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第五話:つぎはぎだらけの証言

 

 今回クリスティアナにかけられた罪状はこうである。


 准男爵令嬢シンシアは、ある時母の形見のブローチが部屋からなくなっていることに気づき、同室のトリス・メギナ男爵令嬢に相談を持ちかけた。

 すると彼女は『私も今戻ったばかりだからわからない。だけど、そこの棚の上にこの髪の毛が落ちてたわ。誰のものかしら?』と、彼女達のものではない色を持つ巻き毛を見せてくれたという。

 シンシアはそれを証拠として大事に保管しつつも、もしかして落としたのではと思い学校中を探していたところ、焼却炉の前に泥だらけのカメオが落ちていたと下級生たちが話しているのを聞き、無残にも踏みにじられたそれを見つけたのだそうだ。


「憔悴しきった彼女は、それでも勇気を出して俺に相談してくれた。彼女が拾った黒髪の巻き毛……これを隣国の『科学研究所』へと鑑定に出したところ、貴様のものだと判定が下されたのだ。クリスティアナ・レクター。どうだ、言い逃れ出来まい」


 またしても、呼び捨て。

 せっかくこの断罪劇を始める前に『手を出さないように』といい含めておいた忠犬が、彼女の隣で主の命令と主への不遜に対する殺意に苦しんでいる。

 ここでもし彼女が「待て」を解除したなら、彼はこの場がどこかを弁えずに目の前の男達、そして準男爵令嬢というほぼ平民の少女を惨殺するだろう。いとも容易く、かつ残忍に。嘲笑いながら。


 ちなみに『科学研究所』とは、チキュウという名の異世界から『落ちて』きた異世界人がもたらした『科学』という知識・技術を研究し、大国ヴィラージュのように国を発展させることを主な目的とする機関である。

 なので今回のように個人判別のための鑑定を依頼するなど、本来はあってはならない公私混同もいいところであり、更に科学研究所への命令権は国王にしかないのだから王子が依頼したとしても越権行為になってしまうのだが、この様子ではきっと知らないのだろう。


(そして彼らも、越権行為だと知りながら受けたわけですわね……完全に面白がってますわ、あの方々)


 クリスティアナも彼らとは少なからず親交があったため、わかる。

 彼らはきっと、この場に潜んでニヤニヤしながらことの成り行きを見ているに違いない。



「おいっ!聞いているのか、貴様!罪を認めるならよし、さもなくば……」

「さて、と……まずは窃盗事件についてですわね。わたくしの証言だけでは通じないでしょうが、かといって他に証言してくださる方もおられませんし」

「おい、無視するな!」

「問題点は挙がっておりますから、後はそれを」

「おい、貴様ぁ!!罪人のくせになんだそ、ひぃっ!?」


 ギャンギャンと喚いているジョージをさらりと無視して考えにふけっていたクリスティアナ、その態度に腹を立てた彼が大股に近づき、掴みかかろうと手を伸ばしたところで ──── 眼前数センチのところに突き出される銀色の剣先。

 クリスティアナの隣で必死に殺気を押さえつけていたジルベールが、主の危機を察知してとうとう牙を剥いたのだ。


 騎士団のホープと呼ばれる男が、突然現れた剣先とそれを突きつける男の凄まじい殺気に、一歩、二歩と後ずさる。

 が、ジルベールはその場から動かない。

 クリスティアナが、彼の頭にその手を乗せて『待て』をさせているからだ。


「我が君……」

「ジル?その忠誠は買ってあげるから、ね?」

「…………かしこまり、ました」

「ふふ、いい子ね」


 渋々剣をしまったジルベールは、しかしいつでもそれを抜けるように警戒態勢に戻った。


 どうにか場を支配する殺気が落ち着いたことで、会場内のそこかしこから安堵の声が漏れる。

 大半はこの場の警護にあたっている騎士のものだろう。

 そして同時に、騎士団の期待を背負って王太子殿下の近衛となったはずのジョージの無様な姿に、こらえきれない失笑もあちこちから漏れ聞こえる。



 そしてこの機を逃すクリスティアナではない。

 彼女は己に突きつけられた第三の罪状について、無表情に戻り淡々と復唱してみせた。


「つまり、こうですわね。マクドリーズ准男爵令嬢の部屋に、何者かが侵入してカメオのブローチを盗み出した。そのブローチは後日焼却炉のあたりで泥まみれになって発見され、そして部屋に落ちていた黒髪を鑑定したところわたくしのものと判定されたため、わたくしが全ての犯人であると断罪されている、と」

「そ、そうだ!おかしな点などないだろう!」

「おおありですわ。まず一点目。……学校の寮は部屋の主以外が入室できないように、魔力認証の魔道具を使っているはず。それなのに、何故部屋の主である彼女以外の者が盗みに入れたのか疑問にお思いになりませんの?」


 そう、この学校のセキュリティは生徒を守るという意味では最高レベルのものを使われている。

 と言いながら魔術科教師棟に泥棒が入った件についてはいささかお粗末な結末が実はあるのだが、それに関しては『とある筋』から口止めされているため真相は学校側しか知らない。


