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賑やかな王都ではほぼ毎夜夜会が開かれているといっても過言ではない。酒場を借り切って行われる小さなものから、貴族がお披露目やお祝いの為に開く大きなものまで多岐に渡っている。
それでも念に三年に一度開かれる国王主催の大晩餐会は特別なものだ。そしてイサベラにとってはこの生活の終着点ともなる。
国境近くの遠い領地を持つファーウッド家はなかなか夜会に参加することが出来ない。もちろん王都にタウンハウスや別邸を構えてはいるが、ファーウッド家の一人娘は体が弱く領地を離れることが出来ないのだ。家族思いのファーウッド公爵が一人でまれに夜会に出て挨拶もそこそこにすぐに立ち去るのが常だった。
だが17歳と年頃に育ち、健康になった娘は満を持して大晩餐会に登場する。見慣れぬ乙女に第二王子が声をかけ、その美しさに驚くのだ。第二王子に見初められた少女は王子の強い希望で王宮に留め置かれ正妃になる。
つまりそういう計画なのだ。やや物語りじみている気がしないでもないが、重要なのは体裁が整うこと。それにいつの時代も素敵な恋物語は市井の少女の胸をときめかせ、正妃の人気は高くなるだろう。
イサベラはこの夜会まで生き抜き、王都へたどり着かなければならない。
別邸に一通の封書が届いた。直接届けられたわけではなく、イサベラの居場所がばれないよういくつか経由してラウルが受け取ったものだ。
宛名も差出人もなく、封筒の端に小さく押された菫の印。ラウルは季節ごとに届くそれを握り潰したい気持ちを抑えるのに苦労していた。
「お嬢様。いつものお手紙です」
「まあ、ようやく来たの。あんまり遅いからもう忘れられたのかと思ったわ」
恨み言を繰りながらもイサベラの顔色は明るい。
いそいそとペーパーナイフを取り出してすぐに読み始める。
イサベラが振り向かないのを知りながらラウルは軽く会釈をして退室した。
ラウルはあの手紙が王宮からであると知っている。以前に出所を辿ったこともあった。けれどそれよりもあからさまなイサベラの表情が物語っていた。大事な人、待ち望んだ人からの便りであることは疑いようがないのだ。実家のファーウッド家からの手紙はラウルも分かる別の印が使われている。
その日の夕食は少しばかり豪華だった。
張り切ったイサベラがデザートを作り、庭に咲いた花がテーブルを彩る。
「……お嬢様。この花に毒があることはご存知ですよね?」
濃い紫の花弁に胡乱気な視線を向け、ラウルが聞いた。
「もちろん知ってるわ。この毒で殺されそうになった事だってあるもの」
「ではなぜ食卓に飾るなんて馬鹿なことをするのでしょうか?」
「キレイだからよ」
呆れて声も出ないとはこのことだ。
いくら美しくとも毒花は毒花。恨みもある姿を見ながら楽しく食事が出来るわけがない。けれどイサベラはニコニコと花瓶を見つめながら、手元のスープを啜っている。僅かでもイサベラが花に触れることがないように気を使っていることなど知らず、だ。
「随分と機嫌が良いようですね」
「あら、そうかしら。旨くケーキが焼けたのは嬉しいことだわ」
嘘だ、愛しい人からの便りがあったから菓子を焼いたりしたのでしょう、とは口にしない。己が惨めになるからだ。それでも口調が当てこすりのようになってしまうのをラウルは止められない。
「本当に夜会に出られるつもりですか?」
王宮の晩餐会に。
イサベラは不思議そうにラウルを眺めた。
「……王子はまだ待っていると信じているのですか?
いくら約束をしたと言っても子供の頃の話でしょう。今頃、美人の侍女とでも仲良くしているかもしれませんよ?」
言った端から後悔が押し寄せてきた。
王子はイサベラを忘れていないだろう。その証拠に今日だって手紙が来たのだから。愛しい女性を励まし、愛を記してあったに違いない。
(こんな馬鹿なこと言って何になるっていうんだ)
それでも謝罪を口したくなくてラウルは黙々と食事を片付けた。イサベラが味付けしたスープは塩辛い。
「殿下は変わらずお待ちくださっているわ。お優しい方ですもの。
……でも、そうね、うふふ。仲の良い侍女くらいはいるかもしれないわね」
ラウルはカラカラと笑うイサベラの真意を量りかねたが、これ以上深追いするのはお互い惨めになるばかりだと諦めた。仕方なく話題を変えてスープが辛いと文句をつけることにした。
「だから、お嬢様に味付けさせるのは嫌なんですよ」
「確かにしょっぱいけど……
けど苦手だからと避けてばかりいたらいつまでたっても上手くならないじゃない」
「上手くなる前に肝臓を壊しそうですよ……」
イサベラが料理上手になる必要などない。王宮に入ってしまえば味付けどころか厨房にさえ入ったりしないのだから。
ラウルは塩気の強いスープを平らげるとイサベラの分も取り上げた。顔が浮腫んでしまえば困るのはお嬢様ですよ、と軽口を叩きながら。どこか上滑りした会話だった。
運命の夜会まで3ヶ月を切ったある夜の夕餉。




