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第六話:やってきた悪役令嬢?

 

 同室者の少女を、親友だと言っていたシンシア。

 家の都合でやむを得ず途中退学をすることになってしまったが、大好きな友達だと言っていた、その同じ口で彼女は「トリスがやったのかも」「わたし、本当は嫌われてたのかな」とグスグス泣きながら言い募っている。


 俯き、ついに本格的に泣き出してしまったシンシアの肩をそっと抱き寄せ、よしよしと宥めるように髪を撫でてやるチャールズ。

 他の四人は恨めしそうにそれを見ながら、ちらちらとクリスティアナへ睨みをきかせるのも忘れない。


(やれやれ。やはり、徹底的にやるしかありませんわね)


 どうにか続行の意思を固めたクリスティアナは、ふるふると小動物のように震えるシンシアには一瞥もくれず、先ほど思い上がった発言をしたジョージを咎めるような視線で射すくめた。


「もし裁判の担当官であったなら、と先ほどそう仰いましたが……もし万が一、天地が引っくり返るようなことがあって貴方がその任につかれたのなら、公正に裁かれるべき者が無実の罪に苦しんだり、軽度の罪が重罪であるかのような裁かれ方をされてしまいそうですわね。だって、自称被害者の証言だけを盲信して公爵令嬢たるわたくしを呼び捨て、更に罪人呼ばわりしたばかりか、『極刑』にすると仰るのですから。……そうそう、極刑の意味はご存知かしら?」

「ふざけるなっ!その程度のこと知らずに騎士が務まるわけがないだろう!」

「良かった。安心しましたわ」


 ジョージは、クリスティアナが最後につけくわえた言葉にだけ憤慨して見せたが、実はその前の言葉こそ彼の騎士たる資格を疑うような、侮辱ともとれる内容だったことに気づかない。

 そして ──── クリスティアナが今、どれだけ怒りを抑えているのかということにも。


 幼い頃から貴族社会で生きてきた者は当然気づいて愚か者を嘲笑しているし、社交界を渡り歩いている大人達は『公爵令嬢を呼び捨てた挙句罪人呼ばわりした』ことに対し、「あぁ、エプソン伯爵家もこれまでか」と哀れみの視線を現騎士団長へと向けている。

 その騎士団長は、先程から情けないやら恥ずかしいやら腸が煮えくりかえるやらで、どうにか最後の誇りを奮い立たせて国王の護衛についてはいるが、今にも自害を申し出そうなほど悲壮な顔つきだ。


 王族をはじめとする国の重鎮達を来賓に招いての、卒業記念パーティ。

 そのおめでたい場で断罪などを始めてしまった王太子他数名は間違いなく空気の読めない人種であり、非常識であり、貴族として失格であり、今すぐに衛兵に叩き出されても不思議はないほどの不敬を働いている。

 そんな彼らが思うままに断罪劇を続けられるのは、ひとえに加害者だと告発されているクリスティアナ・レクター公爵令嬢がそれを許しているからだ。

 彼女が、己にかけられた冤罪を晴らしたいと願うからこそ、不敬罪で罰せられもせず、牢に入れられることもなく、不遜な態度でこの場にい続けられる……そのことに、彼らが気づくことは恐らくない。




「カメオ窃盗の件については、同室者の過ちだったということでよろしいのかしら?」

「そんな言い方はよせ!シンシアをどれだけ傷つけたら気が済むんだ!」

「あら、今回の場合傷つけたのはわたくしではなくてよ。そもそも、オートロックで鍵のかかった部屋に容易に侵入でき、わたくしの髪をこれみよがしに偽の証拠として主張し、そして何よりそのブローチがマクドリーズ嬢のお母様の形見だと知り得た人物。しかも何故だか途中退学していてこの場には来られない、そんな人物がいるというのにこのわたくしに罪を被せようとしたことに疑問を感じますわ」