 それはさておき、寮のセキュリティは特に厳しい。

 ここに通うのは下は平民から上は王族までと身分差が激しく、故にもしものことがあっては困るからと、部屋の持ち主はそれぞれ魔力登録をされており、それ以外の魔力を感知したら警報が鳴り響くという徹底ぶりである。

 つまり、先程の魔石事件のように『誰かがシンシアの魔力で作った魔石で部屋を開けた』という手は使えない、ということ。


『さあ、論破してごらんなさい?』


 そう言いたげなクリスティアナの疑問に、ジョージは何を馬鹿なことをと言いたげな口調で答えた。


「シンシアはあの日、学校に忘れ物を取りに戻っていたんだそうだ。その際、あまりに慌てていたので部屋を確認せずに出てしまったのだと。……そうだな?シンシア」


 そうだな?の下りから突然猫なで声になったジョージに、クリスティアナは『気持ち悪いわ』とため息を噛み殺した。

 毅然とした態度でキリリとしていればそれなりに見られる外見であるのに、今はすっかりデロデロに溶かされたバターで作った人形のような顔になっている。


 問われたシンシアはビクリと大きく体を震わせ、怖いというようにチャールズの胸にすがりつきながらも、小さな声で「そう、です」と言葉を紡ぐ。


「あ、あのっ、あの時わたし、宿題を教室に忘れてしまって。それで、戻ったら部屋が荒らされてて……同室の子が、長いくるくるとカールした黒髪を拾ったからって。証拠になるかもしれないから、保管しておいたんです、けど」

「そう。その同室の子、というのは?できれば話をお聞きしたいわ」

「トリスは、っ!……彼女は、途中退学してて……だから」

「あら、そう。まぁそれは置いておきましょう。それに…………明らかにおかしいですものね」


 つっかえつっかえ、必死に言い募るシンシア。

 それを聞いてなおも、クリスティアナは「おかしい」と言い切った。


「……ねぇ、そこの金髪の……そう、今きょろきょろと周囲を見回している、騎士科の制服を着た貴女。貴女にお聞きしますわ」

「ひ、ひゃいっ!?」

「わたくしも女子寮に住んでいるのだけど、念のために確認させてくださいな。寮の部屋って、全室オートロックではなかったかしら?」


 雲の上の人に等しい公爵令嬢に可愛らしく小首を傾げながら問いかけられ、平民出身の女子生徒はバクバクと煩い心臓を宥めつつ、精一杯の騎士の礼を取って「左様でございます!」とどうにか噛まずに答えた。


「寮監の部屋も含め、寮内は全室オートロック製となっております!」

「ではもし、扉の間に何か異物が挟まっていたらどうなのかしら?」

「その場合は、異常を知らせる警報が鳴り響きまして、すぐさま寮監が駆けつける仕組みとなっております!」

「そう、どうもありがとう」

「はっ!」


 オートロック製、と言うのはその名からもわかるように、例え部屋の鍵をかけずに扉を閉じてしまっても、しばらくすれば自動的に鍵がかかるという便利なシステムのことだ。

 その間に誰かに侵入されないようにと、扉が閉まってからロックされるまでの時間はわずか1分。

 もしその間に誰かが部屋に入り込んだとしても、目的のものを探して1分以内に部屋を出なければ、ロックされてしまった扉は中から開けることもできなくなる。

 そうなってしまうと、部屋の主が戻ってくるのを待つしか部屋を出る方法がなくなってしまうのだ。


 懇切丁寧に、わかりやすく説明されたそれに、ようやくシンシアは顔色を変えた。

 彼女の言う「おかしい」の対象が、自分の主張だと気づいたのだろう。


「わ、わたし、学校に戻るのに必死で……そんな騒ぎになってたなんて、知らなくて」

「そうですの……参考までに申し上げておきますと、下校時刻を過ぎた学校に生徒が入るには門番の許可が必要、ということは勿論ご存知ですわよね?」

「…………えっ?」

「『え?』ではありませんわ。実際、学校に戻った貴女は当然門番に会っているはずですもの。それなら記録にも残っているはずですわ。早速調べていただきませんと」


 シンシアは宿題を忘れて、学校へ取りに戻った。

 その間寮で大騒ぎになっていたことなど知らなかった……ということは本来ありえないのだがそれはさて置き、もし本当に学校にいたなら当然門番に許可をもらっているはずで、ならば記録が残っているはずだ。

 それを指摘したクリスティアナに、シンシアは真っ青になってふるふると力なく首を振った。


「あのっ、忘れたっていうのは勘違いだったって途中で思い出して……それで、戻ったら、トリスが……同室の子が、泥棒が入ったみたいだから、って教えて……くれて。もしかして……疑いたくないけど、トリスが……トリスがやったのかも……っ」


(この三文喜劇、どこまで続くのかしら。わたくし、いい加減怒ってもいいわよね?)



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