった。
ドオオオン、と爆音と白煙が辺りに立ち込める。爆音に顔をしかめながら魔女と聖女は油断なく次の魔法の準備に移り、聖騎士は落ちてくるだろう勇者を受け止めようと白煙の中に駆け出した。聖騎士が腕を広げたちょうどのタイミングで勇者がそこに飛び込む。しっかりと受け止め、流れるように地面に立たせる。毎朝の鍛練の最中に練習した組体操の成果だ。正面向いて二人で決めポーズも忘れない。足を揃えて腕をV字に静止三秒。満点の出来。
「……って、何やってんのよ!」
「あ、ごめん。ついいつもの癖で」
魔女は「こいつふざけてんじゃあるまいか」と睨んだが、滅相もない。勇者も聖騎士も真剣である。真剣に集中していたからこそ、いつもの癖が無意識に出てしまったのが正解である。
最前線であり得ない隙を晒したことに魔女はひやっとするが、魔王は意外にも何もしてこなかった。というか、こっちを見てない。また虚空を見据えている。何なのだこの魔王は。勇者も遅れてそれに気づき、叫んだ。
「魔王! こっちを見ろっ」
「……なんだ」
ゆっくりと顔を向けるが、魔王の瞳に勇者は映っていない。そのことが、勇者には腹立たしい。敵として認められていないようで。併せて、さっき無防備なまま攻撃を受けた態度も。絞り出すように唸りながら問うた。
「何故、何もしなかった!」
「……?」
「何故黙ってボクの攻撃を食らったんだ!! マゾか? マゾヒストなのかっ? 君は被虐趣味でもあるのかっ!?」
本当はこの時間も無駄で、勇者は黙って斬りかかれば良いものを、会話を始める。魔王もそれに素直に応じていて、だから勇者の仲間達は攻めるに攻められず、所在なさげに立つしかなかった。
魔王が答える。
「……だって、『食らえ』って言われたから」
「素直かっ」
つっこみを入れたはいいが、勇者は少し嫌な気分になった。無傷で魔王に一撃与えられたことは行幸だが、自分の「食らえ」という言葉を素直に守られたとなると、自分が悪者になったようだ。弱いものいじめをしているような、いたいけな子供を騙しているような。……ボク、人類の未来を守りに来たはずなのになぁ。
落ち込む勇者を余所に、魔王が口を開いた。
「……次は俺の番だ」
来る、と全員が身構え、何もさせまいと聖騎士がいち早く駆け出す。しかし魔王は瞬く間に詠唱を終え、聖騎士は間に合わせることが叶わなかった。
「……呪化《退路は正面にあり》」
四人の身体を黒い靄が覆った。状態異常のカースド……つまり、呪われたのである。聖女は慌てて呪いを解除しようとしたが、すぐに表情を急変させる。
「なっ……呪いが祓えないです……」
「聖女でも無理なの!?」
魔女が驚愕し、勇者と聖騎士は呻いた。その様を嬉しそうに……訂正。相も変わらず辛気くさい面で魔王が眺める。
「……それは、最高難度の呪いだ。如何に聖女といえども解くのに1ヶ月はかかる。何、安心しろ……この呪いはお前らが逃げられないようにしただけだ。俺を殺す障害とはならない。……逃げるなよ、勇者」
ご丁寧に説明つきだ。
勇者は呪いを掛けられた不安以上に安堵の思いが強かった。何だ、さっきは敵扱いされてないのかと思って腹が立ったが、こうして態々呪いを掛けてまで戦いたいと意思表示されれば悪い気がしない。ちゃんと敵として認めてくれているじゃないか。
「逃げるものかっ。皆、行くよ!」
声を掛けて仲間の気を切り替えさせ、再び駆け出す。まだ、戦いは始まったばかりだ。
……そう、このときは、三日三晩続く戦いが始まったばかりだったのだ。
※三日後※
「……どうした、それで終わりか?」
如何にも魔王らしい台詞を魔王が吐いて尋ねる。些か失望したように。魔王の眼下には倒れ伏す勇者の仲間達、そして膝をつく勇者。勇者は呻くように叫んだ。
「終わりです! 降参! もうボクも限界!」
勇者の心はすっかり折れていた。魔王は思った以上に無抵抗だった。当たれば致命傷な攻撃はしてくるものの、ちっとも当たらず、それでいて防御と言う概念を忘れてきたかのように無防備を晒す。それなりに戦いっぽいドンパチした雰囲気はあるのだが、どうしようもなくヌルゲーであった。これなら配下の魔族と戦ったときの方がよっぽど苦戦したな、と思うくらいに。つまり、作業だ。よほど油断しない限り奴の攻撃は当たらないし、防御されないなら最高火力を連発するだけでいい。駆け引きも何もあったものじゃない。一日目でヌルゲーだと確信した。二日目で作業に飽きた。三日目、どうしようもなく心が折れた。
魔王は腐っても心が折れても魔王なようで、これだけ殴り続けてもまだ倒しきれない。なるほど、先人達が持てるすべての力を使って漸く倒せただけの力はあるようだ。マジつらい。緊張感も何もなく無抵抗の相手を殴り続ける、それが魔王と勇者の最終決戦? ふざけるな。勇者の名が廃るわ、二重の意味で!
