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 浅い洞窟のような抉れた岩の隙間で休息を取る。岩の表面を垂れる水で血を流し、クッションの役目を果たしてくれた外套を裂き傷に巻く。お互いの手当ては慣れた作業だ。近場で集めた果実や野草で僅かに腹を満たし、朝を待った。

 

 ようやくラウルに伝えることができる。

 小さく燃やした木々の光が揺れる中、ヴィエラは静かに語りだした。


「私はただの身代わりだったのよ」


 本当の名をヴィエラという。幼い頃に公爵家に雇われた孤児の少女だった。

 

 命を狙われる娘を案じた公爵は敵の目を晦ます為、濃い金の髪、紫の瞳の少女を探した。そして立ち寄った孤児院でヴィエラと出会ったのだ。公爵とて幼い少女をあからさま身代わりにするつもりはなかったのだと思う。どうしても人前に出さなくてはならない時、自分が領地を留守にする時、保険をかけたかったのだ。

 けれど革新派の勢いは増すばかりで手口はどんどん荒くなる。さすがに危険を感じた公爵は一度ヴィエラを手放そうとした。その時に抗ったのはヴィエラ自身だ。


『公爵様。わたし、イサベラ様の身代わりをやるわ。だからちゃんと出来たら、お願いがあるの』


 ヴィエラの要求は育った孤児院の支援だった。先の院長が亡くなり、縁のあった商人からの援助が途切れてしまい困窮していた。孤児たちは下着一枚替えがなく、お腹一杯食べることもままならかった。だから、お金を頂戴、とヴィエラは言った。

 いといけな少女を矢面に出すことに躊躇いを感じていなかったわけではない。けれど公爵は娘を守るため汚水を飲むことを選んだ。そして孤児院には十分な寄付を続けることと、ヴィエラ自身にも給金を支払うことを承諾した。



「恨んでなんかないわ。だってちゃんと約束を守ってくれるもの。あそこの孤児院はどこよりも裕福よ。ご飯もおやつだって出るじゃない」


 知ってるでしょ?、とラウルに問いかける。

 もちろん身をもって知っている。二人が出会ったあの孤児院だ。


 イサベラとヴィエラの事は僅かな使用人だけが知っていた。時々入れ替わりながら共に暮らした。妹ができたみたいで嬉しかった、とヴィエラは言う。ヴィエラよりちょっとだけ背が低くて、ヴィエラよりずっと泣き虫だったイサベラ。孤児となったヴィエラにはその存在が愛おしかった。


「だからってそんなことを……」


 ラウルとて家族を失った寂しさは分かる。しかし身代わりなんて危険すぎはしないだろうか。納得しかねるラウルに胸を張った。


「だって考えてみて、ラウル。私は孤児よ。少しばかり読み書き出来ても、きっと大した事なんて出来ないわ」


 孤児院の皆を助け、妹のようなイサベラを守ることが出来る。それはとても価値のあることのように思えたのだ。


 ラウルは不満げに眉を寄せた。

 身代わりを申し出たヴィエラの気持ちは分からなくもない。ラウルだって同じ状況になればそれを選んだだろう。けれどヴィエラの命はとても危ういものだった。誇張ではなく本当に危なかったのだ。これまで助かったのは運が良かったとしか言えない。本来ヴィエラが受けるものではなかったとすれば、沸々と苛立ちが沸いてくる。


「馬鹿なことを……」

「あら、そうかしら。私は今も間違ってなかったと思ってるわ。だってラウルと会えたじゃない」


 あっけらかんと言われてしまえばラウルは頬を上気させ俯くしかなかった。ブツブツと言ってくれてもよかったじゃないかと不満は零れる。


「だって王族が絡む秘密よ?簡単には話せないわ」


 ヴィエラは足元の小枝を焚き火の中に放り込んで、秘密の続きを語りだした。



 イサベラの社交デビューを控え、人前に出なくてはならないことも多くなる。同時に狙われる機会も増えた。そして耐えかねた王子が動いた。イサベラを王宮に匿うというのだ。15歳を迎えれば働きに出ることが出来る。下級貴族や上級学校を卒業した平民も王宮に勤めることがある。もちろん公爵令嬢が働くなどありえないから、イサベラは名を偽って地方貴族の親戚筋として王宮へ向かうことになった。

 実は王子の策略に手を貸していたのは王妃で、イサベラは王妃様付の侍女見習いとして王子に庇護されているはずである。王妃自身は国内の姫であるが出自が低く、とても苦労したらしい。それゆえイサベラに同情して息子との仲立ちに協力的だった。


 しかしヴィエラはずっと狙われていたのに当のイサベラは王宮で守られていたと聞けば、ラウルは面白くない。ならそのまま嫁いでしまえばよかったのに、と言い捨てるが、これが簡単にはいかないらしい。

