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Fill your life with love 2


 数日後、孤児院に身なりの良い男が訪ねてきた。

 ルイス・ティカ・ファーウッド公爵。爵位を継ぐ前は近衛騎士団に属していたらしい。体躯は齢六十を超えても逞しく、ヴィエラと同じ金髪と薄い菫色の瞳をした人物だ。掃除の水替えに出てきたヴィエラを見つけて、その場で膝を付いた。


「……すまなかった!」

「えっ?公爵様?!」


 ヴィエラは自分も膝を付くべきか、公爵の手を引いて起こすべきかオロオロとしている。ラウルは薪割りを投げ出して駆け寄りヴィエラを背に隠した。


「旦那様。お久しぶりでございます」


 公爵を見下ろしラウルは務めて落ち着いた声を出す。膝を付いたままの公爵に手を差し出した。逡巡しつつも手を取り立ち上がる。ラウルは引き上げた手を離すと同時に左手を握り締め、そのまま公爵の腹に打ち込んだ。

 うぐっと呻き声はしたが、公爵は蹈鞴を踏むことなく持ちこたえ、ラウルにだけ分かるくらい僅かな笑みを浮かべた。


「ラ、ラウル?」


「利き手でなかったのは幸運でしたね」

「ふっ、貴様のような若造の拳など撫でるようなものだ」

「次は蹴りをご所望ですか?」


 殴り合いを始めそうな雰囲気にヴィエラはあたふたとしている。結局騒ぎに駆けつけた院長の一喝で三人は談話室に押し込まれた。


 孤児院の小さなソファに座りながら公爵は幾度か腹を摩っていた。ボソボソとあのちびっ子がここまで逞しくなったのか……と呟いている。どうやら公爵は怒っていないようだとヴィエラは抑えきれずにクスクス笑った。

 一方ラウルはヴィエラの隣に腰を下ろし、むっつりとしたまま公爵のほうを見ようともしない。

(まったく、ヒヤヒヤさせないでよ)

 そんな気持ちを込めてヴィエラはテーブルの下で太腿をぎゅっと抓ってやった。


「ようやく成婚まで漕ぎ着けた。この度のことヴィエラには感謝してもしきれない。危険な役目、良くぞ生きて耐え抜いてくれた」


「ふふ、イサベラは幸せですか?」

「ああ。とても感謝していた。会えなかったことを残念がっていたが」


 満足げに頷くヴィエラを眩しそうに眺め、公爵は胸元から1枚の紙を取り出した。光沢のある表面は上質であると知れる。端がやや黄ばんでいるのは古いのかもしれない。


「ヴィエラ、ようやく君を本当の娘にすることが出来る」

 

 ラウルとヴィエラは同時に息を呑んだ。

 慎重に開いた紙は養子縁組の誓約書だった。


「厚顔なことは承知している。……それでも私はずっと君を娘のように思っていた」


 今まではイサベラの身代わりだった為、その存在を公にすることが出来なかった。すべてが片付いた今、ヴィエラを娘として迎えたいと公爵は低く、艶のある声で言った。

 ラウルは嫌な予感が当たってしまったと目の前が暗くなる。ヴィエラと想い会えて、二人の間には遮るものがないのだと知った途端に打ち砕かれたのだ。


 無意識に手をぎゅっと握り締める。

(嫌だ……、今更何を言ってるんだっ!)

 ラウルは唇を噛み締めて黙り込むしか出来ない。口を開けば、みっともなく恥ずかしい言葉が出るだろう。置いていかないで、傍にいてと。

 ヴィエラは孤児だ。身寄りのない少女が困難な道を越え公爵令嬢となる。眉唾な程の立身物語。

 だが、自分は?


 公爵は蒼白なラウルに視線を向けた。


「ラウル。お前の働きにも報いたい。近衛騎士団副長のフォルトナートの従騎士として推薦しよう」


 無口だが腕の良い男だ、と公爵は請け負った。

 従騎士になり騎士の心、剣、知恵を学んで来いという。独立したら騎士を叙することが出来る。指導に当たった騎士と後援する貴族があれば騎士爵を得ることも可能で、ヴィエラが公爵令嬢となった場合、最低限の貴族同士という体裁は繕える。

 公爵はヴィエラとラウルのことを把握しているのだろう。ヴィエラがラウルに惹かれているのは以前から知らされていたし、今二人で一緒にいるのなら約束を果たしたのだろうと察される。そして貴族として共にある未来を標してくれた。


 けれど、ラウルは頷けない。


 王家に嫁ぐことが出来る公爵と一代限りの騎士爵。決して褒められた釣り合いではない。そもそも騎士になるのだってどれほどかかるのだろう。ラウルとて腕は立つと自負している。しかしそれは暗殺者相手に磨かれたもので、様式美を追求する騎士の剣とは根本が違う。一から鍛え直して、山のように学んで。

 それは触れられるほど近くにいる今を思うと、気の遠くなるほどの道程に感じてしまう。


 本当にそれしかないのだろうか。でも幾ら想っても伝えることさえ許されなかった頃を思えば十分ではないだろうか。公爵も先を見越して提案しているのだろう。いつかまたヴィエラの手を取れると信じて。

 頷くのが一番だ。

 ラウルがようやくそう思えた時、ヴィエラが震えているのに気づいた。爪が白くなるほど握り締めている。


「い、嫌だわ、公爵様。約束は十分果たして下さったじゃない。

 私の給金すっごい奮発してくれたでしょ。院長様から聞いてびっくりしたのよ」


 役目に対する見返りはすでに貰っているのだとヴィエラは言った。はっきりとした口調だが、震えた手からラウルは彼女の不安を感じ取れた。同じだ。

 ヴィエラもラウルと同じように離れてしまうことを恐れている。このまま二人でいることを望んでいるのだと思った。そこに身分は必要ないのだと。

 その考えは間違っていなかったようで、ラウルが同じく否を返すとヴィエラはホッと力を抜いてくれた。


「今更騎士にならずとも、私はずっとヴィエラの騎士でしたから」


 自信満々に言い切ると公爵は、そうか、そうなのか、と力無く呟いて肩を落とした。


「で、では、ラウルが養子になるのはどうだ?」

「へっ?」


 公爵はテーブルの上に乗り出して唾を飛ばす。何を言ってるのかとラウルとヴィエラは困惑する。ヴィエラが断ったからといってラウルが養子になる意味が分からない。果てはどちらも家に来ればいいじゃないかと言い出した。

 その場を諌めてくれたのは、お茶とお菓子を盆に乗せた院長だった。


「見苦しいですよ。ルイス様」

「しかしだな、ラウルが息子になればヴィエラが嫁に来てくれるだろう?」

「いい加減、寂しいからって若い方の邪魔をするのはお止めなさい。

 地位だけが人を幸せにするのではないと貴方は知っているでしょう」


 痛い所を突かれて公爵は乱暴にソファに背を預けた。口を尖らせてブツブツ繰言言っているとみっともないと院長に叩かれていた。

 公爵相手にこんなに気安いなんて院長は何者なのだろうか。ラウルは恐るおそる院長を覗き見るが、にっこりといつもの柔和な笑みを向けてくるだけだった。


 仕事を抜け出してきたという公爵を追い出すように見送る。公爵は馬を引きながら、ヴィエラにせめてお父様と呼んでもらえないかと未練たらしく頼んでいた。

 ヴィエラに辛い生活をさせた。冷血で喰えない奴との評は間違っていないが、少しばかり面白い男なのかもしれない、とラウルは肩の落ちた背中を見送りながら思っていた。


(まあ、許しはしないけど)






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