第四話:弾丸論破
サブタイトルはシャレです。深い意味はありません。
ざわめく参加者の声がある程度落ち着いたところで、シェイラはデルフィードへと視線を戻した。
彼は先ほどまでの高飛車で自信にあふれた表情からは一変、忌々しげな顔でクリスティアナを睨み付けている。
「盗難の件に関しては、学校側のセキュリティも問題視されるとあってあまり公にせずにいましたが、他ならぬ生徒が疑われているとあっては情報提供しないわけには参りません。ですから、魔術師団からの調査依頼にも誤りなくお伝えしたはずなのですが……さもレクターさんの仕業とでも言うような言い回しをされたのは何故なのでしょう?」
「ふんっ、そんなの当然だろ。風の魔石を盗んだのも使ったのも彼女自身、これなら使えないはずの属性が使えたっておかしくないんだから」
「ご存知でしょうが、魔術科の教師棟に入るには教師の許可が必要です。そしてその入室履歴は学校に随時記録されているのです。いち生徒でしかないレクターさんが盗みに入るのは不可能ですし…………それに実のところ、この盗難事件に関しては既に犯人が明らかになっているのです。が、諸事情あってとある筋から公にしないで欲しいと頼まれておりまして」
「ああ、やっぱりそういうことだと思ったよ。どうせ、そこの性悪女が魔術科の教師を抱き込んだんでしょ?例えばそう……先生、貴方とかね」
クリスティアナに有利な証言をすること、それはつまり彼らに敵対することを意味するのだと、デルフィードは暗にそう臭わせた。
ここで引き下がるならまだよし、そうでないならシェイラも共犯として告発するのだと。
クリスティアナは何も言わない。……呆れてものも言えない、と言った方が正しいが。
そしてシェイラは ──── 毅然と、デルフィードを見据えていた。
「私をお疑いなのでしたら筋違いです。……なんでしたら、国王陛下の御名に誓いますわ」
「な、っ…………」
国王陛下の御名に誓う ──── それは、もしこの誓いが偽りであったなら、国王の名の下に罰を下されても構わない、というウィスタリア国では最も強い効力を持つ誓いの言葉だ。
しかもこの場には、先程から茫然自失状態であるとはいえ国王本人もいる。
さすがに国王本人が列席する場においてそれを嘘だと否定することは不敬にあたるため、デルフィードは渋々盗難事件に関しては矛を収めた。
「でもさ、中庭で風の魔術が使われてたのは事実だし、それがそいつの魔力だったってことも間違ってない。だったらその犯人とやらから魔石を受け取ったか、もしくは精一杯好意的に考えて、落ちてた魔石を拾ったか。どちらにしてもそいつがシンシアを傷つけたことには変わりがないんじゃないか」
「そうまで仰るのなら、仕方ありません。本来なら部外秘の資料なのですが、非常時ですのでお見せ致します。申し訳ありませんが、明かりを少々落としても構いませんか?」
最後の言葉は来賓席の方へ、淑女の礼と共に向けられたものだ。
来賓席に座っているのはこの断罪劇の主役の親ばかり ──── そのこともあって未だ茫然自失状態から抜けられぬ者も多い中、気丈にも王妃が頷いて了承の意を示してくれたことで、シェイラは広間の端にいた同じ魔術科の教師に手を上げて合図を送った。
途端、薄暗い程度に照明が落とされる。
「皆様、こちらをご覧ください」
彼女は腰に提げた長方形の魔道具を取り出し、画面を起動させて指先でトンと一押し。
来賓席からはちょうど正面……入口の扉の横付近に大きく映し出されたのは、数字の横に個人名の並んだデータのようなもの。
「……これは、該当の事件があったとされる日の魔力を記録したものです。この学校内で魔術を使えば、自動的に記録用の魔道具へと履歴が残されていきます。事件があったとされるのはお昼休みですから、ここ。真ん中あたりにレクターさんの名前があるのがわかりますか?」
左端の数字は時間、その横の名前は生徒や教師の名前のもの、ということはこれがシェイラの言う『魔術発動履歴』というものだろう。
『ここ』とくるりと指先で円を描くように示された場所にはこう記されてある。
【13:25:37 C・F・レクター/S・マクドリーズ】
「先生方はもうおわかりでしょうが、このように複数人の名が横一列に記されているのは、同時に複数人の魔力が混ざり合って検出されたことを意味します。……このことも、そしてこの記録も、魔術師団には報告済みなのですが、どうしてその事実を隠匿なさろうとするのです?」