 まず、領地持ちの貴族が外に仕事を求めることは常識外であり、国の規律を乱した者が王族になるなど論外だというのだ。そしていくら王子自身が求婚したとしてもそれは分別のつかない子供の話。あくまで婚姻可能な成人となるまで王子の求婚は無効である。成人を待たずに囲い込めば王家、ファーウッド家共に非難されてしまう。

 革新派との関係はとても繊細で慎重に対応しなければいけない。公爵令嬢であるイサベラとの結婚は慣例通りだが、そこに一片も付け込まれる理由があってはならない。


 そこにヴィエラの存在が必要だった。イサベラとして少ないながらも社交に顔を出す。公爵令嬢は確かに貴族として生活している。もしイサベラの不在が知られれば、怪しまれていずれ王宮にいることも明らかになるだろう。公になってしまえば要らぬ腹を探られ、真贋混じった噂が立つ。そんな問題のある女性が王宮に入ることは今以上に困難な道だ。



 秘密は守らねばならない。けれどヴィエラはラウルにだけは明かしたいと侯爵に言ったことがあった。ヴィエラほどラウルを知らない公爵は難色を示した。便箋複数毎にわたるラウルの人となりを記した手紙に侯爵は、ラウルがヴィエラに将来を誓ってくれるならと言ったのだ。

 喜んだヴィエラだがこれがなかなか難しい。ラウルは信頼できるし大切にされていると感じる。けれど将来を誓う言葉を引き出すことが出来ない。イサベラは王子に嫁ぐ身なのでヴィエラから想いを伝えるわけにはいかなかったから。


「ずっと待ってたらとうとう今日まで来ちゃったわ」

 

 ヴィエラは左足を引きずり、膝を立てて座るラウルの隣に移動した。腕がぴたりと触れ合うほどに近づき、そっと肩に頭を乗せる。

 ラウルは隣の暖かな重みを感じながら、いままでの無駄な忍耐の日々を遠く思い出すのだった。


 前髪を揺らす涼やかな風にラウルは目を覚ます。

 ひとまずクロワーナ領に入りどこかの民家にでも助けを求めたほうがいいだろう。ヴィエラの傷は深い。早く適切な手当てをしなければ。

 ラウルの足に頭を乗せ、すやすやと眠るヴィエラを揺すった。


「お嬢様、夜が明けました。起きてください」


 寝起きの良いヴィエラはすぐに目を覚まし、不満そうにラウルを睨んだ。


「ねえ、本当の名前をようやく教えられたんだから、いいかげん呼んでくれないかしら?」


 ついいつものように話しかけてしまったことを咎められ、ラウルは気まずそうに目を逸らす。名を呼べることは嬉しい。ヴィエラとの隔てはないのだと実感するにあわせて、むず痒いような恥ずかしさがジワジワと沸いてくる。


「ヴ……ヴィ…エラ」

「ふふ、なあにラウル?」


 なに、と言われてもただ名前を呼んだだけである。

 いつもの冷静さはどこへやら、子供じみた態度でもぞもぞしているラウルを目を細めて眺める。


「ヴィエラ……、……る」


 朝の賑やかな鳥の声に紛れてラウルは呟いた。

 ヴィエラの耳に届かないのは承知の上だったのだが、ヴィエラは弾かれたように起き上がってラウルの胸に飛び込んだ。


「わたしも愛してるわ!ラウル」


 まさかの的確な返事に固まったてしまったラウルにヴィエラはそっとキスをした。




END





***************




「ねえ、ラウル」


 足を痛め山道を歩くのは危ないとラウルはヴィエラを背に乗せていた。


「本当は、少し心配だったの。私はイサベラじゃないし、貴族でもないから……」


 秘密を明かしたらラウルが離れてしまうのではないかと、ずっと燻っていた恐れを口にする。そんなことはないと思うがそれと同時にチラチラと消しきれない不安もあった。

 それは今も。

 力のない声音にラウルはヴィエラを少し乱暴に背負いなおした。そのまま歩を進めながらわざとなんでもない風に言う。


「そうですね。ヴィエラは貴族じゃないけど、野菜も育てられるし、洗濯も、料理もできますね」


「そ、それだけじゃないわっ!罠も得意だし、身を守るだけだけど剣も使えるわ!

 貴族じゃなくても、貴族教育はバッチリよ!お買い得よっ」


 今後の生活に罠は必要だろうか。

 必死な様子が胸を暖かくさせる。


「ちなみに私も同じだけの知識がありますから、二人でいればきっとうまくいきますね」


 ヴィエラは返事の変わりにラウルの肩に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「そうよ。二人でいれば何だって出来るわ。だってこれからは狙われることがないんだから!」


 二人は目を合わせてその通りだと笑った。



 

 

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

ブクマ・評価・感想もらえたらとてもとても嬉しいです。


本編完結となります。

その後の二人をおまけとして予定しています。

R18Verも出来たらいいなあ……



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