第三話:天才となんとかは紙一重
8/23 魔石盗難事件を「2ヶ月前」→「1年前」へ変更。
魔術の天才、デルフィード・インテル 18歳。
本来なら今年卒業を迎える年齢である彼はしかし、その膨大な魔力と四属性への適性という能力を引っ提げて魔術師団の入団試験を受け、その合格と同時に学校を飛び級で卒業した。
つまり彼もまた、学園にいてはおかしい顔なのだが……毎日とは言わずとも頻繁にその姿が目撃されていたことから、先程の宰相子息と同じことが言えるだろう。
彼はその銀色の長い髪をさらりと肩から払い、エメラルドの双眸で自信たっぷりにクリスティアナを真正面から見据えた。
「さて、と。ヒューイの時は何故だかいいタイミングで賛同の声が上がったようだね。……予め用意してたのかな?でも今度はそうはいかないよ。今回の件に関しては、魔術師団が調査に関わっているから誤魔化しようもないしね」
「わたくしはただ事実を述べただけだというのに、端から疑われているというのは不本意極まりありませんわ。あなた方はどうしてもわたくしを『犯人』に仕立て上げたいんですのね」
「まさか。そういう戯言は、僕を論破できたらにしてくれる?」
できるわけないけどね、と彼は楽しそうに瞳を細める。
「それじゃ始めるよ。先月半ばに、君は風の魔術を使ってシンシアの制服を切り裂いた。……先に言っておくけど、訴えがあったその日に風の魔術が学園の敷地内、もっと言えば中庭で感知されたことは既に明白だし、その魔力が君のものだったこともわかってる。その日に君が学園内にいたことも確認済みだ。君の属性は『水』と『光』と『風』だったよね?ここまでで何か?」
「合っているのは学園にいた事と、属性に関してだけですわね。先月は一度も外出許可をいただいておりませんし」
「まぁだそんなこと言うんだ?あのさぁ、一応同じ女子として可哀想だとは思わなかったの?君が制服を切り裂いた所為で、可哀想にシンシアはよりにもよって男子生徒にその醜態を見られてしまったんだ。シンシアの柔肌を拝むなんて、そいつらの記憶を消してやりたいとこだけど……現段階は貴重な証言者だからね」
デルフィードは語る。
シンシアの姿が見えないことで手分けして探していたところ、中庭で蹲って泣いていた。
彼女は制服の前を抱え込むようにしており、事情を聞くと「下位貴族のくせに生意気だって言われた」と風の魔術でやられたことを話してくれた。
たまたまその日中庭にいた数人の男子生徒が制服の胸元を必死で隠そうとするシンシアの姿を目撃しており、証言もとれたため魔術師団と学校の魔術科教師が合同で調査にあたったところ、その時間に中庭で風の魔術が使われたこと、その魔力波動はクリスティアナのものだったことがわかった。
「それで、どうする?」
「どうする、と仰いましても……困りましたわ」
「あはははっ、どうにもできないでしょ?そうだよねぇ、だって魔術師団とこの学園の魔術科が合同調査した結果なんだもの。僕らだけの証言なら君も疑うだろうけど、これだけの調査結果があるのにどうにもできないよねぇ」
今度こそ終わりだ、とデルフィードをはじめとするシンシアの取り巻き達は内心ほくそ笑んだ。
この時点で既に王太子との婚約破棄など遥か彼方、生意気にも自分達に立ち向かってこようとする公爵令嬢をやり込めたい、その一心だった。
特に先程恥をかかされたヒューイは、取り巻き達の後方にいながらも『ざまをみろ』と言いたげな厭らしい笑みを浮かべている。
が、またしてもクリスティアナは彼らの意表をついた。
彼女は視線を彷徨わせ、そこに魔術科担当の女性教師を見出すと「シェイラ先生、お話よろしいでしょうか?」と許可を求め、彼女が近くに寄ってきたところで
「わたくし、正直困っておりますの。どうか先生、今のわたくしが風属性など使えないということを、証言してはいただけませんでしょうか?」
と、首を傾げながらそう頼み込んだ。
と、これに声を上げたのは王太子チャールズだ。
「それはおかしい!私は幼いころから貴様と交流を持たされていたが、何度か風の魔術を使うのを実際に見ているのだ。それに先程、デルフィードが指摘した魔力適性についても真実だと言っていたではないか!全く、こんなすぐわかる嘘をつこうとするとは情けないにも程があるぞ!」