勇者は決めた。やってられるかこんな戦い。王命とかもうどうでもいいや。
「おい魔王! 戦う気がないなら大人しく降伏しろ!」
さっきまで飽きて心折れて倒れ臥していたとは思えないような威勢のいい言葉を吐く勇者。厚顔無恥とはこのことか。仲間の魔女や聖騎士達も目を丸くしてついていけていない。果たして魔王はというと。
「……はい。参りました」
やっぱり素直だった。
嘘だろマジか、そんなのありか。魔女も聖騎士も聖女もちょっとこの展開は予想外。頭がついていかない。世界を幾度となく恐怖に陥れた魔王が降伏? そんな馬鹿な。唯一笑いながら、思った通りだと頷くのは勇者のみ。
「よろしい、じゃあボク達の勝利だ。魔王よ、負けたからには──」
「……うむ。殺すなり封印するなr──」
「──ボク達についてきなさい」
「……は?」
ついに魔王も勇者についていけなくなった。パーティの三人はさらなり、だ。何を考えているのか勇者様は。ラノベじゃあるまいし、魔王と勇者が同陣営とかあっちゃいかんだろ。というか流石に魔女が食ってかかった。
「ちょっと勇者、なに考えてんのよ! 魔王ちゃんと封印しなきゃ民草が安心できないでしょ!?」
「えぇ、生け捕りにしたって言えば何とかなるでしょ」
「馬鹿じゃない? アンタ馬鹿じゃない!? 控えめにいってソイツは化け物よ!? 何ともならないわよ!」
状況に追いついた聖騎士と聖女も援護射撃をする。
「それに、魔王討伐は王命だぞ。勝手に止めたとなれば、命令違反で処罰も有りうるぞ!」
「今まで魔王を倒すためだけに戦ってきた私達の苦労も水泡に帰すのですよ?」
魔王もこっそりウンウンと頷いている。どれもこれも正論だった。ぐうの音も出ないほどに常識的な判断だ。更に魔王まで勇者を説得し始める始末。
「勇者よ。考え直せ、俺は死にたいのだ。俺は望みを叶え、貴様は栄誉を得る。それがWinーWinというものではないか」
しかし、勇者はボソリと言った。
「じゃー魔王を殺すの? 殺せるの? ボクもうやだよこんなの勇者じゃないもん」
うっ、という低い呻き声が複数聞こえた。正論というよりは感情論だが、それはそれでまっとうな意見だった。更に追い打ちが続く。
「というか魔王倒すまであと何日かかるわけ? どうせ無抵抗なら態々ボクが手を出す意味なくない? ボクもっと時間は大切に使いたいんだけど」
「民草の安心なんかどうでもいいよ。安全さえ確保出来れば十分でしょ、甘ったれすぎ」
「王命なんて所詮は王様の気分次第で覆せるんだから、説得すればいいんだよ。……そう、オハナシアイって大事だよね」
「今までの苦労? 損切りが出来ないともっと大きな損をするんだよ。過去に囚われるより未来を見据えるべきでしょ」
「あと死にたいなら勝手に死に晒せ。ボク達にやらせんなカマチョめ」
うっ、うっ、と追撃される度に呻き声が上がる。四人とも俯くばかりだ。何も言えない。いや、反論しようと思えば出来ただろう。何せ勇者の根本は感情論で、「もういやだ」。そこに突っ込む正論は幾らでもある。だけれど、四人も薄々感じていたのだ。建前の正論はさておき、本音のところでは「なんて無駄なことをしているんだろう」と。それに、うんざりする心もあった。勇者と同じで飽きていた。
とはいえ使命だし、いやいやもうよくね? 葛藤する三人。そして、
「……そ、そうよね。甘やかしすぎるのも良くないわよね」
「……へ、陛下は英明であらせられるから、確かにご理解いただけるかもしれないな」
「……未来のために踏み出すことは大事ですね、ええ」
魔女達はややも迷うそぶりを見せながらも、絞り出すように同意した。使命に欲求が勝ってしまった瞬間だった。
カマチョ扱いされた魔王はというと。
「……カマチョ」
しょげていた。なんだよお前素直かよ。魔女達は若干おののいていたが、さすがに勇者は動じることもなく魔王の手を引いて言った。
「ぃよっし皆納得したんだから決定ね! 魔王が新規参入! じゃー新生勇者パーティ、華々しく凱旋といくよ!」
オーっ、という溌剌な勇者の声につられ、他のものも声をあげる。その声に押されるように勇者は先頭切って魔王城を後にした。魔女、聖騎士、聖女もあとに続く。魔王はしょげたまま手を引かれて、
「あ、お前でかすぎ。小さくなれないわけ?」
という勇者の無茶ぶりに応え(!?)、勇者並みの背丈に小さくなってついていった。おい魔王、それでいいのかというのは最早今更である。
かくして魔王討伐戦は当事者達の心が全員戦死、魔王の降伏という形で幕を下ろした。この後、折れた心を魔王が元に戻すまでの長い長い道のりは、それはまたの機会に話すとしよう。
読了有り難う御座いました。感想評価頂ければ喜びます。
中身はほぼないですし、続きそうな終わり方ですが続きません。ただまぁ需要があればそれなりの対応を考えたいです。
思いつくままに書きなぐったので展開とか文とか色々酷いですけどご容赦ください。ちな、私は読み返す勇気が湧きません。