第八話:勇気ある告発、そして
トリスの告白は続く。
魔術科教師の魔の手からどうにか逃れたトリスは、寮に戻ってシンシアを問い詰めた。
魔石盗難事件をそそのかしたというのは本当か。
その見返りとして手を下した教師にトリスを好きにしていいと言ったのはなぜか。
シンシアは「ごめんなさい」とただ泣くだけで、答えようとはしない。
そこへ来て始めて、トリスは恐怖を感じた。
クリスティアナの髪を手に入れてきたのは確かにトリスだが、甘ちゃんなシンシアのことだからそうたいしたことには使えないだろうと思っていた。
だが今回のことから、この一見すると夢見るお花畑ちゃんな彼女は実はとんでもない毒婦であり、高位にある男達を次々と手中に収めるのと同時に、自称親友であっても平気で売り飛ばすことがわかってしまった。
しかも質が悪いのは、そんな彼女の見せかけの儚さに騙された男達がいるということ。
翌日、トリスはシンシアが入り浸っているサロンのメンバー達にまるで拉致されるようにして、学園の敷地の端も端……人気のない森へと連れ出された。
「トリス・メギナと言ったか。……貴様、入学時よりずっとシンシアに辛く当たってきたそうだな?」
「そうそう。シンシア、優しいからそれでも精一杯笑うんだ。けど、たまに痣が増えてる時があって、勿論僕が速攻で治してあげたけど。いくら可愛らしさで敵わないからって、暴力振るうなんてサイテー」
「シンシアが泣いていましたよ。ちょっとした弱みを握られて、そのことで脅されていると。弱みがあってこその人間です、それを認められるシンシアのなんと尊いことか。貴女も恥を知りなさい」
「殿下、どうかここでこの重罪人を斬り捨てる許可を。このままではシンシアがずっと苦しまなくてはならなくなります。ならせめて、ひと思いに」
「駄目だ、ジョージ。……貴様の命だけは取らないでおいてやる。だからすぐに荷物を纏めて学園を出て行け。二度目はないぞ」
トリスは言われた通りすぐに退学届を出し、数日のうちに領地へと帰った。
そして休暇で会いにきてくれたラウルとその場で婚姻を結び、今この場へと再び足を踏み入れたというわけだ。
「……残念ね、シンシア。こんな場面、貴方のシナリオにはなかったでしょう?わたくしは領地に一人戻って、突然舞い込んだ縁談を断りきれずにどこぞの変態……あら失礼を。どこかの誰かに嫁がされ、そうして二度とこのような華やかな場には顔を出せない身分となってしまう。そして、高位貴族の皆様に愛された貴女とも二度と顔を合わせない……そうなるはずだったのに、ねぇ。だってわたくしがいると、都合が悪いのでしょう?最初の頃は貴女の方から積極的に身の上話をしてくれたもの。例えばそう…………お母様の形見だとか先程言われていたカメオ、あれは自分のお小遣いで買ったものだとか、ね?」
「あぁ、っ…………」
とうとう、シンシアは床にぺたりと座り込んでしまった。
両サイドからヒューイとデルフィードが抱えて立たせようとしているが、彼女は項垂れたままイヤイヤと首を横に振るばかりだ。
親友だと称していた同室者の少女を利用するだけ利用して、都合が悪くなったら取り巻き達に泣きついて学園から追い出してもらう。
そしてとどめとばかりにもう二度と社交界にも学園にも出られないような嫁ぎ先を紹介してもらい、話されては困ることを闇に葬ろうとした。
が、彼女はやはり甘いのだろう……そこでトリスを亡き者にして欲しいと……その方が最も効率的であるのに、そう望まなかったのだから。
会場中から、冷ややかな視線、嘲りの視線、非難の視線が、彼ら6人の【断罪者】に降り注ぐ。
しかしこの期に及んでもなお彼らの関心はシンシアにのみ向けられており、トリスとクリスティアナは敵認定のままだというのがいっそ清々しいほどだ。
今度こそ、このまま放っておいても自滅は近い。
だがクリスティアナは徹底的にやると決めた、それはこうして己の恥よりも罪を公にすることを望んだ勇気ある女性に報いる、という意味もある。
彼女は、今すぐにでも剣を向けてきそうなジョージへと再び視線を向け、「ねぇ」と声をかけた。
