第十二話:ジルベールとギルバート
ここまでの数話で「ジルベール」を「ジルベルト」と書いていました。
すみません、修正してあります。
【聖女】とは、国に選ばれし象徴となる存在である。
そこには、光の魔術の適性も、魔を打ち倒したという実績も必要ない……必要なのは、いずれ王族の一員となるための高い能力と象徴としてのカリスマ、そしてある程度見栄えのする外見、それだけだ。
まず、神殿が条件に合う者を何人かリストアップして国王に奏上し、騎士団の暗部がその素行調査を、魔術師団がその能力鑑定を、宰相府の者が人柄や外交能力などの見極めを行い、ある程度人数を絞った上で教育を施し、その中で最も能力に優れた者に与えられる称号、それが【聖女】だ。
神が【聖女】を選ぶわけではない。
神託という言葉を使うのは、選ばれし乙女達が皆他の者にはない特殊な魔力を持って生まれているから。
特殊な魔力は即ち、神に愛された証と言われているからだ。
そういった【神託】を受けた者を集め、その中から【聖女】を選ぶ……つまりはそういうことなのだ。
「そ、んな……っ。そんなはず、だって、わたしは、わたしには、光の魔術が……その強い光で、魔を退ける光の聖女になるんだ、って……」
愕然としたように、シンシアがガクリと膝をついて何事かぶつぶつと呟いている。
この晴れやかなる場を見出した愚か者達は一様に崩折れて、これにて来賓達の汚名返上を兼ねた【断罪劇】は幕を下ろす。
王妃はシンシアとその取り巻き達を既に一顧だにせず、踵を返して来賓席に戻ろうとした。
先程朗々と【聖女】の真実を語った者達は未だその場に立ち、来賓席最後の空席の主を待ちわびている。
なのに。
フィナーレを迎えたはずの【芝居】は、脇役によって強制的にアンコールの幕を上げられてしまう。
「ふふ、ふふっ、たいしたものね、クリスティアナ・レクター。……ここまで高位の皆様を誑かして騙すなんて。わたし、知ってるのよ。貴女……クリスティアナが【魔族】だってこと。しかも魔王の妹だってこと!その綺麗な顔の下に、醜い悪魔の顔を隠してるんだってこと!心優しい魔王すら騙して、男を手玉に取って、格下の人達を虐げてるってことも、みんな、知ってるんだから!!」
ざわり、と会場の空気がざわめいた。
来賓達も、参加者達も、その場の護衛を務める騎士や魔術師達も、学園の教師陣も ──── クリスティアナ本人とその従者、そしてシンシアの取り巻き5人以外は全員「信じられない」というように、話題の主に視線を向けている。
信じられないほど無知な発言をした、シンシア・マクドリーズに。
「……一体何を仰っていますの、貴女……誑かすだの騙すだのと、言いがかりはおよしになって」
「聞こえない!貴方の甘言なんて聞かないわ!貴女の言うことなんて信じるものですか!」
「…………」
せっかく王妃を始めとする来賓の面々が綺麗に幕を引いてくれたというのに、この無知で無能なる娘によってクリスティアナはまた強制的に舞台上へと呼ばれてしまった。
(あぁ、頭が痛いわ……結局、最後はわたくしが引導を渡さねばならないってことね……)
パチン、と手に持っていた扇を閉じて、背筋を伸ばす。
ようやく真っ向から向かってきた愚か者を迎え撃つために、彼女はその蒼の瞳を…………己の従者へと向けた。
「いいでしょう。……ジルベール、この哀れなお子様にもわかるように説明しておあげなさい」
「 ──── かしこまりました、我が君」
それまで『待て』を強いられてきたジルベールが、硬い表情のまま立ち上がった。
ようやく主の許しがでたことで、彼はカツンとブーツを鳴らして主を守るように半歩斜め前に出る。
サラサラと指通りのいい金の髪、黄昏時の空の色をした双眸。
顔立ちはまさに人外の美貌と言ってもいいほどであり、ただその切れ長の瞳は抜き身の剣のような鋭さを孕んでいる。
彼が前に出たことで、自信満々に胸を張っていたシンシアが信じられないと言うように目を剥く。
「ギル、バート……!」
「…………私はクリスティアナ様の従者、ジルベールと申します」
「いいえ、違うわ!貴方は幼い頃に生き別れになったチャールズ様のお兄さん、ギルバートよ!チャールズ様派の人に魔の森に捨てられて、だから王族を憎んでるってことはわかってるわ。でも、ずっと国王様も王妃様も貴方を探してたの。今からでも遅くないわ、こちらに戻ってきて!貴方は必要とされているのよ!」
