Fill your life with love 1
本編終了後。その後のふたり。
二人が王子とイサベラ成婚の報を聞いたのは孤児院だった。
怪我の治療が済み次第、隣国へ移動するつもりだったがヴィエラの傷が思ったよりも深かったことと、真相を知る院長の勧めでしばらくなじみの孤児院へ身を預けることになった。
「今度王都でお披露目のパレードをやるらしいよ」
そう言って配達の青年はヴィエラに手紙の束を渡した。その手が不自然なほど彼女の指を握っているのを見逃さない。
「ヴィエラ!」
ラウルが声を掛けると短くなった髪を跳ねさせて駆け寄ってきた。
「聞いた?ようやくあの二人結婚だってさ」
結構時間かかるものなのね、と大きく息をつく。
やっぱり王宮へたどり着かなかったから何か問題があったんじゃないかと日々心配していたから、これでようやく一息つけるだろう。
ラウルはうなじが見えるほど短くなったヴィエラの髪を眺める。
あの後二人をこの孤児院まで送ってくれたのは、農業を営む若夫婦だった。余った牛乳をチーズに加工して町まで売りに行った帰りだそうだ。明らかに訳アリの様子に妻の方が『駆け落ちだわっ!』と思い込み、ひどく同情してくれた。途中までで良いというラウルを遮り孤児院のある町まで連れてきてくれたのだった。
道中、『理解のない人に負けちゃだめよ。お互いを愛していることが一番だもの』とか『愛のない結婚をしたって浮気したりされたり大変よ。貧しくても愛があれば何とかなるもんなんだから』、とやたら『愛』を連呼されて少々困ったりもした。しかしヴィエラは女性の力説に熱心に頷きながら、『そうよね、私たちは愛があるからきっと大丈夫ね!』と拳を握っていたので訂正はしなかった。
(それに駆け落ちというのはあながち間違いではないし……)
二人の荷物は川底に落ちてしまって御礼をしようにも何もない。院長に訳を話し、少しばかり謝礼を貸してもらおうかと思っていると、ヴィエラはラウルの腰に差した短剣を抜き取り、一纏めにしていた髪をざっくり切った。
逆さにしてみつあみを手櫛で解して、お礼代わりに差し出したのだ。
人毛はつけ毛にしたり、高価な人形に植えつけたりと需要がある。とくに金髪が一番人気でヴィエラの手入れの行き届いた長い髪ならそれなりに値がつくだろう。
しかし貴族でなくとも長い髪は女性の憧れであり、それをあっさりと切ってしまった様子に絶句した。ヴィエラは荷台の端に髪を置いて、もう一度深く礼をすると声の出ないラウルを促して歩き出す。
「な、何てことするんですか!」
よろよろと歩くヴィエラを支えようと後を追ったラウルを振り返って、訝しげな視線を向けた。
「なによ、髪なんてすぐ伸びるじゃない」
「そういう問題ではございませんっ」
「そういう問題よっ!」
ますます柳眉を上げるヴィエラにラウルは己の失態に思い至って、短く咳払いをした。
「……なにもそんなに短くすることないじゃないか」
言葉遣いが直ったところでヴィエラは少しだけ機嫌を直して悪戯気に見上げる。
「ラウルは髪の長い女の子の方が好き?」
自分の好みなど考えたこともなかったが……強いて言えば長いほうがいいような、気がする。なんとなく口にすると再びヴィエラの眉が寄る。そんな仕草が可愛らしく、ヴィエラの腰をしっかりと支えながらラウルは少し笑った。
「でも、好みと好きになる子は違うからな」
自分で仕掛けたくせにヴィエラはすぐに真っ赤になる。
「そうね。じゃあ、私は好きな人の好みになれるようまた伸ばすとするわ」
今切ったばかりの癖に、と思いつつイサベラを背負って歩き出した。
孤児院に着いて一息ついた頃、ラウルはヴィエラの髪を整えた。切りっぱなしだった毛先がそろって見栄えは良くなったが、耳朶が見えるほど短くなってしまった。揺れる毛先に指を遊ばせながら、ヴィエラは髪を切って色々と重荷がなくなったようだ、と教えてくれた。いかにも貴族然とした長い髪はヴィエラにとって様々な意味を持っていたのかもしれない。開放された実感が軽くなった髪にあるのだろうか。そう考えると短い髪は彼女に似合っていて、好ましい気がしてくる。
「もう宗旨替えしたの?ラウルって意外と移り気なのね」
ヴィエラの呆れ顔が鏡越しに見えた。
またしばらくお付き合いいただけたら嬉しいです。




