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「やっぱり紅茶はストレートが一番よね」

 外出の始末を終えて、イサベラはようやくありつけた紅茶を一口。カップの底にある模様が琥珀色に透けていて美しい。やっぱりミルクを入れなくて正解だと思う。


「お嬢様。砂糖を三つも入れてしまえばストレートとは言いませんよ」


 いつも通り辛辣なラウル。

 彼は変わらずに傍にいてくれるが変わってしまったこともある。口調は改まり、決してイサベラの名を呼ばなくなった。二人しか居ないのだからと言っても、そういう問題ではないのだと譲ってくれない。

 侍女も使用人も護衛もラウルが居れば必要ない。けれど少しだけ寂しい時があるのはラウルの態度の所為だとイサベラはこっそり恨んでいる。


「顔が汚れているわ」


 腕を伸ばしラウルの頬を撫でる。子供のときとは違う鋭利な顎に赤い筋が伸びた。


「失礼しました。庭の始末をしたもので」

「何人いたの?」

「今日は3人ほど」

「結構いたのね。怪我はない?」


 ラウルは細い目を更に糸のように細めた。


「もちろんですよ。今日は外出していたのが漏れていたようですね」


 留守の間に侵入者いたようだ。おそらくカタリナの家辺りからの情報だろう。しかし別邸の庭には綿密に計算された罠が所狭しと設置されている。知らない者が勝手に歩き回れるほど安い庭ではないのだ。罠にはまり息絶えたもの、動けなくなったものの片付けは外出した際のラウルの仕事だった。

 公爵家の持ち物にしては小さく地味なこの建物も実は普通ではない。特殊な造りで部屋数は14室。使用人が使う部屋を含めれば20を超える。隠し部屋、地下室だってある。イサベラとラウルは日替わりで部屋を移動して居場所を特定されないようにしていた。二人にしか分からない言葉でその日の部屋を決めているのだ。


「野菜たちは大丈夫?」

「ええ、菜園には立ち入った様子はありませんでした」


 家庭菜園もある。二人分の食料は微々たる物で、大半は複雑に隠された菜園で栽培されいた。肉や乳製品などはさすがに邸内で取れないので買わねばならないがラウルが作った特殊なルートで安全性を管理している。


「今日は出かけて疲れたわ。夕食は簡単に済ませましょう」

「そうですね。庭の見回りついでにジャガイモと葉物を収穫してまいりました」


 二人は目を見合わせて微笑み、共に夕食の準備に取り掛かった。

 食材を自給自足しているのだから、その準備も二人で行う。手の荒れる洗いものはラウルが請け負って、野菜を切ったり、煮込んだりするのはイサベラの役目だ。

(味付けがラウルなのが気に入らないけれど……)


 今夜は主バスルームは使わずに使用人用のシャワーで簡単に済ます。入れ違いでラウルが入り、イサベラはタオルを畳みながらそれを待っていた。

 邸内でも出来る限り二人で行動する。一度ラウルの入浴中にイサベラが襲われてからの約束だ。少々過保護気味なのではないかとも思うが、素っ裸のラウルに助けられるよりはマシだと諦めた。



 1週間分まとめて焼いた硬いパンに炙ったチーズ、ジャガイモとほうれん草のスープが食卓に並ぶ。とても公爵家の晩餐とはいえないけれど、イサベラは文句を言わない。毒見を通して冷め切った料理をちまちま食べるより良いし、自分で作った野菜を食べる満足感は何にも勝るものだ。


「明日は何をする?」

「特に外出の予定はございません。手紙の集荷がありますから本日の礼状を書いておいてください」

「わかったわ。それと西の庭の罠を取り替えましょう」

「畏まりました。半年経ちますからそろそろ位置を変えないとですね」


 やや物騒な話を楽しげにしながら二人は質素な夕食を味わった。


 今日の寝室は使用人達が使う控え室だ。イサベラは埃のかぶった侍女服に囲まれながら毛布を広げる。入り口近くに同じく毛布を抱えたラウルが座った。


「もっとこっちに寄っていいのよ」


 イサベラが声を掛けるとラウルは眉を寄せてランタンを手元に置く。動く気はないという意思表示だ。


「……何を言っているんですか。添い寝が必要なお年ではないでしょうに」

「違うわよ。近いほうが暖かいじゃない」


 むしろ一緒に寝たほうが暖かくてよいのだが、ラウルはさっさと横になってしまう。


「私とお嬢様とは身分が違います。弁えてください」


 さっさとランタンの蓋を上げて中のろうそくを吹き消した。僅かな明かりが消え辺りが真っ暗に染まる。僅かな衣擦れの音でラウルが毛布に包まったのが分かった。


「おんなじ部屋で寝てるんだもの。今更気にしても仕方なくない?」

「……誘っているのですか?」

「誘うって何よ!へんな言い方しないでよ」


 イサベラの耳が真っ赤に染まる。

 何を言ってるんだ、コイツは。ただ、寒いから近くがいいかと思ったのだ。別に暗闇が怖いとか寂しいとかじゃない。風邪は引きたくない。ラウルに引かれても困る。


「勘違いさせたくないのであれば、不用意な発言はお控えください」


 ぴしゃりと撥ね付ける硬い声だった。

 イサベラは口の端まで出掛かった文句を飲み込み、暗闇の中ラウルが居るであろう方向を睨みつけてやる。

 暗闇の中イサベラの視線に気づくはずはないのに、少し間を空けて堪えかねたような溜息がした。

 怒らせてしまっただろうか。でも怒ったのならいい。嫌われるよりもずっといい。イサベラにとってラウルは唯一人の人だ。見捨てられたら一人ぼっち。1日だって生きていける気がしない。


「……下らないことを言ってないでさっさと寝ましょう。明日も気が抜けないのですから」


 子供をあやすような少しだけ優しい声。

 少しだけ慣れた暗闇の中イサベラは小さくラウルを呼んだ。


「ねえ、私に何か言いたいことはない?」


 沈黙が落ちる。

 ラウルの応えを待ちながらイサベラは目を閉じた。

 やがて小さな寝息がひとつ。追ってやってくるはずのもうひとつの寝息が聞こえたのは随分と後になってからだった。





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