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 その日、夜が明ける僅か前に二人は別邸を後にした。イサベラの居場所を知られないよう様々な馬車を五台用意し、一刻毎に出発させている。

 馬車を操るラウルは一般的な農民が好む麻の上着に茶色の綿ズボン。長い外套をすっぽりと被り、口元は襟巻きで押さえている。

 ひとつ息を呑むとはるか先を睨み車内に声を掛けずに、鞭を振った。


 一方車内のイサベラはもラウル同様簡素な装いで準備していた。馬の嘶く声を聞き、僅かに開いたカーテンから遠ざかる別邸を眺める。

 決して居心地の良い家ではなかった。可愛らしく飾られた主人の部屋を使ったのは数える程度。物置でだって寝ていた。ここ半年は本棚の隙間にある狭い隠し棚の中だったり、冷えた地下室が多かった。


(でも、楽しかった)

 特にラウルと二人きりになってから、時々ずっとこのままでいいと思うこともあった。

 警護の為ではあるが二人で一緒に眠って、起きて、同じものを食べて暮らした。それは自ら育てた野菜を食卓に乗せるような、ごく自然で当たり前のこと。

 路地を曲がり細い小道に入ってしまい、家はすぐに見えなくなる。

 幸せな暮らしが過去の物となっていくようで、イサベラはそっとカーテンを閉めた。


 身分が上の者へ嫁ぐ場合、連れて行けるのは同性の侍女のみである。まして相手の位は最上であるのだからおそらく誰も連れてはいけないだろう。

(ま、私に侍女なんていないんだけれど)

 従者であるラウルの功績を讃え、ファーウッドか王族の後ろ盾を使い従騎士に推薦することは出来る。けれど騎士は国が統べるものでありその在り処はイサベラの隣ではない。それならば意味はないとイサベラは思ってしまう。ただラウルが望むのならファーウッド家が報いてくれるだろう。


 馬車が激しく揺れた。

 ラウルが弓を引く音が聞こえる。どうやら追ってに気づかれてしまったらしい。


「ラウルっ」


 イサベラが叫ぶ。

 知られたなら忍んでいる必要はない。

 すぐにラウルの声がした。


「ひとまず撒きました。念のため準備をしてください」


 怒鳴るような声にイサベラは強く頷く。

 様々な状況を話し合ってきた。


(大丈夫。私たちは必ずやり遂げてみせる)

 イサベラは心の中で暗示のように繰り返した。


 揺れる車内を転がりながらイサベラは荷の中からドレスを引っ張り出す。夜会用に実家で用意した極上の絹だ。深い赤は光の角度で色を変え、縫い付けられた真珠が優美に揺れる。贅を凝らしたドレスをイサベラは舌打ちしながら荷袋に着せていく。

 ツルツル滑って着せ憎いったらありゃしない!と悪態をついた。


 それから綿をめいっぱい詰めた長い外套を抱え御者席に顔を出す。

 ラウルはイサベラの気配を感じて前を睨んだまま腕を掴んで引き上げた。


「渓谷の橋を渡ったら馬車の縄を切ります。馬に乗り換えて……」

「分かってる。ラウルにしがみついて一緒に飛ぶわ!」


 ラウルの説明をイサベラは遮る。強風に髪が張り付いた頬をひと撫でしてラウルは深く頷いた。


「お嬢様を決して落としません。守ります」


 信じているわの返事の変わりにイサベラは小さく微笑んだ。






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