「ところで、そのカメオ盗難事件ですけれど……先程から『あの日』『あの時』と時期をあやふやにされておりますわね。一体、いつのことかしら?」
「……シンシアが相談してくれたのは、今年度の夏季休暇が終わって間もない頃だ。それがどうかしたのか」
「いいえ、どうもしませんわ。わたくしは、ね?」
どうかしら、メギナ様?と問いかけられたトリスは、おかしいですわねと小さく微笑む。
「わたくしが学園を去ったのは夏季休暇の前ですわ。そしてその休暇中に夫と結婚しましたの」
「そんな偽りを、っ」
「男爵家とはいえ貴族の婚姻ですもの……当然神殿に記録も残っているはずですし、偽りはありません」
真っ直ぐ、今度は神官長の子息を見ながらトリスは言葉を紡ぐ。
ジョージは本当かと問うように彼に視線を向けるが、苦々しげにうなずき返されて今にも舌打ちしそうな顔になっている。
「婚姻後わたくしは領地にずっとおりましたし、ですから夏季休暇明けにわたくしが窃盗を働いた、というのはおかしな話ですわね。合っているのはわたくしが彼女に黒髪を渡した、ということだけですわ」
彼らは、何も言わない。
もはや何も言えないのかもしれない。
なにか言えばその倍以上の反論が返ってくる、それなら沈黙を……とそこまで考えているのかどうかは怪しいが。
トリスはそして、クリスティアナに向けて謝罪する。
「──── わたくしの軽率な行いにより、レクター様には多大なご迷惑をおかけしてしまいました。改めまして、申し訳ございません」
それと、と彼女は先程クリスティアナに協力してくれていた魔術科教師シェイラの方を向き、深々と一礼する。
「とある筋からの依頼で公にできない犯人……先生はそう仰ったのに、わたくしはそれを明らかにしてしまいました。お詫びのしようもありません」
「いいえ。確かにとある筋……学園長から口止めはされておりましたけれど、それは窃盗に関することだけ。まさかそれ以上の余罪があったとは、こちらも気づいていなかったことです。むしろ勇気を出して告発してくださって、こちらとしては感謝したいところですわ」
未遂であれ、『乱暴されかかった』とはあまりに女性にとって辛い事実だ。
本当なら領地に引きこもって泣き暮らしたい、こんな公の場でその事実を話すなど耐えられないに違いない。
会場のどこからか、拍手が起こった。
それに合わせるようにひとつ、ふたつと音が増えていく。
どうやら手を叩いているのは皆女性ばかり、そして最初に手を叩き始めたのは他ならぬ王妃であったようだ。
最初は女性だけが、そしてつられるようにそのパートナー達が。
会場中を埋め尽くした拍手の渦 ────── それを断ち切ったのは、空気の読めない断罪者代表……王太子、チャールズの一言だった。
「えぇい静まれ、静まれぇっ!!この私を誰だと思っている!恐れ多くもこの国の次期王である私の妻となる女性に恥をかかせたばかりか、その大罪人どもを称える真似などしおって!恥を知れ、この痴れ者どもがぁっ!!」
シン、と途端会場中が不気味な静けさに支配される。
王太子はきっと、自分の一言で皆が恐れをなしたのだろうと勘違いしている。
否、勘違いなどではなく事実彼らは恐れをなして口をつぐんだのだが……その対象は王太子ではない。
王太子はこう言った。
『大罪人どもを称える真似などしおって、恥を知れ、痴れ者どもが』と。
その称える拍手を最初に始めたのは誰だっただろうか?
────── 国王すら茫然自失で魂すら半ば抜けたような顔をしている中、毅然と前を向いている王妃その人である。
つまり王太子のこの一言は、己の母でありなおかつ国の中心人物の一人である王妃を侮辱する意味を持っていた、ということだ。
(ふふ、終わりましたわね……王太子殿下)
クリスティアナは未来の王妃として、ずっと王妃教育を受け続けてきた。
チャールズに対する思慕も思い入れも何もない婚約だったが、唯一この国の王妃だけは尊敬し慕ってきたのだ。
それだけの価値のある存在だと、彼女が認めた存在。
だから彼女は、道を開けるように横にずれ、そして淑女の礼にて【最後の断罪者】を迎えた。
「随分長らくお待たせいたしました。此処から先はお任せ致しますわ、王妃陛下」
断罪劇のラスボス、登場です。