 と畳み掛けるようにそこまで言って、クリスティアナは一呼吸置いて「そもそも」と続けた。


「そのメギナ様……どうしていきなり途中退学なんてなさったのかしら?ねぇ、貴女ご存知?」

「そ、それはっ、あの、トリスのお父様が突然倒れられて……それで、急いで戻らないと、って。もしかしたら、急に縁談とか、あるかもしれないから、って」

「まぁ、そうですわね。領主が倒れれば跡継ぎが必要になりますもの、もしいなければ娘婿にと急な縁談が決められる……それが貴族というものですし」


 珍しくクリスティアナが同意を示したことで、シンシアは一瞬ありえないと言うように目をむいたが、すぐに怯えたような顔になってチャールズに取りすがる。

 チャールズ他取り巻き達も何か企んでいるんだろうという鋭い視線を向ける中、クリスティアナは憂いを帯びた視線を何故か会場の隅へと向けた。


「でもわたくし、存じませんでしたわ。メギナ男爵がお倒れになっただなんて。……メギナ男爵領といえば、わたくしの大好きなオランジェの産地ですもの。特別に男爵様から直接送っていただいておりましたし……つい先日頂いたお手紙でもお元気そうでしたのに。もしかして無理をなさっておられたのかしら?」


 ねぇ?とクリスティアナが視線を向けた先、この卒業記念謝恩パーティの参加者として決して遜色のない落ち着いたAラインのドレスを身に纏ったシンシアのかつての同室者……トリスがその場に姿を現した。

 彼女はまずクリスティアナに向けて一礼し、そして未だ沈黙を保っている国王や王妃にも貴族の礼をとり、次いで会場中でざわめいている他の参加者達にも深々と一礼した後、ようやく呆然としているシンシアに視線を向けた。

 そうして彼女を見据えたまま、クリスティアナの問いに答えようと口を開く。


「父なら、お陰様で毎日オランジェ畑に出向いて熱血指導しておりますわ………そうそう、学園を急に辞めた理由ですけれど……」

「やめてっ!トリス、お願いだからやめてぇ!!」

「大きな声では言いにくいのですけれど……わたくしの縁談がまとまりましたの。ですから婚姻のために中途退学という形を取ったのですわ」





「………………え、っ?」


 余程予想外の答えだったのだろう、寝耳に水ですというぽかんとした顔でシンシアはかつての『親友』を見つめている。


「あらあらシンシア。愛らしい顔が第無しよ?いやねぇ、レクター様が仰ったでしょう?貴族なら急な婚姻もあり得るって。お父様がね、事業拡大について意気込んでいらしたから、わたくしもお手伝いすることにしたの。学園で最後まで学んでみたかった気持ちはあったわ、でもね…………他ならぬ貴女が、台無しにしてくれたんでしょう?貴女と、そしてその取り巻きの皆様が」


 さらりととんでもないことを暴露したトリス、言葉を失い益々青ざめるシンシア。

 彼女を取り囲む取り巻き五人衆はトリスに対していきりたつが、当のシンシアがガタガタと震えて酷く怯えた状態のため、そちらを慰めることで手一杯の状態らしい。


「トリス…………なんで、どうして……」

「どうしてわたくしがここにいるか?……考えればわかることでしょうに。このパーティに参加できるのは今年卒業した生徒とそのパートナーだけ。わたくしは今年卒業を迎えるのパートナーとして参加しているの。なにかおかしい?」

「そ、んな……っ」

「それはどういう意味の『そんな』かしら?わたくしが再び学園に戻ってきたこと?それともわたくしの夫が、学園の生徒だということ?……そうね、確かに実家には頭のおかしな縁談ばかり次々と舞い込んだ時期もあったわ」


 彼女が結婚したのは、前々から婿入りを前提として許嫁関係にあった子爵家の次男。

 そんな彼と無事婚姻関係を結んだ直後、何故だか『とある筋からの紹介』で富豪の商人や少女趣味な中年子爵、貰い遅れてはや何十年という引きこもり男爵など、ワケアリ物件な縁談話ばかりが次々と届けられた。

 それに対しすでに婚姻していると答えれば、皆一様に『話が違う』『そんなこと聞いていない』と憤って帰っていったそうだ。


「口を揃えて『やんごとなきとある方』の紹介だと言っていたけれど……ねぇシンシア、どういうことかしら?」

「わ、わた、しらな、っ」

「やめろ!!貴様、この期に及んでまだシンシアを脅すつもりかっ!やはりあの時斬り捨てておけばよかっ」

「ジョージ!!」


(はい、自白いただきましたわ。……チョロいですわね、ジョージ・エプソン)


 ジョージの失言で、わかってしまった。

 トリスが学園を辞めたのは婚姻のためと本人はそう言ったが、実際はシンシアの取り巻き達の嫌がらせ……脅しのようなものがあった、ということ。

 彼女の実家に突如押し寄せたワケアリばかりの縁談は、恐らく取り巻き達の仕業であること。

 そして未だトリスに怯え続けるシンシア……そこにはまだ、明かされていない何か後ろ暗いことがある、ということが。



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