「先生、この性悪女に脅されてるんでしょ?大丈夫、こっちには王太子殿下もいるし身柄は保障するから。だから本当のことを話して欲しいな」
次いで得意満面の笑みでデルフィードが畳み掛けると、シェイラと呼ばれたその魔術教師は深いため息をひとつつき、「わかりました、真実をお話し致しましょう」と前置きしてから話し始めた。
「これは入学して間もない、総合教育の時期に参考までにと教えられるものなのですが、二種類以上の属性魔術を扱える者は、器用貧乏と申しますか……どの属性も中途半端に習得した状態で卒業、ということになりかねないのです。学校で学べる時間には限りがありますし、習得よりもまずは制御方法を学ぶことから始めないと、暴走の危険性もありますので。ですから、そういった生徒には学校にいる間は属性の制限をかけさせてもらっているのです」
これです、とユリエラはクリスティアナの左手を掲げ持ち、そこに鈍く光る銀色の腕輪があることを示した。
この腕輪こそ、最初の属性判定の時に二種類以上の属性に適性ありと判断されたその場で嵌められる、属性制御の魔術式を組み込んだ魔道具である。
これを外すのは魔術科担当の教師が持つ特別製の鍵を使わないと無理であり、更にその鍵を使うのは当の教師本人でないとエラーが出てしまうという徹底ぶりだ。
「嘘だっ!だって僕は四属性の使い手なんだ、なのにそんな腕輪なんて一度もっ!」
「えぇ。……魔術師団長をお父様にお持ちの貴方の場合、既に入学前に属性判定を終わらせておられました。一応入学時に今と同じご説明を差し上げたのですが……『僕は天才だからそんなもの必要ない』と拒否されたこと、まさか覚えておられないとでも?」
「そんっ、そんなこと……あったかも、しれないけど……」
デルフィードの場合、全てが規格外すぎた。
彼自身も四属性全てを扱える自信があったため腕輪を拒否したのだが、学校側はその事実を魔術師団長に説明した上で、特例扱いとしてこれを認めたという経緯がある。
彼の勢いが失速したことで、シェイラは一つ頷いて「続けます」と本筋に戻った。
「この腕輪が嵌っている今、レクターさんが使えるのは水と光の魔術だけです。……確かに該当日に検出された魔力は彼女のものでしたし、属性も風でした。ですが……それはおかしいのですよ。属性判定の時、彼女にこの腕輪を嵌めたのは私、外せるのも私だけです。でも私は先月一杯、隣国に出張しておりましたの」
「何か、何か抜け道があるはずだ……そんなのはありえない」
「ええ。ですから考えてみたのですが、魔術科2年の授業で『苦手属性の魔石を作る』という作業を行いましたの。思えばその時だけですわ、私がレクターさんの腕輪を外したのは。その時に作られた風の魔石……今思えば、あれが1年前に紛失してしまっていたのは、今回の事件への布石だったのではないでしょうか?」
紛失、の言葉に再び場がざわめく。
この事件については、魔術科以外の生徒の耳には極力入らないように情報操作されていた。
とはいえ生徒同士の繋がりは皆無ではないのだから、知る人ぞ知るというレベルで噂は浸透していたのだが。
1年前のこと、魔術科教師棟の一角に保管してあった魔石がごっそりと盗まれる、という事件が起きた。
そこにあったのは、魔石と言っても授業で作られた生徒達の試作品ばかりであり、そうたいして威力のあるものではなかったことから、誰が何のために盗んだのか見当もつかないまま内々に捜索が続けられていたのだが……学園の敷地の外で大量の魔石が発見されたという報告が入り、いくつか鑑定したところ生徒の波動と一致したため、盗難にあったものだと断定された。
ただ全員分が見つかったわけではなく、ひとつひとつ鑑定したところ見つかったのは約半数の分だけだった。残りは未だ見つかっていないことから、他の場所に捨てられたか使われて魔力が空になったかと考えられている。
その見つからなかった魔石の中に、クリスティアナのものも含まれていた。
だから、とシェイラは言うのだ。
『魔石を盗んだ誰か、もしくはその誰かから魔石を譲り受けた者が今回の事件を起こしたのではないでしょうか?』と。