(あぁ、陛下方が頭を抱えてしまわれたわ……それはそうよね、国家機密をあっさり暴露してしまったんだもの)
チャールズの兄王子が、幼い頃に第二王子派の貴族によって攫われ、魔の森と呼ばれる地域に置き去りにされたというのは本当だ。
国王はこの貴族を罰した後に魔の森周辺を必死で捜索したが王子は見つからず、結局第一王子は『病で亡くなった』と国民に知らされることとなった。
第一王子が政権争いの末に誘拐された、というのは国のトップシークレット……準男爵令嬢ごときが知っていい話でも、こんな場で口に出していい話でもない。
いくら、当人がそこにいても……である。
物語の【聖女】よろしく、芝居がかった仕草で手を差し出すシンシアに、ジルベールの表情は全く動かない。
「私はまだ幼い頃に魔の森に捨てられ……そこで、」
「ほらやっぱり!貴方、ギルバートなんでしょう!?」
「膨大な魔力を制御できず、魔の森を壊滅させかかった私を救ってくださったのがクリスティアナ様だ」
「へ?か、壊滅っ!?」
魔の森とは、魔物発生の要因となる瘴気がたちこめる禁断の場所だ。
魔物は、元々は無害な獣だったものが瘴気に侵されて生まれるもの。
その瘴気が常にたちこめているその森には当然、数多の力の強い魔物が存在している。
禁断の場所とは言われているが、これまで何度も魔の森に挑んだ者達がいた。
……ただ一人として帰ってこなかったが。
そんな魔の森を壊滅寸前にまで追い込んだというジルベール……あまりのことに、シンシアの声がすっかり裏返ってしまった。
ジルベールは不愉快そうに眉をひそめてその声を聞き流し、視線を唯一無二の主にちらりと向けてから今度はうっとりと陶酔するような眼差しへと変わる。
「数多の魔物の血に濡れた私をそっと優しく抱きしめてくださった、あの温もりだけが私の全て。騎士として私を受け入れてくださった魔王陛下の治めるクロイツェルが、私の唯一の故郷。そんな恩ある方々を、貴様は何度も何度も侮辱した。クリスティアナ様を魔族と嘲りながらも、その魔族の頂点たる魔王陛下を心優しいなどと言う。誑かしているのはどちらだ?騙しているのはどちらだ?……魔物と魔族は違う、瘴気に溺れた知性なき獣が魔物、知性ある亜人種が魔族、そんな魔族の住まうのがこの国と同盟を結んでいるクロイツェル国、この国の子供ですら知っているそんな常識を知らない貴様は…………一体、誰だ?」
クリスティアナ・レクターは、元々魔族の国クロイツェルに生まれた魔王の妹君だった。
魔族とは膨大な魔力と気の遠くなるような長い寿命を持ち、しかし他国と積極的に関わることをよしとしない孤高の種族だ。
必要最低限の外交はするが、どこかに戦争を挑んだり魔物退治に出たり観光客を呼び込むことなどしない。
国という形は持っているが、基本的に魔族は個人行動を好むものだ。
しかし、まだ先代魔王の統治時代であった頃、クロイツェルを脅威に思った他国が同盟を組んで攻め込んでくるということがあった。
このままでは魔族と人族の全面戦争かと思われたその時、もう何代も前になるこのウィスタリア国の国王が間に立ち、ギリギリのところで戦争を未然に防いだのだという。
魔族側からすれば戦争が起こったとしてもすぐにねじ伏せられる程度の反乱だったのだが、それでも身内の被害がなかったことで先代魔王はウィスタリア国王に感謝の意を示し、彼の望みを受け入れ同盟を結んだ。
その同盟の証として、二人は約束した。
魔王の血を分けた女児が生まれた時にウィスタリア国に王子がいたら、その二人を婚約させよう、と。
その話の何割が真実なのか知る者は今はいない、だがそれは童話となって、寝物語となって、逸話となって、多くの者に語り継がれてきた。
特にウィスタリア国の者であれば、知らない者などいないはずの伝説。
なのに、準男爵令嬢である彼女はそのことを知らないという。
「貴様は一体、何者だ?」
鋭い眼差しに射抜かれて、シンシアはついに何も言えなくなった。
呆然としたまま、ただボロボロと涙を零している。
(可哀想に。王子ルート、逆ハールート、そして隠しシナリオのギルバートルートも失敗したわね。貴女はこれからどうするのかしら?ヒロインさん)
やっと断罪一区切り。




