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第十一話:【本物】と【偽物】

 

「…………貴女には本当に、申し訳ないことをしました。この婚約は、互いが生まれる前から決まっていたこと……ですから自由がなかったのは息子も、そして貴女も同じことでした。なのにどうして、さも貴女が全て悪いかのように思い込んでしまったのか……このような育て方しかできなかった、わたくし自身が不甲斐なくて仕方ありません」


 王族たるもの、容易に謝罪をしてはならない。

 容易に頭を下げてはならない。

 だが今、王妃はこの国の代表としてクリスティアナに向かって謝罪の礼をとっている。

 さすがにこれには、会場中の貴族が驚きの声を上げた。

 平民の参加者は何が何やらわかっていないだろうが、王族がいち貴族に対して頭を下げるということは即ち、国の威信にも関わってくる大問題なのだ。

 ただ、状況が状況だとわかっている貴賓席の国王他高位の者達は、本来なら自分達がせねばならないことを王妃にさせてしまった罪悪感と、己の子供達のしでかしたことが原因であるという申し訳無さで、ひたすら心の中だけで王妃に詫び続けるしかできない。


 そして、王太子であるチャールズやその側近候補として教育されてきた……はずの者達もまた、どうして王妃が頭を下げなければならないのかと、あまりの事態に目を剥いた。


「何故ですか、母上っ!確かにこの女……クリスティアナの罪は有耶無耶になってしまいましたが、それでも私は【聖女】であるこのシンシアを選びました。【聖女】は王族に次ぐ高貴なる身分……過去の【聖女】達も皆殆ど王族と結ばれているではないですか。ですからこの婚約破棄に関して母上が詫びられる必要などひとつも」

「 ────── 【聖女】……ですって?」


 王妃の声が、再び極寒の空気を纏った。


 そのことに気づいたクリスティアナは表情を消して一歩下がり、代わりにこの溢れんばかりの威圧感に全く気づかないシンシアが「そうです!」と声を張り上げた。

 先程あれだけ不興を買って、処刑一歩手前まで行っていたというのに。


「わたしが【聖女】だって、神託があったそうです!この世界にあふれる魔物を浄化して、そして魔王に悪いことを止めさせるのが【聖女】であるわたしの仕事だって、そう思ってますっ!王妃様はわたしのこと、嫌いかもしれないけど……でも、私利私欲で目を曇らせないでください!どうか、わたしを認めてください!!」


 三文芝居、とクリスティアナは先程心の中だけでそう評したが、今彼女はそれを『子供のごっこ遊び』に下方修正した。

 笑えもしない、涙も誘わない、心に訴えかける何かもない。

 そんなものを芝居と称することは演劇人に対して失礼だと、そう思ったからだ。


『儚げなわたし』の面影など今はなく、堂々と声を張り上げて【聖女】であると主張するシンシア。



 王妃はその彼女を見て………………は、いなかった。

 彼女の新緑色の眼差しは、ようやく正気づいたばかりの貴賓席にいる神経質そうな顔立ちの男に向いている。


「……【聖女】が選ばれた場合、まず国王に奏上するのが決まりであるはずですが。これはどういうことです?カミーユ・ウィンド神官長」

「恐れながら申し上げます。本来、【聖女】の神託を受けるべきは本神殿にて厳しい教育を受け、祈りの間に入ることを許された正神官以上の者。しかし本神殿よりそのような報告はあがっておりません」

「ち、父上っ!神託は私が、私が神より受けたものでございます!」

「………………ラファエル、お前が?」


 それはただの問いかけではなかった。


『ふざけんな、これ以上王妃陛下のご機嫌損ねてどうしようってんだ。阿呆な嘘ついてないで黙ってろ、クソ息子が』


 と、口汚く意訳するとこんな意味である。

 ラファエルは学生であり、神殿での身分はまだ見習いでしかない。

 勿論本神官が受けるべき修行も教育も受けておらず、祈りの間になど立ち入りできるはずもない。

 それなのに神託を受けたと言うのなら……許可なくこっそり祈りの間に忍び込んだのか、もしくはそれすら虚言であるかのどちらかしかないのだ。


「神は私に仰いました。心優しきシンシア・マクドリーズこそこの国を栄光に導く【聖女】だと。魔を打ち倒し、光あふれる国を作る象徴なのだと」

「【聖女】だなんて正直荷が重いな、って思いますけど……でも、わたしだってこの国の一員だもの。皆が支えてくれるなら、頑張ってやってみようって」

「……どうして神官長の息子が神託を受けられたのかは、そちらに調査を任せます。ひとまず候補として保護すべきなのかもしれませんが、この場合どうしたら良いと思いますか。パッカード宰相?」

