No 11.5 怪物と恐怖
11.5話です。
リーシャ視点です。
「はっ、はっ、はっ・・・。」
化け物を前に、必死に逃げ回る。
このままではジリ貧だ。逃走を図る隙すらない。
もう長くはもたない。
あたし、ここで死ぬのかな。
どうしてこうなったんだろうーーー
いつも通りに魔物を見つけ、いつも通りに倒して魔石を得る。そのはずだった。1人の時にいつも狩場にしている46階層、今日は魔物の数が何故だが異様に少なかった。嫌に階層全体が静かで、なんとなく嫌な予感はしていた。
ランキング9位。現役最強の冒険者。別に驕っていたつもりはない。それでも心の奥底であたしはどうしようもなく調子に乗ってしまっていたのだろう。本能の警告を無視し、魔物を狩り続けてしまった。
魔物を狩り続け、嫌な予感など忘れていたころで、そいつは現れた。この階層で見かける中ではかなり大きいサイズの人型。3メートル近いだろうか。見た目はゴブリンとオークを掛け合わせたような、初めて見るタイプだった。
初めて見るその姿に興味を持ちながら素早く近づくとこちらの気配に気付いたのか、そいつはゆっくりと振り向き、目があった瞬間
足が―――、固まった。
こいつやばい。絶対なんかやばい。
今まで感じたことのない悪寒があたしを襲う。逃げろ、自分には勝ち目がないと、本能が瞬時に警鐘を鳴らしだす。
気が付けばあたしの呼吸は乱れていた。指先が震えた。力が入らない。
「ヴヴ・・・」
足が知らず知らずに動きほぼ無意識に後退した直後、その化け物は嗤った。両の唇の端が吊り上り、醜く、確かに嗤った。
あたしの戦意は完全に消えた。勝てない、怖い、逃げろ、それらの言葉だけが脳裏を何度も駆け巡る。
「オオオオオオオオオオオオオッ!!!」
あたしが硬直していると、化け物は身体を揺らし、唾液を飛ばし、恐ろしい勢いで突貫してきた。
―――逃げないと・・・!
迫りくるその化け物を見て、あたしはすぐにその場を離れようとした。
けど、遅かった。判断力が鈍り、致命的に反応が遅れたあたしは、逃げる唯一のタイミングを完全に逃していた。
頭上からの巨大な腕の急迫。
「ヴォヴ!!」
「ッ・・!」
地面を蹴りつけ、中に身を投げ出しかろうじて回避。
地面の上を回転し、そばにたっていた大木の後ろに滑り込み立ち上がった直後、横から何かが飛んできた。完全に反射で屈むと、頭の上で爆音。直径2メートル近くはあるだろう大木が一撃で折れていた。飛んできたのは化け物の足だ。
頭の中が真っ白に染まる中、猛攻が始まった。
意思を持つ大木のような四肢はあたしを決して逃しはしない。化け物の四肢があたしの身体をかすめるたび、首筋を何かが撫でるような感覚が襲う。
きわどい回避を続けたあたしの身体はいつの間にかボロボロになっていた。
このままでは確実に死ぬ。逃げろ!逃げろ!、と何度も頭が、本能が、魂が叫び続ける。それでも身体は迫りくる猛攻を避け続けるので精いっぱいだ。それですらそう長くは続かない。
いつまでも続く猛攻、しかしいつまでたっても攻撃が当たることはない。何かおかしい。息が上がり、身体は重く、喉も干上がっている。確実にあたしの動きの質は落ちているはずだ。そこまで思考が達し、化け物の顔を見上げた瞬間、理解した。理解してしまった。化け物は醜く唇を吊り上げ
ーーー嗤っていた。
あたしは、遊ばれていたのだ。
必死に避けていた猛攻は、あたしが避けていたのではなく、避けさせられていた。
つまりは手を抜かれていた。逃走なんて、どうあがいても最初から不可能だったのだ。
この化け物と目があった瞬間、あたしの運命は決まってしまっていたのだ。
身体の力が抜ける。この言葉では表しきれない絶望感を、戦慄を、この瞬間まであたしは感じたことがなかった。
「ゔあっ!!」
頭の中が真っ黒になった瞬間、化け物の腕が、ついにあたしを捉えた。
過去最大の衝撃に身体は吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
「ぎっ・・・!!」
視界が揺れる、自分が誰で今何をしているか、一瞬わからなくなる。
「うぁ・・・!?」
必死に立ち上がろうとするも、身体に力が入らない。
地面が僅かに振動し、反射的に顔を上げる。
化け物が、嗤っていた。
一歩一歩、地面を震わし、近づいてくる。
逃げろ!逃げて!何度も本能が泣き叫ぶが身体はもう意思通りには動かない。
化け物との距離は既に僅か3メートル。
身体が痛い。息ができない。歯が噛み合わない。瞳が潤み視界がぼやける。
痛い、辛い、悔しい、怖い、怖い、怖い、怖い・・・!
世界がスローになる中、化け物の腕が振り上げられる。
化け物が腕を振り下ろす、その瞬間、地面に激突した。・・・化け物の、頭が。
空我が、いた。
いつも何気なく、無意識のうちに目で追ってしまっていた男の子。
理由は分かんないけど、あたしが生まれて初めて気になった男の子。
いつもどこかつまらなそうで、いつもどこか冷めた瞳をしていた男の子。
「なぁ、この豚ゴブリン、俺に譲ってくんねぇか?」
燃えるような瞳で化け物を見据え、心底嬉しそうに、頬を釣り上げ獰猛そうに笑う
あたしの知らない空我が、そこにいた。
なんか主人公視点よりよっぽど力入れて書いた気がします。
主人公視点も頑張ろう・・・。