歯車が動き出す
「おい・・・あれ・・・」
薄い霧がかかった草原で男が囁く。
その渋い声には、明らかな緊張の色が出ていた。
その声に反応しゴクリと喉を鳴らしたのは、男の後ろを歩く二人の仲間だった。
先頭を行く男は筋骨隆々で、そのゴツゴツとした手には無骨な剣を持っていて、背中にはパンパンに膨れたリュックを背負っている。
右頬には大きな傷が入っていて、見るからに強そうだ。
そのすぐ後ろに続くのは端正な顔立ちの女で、綺麗な手には既に矢をつがえた状態の弓が握られている。
一番後ろを歩くのは少女という言葉が似合う、まだあどけなさが残る顔の女で、小さな手に簡単な作りのダガーをしっかりと握りしめている。
3人の魔道具が夜の闇を切り裂く。
頭に装着したそれは前方を照らすためのものである。
本来なら安心する光のはずだが、夜の霧の中ではかえって不気味だ。
「なに・・・?魔物?」
女が鷹のような鋭い目付きで辺りを警戒しながら男に聞く。
まだ、その「何か」の正体を掴めていない男は、女の質問には答えず、それにゆっくりと近づいていく。
「や、やめましょうよ・・・私、魔力切れててもう魔法も使えないですし~・・・」
少女が前を歩く二人を制止するが、その声は夜の静寂に消えていく。
少女はそれがいつものことであるかのようにため息を漏らし、震える足を無理矢理に動かしついていく。
男は「何か」のすぐ傍らに立つと、持っている剣でそれをひっくり返した。
「・・・」
「なに?」
男の表情は緊張から驚愕に変わり、もはや声すらも出ていない。
明らかに様子のおかしい男に女は、何があったのか聞く。
が、男はその「何か」をじっと見つめたまま口を開かない。
「何があったの?」
苛立ちの色が濃く出ている女の声に、やっと男が我にかえる。
そして、ゆっくりと口を開く。
「・・・人だ」
その一言でその場にいるただ一人、その場で倒れている少年を除く全員の表情が歪む。
「い、生きてるのか・・・?」
女がやっとのことで口を開く。
「寝息を立ててます・・・」
少女が倒れている人間に耳を近づけて生存を確認する。
「わ、私たちと同じ冒険者か?」
「武器もなければ、防具もおかしな布の服だけ・・・魔道具の類いも確認できない、それどころか荷物すらない・・・そんな冒険者がいるのであれば・・・まあ、そうだろうな」
女の質問に、男は皮肉っぽく答える。
「あり得ない・・・壁の外で人が生きていけるわけがない」
「・・・でも、こいつは無傷で昼寝を楽しんでやがる」
女の言葉に男は反論するが、その顔は明らかに同意見だと言っている。
「どうする?」
「・・・どうするったって」
女は男の問いに戸惑うが少し考えて顔をあげる。
「置いていくわけには行かないだろ」
「はあ・・・これでまた長老会のありがてぇ話を何時間も聞くはめになるな」
「また、怒られるんですか・・・私嫌ですよ~・・・」
「得体の知れない人間を壁の中に入れるんだ、まあ爺さん婆さんが黙ってねぇだろうな」
その場にペタンと座り込んだ少女に「冒険者ってのは目をつけられてるからな」と男が笑いながら言う。
「ギル、担いで行ってくれ」
「おいおい、勘弁してくれよ」
女の放った言葉に男は「ただでさえ、重い荷物担いでんのによぉ」と反論する。
「串肉10本」
「レイ様、まじ美人!喜んで!!」
が、女が続けて放った言葉で、男はすぐさま倒れていた人間を担いだ。
「さあ、帰ろうか・・・ロイサレドへ」
疲れの色が見える女の声が夜の静寂にとけて消える。
そして、4人は闇の中へと消えていく。