「は。もしまかり間違って【聖女】だったのだとしても、ここまでの成り行きを見る限りでは()()()であると言わざるを得ませんな。神官長の調査が終わり次第、改めて臨時会議を開催すべきかと存じます」

「ハズレですって!?」


 ふざけないで、とシンシアはとうとう激高した。


「さっきからこっちの決意表明も全部無視するなんて酷すぎるわ!わたしが【聖女】だって信じられないならそれでもいい、でもわたしは紛れもなく神に選ばれた【聖女】なの!この国を魔物の侵略から救うために遣わされた、聖なる使者なのよ!光の上級魔術だって、光属性の使い魔だって、そのうち使えるようになるわ!だってわたし、選ばれたんだもの!魔王だって、わたしが説得すればきっと悪いことをやめてくれる。きっと、虜に……改心させてみせるんだから!!」


(今、さりげなく『虜にしてみせる』とか言いかけましたわね、この子)


 もう現実逃避してもいいかしら、とクリスティアナはシンシアの『聖女ごっこ』から視線をそらし、もう帰りませんか?とこちらもうんざりしているらしいジルベールの頭を撫で続けている。さながら、愛犬をモフって癒やされようとする飼い主のように。



「【聖女】とは何か ────── 」


 シンシアのキンキン煩い声が一段落したところで、王妃の静かな声が響く。

 それに応えたのは、神官長カミーユの見事なバリトンボイスだ。


「【聖女】とは、国の象徴として選ばれし者。……指名するのは神に非ず、故に神の御声など聴こえるはずもない。然るべき時期に、高い魔術の力に目覚めた乙女を候補として国に奏上し、その中から最も能力の高い者……国が庇護するに相応しき、国の象徴として相応しき者を選び、その地位に据えるのです」

「国は、乙女達の能力を測る。魔力量から魔術の能力のみならず、学力、精神力、外交能力、社交術、人心掌握能力など、全てにおいて優れていなければ、いずれ王族と縁組することなど叶わぬ故」


 カミーユに続き、魔術師団長のヴァイオ・インテルが涼やかな声で応える。

 それに応えるように、宰相セバスが淡々と続く。


「【聖女】が王族に次ぐ身分を持つのは即ち、いずれ王族と縁組されると決められているから。いずれは王妃、もしくは王弟妃となることが決まっているから。それだけの能力が在ると認められたからに他ならない。しかし【聖女】はあくまでも国の象徴……権力を振りかざすことなど……否、振りかざす権力など持ちはしない」

「【聖女】候補が選出された時、国はその身辺調査も行っている。象徴として祀り上げるに相応しいか……血筋、生まれ、育ち、交友関係、異性関係等々、後々問題とならないよう、微細に至るまで調べ上げる」


 騎士団長ガンツ・エプソンの腹に響くような低音。



 これはまるで、【芝居】のようだとクリスティアナは感動した。

 王太子らの繰り広げた【ごっこ遊び】とは比べ物にならない、本物の【芝居】がここにある。

 そう、王妃達はわざと彼らの【ごっこ遊び】をなぞるようにしながら、本物の【権力者】の威厳を……本物の【断罪劇】を見せてくれている。


 周囲の貴族達も、平民出身者も、学園の教師陣も、他の来賓達も、皆この【芝居】に魅入られている。

 あれほど喧しかったチャールズも、デルフィードも、ヒューイも、ジョージも、ラファエルも、そしてシンシアでさえ。


 そして【芝居】は終盤…………この国一番の権力者の登場をもって、フィナーレを迎える。



「【聖女】とは何か ──── それは、国の象徴である。それは、魔物を打ち倒すことも、光の魔術を使いこなすことも、ましてや魔王を()()こともない。神殿によって候補に挙げられ、国によって選ばれ、任命される存在。そのことも知らぬ愚かな娘よ、そしてその愚か者に誑かされし未熟者どもよ、身の程を知れ!!」



そろそろ断罪編を終わり、たかった……。

まだあとちょっと続きます。


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