「隠匿だなんて人聞き悪いな。そりゃ、突然魔法を使われれば当然反射的に防御くらいするでしょ。その時の魔力が検出されたからって、どうしてシンシアを疑う必要が?」
デルフィードは、かつての恩師に対しても全く怯まない。
それどころか、やんわりと指摘してくるシェイラの言葉を真っ向から否定し、自分は間違っていない、間違っているのはそちらだと大上段に突きつけてくる。
しかし、シェイラは残念そうな表情で頭を振った。
「…………防御したのであれば、それ相応の大きさの魔力が感知されたはずです。それに、もしそうなら反発しあうことはあっても混ざることはありませんわね。現に……この上の段をご覧ください。魔術科の実技授業において全く同時に魔術を発動した記録が残っておりますが、同じ時刻であるのに二段に分けて記されているでしょう?」
確かに、示された箇所には全く同じ時刻が記されており、その横には一段一段個別に名前が記録されてある。
だがクリスティアナとシンシアの場合、横に並んで記録されてあった。
これは魔力が混ざり合っていたということであり、主たる魔力はクリスティアナ、それを補助する魔力がシンシアを意味している。
この場合、主たる魔力……魔石に込められたクリスティアナの『風』の魔術を、補助たる魔力……シンシアが己の魔力をもって目覚めさせ、行使したということだ。
「つまり、こう考えられます。何らかの理由でレクターさんの魔石を入手したマクドリーズさんがその魔石を使用した、と」
「わた、わたし、そんな、っ!」
「なっ!シンシアがそんなこと、するはずないだろ!?きっとそこの性悪が何か仕組んだんだ。……そうだ、このデータだって改竄されてるに決まってる。公爵家なんだから、権力を使えばなんでもできるだろ!」
とうとう感情論に走ってしまったデルフィード。
それを冷ややかに見つめていたクリスティアナは、充分な証言をしてくれた恩師シェイラに「ありがとうございました、先生」と丁寧に礼を述べ、一歩前に出た。
そのことで、会場の照明も元通りの明るさへと戻る。
「『きっと』『決まってる』……ですか。インテル伯爵令息、先程のわたくしの言葉を覚えていらっしゃる?わたくしはこう申しましたわ。『あなた方はどうしてもわたくしを『犯人』に仕立て上げたいんですのね』と。貴方はその時、なんと返したかしら?」
『まさか。そういう戯言は、僕を論破できたらにしてくれる?』
「残念ですわ……ご自分が論破されそうだからと、感情論を振りかざしてしまわれるなんて。魔力が混ざる原理については魔術科1年の頃に習いますし、学校内で権力を振りかざして不正することが厳罰対象となることも、入学式の日に教えられますのに。まさか魔術師団のホープと呼ばれる貴方が、全くちっともご存じないだなんて」
「!!」
ギリリ、とデルフィードが歯噛みする音が静まり返った会場内に響く。
この時点で既に勝敗は明らかだ、それは会場内の全て……否、『彼ら』以外全ての者がわかっている。
だがクリスティアナは、とどめとばかりに薄く微笑んだ。
「それで?わたくしは一体何の罪で今、貴方に断罪されているのかしら?」
「っ、もういい!!」
叫ぶようにそう言って、デルフィードは先程ヒューイが下がったあたりまで後退した。
そして次に前に進み出たのは、騎士科の前年度卒業生であり騎士団長の息子でもある男、ジョージ・エプソン。19歳。
異国の血が混ざっているらしく、その外見はこの国では珍しい黒髪黒瞳、そして浅黒い肌。
剣を振れば鬼神の如き強さ、身のこなしは光の如く素早いと早くも騎士団内で名の知れた彼は、王太子の護衛としてほぼ毎日のように学校に顔を出していた。
それだけなら問題もさほどなかっただろう……王太子と同じように、シンシアに熱を上げていなければ。
「悪あがきもここまでだ、クリスティアナ・レクター」
「…………」
いきなり呼び捨てにされたことで、クリスティアナの眉がピクリと動いた。
隣に未だ跪いている従者などは、剣の柄に手をかけて臨戦態勢をとったまま、相手を射殺しそうな眼差しでジョージを見据えている。
しかしジョージはその殺気に気づかない……否、気づいていて素知らぬ顔をしているのか、どうか。
「シンシアの母君の形見、そのカメオブローチを盗んで焼却炉に放り込んだ挙句足で踏み躙った……その罪は重い。俺がもし裁判の担当官なら、間違いなく極刑を言い渡しているところだ」
この時、会場にいた心ある者達は異口同音にこう思った。
『窃盗に侮辱罪を加えたとしても、極刑はないわー』
「……ないわね」
「ないですね」
クリスティアナとジルベールもどうやら同感のようだった。